「東海岸では冷たい風が吹いている」――。
訪米中、島ぐるみ会議メンバーが幾度か口にしていた言葉です。19年間の年月をかけて地道なロビーイングを行ってきた西海岸とは違う、ワシントンの政治家たちの冷たい空気、と後の記者会見でも言及されていました。しかし、東海岸での活動1日目、「ジュゴン訴訟」にかかわる米国独立政府機関を訪問した訪米団メンバーは、好感触と今後の展望を得られたようです。
「なぜ急にその結論に達したのか、そして誰の分析によるものなのか、その結論をだした担当者が誰なのか明らかにされていない。責任者の名前が伏せられており、情報開示を申請しても出てくるのは黒塗りされた資料。こういうことは、米国でもあり得るのか――」。
吉川秀樹氏(沖縄・生物多様性 市民ネットワーク共同代表)は、辺野古新基地建設における米国防総省のずさんな環境影響調査と情報開示の現状についてこう訴えました。
2015年11月19日、吉川氏を筆頭に、島ぐるみ会議訪米団Aチームの6名が、米国ワシントンD.C.において、歴史保存諮問委員会を訪問しました。歴史保存諮問委員会(Advisory Council on Historic Preservation=ACHP)は、米国の独立政府機関であり、歴史的・文化的な遺産を保護する米国の法律、文化財保護法(National Historic Preservation Act=NHPA)を管轄し、政府機関に助言を行う役割を担っています。
今回、AチームがACHPを訪問した目的には、「ジュゴン訴訟」という2003年に提訴された訴訟が大きく関係しています。「辺野古新基地建設によるジュゴンの生態系へ配慮がないことは文化財保護法=NHPAに反する」として、日米の両市民団体が米国の法廷で米国防総省を訴えたこの画期的な裁判は、残念ながら2015年2月13日、サンフランシスコ連邦地裁で行われた再審において、原告側が敗訴する結果となりました。
しかし、その裁判に関わる環境影響調査資料が、未だに開示されていないとしたら――。
後編ワシントンD.C.編第1回目の本日は、12年閒におよぶ「ジュゴン訴訟」の解説を行いながら、歴史保存諮問委員会との会談の様子をお伝えします。
法律顧問付きで行われる歴史保存諮問委員会との会談
▲ジョン・ファウラー委員長(中央)、ハビアー・マルケス顧問弁護士(左)。<右端は通訳の方>=写真1=
西海岸サンフランシスコから飛行機で移動すること、約5時間。他の訪米団メンバーより一足早く、東海岸の首都、ワシントンD.C.に前入りしたAチームの6名は、午前9時より独立政府機関である歴史保存諮問委員会(ACHP)を訪問しました。
米国の法律と裁判が関わるトピックであることから、双方に法律顧問が同席しての会談となりました。歴史保存諮問委員会には、ジョン・ファウラー委員長とともに、提携法律顧問弁護士のハビアー・マルケス氏と副顧問弁護士のケリー・ファニッゾ氏が参加し、島ぐるみ会議側には、文化財保護法(NHPA)の権威として知られ、米国内でも多くの訴訟に関わるトム・キング法律顧問が同席しました。
まずは、ファウラー委員長より、歴史保存諮問委員会が米国政府機関の1つであり、その役割は、国防総省・司法省など他の政府機関へアドバイスを行うことであるということ、そのために、島ぐるみ会議メンバーに対して直接的なコメント・助言はできない旨が説明されました。
プレゼンテーションを行った吉川秀樹氏は、260種の絶滅危惧種が生息する大浦湾における新基地建設が、特に天然記念物であるジュゴンの生態に影響を及ぼすと説明し、「影響はない」という立場を取る米国防総省が、環境影響調査の結果を公開しない現状について訴えました。
今回の訪問を理解するためのキーワード(1)~「ジュゴン訴訟」
▲ジュゴンの様子。辺野古に滑走路が建設されることで、ジュゴンの餌場が破壊されることに加え、騒音も生態系に影響を与えるとの調査結果も存在する(粕屋・阿部論文)。<※写真はウィキコモンズより引用>=写真2=
会談の様子をご紹介する前に、島ぐるみ会議訪米団メンバーによる歴史保存諮問委員会(ACHP)の訪問を理解するために、「ジュゴン訴訟」という米国内での裁判について噛み砕く必要があります。
冒頭でも簡単に触れた通り、「ジュゴン訴訟」は、今から12年前、2003年にサンフランシスコ連邦地裁に提訴された裁判です。原告である米国の環境保護団体(注1)と地元・沖縄住民、日本環境法律家連盟が、米国防総省を相手取り「辺野古新基地建設はジュゴンの生態に悪影響を与える」として、辺野古新基地建設計画の中止とジュゴンの保護を訴えた画期的な訴訟と言えます。
