「NHKがニュース選びを恣意的に行っているのであれば、公共放送が『世論誘導』を行っていることになる」──。
2014年6月21日、大阪市の中央公会堂で開かれた「メディアを考える市民のつどい『国民の知る権利を守る』6.21関西集会 どうする公共放送の危機!」では、「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」共同代表で東京大学名誉教授の醍醐聰氏や、元NHK職員らが忌憚のない意見を交わした。
慰安婦問題を扱ってきた元NHKディレクターの池田恵理子氏と元NHKチーフプロデューサーの永田浩三氏は、2001年の番組改編事件を通してNHKのあり方を批判。他方、醍醐氏は国民の間で認知度がもっとも高いニュース番組「NHKニュース7」の惨状を指摘した上で、持論である「受信料支払いはNHKへの信任投票」との観点から、籾井勝人現NHK会長を糾弾しつつ、NHKを正すための受信料支払い拒否の意義について語った。
- 主催あいさつ 隅井孝雄氏(主催実行委員長、元京都学園大学教授、元日本テレビ記者)
- リレートーク 醍醐聰氏(東京大学名誉教授、NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ共同代表)/池田恵理子氏(アクティブ・ミュ-ジアム「女たちの戦争と平和資料館」館長、元NHKディレクター)/永田浩三氏(武蔵大学教授、元NHKチーフプロデューサー)/阪口徳雄氏(NHKを考える弁護士・学者の会共同代表)
- パネルディスカッション 司会 小山乃里子氏(ラジオパーソナリティー)
- 集会アピール採択/各地域代表から 貫名初子氏(NHK問題を考える会(兵庫))/あいさつ 河野安士氏(NHK問題大阪連絡会)
- 日時 2014年6月21日(土)13:30~
- 場所 大阪市中央公会堂(大阪府大阪市)
- 主催 「国民の知る権利を守る」6.21関西集会実行委員会
リレートークに先立ち、主催者を代表してマイクに向かった隅井孝雄氏(元日本テレビ記者)は、開口一番、「今、籾井会長と一部のNHK経営委員の発言を問題視している市民は大勢いる。その証拠に、この集会にこれだけたくさんの人数が集まっている」と述べ、国民のNHK不信は、かつてない大きさに膨らんでいると訴えた。
その上で、テレビ番組全体の劣化や、報道番組全体の政府へのすり寄りに拍車がかかる危険性を指摘。NHKについては、「公共放送である以上、われわれ視聴者の意見を取り入れて運営されるべき。NHKの運営資金の約9割は受信料収入だ」とし、「国民から信頼される人物が、NHKの会長に就任するのが筋だ」と力を込めた。
NHKは政府お抱えの報道機関なのか
トークの一番手として登壇した醍醐聰氏は、冒頭で、NHK放送文化研究所が発行する月刊『放送研究と調査』の昨年2月号から、世論調査の結果を引用した。
「テレビ番組に対する意識・評価の現況」という名称のレポートで、調査時期は2012年6月。全国の16歳以上の1550人から回答を得たものだ。醍醐氏は「認知度の高い番組」の首位が、前回調査に引き続き「NHKニュース7」だったことを強調。番組に対する評価で「正確な情報を迅速に伝えている」という項目では、NHKの「首都圏ニュース845」に次ぐ2位だったことを紹介した。(3位は同じNHKの「ニュースウォッチ9」)。
醍醐氏は「NHKは『正確な報道』という点で、多くの視聴者から信頼を得ていると言えそうだ」とする一方で、「しかしながら、NHKが国民に伝えた事実が、どういう事実だったかという問題が残る」と述べた。「政府が憲法解釈や景況感を発表したという、それ自体は確かに事実だが、それをそのまま伝えるだけなら、NHKは政府お抱えの報道機関にすぎない」。
醍醐氏は、今のNHKは自主自立の立場で取材や編集を行い、その結果を国民に伝える、NHK本来の使命を担っていないと言明。「放送時間という制約がある中で、どのニュースをどれだけ扱うかで、その報道番組の価値が決まる」とも話し、「NHKがニュース選びを恣意的に行っているのであれば、世間から得ている信頼は上辺だけのものにすぎず、実のところ、NHKは『世論誘導』を行っていることになる」とした。
「安倍改憲」のためにムードづくり
