ガザ攻撃から4ヶ月、パレスチナHIPHOPグループが来日「9歳にもなれば、僕らは政治を理解する」〜DAMメンバーインタビュー(聞き手:ぎぎまき記者) 2014.10.12

記事公開日:2014.10.16取材地: テキスト動画独自
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(IWJ・ぎぎまき)

特集 中東

 今年7月から2ヶ月近く続いたイスラエル軍によるガザ地区への攻撃は、まだ私たちの記憶に新しい。この戦闘で、パレスチナ人の死者は2000人を超え、圧倒的な軍事力を行使したイスラエルにとっても、2005年以降、最悪の事態に帰結した。8月27日、イスラエル政府とハマスは長期停戦で合意したものの、ハマスが求めるガザ地区の封鎖解除や、イスラエルが要求したガザ地区の非武装化については交渉が先送りされ、次の衝突も避けられない現実は横たわったままだ。

 ガザ攻撃が激しくなるにつれ、日本国内では、イスラエル政府や軍による攻撃やパレスチナ占領に反対するデモや抗議集会が、相次いで行われた。それと時期を同じくして、パレスチナHIPHOPグループ「DAM」の日本公演を実現しようと、クラウド・ファンディングがスタート。8月末には、200万円を超える寄付が集まり、メンバーの来日が実現。MCの一人、ターメル・ナッファールが急病で来日できなかったものの、残りのメンバー2人で東京、横浜、大阪、京都の4ライブを敢行。どの公演もチケットが売り切れるほどの反響を呼んだ。

 DAMが出演した映画「自由と壁とヒップホップ」上映後の舞台挨拶が、彼らにとって、日本での最後のイベントとなった10月12日、IWJは舞台挨拶に先立ち、メンバーであるマハムード・ジュレイリとスヘール・ナッファールにインタビューを敢行。彼らの音楽活動や、イスラエル・パレスチナ問題について聞いた。

 彼らは、パレスチナ人でありながら、1948年のイスラエル建国によってイスラエル国境内に住まわざるを得ない、特異な環境で生まれ育った。パレスチナ人の苦境を、政治色の強いリリックで訴える彼らだが、一方で「パレスチナ問題」という枠内に押し込められることを好まない、一(いち)アーティストの姿がそこにはあった。

■イントロ ※動画は全編英語となります。ご了承ください。

  • スヘール・ナッファール (Suhell Nafar) さん (MC)/マハムード・ジュレイリ (Mahmoud Jreri) さん (MC)
  • 日時 2014年10月12日(日)12:30~
  • 場所 アップリンク(東京都渋谷区)

イスラエル政府に圧力をかけ、命を救ったパレスチナHIPHOP

Q. DAMの音楽でもあるヒップホップはアメリカで誕生しましたが、ヒップホップが社会にもたらした変化とは何でしょうか

マハムード「初期のヒップホップは、アメリカ社会で成功した。黒人社会が抱えている問題や原因を可視化した。テレビというメインストリームに引っぱり出したことで、世界に知らしめたんだ。けれど、今は違う。今のメインストリームにあるヒップホップは、逆に、黒人社会についてネガティブなイメージを与えていると思う。車や女性、金のことばかり歌って、お互いを殺し合ってるだけじゃないかってね。もちろん中には、とてもクリエイティブで力強いメッセージを発信してるアーティストもいるよ。ケンドリック・ラマーやルーペ・フィアスコとかね」

スヘール「僕らがヒップホップしか聴かないと思う人も多いけど、全然違うよ。僕らが見ている世界はもっとカラフルだ。政治色の強い音楽ばかりを聴くわけでもない。説教されるのが好きなら、僕らは音楽なんてやらないよ。活動家になればいい。何事も、見る世界を制限しては駄目だと思うんだ、アーティストなら」

