【IWJ検証レポート】「不況」を「デフレ」とすり換えるMMTでは日本経済は再生できない!MMT再考〜ステファニー・ケルトン教授講演録から読み解く「現代貨幣理論」の本質 2020.6.5

記事公開日:2020.6.5 テキスト
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(取材:尾内達也 文:辻部亮子)

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 「自国通貨をもつ国は、政府が通貨発行権を有する=限度なく通貨を発行できるのであるから、デフォルト(債務不履行)など起こりえない。したがって、政府は財政赤字を気にせずどんどん国債の増発=自国通貨での借金を行い、もっと積極的に財政出動して経済の安定と雇用に貢献せよ!」

 このようなセンセーショナルな主張をもって、賛否両論、国内外で大きな反響を呼び起こしているMMT(現代貨幣理論)。アメリカの経済学者ウォーレン・モズラーらがすでに1990年代に提起していた説だが、2018年、地球温暖化阻止や若者の貧困救済を訴えつつ、女性として史上最年少の当選を果たした米国民主党左派のアレクサンドリア・オカシオ・コルテス下院議員が、財源に関してこれに言及したことを機に一挙に脚光を浴びるようになった。

 際限なき国債の増発は猛烈なインフレや金利上昇を引き起こす危険性があるとの批判に対し、MMT論者のステファニー・ケルトン米ニューヨーク州立大教授が、「巨額の財政赤字でもインフレも金利上昇も起こっていない日本がMMTの正しさを証明している」と反論して日本へも飛び火。評論家の中野剛志氏や立命館大学経済学部教授の松尾匡氏らが主唱者となって広く知らしめられ、日本経済を「大復活」させる特効薬のように取り沙汰されているのは周知のとおりである。

 2019年7月には火付け役となったケルトン教授が来日し、大勢の参加者を前に講演。会場は熱気に包まれた。

▲ステファニー・ケルトン教授(2019年7月16日、主催者提供)

 大企業や一部の富裕層を優遇する政策は惜しみなく打ち出す一方、国民に対しては財政赤字を理由に緊縮財政を強要する政府に、そんな言い訳はもはや一切通用しないと詰め寄るMMT。社会保障の削減や増税に苦しむ多くの人々と、その姿に心を痛めるこれまた多くの善意の人々にとって、福音のように映じたに相違ない。

 ましてやわれわれ日本国民は、安倍政権のもとで種々の社会保障費削減に加え、同政権が強引に取り入れた「リフレ派」経済理論――日銀による国債の大量買上を通じて市中の通貨供給量(マネタリーベース)を極限まで増やせば、これが人々の間にインフレ期待を喚起して投資活動を、ひいては経済全体を活性化させるに違いないという、非科学的な経済理論――のせいで、所得はほとんど上昇せぬままに物価だけが上がるという最悪の状況に投げ込まれたのだ。そこへ、またもや「巨額の国の借金」「社会保障制度の維持」を振りかざしての、10%への消費増税。

 そもそも、安倍政権は5年前にも「全て社会保障財源にあてる」と約束して消費税を5%から8%に上げたが、実際に社会保障費にあてられたのは増税分の2割にも満たなかった。

 納税者の生活を支えるための財源はないと言いながら、足繁く外遊して巨額のカネをばら撒き回り、トランプ米大統領におもねって「欠陥品」「効果なし」の悪評高い高額兵器を大量に購入。友人の大学新学部創設のために巨額の公的資金や国有地を差し出した。その上、経済苦を理由にした自殺者や殺人、6人に1人とも言われる子どもの貧困、そして餓死者の出現が社会問題化している中、国費を使って仲間内の高級宴会(「桜を見る会」およびその「前夜祭」)に興じていたとは…。「嘘つき! 人でなし! 現実から乖離した数字を弄するだけの小難しい経済理論も『財政赤字』の言い訳も、もうたくさんだ!」こうしたわれわれの内なる叫びを、MMTは力強く代弁してくれる。

 だが、リフレ派の失敗を経たわれわれは、焦燥感や義憤に駆られるままに「特効薬」と喧伝されるものに飛びついてはならないことを知っている。たしかにMMTは、主唱者のひとりであるL・ランダル・レイ・バード大学教授も述べるとおり、「ジョン・M・ケインズ、カール・マルクス、A・ミッチェル・イネス、ゲオルグ・ド・クナップ、アバ・ラーナー、ハイマン・ミンスキー、ワイン・ゴッドリーなど、数多くの碩学の見識の上に築かれ」、それらを現代における金融実務に即するよう「大幅にアップデートし統合」した経済理論。だが、そこから演繹される経済観や経済政策を注意深く観察すると、そこには革新的というよりは体制維持的、民主主義というよりはむしろ全体主義的な発想が垣間見えるのである。

 そもそも、坂本雅子・名古屋経済大学名誉教授が電話インタビューでIWJに語ったところによれば、MMTもリフレ派と同じ、的外れの前提に立脚しているがゆえに、仮にMMTの政策を実施しても、日本経済の再生・安定化にはつながらないとのこと。

