対ナチス・ドイツ戦勝76周年の戦勝記念日に行われたプーチン大統領の演説は、日本でどう報じられたのか。つくられた「ロシアの強権的な独裁者プーチン」のイメージ〜「ウクライナ危機」の背景(その1) 2022.1.14

記事公開日:2022.1.14 テキスト
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(文・六反田千恵、文責・岩上安身)

 2021年5月9日、ロシアの対ナチス・ドイツ戦勝76周年を記念する行事において、プーチン大統領の行なった演説が注目を集めた。

 日本のメディアの報道では、プーチン大統領の文言は「再び攻撃を企むものには容赦しない」という部分が切り取られ、「ロシアの強権的な独裁者プーチン」の脅しともとれる発言、というニュアンスで伝えられた。

 しかし、海外メディアの報道もあわせて読むと、プーチン大統領は、ネオナチの旗を公然と掲げるウクライナの極右民族主義者たちを批判していたことが明らかとなる。

 理由も不明確なまま「敵愾心を剥き出しにする攻撃的なプーチン」というイメージは、「西側」の欧米諸国のメディアによる偏向報道と、それをそのまま無批判に流す日本のメディアの印象操作によって生み出されたものだ。

 ウクライナには反ユダヤ主義のネオナチの色彩を色濃くもつウクライナ民族主義の極右集団が根を張っており、ウクライナ西部を中心に活動している。岩上安身は、ウクライナ危機が高まった2014年ユダヤ問題に造詣の深い赤尾光春氏に、ウクライナにおけるネオナチ的な反ユダヤ運動についてインタビューを行った。

 同じく2014年、岩上安身はドイツまで足を運び、ライプチヒ大学のシュテフィ・リヒター教授に、ウクライナ危機がどのように報じられているかを問うインタビューをした。リヒター教授は、ドイツでは「ロシア=プーチン、プーチン=悪魔」という非常に単純化した報道がほとんどで、それではウクライナ危機の本質は理解できないと指摘し、「今のヨーロッパは、米国の『マリオネット(操り人形)』」だと述べた。

 欧米系のメディアの「偏向」した情報をそのまま鵜呑みにして報道する日本メディアの情報だけを追っていると、ロシアという国、プーチン大統領という指導者の本質、そして現在再び高まってきるウクライナ危機の本質を見誤る可能性がある。

 この「ウクライナ危機」は欧露が平和的に結びつくのを覇権国である中国が好ましく思わず、何とかその仲を引き裂こうしているところに端を発している。

 その構造は「台湾有事」の構造とも同じであり、数々の共通点があることを忘れるわけにはいかない。同盟国(欧州ならNATO諸国、東アジアでは日本)が、米国に都合よく利用されている点もそっくりである。

記事目次

対ナチス・ドイツ戦勝76周年の戦勝記念日に行われたプーチン大統領の演説を、『ANN』は「再び攻撃を企むものには容赦しない」と報じた。

▲ウラジミール・プーチン大統領(wikipedia、撮影:Kremlin.ru)

 2021年5月9日、モスクワの赤の広場で、対ナチス・ドイツ戦勝76周年を記念する軍事パレードが行われた。プーチン大統領はパレードの終わりに短い演説を行った。

 『ANN』は、プーチン大統領の演説を以下のように報じた。

 「プーチン大統領『(ロシアは)国益を固く守り国民の安全を保障する』。

 ロシアは3月からウクライナとの国境付近に10万人ともいわれる軍隊を集結。撤退を表明したものの、欧米は『まだ大規模な軍隊が残っている』と指摘しています。

 プーチン大統領『再び攻撃を企むものには容赦しない』」。

 『ANN』の報道からは、プーチン大統領がウクライナ問題をめぐって対立する欧州勢に対し、敵愾心をむき出しにしている攻撃的なリーダーという印象を受ける。

▲2015年、赤の広場での対ナチス・ドイツ戦勝記念日の軍事パレード(wikipedia、撮影:Kremlin.ru)