Q. パレスチナのヒップホップが成し遂げたこと、また、DAMがこれから目指すことを教えてください

マハムード「99年から15年間、僕らは音楽を続けている。まだ継続しているということは、それ自体が一つの成功だと思う。それでも、パレスチナHIPHOPはまだ新しい。もっともっと洗練させる必要があると思ってる。常に何か新しいものを取り入れることは僕らにとっては重要で、若い世代のアーティストにもそれを伝えているよ。ただ単にラップするのではなくて、いかにクリエイティブになれるかが大事だってね。 DAMに関して言えば、そこまで到達したんじゃないかな。他のコピペではない、DAMのHIPHOPだって分かるようものになっている」

スヘール「パレスチナ人社会に直接何ができているかだけど、一つ具体的な話をしたいと思う。僕らが住んでいる街には、ムハッタという地区があって、イスラエルが建てた分離壁とユダヤ人入植地に囲まれている。かつては最も裕福なパレスチナ人の住居地区だったのに、今では最も貧しくて、犯罪の多いゲットーと化した。ムハッタは、8レーンにもなる列車の線路も隣接していて、一日に250本の列車が猛スピードで通過していたんだ。この地域には学校もあって、子どもたちが学校と家を行き来するには、この踏切を全力でわたらなければならなかった。半年で13人が亡くなったんだよ。その中の一人は当時5歳で、列車が通過するときの風圧によって飛ばされ、壁に頭を打ち付けて、即死した。

 それで僕らは活動家と一緒に曲を作ったんだ。ジュリアーノ・メール・ハミス(2011年、ジェニン難民キャンプで殺害される)が監督して、ミュージック・ビデオも製作した。この地域について伝える大キャンペーンを打ったんだ。これがイスラエル政府に大きなプレッシャーを与え、結果、政府は、学校から住宅まで橋を建設し、監視塔も作り、列車の速度も落とした。これは小さな結果かもしれないが、人の命を救うことに繋がったんだ。あれ以来、一人も死んでない。これが、僕らの音楽がやろうとしていることだよ」

パレスチナ人でありながら、イスラエルで生まれ、育ったDAM

Q. 日々の暮らしの中で、イスラエル人との交流はどれくらいあるのですか

マハムード「僕らはイスラエル国内に住んでいるから、毎日、彼らと話すというわけではないけど、もちろん交流はあるよ。いつも使うバスの運転手もユダヤ人だしね。それだけ複雑な状況の中で暮らしているということさ」

 スヘール「これは僕らDAMの考え方でもあるんだけど、パレスチナは誰にでも開かれた土地だと思ってる。イスラム教徒がユダヤ教徒やキリスト教徒と共存する、それがパレスチナであるべきだってね。でも、イスラエルは国旗を見れば分かるように、そこにはダビデの星が描かれている。イスラエルはユダヤ教徒だけのための土地なのさ。ユダヤ教徒でなければ、歓迎されない。 でも、僕は彼らとうまくやってるよ。ユダヤ人の友達もいるし、一緒に抗議行動にも参加する。僕自身は無宗教だよ。ヒューマニティと正義を信じてる」

Q. 今回の攻撃に対するイスラエル国内の反応の中で、軍事攻撃を支援する右派市民の極端な動きが目立ちました。みなさんの生活にどんな影響がありましたか

マハムード「影響はとても大きかったよ。僕らみたいにイスラエルのIDを持っている人間でさえ、日常的に攻撃された。ユダヤ人が居住するエリアを歩いたというだけで、銃で撃たれたアラブ人がいたという話も聞いた。パレスチナ人が主催した抗議デモに参加したけど、ユダヤ人右翼が邪魔してきたし、イスラエル人が主催したデモも彼らに攻撃を受けて、暴動になった。 抗議集会の場には軍隊もいて、警察もいる。それで、シオニスト右翼の市民が彼らに手を貸しているんだ。これはとても危険なことだよ。ここからはただ、悪化の一途を辿るだけさ。僕らにとっては、とても生き辛い状況になった」

スヘール「まるで『KKK』みたいさ。僕はそう思う。戦争反対と叫ぶだけで、襲撃されるなんて。精神的にいかれてるよ。そんな人間が18歳になって軍に入隊して、武器を与えられると思うと恐ろしいよ。イスラエルの9割近くが、今回の攻撃を支援したんだ」