 MMTに希望を見出す人はこう反発するかもしれない。「MMTの一体どこが間違いだというのか? 一部のエリートが自分たちだけの利益になるよう国民に思い込ませていた、国家経済の固定観念を打ち崩し、国民ひとりひとりを豊かにすることを願って提案されるMMT経済政策の、一体何をもって危ない思想だというのか?」と。

 MMT論は今や巷にあふれているが、われわれはここで、ケルトン教授の上記来日講演を取り上げたい。ケルトン教授の言葉にじっくり耳を傾け、その主張とロジックを丁寧に読み解く過程で、MMTがはらむ問題点がおのずと浮き彫りになるだろう。

記事目次

  • 「古い眼鏡」と「新しい眼鏡」〜MMTの基本的貨幣観
  • MMTの発想転換――「税金の目的は税収ではなくインフレコントロール」「政府の『赤字』は誰かの『黒字』」「国債は赤字補填のためではなく金利維持のため」
  • 貨幣量の「自動安定装置」――ジョブ・ギャランティー・プログラム
  • MMTのディストピア(1) ――既存の利権構造の強化・拡大
  • MMTのディストピア(2)――「ウォーレンの名刺」〜「生まれながらに国の債務奴隷」のイデオロギー
  • 最後の「ウロコ」を目から落とせ!――MMTを希望に変えるために

「古い眼鏡」と「新しい眼鏡」〜MMTの基本的貨幣観

 ステファニー・ケルトン教授の来日講演は、2019年7月16日午後、衆議院第一議員会館多目的ホールにおいて開催された、「京都大学レジリエンス実践ユニット」主催の国際シンポジウム「MMTが導く政策転換〜現代貨幣理論と日本経済〜」の、メイン・プログラムとして行われた。

 同ユニットは、社会が「巨大自然災害や世界的経済金融危機などの様々な『危機』に対する『レジリエンス(強靭さ)』」をいかにして獲得しうるかを研究・議論し、その成果を世に発信することを目的に、2011年に設置された研究チーム。これまでもフランス国立人口学研究所のエマニュエル・トッド氏(2013年12月)やフランス経済財務省財務上級監査官のフランソワ・アスリノ氏(2018年10月)を講師に招き、グローバル資本主義の総括およびそこからの社会再建というテーマでシンポジウムを開催している。今回のシンポジウムも同じ問題意識に立脚し、まずは進行役を務めた藤井聡・京都大学大学院教授(「MMTに基づく日本経済政策論」)、岡本英男・東京経済大学学長(「現代貨幣理論(MMT)の思想的源流」)、松尾匡・立命館大学教授(「反緊縮経済諸理論の中のMMT」)の3氏が、MMTの概要や日本における意義を紹介。質疑応答および休憩を経て、いよいよ主役の登壇となった。

▲藤井聡・京都大学大学院教授(2019年7月16日、主催者提供)

 400人超の聴衆を前に、ケルトン教授は力強く請け負う。MMTはお金の仕組みを見るための「新しい眼鏡のようなもの」。われわれは「固定相場制」や「金本位制」といった「古臭い何十年も前の金融システムを使わなければならないと誤解してきた」、つまり「世界を間違った眼鏡で見ていた」がために、そこに広がる「政策余地」に気づかされないできた。さあ、MMTという「適切な処方箋」にもとづく「適切なレンズを持った眼鏡」を用い、改めて世の中を見直してみよう。そうすれば、「限界とか制約という風に思っていたもの、つまり財政赤字こそが、真のリソースだとわかるでしょう。そこに政策余地が発生して、より良い経済プログラムを運営することができる。そうなると良い結果をもたらす。より健全な経済。所得も増える」

 要するに、従来の固定観念にとらわれずに現代の金融システムの実情を正しく理解すれば、国民生活を良くするための財源を調達するのはたやすいというわけである。

 では、具体的に従来の考え方のどの点が「間違った眼鏡」で見た歪んだ世界で、「適切なレンズ」のもとではどのような光景が広がるのか。ケルトン教授は、自分がMMTと出会った「小さな物語」を紹介したのち、次のように説明を始めた。

 「皆さんはおそらくこのように考えていることでしょう。政府が徴税するのは税収のためであると。カネを国民から回収して歳出ができるようにするためだと。

 私たちの考えはその逆です。政府は税収のために税を課し、それで財政支出をするのではなく、まず支出が先にある。というのも、国民にまず円が支払われていなければ、課税もできませんよね。何らかの源泉から円が支払われていなければならない。

 では、単一通貨である円という貨幣はどこから来るのか。その源泉は発行体でしかあり得ないわけです。つまり、造幣権を有する政府です。したがって、貨幣の発行体は財政的な制約に縛られてはなりません。発行体は貨幣を発出できるのだから、好きなだけ発券し放出してもよいのです。貨幣の発行体には財政的・財務的制約は課せられない。この点が、普段われわれが教えられている考え方と全く異なるところです。