醍醐氏は、今年5月から6月にかけて、「NHKニュース7」と主要新聞各紙が重大事象をどう伝えたかを、独自に調査している。「安倍政権の、集団的自衛権行使容認に向けての解釈改憲の動きについて、朝日新聞と毎日新聞は『1972年政府見解の捻じ曲げ』などと鋭い分析を行ったのに対し、ニュース7は、自民と公明の協議の成り行きに関する報道が大半で、安倍政権の憲法解釈の正否について、主体的な検証や論評を行っていないに等しかった」。
また、「ニュース7は、東シナ海でのベトナムと中国の衝突など、日本周辺で一触即発の緊張状態が生まれているニュースを、連日のように流した。こうした事象にニュース価値がないとは言わないが、扱う比重が大きすぎる」とも語り、NHKが、周辺有事が差し迫っている点を意図的に強調し、安倍政権の解釈改憲への支援につながる「雰囲気づくり」に一役買った可能性があるとした。
そして、ここ数週間の報道姿勢についても、次のように指摘した。
「ニュース7は、サッカーのワールドカップの話題を大きく取り上げ続けた。日本代表の初戦だった6月15日は、30分の放送時間のうち、実に18分がそのニュースだった。それも、試合の模様というよりも『日本』をコールする応援者の姿を伝えるものが多かった。そのおかげで、同日昼に報じられた『シーレーンでの機雷掃海活動が、集団的自衛権を巡る与党協議の争点に』といった、大切なニュースはカットされた。おそらく、NHKの言い分は『国民の大多数がワールドカップを楽しみにしているから』に違いないが、ニュース7のような定時の報道番組は、娯楽番組とは異なる」。
NHK番組改変問題「放送前日、安倍晋三氏から圧力」
「私は、4年前にNHKを定年退職した。在職中は番組ディレクターで、1991年から1996年にかけて、従軍慰安婦問題をテーマに計8本の番組を作った」と話すのは、次の登壇者の池田恵理子氏。従軍慰安婦問題を扱ったNHKの特集番組が、放映直前に政治団体などの抗議で改編された一件でも有名だ。
NHK番組改編問題とは、2001年1月、ETV特集シリーズ「戦争をどう裁くか」の第2回で「問われる戦時性暴力」とのタイトルで、「戦争と女性への暴力」日本ネットワークなどが主催した模擬裁判「女性国際戦犯法廷」の模様が放映されるも、「主催団体や元加害兵士の証言、被告である昭和天皇に有罪判決を下した部分が削除された。スタジオトークの部分はズタズタにカットされ、意味不明なものに編集された」(池田氏)というものだ。
その番組づくりには直接的には参加していない池田氏は、実際の放映で初めて番組に接し、その改変の酷さに憤慨。主催者団体の立場から、NHKを相手に裁判を起こした。
「2005年になると、その番組のデスクを務めた長井暁さんが内部告発し、放映日の前日の2001年1月29日に、(当時内閣官房長官だった)安倍晋三氏から圧力を受けたことを明かした。2008年6月、最高裁で原告の敗訴が決まるも(東京高裁は2007年1月、NHK側に200万円の賠償を命じた)、7年間の裁判闘争を通じて、こんなに酷い介入があったことを白日の下にさらしたのは大きな成果だ」。
籾井会長は倫理憲章違反
池田氏は安倍首相について、「彼は、現在に至るまで、慰安婦問題をないものにしたいと考え続けてきた人物だ。1993年に発表された、(慰安所は当時の軍当局の要請で設置されたといった内容の)河野談話に関しては、韓国の圧力で無理に出されたもの、という見方を世間に定着させたいと思っている」と述べた。また、籾井会長が「慰安所は、どこにでもあった」と発言したことについては、「実にいい加減な発言だった」と懸念を表明した。
池田氏は「安倍政権によって慰安婦問題は潰され、隠されようとしている」と強調する。「今のNHKは、それに加担するのではないかと思えてしまう」とも話し、次のように訴えた。
「現NHK経営委員のメンバーで右派の人たちには、退任を求める。NHKは公共放送本来の立ち位置に戻り、慰安婦問題などを番組できちんと取り上げ、女性の人権に関する報道を行っていくメディアであり続けてほしい」。
池田氏と入れ替わりでマイクに向かった永田浩三氏は、池田氏が話題にした番組を手がけた元NHKチーフプロデューサーだ。
「あの一件では、2005年1月12日の朝日新聞が真相を報じている」とした永田氏は、「NHKと永田町の間に問題が存在することは、前々から指摘されてきたが、くだんの番組改編はその象徴とも言える事件だった」とし、次のように話した。