マハムード「ヒットラー時代のドイツのようだとは言いたくないけど、似通っている部分はある。1936年、ドイツでは一般市民が手を貸して、ユダヤ人の店を襲撃したり、ユダヤ人店員を首にしたり、持ち物を略奪したりした。その当時の状況と今のパレスチナが置かれている状況を比較する人がいるけど、今は理解できる。だから、恐いよ。この先、どうなって行くのか」

スヘール「でも、考え方によっては、ここまで極端な状況になることは一方で、終焉に近づいているということかもしれない。占領も含めてね。南アフリカのアパルトヘイトや、ナチスのホロコーストもそうさ。収束の前には必ず、事態が最悪に達していた。このまま続くなんてあり得ないよ」

Q. それは、そう願うということ?それとも、必ずそうなると?

スヘール「そうなる、と僕は思ってる。僕らの世代では無理かもしれないけど、次の世代にはね」

マハムード「パレスチナ人は、生まれながらに政治の世界にどっぷりさ。9歳、10歳にもなれば、何が起こってるか理解するんだ。検問所というものが存在していて、パレスチナを占領することで得する国々があることを知る。違う国に生まれたら良かったなって正直思う時もあるよ。気楽に暮らせたらいいなってね。でも、僕はパレスチナ人だ。日常的に何かが起きる。対立や衝突、デモ、、、。1945年からずっとこうさ」

Q. 映画の中で登場した、ガザを拠点に活動している「PR」のメンバーたちは無事でしたか

スヘール「(PRのメンバーの一人)アイマンは、今回の攻撃ではプレスと一緒に行動していた。現場に彼らを連れていき、通訳として働いてたんだ。でも無事だったよ。2008年の攻撃の時は、彼は父親を亡くしている。彼の家も破壊された。5人の消防士が彼の父親を助けようとしたが、イスラエル軍はロケットを打ち込み、父親と5人全員がなくなったよ。アイマン自身は、その時も外にいて無事だった」

Q. イスラエルの軍事攻撃に反対する世論が世界中で高まり、中には反ユダヤ主義の台頭も目立ちました。イスラエル・パレスチナ問題で世界が対立してしまいがちな影響について、どう思いますか

マハムード「僕らは、反ユダヤ主義ではないけど、占領にも支配にも反対だよ。人々はいい加減、『変化』を求めている。この地域のリアリティを変える『変化』をね。インドを占領していたイギリスに対して、かつて、人々は反対の声を上げた。それはヘイトではない。正義であり、自由を叫んだんだ。フランスに支配されていたアルジェリアで革命が起きて、沢山の人が死んだ時もそうさ。正義や自由を求めた革命さ。 ユダヤ人だからという理由でユダヤ人を嫌いになるのは間違ってる。だけど、占拠や支配に対しては声を上げて欲しい。イスラエルは罪を犯し、人々を苦しめている。これは、もう終わりにしなきゃいけないよ」

目標金額200万円を超えたDAMジャパン・ツアー実現プロジェクト

10/8 DAM JAPAN TOUR in 大阪ー写真:平野大輔

Q. クラウドファンディングで目標金額が達成されたと聞いたとき、どう感じましたか。来日ツアーで日本人アーティストと共演した感想、また、オーディエンスの反応は

(…サポート会員ページにつづく)

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「ガザ攻撃から4ヶ月、パレスチナHIPHOPグループが来日「9歳にもなれば、僕らは政治を理解する」〜DAMメンバーインタビュー(聞き手:ぎぎまき記者)」への1件のフィードバック

  1. @55kurosukeさん(ツイッターのご意見) より:

    ※ 10月19日まで、動画全編公開中!
    ガザ攻撃から4ヶ月、パレスチナHIPHOPグループ「DAM」が来日〜「9歳にもなれば、僕らは政治を理解する」 http://iwj.co.jp/wj/open/archives/181256 … @iwakamiyasumi
    動画は全編英語だけど、文字起こしもあるよ。読んでみて。
    https://twitter.com/55kurosuke/status/522738917951283200

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