この「ジュゴン訴訟」においては、原告の米国非営利団体が大きな役割を果たしました。島ぐるみ会議訪米団Aチームは、現地時間11月16日、他メンバーがサンフランシスコ市議との会談に出席していた際に、オークランド市において、「ジュゴン訴訟」の一原告である「生物多様性センター(Center for Biological Diversity)」を訪問し、日本のNGO団体とは異なり、弁護士や報道の専門家が所属しながら、国内外のケースに対し、積極的に活動を行う米国の環境保護団体に刺激を受けたとコメントしていました。
「ジュゴン訴訟」は、2008年1月、サンフランシスコ地裁が国防総省に対し、「ジュゴンへの悪影響を考慮する措置」を取り、情報の開示や沖縄県における聞き取り調査などを命じる判決を出したことにより、原告側の歴史的な「中間勝訴」を勝ち取りました。
(注1)米国側の原告は、 生物多様性センター(Center for Biological Diversity)、タートル・アイランド回復ネットワーク(Turtle Island Restoration Network )、アース・ジャスティス(Earthjustice)の3団体。
今回の訪問を理解するためのキーワード(2)~「NHPA」と「歴史保存諮問委員会」
▲島ぐるみ会議メンバーより提示された大浦湾の写真を確認するジョン・ファウラー委員長(手前から2番目)=写真3=
「沖縄」のジュゴンが「米国」の法律の下で保護される――。
この奇妙にも響く「中間判決」の法根拠となったのは、米国の「文化財保護法(NHPA)402条」です。このNHPA402条は、「米国外であっても、米国領土と同様に文化財への影響に配慮しなければならない」として定めています。そしてNHPAを管轄し、大統領、議会、連邦機関に助言を行う独立機関こそが、今回島ぐるみ会議訪米団のAチームが訪問した「歴史保存諮問委員会(ACHP)」です。
しかし、前述のような米国環境保護団体のサポートもあって、原告側に有利な「判決」が出たにもかかわらず、2014年1月10日、前仲井眞沖縄県知事が「環境保全に影響はない」とする環境影響評価(=アセスメント)を根拠に埋め立てを承認し、そのわずか三か月後の2014年4月、米国防総省も「ジュゴンへの影響はない」とする報告書を突如として連邦地裁に提出、一方的にNHPAの遵守手続き完了を通達しました。
「ジュゴン訴訟」は、その後、2014年12月に原告の再審請求により裁判が再開したものの、2015年2月13日、国防総省側が主張した「政治的問題の法理= ポリティカル・クエスチョン・ドクトリン(PQD)」(注2)を根拠に、原告敗訴の結果に終わりました。
▲歴史保存諮問委員会(ACHP)との会談においてプレゼンテーションを行う吉川秀樹氏(右列・手前より3番目)=写真4=
しかし、諮問委員会へのプレゼンテーションの中で、吉川秀樹氏は、国防総省が2014年4月に提出した報告書とNHPA遵守手続きの完了に対し、疑義を唱えます。
「この際、国防総省は日本政府の環境影響評価(=アセスメント)を取り入れていますが、この環境影響評価は、日本の専門家たちが『日本史上、もっともずさんな環境影響評価』と呼ぶものです。そして、さらに驚くのは、国防総省がどのようにその結論に達したのか、誰の分析によるものなのか、米国側の責任者の名前が出てこないことなのです」
(注2)PQD:軍事や外交などの高度な政治問題には司法は立ち入らないとするもの。米国憲法で定められている。
黒塗りされた文書と、謎の文書『ウェルチ2010』~ジュゴンへの影響はない?
▲非公開文書『ウェルチ2010』について話すトム・キング氏。=写真5=
吉川秀樹氏は、国防総省に対し、情報開示の申請を行ったといいます。しかし、「出てくるのは、黒塗りされた資料だった」と言います。吉川氏は、米国防総省が日本政府による環境影響評価とは別に独自の調査も行っていると説明し、しかしその、「ジュゴンへの影響に配慮する手続き」を経て作成されたとされる報告書については全く公開がされておらず、文書そのものを見ることもできないと話します。
先述の法律顧問トム・キング氏もその報告書について触れ、「『ウェルチ2010』のことですね。私は国防総省に問い合わせをしてみました。その報告書は確かに存在するようです。文化資源関連の資料のようです」と指摘しました。
黒塗りされた文書と、見ることすらできない、詳細不明の報告書『ウェルチ2010』――。