2018年11月6日の米国中間選挙で、史上最年少の29歳で下院に当選した民主党のアレクサンドリア・オカシオ‐コルテス議員が、新しい税率区分を提案して米国で大きな話題になっている。それによると、年収100億ドル(約1兆800億円)以上の超富裕層に税率70%を課し、税収の増額分はグリーンインフラ(再生エネルギーインフラ)や国民皆保険制度で使用するというプランである。
▲アレクサンドリア・オカシオ-コルテス下院議員(Wikipediaより)
アレクサンドリア・オカシオ-コルテス民主党下院議員は、2018年11月6日の米中間選挙で、バラク・オバマ前大統領やバーニー・サンダース上院議員など、多くの進歩的な人物や団体の支持を集めて共和党のアンソニー・パパス候補を大差で破り当選した。得票率はコルテス議員が78%(110,318票)に対してパパス候補は14% (17,762票)だった。
アレクサンドリア・オカシオ-コルテス下院議員とはどんな人物なのか
アレクサンドリア・オカシオ-コルテス下院議員は、1989年、ニューヨーク州ブロンクス生まれ。母はプエルトリコ人、父はブロンクス生まれのプエルトリコ系の建築家である。ボストン大学で経済学と国際関係論を専攻したが、2011年に大学を卒業したあとは、清掃婦やバスの運転手をしていた母を助けるために、ウェイトレスやバーテンダーの仕事をしていた。
父親は小さな会社を経営していたが、3年前に癌で死去。父の死後、一家は家財の差し押さえに抵抗していたが、母と祖母は最終的にフロリダへ移った。
大学卒業後ブロンクスに戻り、子どもの教育・識字能力の改善の必要性を主張し、児童書の出版社を立ち上げた。2016年の大統領選では、バーモント州選出の無所属上院議員バーニー・サンダース氏の選挙運動でオーガナイザーの一人を務めた。
コルテス議員は、民主党員であるが同時に、バーニー・サンダース上院議員も連携するアメリカ民主社会主義者(Democratic Socialists of America、略称:DSA)のメンバーでもある。
▲バーニー・サンダース上院議員(Wikipediaより)
コルテス議員は、国民皆保険、公立大学の授業料無償化、移民税関捜査局の廃止などを主張している。今回の、年収100億ドル(1兆800億円)以上の超富裕層に税率70%を課すという新しい税率区分の提案は、こうした政策の財源として考えられている。
オカシオ-コルテス議員の税制プランは機能しない!?
2019年1月9日にYouTubeに公開されたMSNBCの動画は、このコルテス議員の新提案をテーマにしたものである。
MSNBCは、1996年に開局したニュース専門放送局で、放送ネットワークNBC(株式所有率82%)とマイクロソフト(株式所有率18%)が共同で設立したものであり、マイクロソフトのポータルサイト・MSNとNBCを組合せたものがチャンネル名となっている。
2018年12月27日週の総視聴者数では156万人を記録し、18年間に渡り首位であったFOXニュースを破り、初の首位になった。
MSNBCの人気ニュース番組「Velshi & Ruhle」で取り上げた番組のタイトルは「オカシオ-コルテス議員の税制プランが機能しない理由」である。
このタイトルが示しているように、アンカーのアリ・ヴェルシと番組に登場するジャーナリストのジョン・ハーウッドは、コルテス議員の提案する新税制を、これまでも存在した最高税率の捕捉率の問題から批判してゆく。
▲MSNBCのホームページ
米国の現在の課税制度は、貧富の差がより平等になるようにとの趣旨から、累進課税制度を取っている。現行の税率区分は次のとおりである。
税率 年収
37% 50万ドル以上(5400万円)
35% 50万ドルまで(5400万円)
32% 20万ドルまで(2160万円)
24% 157,700ドルまで(約1,700万円)
22% 82,500ドルまで(約890万円)
12% 38,700ドルまで(約420万円)
10% 9,525ドルまで(約100万円)
この累進課税区分(ブラケット)は、2017年12月22日に税制改革法案(「Tax Cuts and Jobs Act, H.R.1」)が成立して改正されたものである。それ以前のブラケットは、やはり7区分であるが、それぞれ、税率は10%(年収9,525ドル(約100万円)まで)、15% (年収38,700ドル(約420万円)まで)、25%(年収93,700ドル(約1,000万円)まで)、28%(年収93,701ドル以上)、33%(年収195,451ドル (約2,00万円) 以上)、35%(年収424,951ドル(約4,590万円)以上)、39.6%(426,700ドル (約4,600万円) 以上)である。
最高税率に注目すると、トランプの税制改革で、39.6%から37%へ引き下げられたことがわかる。しかも、年収4~5000万円台以上は同じ税率である。米国はほんの一握りが年収1億円どころか、1兆円以上を手にしているのだから、これまでの税率区分が現実を反映しているとは言い難い。
コルテス議員の新ブラケット案では、年収100億ドル(約1兆800億円)を超える層への最高税率が70%である。こうした区分を設定したことでコルテス議員は、年収1兆円以上を稼ぐような異常なまでの超富裕層が現実に存在するのだと可視化してみせたのである。このことの意義は大きい。
最高税率を現状の2倍に引き上げ、増えた税収の使い道は、再生エネルギーインフラの整備や国民皆保険制度の運用に充てることをコルテス議員は提唱している。
▲トランプ大統領(Wikipediaより)
MSNBCのニュース番組「Velshi & Ruhle」のアンカー、アリ・ヴェルシは、まず、この新ブラケット案で今後10年間に増える税収を、7,200億ドル(約78兆円)と試算。その上で、税収の使い道として挙げられている国民皆保険制度の事業コストと比較を行った。結果、今後、10年間で国民皆保険にかかるコストは30兆ドル(3240兆円)におよび、このコルテス案ではペイしないと批判している。
▲アリ・ヴェルシ氏(Wikipediaより)
最高税率は名目的なもの!? 税逃れの横行!これまでも富裕層「1%」は実質的に最高税率の半分しか支払っていなかった!
