2021年12月8日午後1時より、東京・司法記者クラブにて、NPO法人「Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル)」(以降、D4P)副代表理事でフォトジャーナリストの安田菜津紀氏に対するインターネット上での誹謗中傷、及び在日コリアンへのヘイトスピーチに対する名誉棄損訴訟についての記者会見が開催された。
登壇したのは、原告の安田菜津紀氏、D4P代表理事の佐藤慧(けい)氏、訴訟代理人の神原元(はじめ)弁護士と師岡康子弁護士(外国人人権法連絡会事務局長)の4名である。
冒頭、神原弁護士は、以下のように訴訟の概要を語った。
「本日は、ジャーナリストの安田菜津紀さんを原告といたしまして、安田さんがインターネットに投稿したお父さんに関する記事、これについて、同じくインターネットで、ヘイトスピーチコメントをした2名の人間を被告といたしまして、それぞれに対して、195万円の損害賠償の支払いを求める裁判を提訴いたしました」。
原告の安田氏の父親は在日コリアンだったが、安田氏は父親の死後、その事実を初めて知った。2020年、安田氏はD4Pサイトに、氏の父親、そして祖父母の歩み、そのルーツを探る「もうひとつの『遺書』、外国人登録原票」というタイトルの記事を掲載した。
- もうひとつの「遺書」、外国人登録原票(Dialogue for People、2020年12月13日)
この記事について安田氏は「父が在日コリアンだと知ったのは死後だった」とツイート。これに対してツイッター上で誹謗中傷や差別コメントが投稿された。
このうち匿名で「密入国では? 犯罪ですよね? 逃げずに返信しなさい」などのツイートをした女性と、匿名で「在日特権とかチョン共が日本に何をしてきたとか学んだことあるか? 嫌韓流、今こそ韓国に謝ろう、反日韓国人撃退マニュアルとか読んでみろ チョン共が何をして、なぜ日本人から嫌われてるかがよくわかるわい お前の父親が出自を隠した理由は推測できるわ」とツイートした男性について、発信者情報開示手続きを行い、2021年8月26日に東京地裁は開示の判決を出した。
数多くのヘイトスピーチ訴訟やヘイトデモの現場を知る神原弁護士は、訴訟の内容について、次のように説明した。
「安田さんのお父様が密入国犯罪者だと決めつける表現。これについては、一つ目はお父さんに対する名誉毀損であり、そのお父さんに対する敬愛追慕の情というものを侵害するという法律構成で主張します。
ただ、それにとどまらず、この表現というのは典型的なヘイトスピーチなんですね。(中略)これは不当な差別的言動であるという主張をしております。
二つ目は、在日の方々に対しての侮蔑的表現が『何々共』と複数形になっていますよね。
ちょっと前までだと、これは不特定多数に向けられた言葉として、発信者開示なんかもなかなか法的に認められなかった。
ところが今回、発信者開示訴訟では認められた。典型的なヘイトスピーチなんです、これも」
開示請求における判決文は、以下のように書かれている。
「本件投稿は、原告の父親のみならず、原告を含め、広く韓国にルーツを有する日本在住者をその出自のみを理由として一律に差別する趣旨の者であって、それらの者の社会的評価を低下させるとともに、その名誉感情を侵害する表現というべきである」
神原弁護士は「この発信者開示訴訟の判決を損害賠償訴訟でも主張し認めさせ、こういう不特定多数に向けられているかの如く見られるような表現も違法なんだと、裁判所に認めさせていく」と語り、「本件訴訟は単なる名誉毀損というだけではなく、不当な差別的言動が違法行為だと認めさせることに意義がある」と訴えた。
安田氏は前述のD4Pの記事とその後の活動について、以下のように語った。
「父の歩みを手繰り寄せていくことは、在日コリアンの歴史とか、あるいは向けられてきた差別といった、とても強烈なヘイトクライムの問題と向き合うことそのものでもありました。
いまだにインターネット上に残されている数々の映像、あるいは差別の動画が、まるでエンターテインメントのようにネット上で消費され続けているのを見た時に、もしかして父は、こういうものを見せたくなくて、こういうことを経験させたくなくて、私にルーツを語らなかった、語れなかったのではないかという思いを強くしました」
安田氏は、記事掲載後、ツイッター上で差別や排除のリプライが繰り返されたことについて「『またか』とか『仕方ない』で終わらせないために今回の訴訟を起こした」と語り、提訴に至った思いを次のように続けた。