『ロイター』は、プーチン大統領が「再びナチス思想にとりつかれた多数の行動」を批判したと報じる

 『ロイター』は、パレードには軍人ら1万2000人以上が参加したほか、大陸間弾道ミサイル発射装置など軍用機器190点や軍用機約80機による飛行が披露されたと、より具体的にパレードの概要を報じた。プーチン大統領の演説については以下のように紹介した。

「プーチン大統領は演説で、『残念ながら、急進派や国際テロリストに限らず、優性幻想(思想)に取りつかれた人々が再びナチス思想による多数の行動を行おうとしている』と指摘。『ロシアは国際法の順守を継続していくが、同時に国益も断固守り、国民の安全を保証する』と述べた」

 『ロイター』を読むと、プーチン大統領はかつてのナチスとの戦いを念頭に、今、ウクライナ周辺で対立する相手を「再びナチス思想にとりつかれた多数の行動」を起こしている人々だと認識していることがわかる。

『スプートニク』は、プーチン大統領が「(ウクライナの極右集団は)ナチスのイデオロギーを利用」していると批判した、と報じた

 『スプートニク』は、プーチン大統領はナチス・ドイツを批判し、現在も様々な組織や団体がナチスのイデオロギーを利用しようとしていると指摘していると報じている。

 以下、『スプートニク』によるプーチン大統領の演説の抄録を引用する。

 「パレードの終わりにロシアのプーチン大統領が短い演説を行い、『戦争は非常に多くの耐え難い試練、悲しみ、涙をもたらした。これを忘れることは不可能だ』と述べ、約1世紀前に欧州の中心部で『巨大なナチスの獣がおごり高ぶり、力をつけた』ことに言及した。

​ プーチン大統領は『人種的および民族的優位性、反ユダヤ主義、反露のスローガンは、ますますシニカルに聞こえ、世界大戦に向かうのを止めるように呼びかけた合意は、簡単に消された』と述べた。またプーチン大統領は、現在『さまざまな種類の過激派や国際テロ組織』が、『自分たちの優位性に関するばかげた理論にとりつかれたナチスのイデオロギーの多く』を利用しようとしていると指摘した。

 プーチン大統領はまた『今日、我々は、残党の懲罰者らとその追随者たちの集まり、歴史を改竄しようとする試み、その手で何十万人もの一般市民の血を流した裏切り者や犯罪者を正当化する試みを目にしている』と述べ、『ロシア市民は、これらすべてがどこへ行きつくかをよく知っている。それぞれの家族が、勝利を勝ち取った人々の記憶を大切に残している。私たちは常に彼らの偉業を誇りに思うだろう』と述べた」

 つまり、プーチン大統領は、祖国が多大なる犠牲を払いながら(実際、ソ連は、第2次大戦中に、最も多い2000万人以上の犠牲者を出しながら、ロシア深くまで侵略してきたドイツ軍に反撃しベルリンまで押し戻した)ナチスドイツを打ち破った76周年の戦勝記念日に、現在ロシアに対して好戦的な姿勢を示しているウクライナのネオナチに対して、彼らをナチスの侵略に重ね合わせて非難しているのである。

ロシアと対立しているウクライナの民族主義者は、ネオナチのシンボルマークを公然と掲げる集団

 プーチン大統領の非難の言葉には、一定の根拠がある。ロシアと対立しているウクライナの民族主義者、特にウクライナ西部の極右は、戦中、ナチスと協力した過去がある。

 戦中、ナチスと協力した極右の子孫にあたる現在の若いウクライナ民族主義者たちも、ネオナチのシンボルマークを公然と掲げる集団なのである。

▲ウクライナの極右集団「UNA-UNSO、ウクライナ民族会議-ウクライナ人民自己防衛」のホームページ(https://unso.in.ua/)に掲げられたネオナチ風のアイコン

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