この番組の中で、アンカーのアリ・ヴェルシがインタビューを行ったCNBC(ニュース専門放送局)のジョン・ハーウッド記者は、注目すべきことを述べている。
それは、1950年代の最高税率は90%以上だったが、実際、このブラケットの人々が支払った平均税率は、最高税率の半分以下だったという実態である。同じように、1980年代のレーガン大統領のときの最高税率は70%だったが、これを支払ったいわゆる「1%」の平均税率は35%にすぎない。現在の最高税率は37%だが、「1%」の超富裕層の平均税率は27%である。
つまり、名目上の最高税率が一定レベルにあると言っても、実際の収入全体を捕捉できない限り、最高税率を課して徴税することは事実上困難だ、という問題が生じている。
▲ジョン・ハーウッド記者(Wikipediaより)
たとえば、米国の三大投資家の一人で大富豪のウォーレン・バフェット氏が、2010年に支払った税金は全収入の11.06%にしかすぎない。この税率は上位400人の納税者の率よりもかなり低く、年収10万ドル(約1,000万円)から20万ドル(約2,000万円)のブラケットの納税者の税率よりもかなり低い。
2010年のバフェット氏の総収入は、62,855,038ドル(約68億円)で、課税所得額は39,814,784ドル(約43億)、課税額は6,923,494ドル(約7億5000万円)である。トランプの税制改革以前の税率39.6%(426,700ドル〔約4,600万円〕以上)を適用すると、課税額は約24,890,595ドル(約27億円)である。およそ20億円近くも税金逃れをしていたことになる。
▲ウォーレン・バフェット氏(Wikipediaより)
これは、超富裕層の所得の大部分がキャピタル・ゲインや配当金であることが大きい。長期キャピタル・ゲインや配当金の一部、キャリードインタレスト(ファンドの儲けに応じてファンド運営者に支払われる)の課税率は20%と通常の所得税よりかなり低い。さらに、デラウェア州に会社を設立すれば租税回避の抜け道があり、富裕層にとって「タックスヘイブン」に近いものになっている。
さらに、最富裕層は、低い税率に合せようとして、寄付やキャピタル・ゲインの現金化のタイミングをずらして課税所得額を減らす操作を行う。
- 【オピニオン】最富裕層の税率を上げても米経済成長は減速しない(ウォールストリートジャーナル日本版、2012年4月24日)
ハーウッドのコルテス税制案への批判の核心は、端的に言って、最高税率を上げることで国庫に入るはずの税増収分は、課税回避から生じる税収減で相殺されてしまうということである。
コルテス議員の新提案から見えてくる米国の「1%」の超富裕層の驚異の税逃れと米国国家体制の危うさ
コルテス議員の新提案は、著名な経済学者ポール・クルーグマン氏も述べているように、経済学的に見て、最高税率が上がれば経済成長率が下がる、という関係は米国において存在しない。したがってクルーグマン氏の理解に反して、経済成長率低下を理由にした共和党によるコルテス議員批判は、見当外れと言える。
結局、このコルテス議員の新提案から見えてくるものとは、米国という国家の課税体系の有名無実化であり、超富裕層だけを優遇したいびつな税制の存在である。この番組のタイトルは「オカシオ-コルテス議員の税制プランが機能しない理由」というものだが、これは実のところ「米国の税制が機能しない理由」を裏側からに暴露しているともいえる。
それは誰がこの国家を牛耳っているのか、を如実に表しているだけにとどまらない。米国株が最高値になったときに、大売りを浴びせた、三大投資家の一人にしてアラバマ州出身の生粋の米国人であるジム・ロジャースのメンタリティーに典型的に現れているように、大富豪は、自分の拠って立つ国家を少しも考慮していないことをも示唆している。ジム・ロジャース氏は、米国の将来に見切りをつけ、次の時代は中国を中心とする東アジアが栄えるとみて、一家でシンガポールに移住している。
▲ジム・ロジャース(Wikipediaより)
ごく限られた超富裕層にとって都合の良い、いびつな新自由主義は、結局のところ国家を弱体化させ、社会を荒廃させる。米国の後追いをし続ける日本の末路も、ここに明らかに示されているのではないだろうか。