「自分より若い世代から、『自分は大事な人にさえ、ルーツを伝えることができていない』とか『どうしてルーツを表立って語ることができるんですか。どうしてそんな勇気があるんですか』という相談をうけることが、特にこの1年間続いています。
誰しもがルーツを明らかにする必要はないですが、少なくとも隠したくないのに隠さなければならない状況があり、それを作り出してしまっている社会が、はたして望ましい社会と言えるのか、考え続けました。
例えば私がネット上の差別アカウントを見ないようにできたとしても、その同じアカウントが彼ら彼女ら(在日ルーツを持つ若い世代)に、違った形で矛先を向けていくことになるかもしれない。
結局自分が自己努力だけで対応することが、問題の先送りにしかならないんだということに気づきました。
よく言われますが、ヘイトスピーチは心の傷つきだけにとどまらない問題です。矛先を向けられた先に恐怖心を抱かせ、声を上げたらさらに暴力にさらされるのではないかと、沈黙を相手に強いたり、向けられた側の命や日常の尊厳を削り取っていく暴力性があると思っています。
その連鎖に歯止めをかけたいという思いで今回の訴訟を起こしました」。
一方で発信者情報開示訴訟では、被告の2名は「一般人である」という理由で氏名は非公表とされた。
安田氏は、今回提訴の2件の他に、現在更にもう1件の発信者情報開示請求を訴訟しており、こちらも特定次第、提訴の予定とのこと。
質疑応答では、ジャーナリストの津田大介氏が、2名の被告が「一般人である」という理由で氏名が非公表とされている点について、以下のように鋭く問題提起をした。
「ネット上の人権侵害ですとか、ヘイトスピーチの訴訟があったときに、ツイッター上の反応なども見ているのですけれども、『何で被害者・安田さん側は実名が出て、加害者のほうは実名出ないんだ』という反応が結構、相当あるんですよね。
これは、結局、安田さんのように実名で発信している人は言われたい放題で、発信を仕事にしていない一般人の方というのは、このように訴訟が提起されたり、それで敗訴されたり、或いは起訴されて、刑罰を受けたとしても『匿名』というのが、現状ほとんどだと思うんです。
となるとですね、結局、司法的な制裁を受けても、『実名が発表される』というある種の社会的制裁を受けないということが起きて、(中略)賠償を勝ち取ることができたとしても、ヘイトスピーチをする人は減らないのではないか、という懸念もあると思うんですね。
この非対称性こそが、ネット上のヘイトスピーチや人権侵害が無くならない要因の一つであると考えることもできる」
会見の最後に安田氏は、参加した記者たちに向けて、次のように語った。
「こういった差別の問題に対して、メディアの報じ方だったり、発信の仕方というのは、皆さんと一緒に考えていきたい問題だなと思うんです。
たとえば、こうした差別の問題に関して、当事者のコメントというのが、どうしても必要になってくると思うのです。けれども、『あなたはその矛先を向けられてどんな気持ちでしたか?』、『どんな言葉が嫌でしたか?』とたずねられて、『嫌だ』って言うに決まってますよね? 『止めてくれ』って言うに決まってますよね?
当事者の声を大事にすること自体は、とても大切で、その人が何を伝えたいのかということを一緒にひも解いていくっていうのはとても重要なことですよね?
一方で、『当事者の声を大事にする』ことと、『当事者の声に頼り過ぎて』しまう報道ということとは少し違ってくるのかな、と思っています。
私も一人の取材者として、答えの出ない問題ではあるのですが、やはり、差別の問題というのはマジョリティ(多数派)の態度の問題ではありますので、どんな報道ができるのか、皆さんと一緒に考えていくことができたらというふうに思っています」。
詳しくは、ぜひ全編動画を御覧いただきたい。
また、D4Pサイトでは、この訴訟についての記事で安田氏が、「密入国」という誹謗中傷について、日本による朝鮮の植民地化と戦時中の朝鮮人動員、戦後の国内朝鮮人に対する国籍剥奪や朝鮮戦争による南北分断の経緯を説明した上で「『密入国という、事実と違うことを書かれた』ことよりも、こうした歴史的背景を無視したまま、適法な手続きを取らずに日本に入らなければならなかった人たちをひとくくりに『犯罪者』とし、差別したことを重大な問題として考えている」と訴え、ヘイトスピーチがジェノサイドに結びつくことも解説している。
- 安田菜津紀に対するインターネット上での誹謗中傷、及び在日コリアンへのヘイトスピーチに対する訴訟について(Dialogue for People、2021年12月8日)