 実際、欧州中銀のマリオ・ドラギ総裁は、記者会見でECBにお金がなくなることはあり得るかとたずねられ、このように答えています。『お金がなくなることなどない。なぜなら我々がユーロを発行しているからだ』と。

 また、ベン・バーナンキがアメリカ・FRB議長だった時代、出演したテレビ番組の中で、『政府は納税者のお金を作り、それで金融危機からの経済回復のための下支えをしようとしているのか』と問われ、こう回答しています。『いや、納税者のお金を使うわけではない。単にキーボードを使ってその会計額を決めているにすぎない』。つまり、FRBのキーボードがドルを発行する源泉なんだということです。

 FRBの元議長アラン・グリーンスパンもこう述べています。『不換紙幣制度、つまり我々の今ある制度の下であれば、政府はまさに、全く制限なく債券を発行することができる』と」

 ケルトン教授は既存の経済理論や金融業務の実情を前提に話しているため、一般の聴衆にとっては必ずしも分かりやすいとはいえないが、言葉を補うなら要するに次のようなことである。

 自国通貨と一定の金や外貨との交換を保証する金本位制・固定為替相場制の時代ならいざ知らず、それ自体はただの紙切れにすぎない紙幣=不換通貨を介して回っている今の経済において、貨幣は一種の借用書=貸借関係の記録にすぎない(A. ミッチェル・イネスらの「信用貨幣論」)。そして、それに確たる信用が付与されるのも、政府が国家の権威にもとづいてその価値の共通の尺度=通貨単位を設定し、国民が納税や民間取引に使えるよう発行しているからである(G. クナップの「国定貨幣論(表券主義)」)。

 だから、政府が貨幣を必要とする時は、何もよそから調達するまでもない、いくらでも自ら創り出せばよいのである。というのも、現代では貨幣は「信用創造」によって生み出される。つまり「銀行が貸し出しを行うのに外部から通貨を入手する必要はなく、銀行は借り手の預金口座に貸出額と同額の預金額を記帳するだけで、文字どおり無から預金を創造することができる」(=「内生的貨幣供給論」、島倉原氏)のであるから、政府は国債発行という形で中央銀行と貸借関係を重ねることによって、貨幣を無限に創出することができるからだ。

 そうして創造した貨幣を用い、政府はまずは国民に投資すればよい。国民はこれを元手に各々経済活動を営み、納税という形で債務を履行するだろう(「スペンディング・ファースト」)。

 そうだ、たしかに、政府が国民から集めてそれを公共投資の費用に充てると考えるから、財源不足を理由に色々なものを削られるのだ。逆に、政府はその権能でもって無から創り出せるカネを、前もってわれわれに投資し、われわれはそれで得たカネの一部を税として納め借りを返すと考えるなら、政府はわれわれの経済を良くする投資をどんどん行うに違いない。まさに「目からウロコ」!!―――そう感嘆する人もいるだろう。だが、そのように簡単に納得してしまってもいいものだろうか。というのも、いくつかの素朴な疑問がわれわれの頭をよぎるのだ。

 国民は保有する貨幣量に対応し、手に入れることのできるモノやサービスの量が決まっている。保有する貨幣量を超えた支出のために借金したときは、あらかじめ合意した利子を上乗せして返すことを要求されるのであり、それを履行しなければ制裁の対象となる。

 一方、政府は支出のために、無限に中銀に借金し続ければ済むという。このとき、通貨は国民と政府とでは意味合いが異なっている、つまり、もはや国の「共通の尺度」ではないではないか。あるいは、国民と同様、借金に借金を重ねる政府が世の信用を得られるわけもなく、債権市場における金利は暴騰、誰もその国の国債など買おうとはしなくなる=借金すらできなくなるのではないか。そもそも、政府・中銀コンビがキーボードひとつでいくらでも公共投資のための財源を創り出せるなら、そして税金が公共投資の財源ではないというなら、国民は一体何のために税金を納める必要があるのか…。

 ケルトン教授はこうした素朴な疑問に、どのように答えるか。

(…会員ページにつづく)

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  1. T.S より:

    ※会員ではないので全記事は読めません。

    「自国通貨をもつ国は、限度なく通貨を発行できる」
    本当にそのように発言したのであればそれは間違いですね。インフレ率に制限されます。ただそのことは本人も理解しているはずですが、話の中で言及は皆無でしたか? であれば、ケルトン氏の説明不足でしたね。

    「国民と同様、借金に借金を重ねる政府が世の信用を得られるわけもなく、債権市場における金利は暴騰、誰もその国の国債など買おうとはしなくなる」
    しかしながら、日本政府の負債総額(国債発行残高)と金利の関係は、現実にはそうなっていません。
    個人の借金と政府の負債は全く違うものです。同列には語れません。

    税金の役割は以下だと考えます。
    ・物価の調整機能(法人税、自動安定装置)
    ・所得の再分配機能(所得税、格差是正)
    ・徴税を強制することで通貨の価値を担保する

    得られた税収は当然予算として使えば良いものです。足りない分は国債発行でまかなう。税金の目的は財源ではなく、予算として執行されるのはいわば副産物です。

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