「朝日新聞の報道を受けたNHKは、看板番組であるニュース7で『政治圧力は皆無だった』との内容を延々と流した。私はあれを見て、NHKのニュースは死んだと痛感した」。
2007年に東京高裁でNHKが負けた後、NHKは「公共放送として自主自律を堅持し、健全な民主主義の発展と文化の向上に役立つ、豊かで良い放送を行うことを使命とする」ことを謳った「NHK倫理・行動憲章」を作った。永田氏は同憲章に照らしながら、「籾井会長は憲章違反だ。歴史認識が間違っている上に、その間違いを世間に広めている。これは虚偽の宣伝などに相当する」と言明した。
秘密保護法報道での「ていたらく」
そして、「現役のNHK職員から、日々、救いを求める電話がかかってくる」と明かした永田氏は、今年1月の籾井会長の発言は、NHK内部にも動揺を与えたと指摘。籾井会長が理事10人全員から日付なしの辞表を取り付けた一件では、「理事らが反発し、会長の制止を振り切って国会で事実を公表する動きがあったが、会長にすり寄った人物が1人いた」と述べ、「板野裕爾氏」の名前を挙げた。
板野氏は4月の人事で専務理事に昇格、番組制作トップの「放送総局長」に就任した人物だ。永田氏は「NHKは今、会長、副会長、放送総局長のトップ3が、みんな妙な人たちという、とんでもない組織になっている」と苦笑した。
そして、「NHKは、健全な民主主義を支えるための組織だ。醍醐さんの言葉を借りれば、受信料の支払いは、視聴者がNHKへの信任投票を行うようなものだ」と言葉を重ね、最近のNHKの、特定秘密保護法や集団的自衛権の行使容認を巡る報道は、目を覆わんばかりの酷さだと喝破した。
「NHKは本来、権力の暴走をチェックし、国民の知る権利に応えなければならない。昨年12月に秘密保護法案が強行可決された際には、多くの市民が『知る権利や報道の自由を守れ』と叫んだにもかかわらず、当のNHKに『権力は間違いを犯す』という意識が欠けていた。NHKが妙な組織になると、国民が不利益を被る」。
籾井氏を引きずり降ろすのは国民の力
休憩を挟んで行われた後半の討議では、醍醐氏が「現状の問題点を指摘するだけでは未来がない」と切り出し、国民がNHKを正していく具体的方法としての「受信料不払い」の意義を話題にした。 「周囲に受信料を支払っていない人がたくさんいるから、自分も支払わないという考え方は良くない」と前置きした上で、醍醐氏は「籾井氏が会長を辞めるまでは支払わない。籾井氏が会長を辞めたら支払う。そのように、徴収員に堂々と言えばいい」と呼びかけた。
「受信料の支払いは無条件の義務ではない。法律でも『相手が義務を履行するまでは、自分は義務の履行を停止できる』とある。籾井氏のような人が会長に就いている今、抗弁権を使わない方が間違っていると思う」。
醍醐氏は「数の力」がものを言う、と力説する。「受信料支払いイコール信任投票との立場に立てば、『籾井会長を信任していいの?』という話になる」とし、「今のNHKでは、受信料を払う気になれない」とのメッセージ付きの不払いは、金銭の損得に根ざした、いわゆる「不払い運動」とは違うと強調。「視聴者の力で、籾井氏を会長の座から引きずり降ろすことが肝要だ」と力を込めた。
NHKのあり方と真剣に向き合い、言うべきことは言う
阪口徳雄氏(NHKを考える弁護士・学者の会共同代表)は、「受信料に関しては、払わないと罰金が課せられると誤解している人が多い。ある新聞記者ですら、そういうことを言っていたが、NHKが『裁判』の2文字を振りかざして脅してきたら、その時点で支払えばいいだけの話で、あまり怖がらなくていい。要は、我慢比べなのだ。大多数の国民が、その我慢比べに挑めば、籾井氏は会長を辞めざるをえなくなる」。
醍醐氏からは、「近い将来、日本はドイツのように、テレビを設置していない世帯からも『放送負担金』などの名称で、料金を徴収するようになるのではないか」との言及もあった。
「そうなったら、これまでのような、NHKからの徴収逃れは通用しなくなり、全国民がNHKのあり方と真剣に向き合わざるをえなくなる。その時こそ国民は、『お金は払うが、あなた方に対し、言うべきことはどんどん言う』という姿勢を、NHKに対して明確に示さねばならない」と訴えた。