「どこかで戦争が起きると、あらゆる人がそこに巻き込まれる。だから、戦争をやりたい人だけに、戦争を論じさせておいたら大変なことになる。素人だからこそ、われわれは戦争について考えなくてはいけない」──。
『破局のプリズム:再生のヴィジョンのために』(2014年9月、ぷねうま舎)の著者であり、『自発的隷従論』(2013年11月、筑摩書房)の監修を務めた、立教大学大学院特任教授の西谷修氏は、20世紀の戦争について、このように語った。
2014年12月23日、京都市上京区の同志社大学烏丸キャンパスで、「シリーズ『グローバル・ジャスティス』第50回(第7回憲法サロン) 戦争について思考するということ」が開催された。
西谷氏は、「テロとの戦争は、これまでのような戦争ではない」と主張する。テロとの戦争は、戦いを仕掛ける側が「敵」を勝手に決めていいことになり、相手がどこの国にいようが攻撃してもいい、という枠組みなのだという。
また、「国対国の戦争と違い、テロリストは自国の内部に住む可能性があるので、国内を完全な統制化に置くことになる」と述べ、テロとの戦争は二重に強力な制圧と統制を生む、と警鐘を鳴らした。
司会の同志社大学グローバル・スタディーズ研究科の岡野八代氏は、「安倍総理は『集団的自衛権は国民全員を守るためだ』と言ったが、今回の選挙でアベノミクスを全面に出したように、守りたいのはグローバル経済市場なのではないか」と、疑問を投げかけた。
- 講師 西谷修氏(立教大学教員)
- 共催 同志社大学グローバル・スタディーズ研究科・京都96条の会
間違った選挙制度が、自民党を勝利させた
立憲デモクラシーの会の呼びかけ人でもある西谷氏は、20世紀の戦争について、こう語る。
「人々の生活がグローバル化し、どこかで戦争が起きると、あらゆる人がそこに巻き込まれる。あっと思った時には戦争は起きていて、引きずり込まれてしまう。だから、戦争については、戦争したい人だけに論じさせておいたら大変なことになる。政治学者や軍事専門家、ミリタリー・オタクだけの問題ではない。素人だからこそ、戦争について考えなくてはいけない」
2014年12月14日に投開票が行われた衆院解散総選挙に関しては、自民党を支える基盤について、次のように解説した。
「かつて自民党は、(選挙の際に)企業や組織を動員してきた。しかし、ここ20年で、老人会や町内会のようなものが実にこまめに組織され、昼食会などという名目で、バスで大人数で事前投票に行く。そういう人たちが有権者の20パーセントくらいを占めるようになって、自民党を岩盤のごとく支えている」
投票率が下がれば、相対的にその層の影響力が上がる。民主党が圧勝して、政権交代が実現した2009年の総選挙では、投票率は70パーセントだった。西谷氏は、「2009年は、今回の投票率(52パーセント)との差にあたる約20パーセントの人たちが、自民党以外に入れた。ところが今回の選挙では、自民党以外に入れるところがないと思ったから、その人たちは選挙に行かなかった。つまり、この選挙結果は、政策を国民がどう評価したかではなく、単に選挙制度の問題が現れたにすぎない」と喝破した。
まるで植民地? 怒りの民意を示した沖縄
ただひとつ、今回の選挙で極めて大きな意味を持ったのは、自民党が沖縄で全敗したことだ、と西谷氏は言う。「11月の県知事選で、基地反対派の翁長氏が勝利した。そこで示された民意を、政府は総選挙で押しつぶそうとしたのだろうが、それも否定された」とし、次のように続けた。
「県知事選と衆院選、この二重に示された圧倒的な沖縄の民意を無視するようなことがあれば、これは日本という国が、その一部の地域を強権で圧殺するということになる。沖縄は日本の植民地だ、ということになる」
現在、翁長知事を含めたグループが、沖縄の状況を国際的に訴えていく運動を進めていることについて、西谷氏は「日本の政府のやっていることが世界に認識されれば、今の安倍政権の足元を揺るがすし、日米安保や武器輸出、それらを支える憲法改正にも確実に響いてくる。われわれも、沖縄に頼ってばかりではいられない」と力を込めた。
自ら進んでアメリカに隷従する日本
西谷氏は、自身の監修したエティエンヌ・ド・ラ・ボエシ著『自発的隷従論』について、「今、世界的な政治を考える時に、ひとつの問題点は、啓蒙主義的な観点に囚われていることである。それで見えなくなっているものがたくさんある。グローバル化した世界は、近代の啓蒙思想と軌を一に展開した国民国家体制が崩れていく時代。そこで見えなくなるものの基本構造が、この本には書かれていた」と話す。
そこには、国内だけでなく、国際的な支配従属の形が見えて来ると言い、「沖縄で、前知事の仲井真氏は、国からお金を持って来ることが大事だと思っていた。そのためにはサンゴの海だろうが、献上します、という態度で、彼は自発的に日本政府に隷従していた。それで勝ったと思っていた。これは、沖縄を日本に繋ぎとめてきた構造そのものだ」と解説した。
続けて西谷氏は、「これは、戦後の日米関係にも言えることだ」と話し、「広島と長崎に原爆が投下された際、大本営は医務局に命じて1500人規模の調査団を現地に派遣したが、被爆者への治療は一切せず、彼らが死ぬまでの経過を徹底的に調べた。そして、1万ページに及ぶ調査書を作成し、直ちに英訳、GHQに差し出した」と語る。その理由は、「彼らの証言によれば、自分たちが占領統治の良きパートナーだということを、(アメリカに)進んで協力することで示したかったからだという」。
これらのことは、2010年にNHK広島によって、『封印された原爆報告書』という番組が作られるまで、日本では知られていなかったと西谷氏は言う。積極的にアメリカに協力し、戦後統治の権力を与えられた日本政府こそが、「まさに自発的隷従の構造にある」と断じた。
仕掛ける側が「テロリスト」と呼べば「敵」にできる戦争
また、西谷氏は「テロとの戦争は、これまでのような戦争ではない。戦争とは国対国の構図で、責任が存在するし、戦時規範と平時規範を連動させる国際法体制の中にある。しかし、テロとの戦争は、戦いを仕掛ける側が『敵』を勝手に決めていいことになり、相手がどこの国にいようが攻撃していい、という枠組みである」と説明。
「同時に、テロとの戦争は、国内を『非常時』にすることができる。国対国の戦争と違い、テロリストは自国の内部に入る可能性があるので、国内を完全な統制化に置くことになる。つまり、テロとの戦争は、二重に強力な制圧と統制を生む道具ということだ」
利用される民主主義
司会の岡野氏は、「民主主義は、国民の意思を確認しながら法を作る体制。しかし現実は、合理化と民営化を進めた統治の道具になっていて、テロとの戦争とセットで用いられている。日本はTPP参加によって、グローバル経済秩序を受け入れながら、ひいてはテロとの戦争に参加することになるのではないか」と懸念を示した。