「イスラエルは、パレスチナ人を封鎖状態に置き、数年に一度、戦争を起こすほうが都合がいいのだ」──。
パレスチナ問題に詳しい岡真理氏(京大教授)は、7月26日に京都で行った講演で、パレスチナ問題の歴史や背景を無視した日本のマスコミ報道を批判。その上で、「2012年のガザ攻撃時の停戦条件が、封鎖解除であったにもかかわらず、イスラエル側は履行しなかった。今回も『封鎖解除については、停戦後に協議する』としている。ハマースが受け入れないのは当然だ」と語った。
講演は、京都市で開催された、映画『自由と壁とヒップホップ』の上映会にあわせて行われた。この映画は、史上初のパレスチナ人ヒップホップ・グループのDAMなど、過酷な状況の中で音楽による抵抗を行うパレスチナの若者たちを描いたドキュメンタリー。上映後に、岡氏が、主要メディアが報じないパレスチナ問題の歴史的背景、ガザ地区の内情について語った。
岡氏は、「奴隷状態で生きるより、自由に生きるために戦うことを選ぶ。それが、ガザの人々の抵抗である。『封鎖解除なき停戦はしない』と主張するハマースは、ガザのパレスチナ人の気持ちを代弁している」と力を込めた。
- トーク 岡真理氏(京都大学大学院人間・環境学研究科教授)
「パレスチナ人」は存在しないものとみなされる
冒頭で岡氏は、この日、IWJの岩上安身のインタビューを受けたことに触れて、「ガザに関して、今、語らねばならないことを、5時間近く語ってきた。なぜなら、日本の主要メディアでは、ガザの歴史、生かさず殺さずの状況を強いられてきた事実が伝えられないからだ」と述べて、次のように続けた。
「ガザの人口180万人のうち8割の150万人は、1948年にパレスチナにユダヤ国家のイスラエルが建国された際、民族浄化で難民となった人たちと、その子孫である。つまり、パレスチナ全土が占領されている、という歴史的な部分を無視して、『ハマースがロケット弾で攻撃するから、イスラエルはガザを攻撃する』という報道になっている。ハマースが攻撃に至るまでに、イスラエルが散々、挑発的に空爆していることはまったく伝えない。断片的で、表面的な報道ばかり」。
岡氏は、イスラエルによる攻撃が続いている「ガザ地区」の状況について、1948年のイスラエル建国当時にさかのぼって説明した。
「パレスチナの77%を占領することで建国されたイスラエルは、『可能な限り純粋なユダヤ人の国を作る』ことを目指したため、110万人以上のイスラム教徒とキリスト教徒のパレスチナ人が民族浄化される。その結果、難民となった70万人から100万人ものパレスチナ人は、かろうじてイスラエルに占領されなかったヨルダン川西岸地区と、ガザ地区、そして、周辺のアラブ諸国に散ってしまう。
今、問題になっているガザ地区だが、当時、人口8万人のところに20万人の難民がやって来て、小さなガザ地区は、それ自体が難民キャンプみたいになってしまった」。
イスラエルにおける、パレスチナ人という存在について、岡氏は「アラビア語を話すこと自体が、イスラエルの社会ではテロリストとみなされる。アラビア語で会話していただけで、すれ違いざまにナイフで刺されて殺された若者もいる」と話す。
パレスチナ人は、イスラエルの中では『パレスチナ人』とは呼ばれず、『イスラエリ・アラブ』、イスラエルのアラブ人と呼ばれるのだという。
これは『パレスチナ人は存在しない。パレスチナという言葉は口にしたくない。彼らは偶然、イスラエルにいるアラブ人だ』」という発想によるもので、イスラエルは建国直後から国内にいるアラブ系、パレスチナ系の住民を、いかに国外に追放するかということを絶えず議論していると、岡氏は説明した。
占領者のいない占領下にあるガザ
また、ガザ地区について岡氏は、「土地は狭く、長い部分でも40キロメートルしかない。その中にユダヤ人入植地があって、ユダヤ人の安全を守るために、イスラエル軍が駐留していた。そのため、検問所があちこちにあり、車ですぐに行けるところでも、何時間も遠回りしなくてはならなかった」と、その実態を説明した。
占領下にあるということは、「日々、嫌がらせの中を生きること」と語る岡氏は、「この入植地は、2005年にユダヤ人がすべて撤退して、同時にイスラエル軍もいなくなった。移動も、今は自由になっている。しかし、境界線に沿ってコンクリートの壁が作られ、監視塔があって、ガザへの出入りも、制海権や制空権もイスラエルがコントロールしていている。実際には、占領者のいない占領下に置かれているのだ」と説明した。
その上で、岡氏は、『人間は、いつでも好きな時に自分の国を離れ、好きな時に自分の国に帰る権利がある』と謳っている世界人権宣言にふれ、「基本的人権である自分の国に帰ることが、パレスチナでは66年間否定されている」と長年、パレスチナ人の権利が侵害されていることを指摘した。
「ガザのパレスチナ人にとって、今、イスラエルとなっている部分は、占領されたパレスチナの土地。だから、故郷に帰ることができない」。
そして岡氏は、「占領下の民衆が、占領軍に対して、武装抵抗することは国際法上の正当な抵抗権として認められている」ことから、依然として占領されているガザで、軍事部門を持って武装抵抗しているからといって、米国やイスラエル、欧米メディアがハマースを「テロリスト」と定義することに対し、疑問を呈した。
「ハマースをテロリストと呼ぶなら、かつてのナチスに対するフランスのレジスタンスも、テロリストになる。フランスのレジスタンスは賞賛して、ガザのハマースをテロリストと呼ぶのは、ダブルスタンダードであり、歴史的な文脈や国際法的な理解をねじ曲げた、一方的な見方である」。
停戦を受け入れないのはイスラエル側
戦闘が続くガザでは、調停役のアメリカやエジプトが示した一時停戦案も、合意には至っていない。これについて岡氏は、「日本の主要メディアの報道は、ハマースが停戦を受け入れないから、ガザの民間人の犠牲が増えるかのように伝えている」と指摘。
ハマースが停戦案を蹴った背景には、ガザの「封鎖解除」が条件になっていないことがあるという。
2012年のイスラエルによるガザ攻撃では、停戦条件が「封鎖解除」だったが、結局イスラエルは履行しなかった。「今回の停戦案では、封鎖解除は停戦後に協議することになっているが、2年前の停戦条件を無視したイスラエルが、果たして、言葉通りに協議をするのだろうか」と疑問を呈する岡氏は、協議したところで、実効性のある結果が出ないことから、ハマースが停戦を受け入れないのは「当然である」と解説した。
さらに、岡氏は「『封鎖解除』を求めたハマース側の提案を、日本メディアが報道していない」と指摘する。
停戦案を蹴った翌日、「ガザのパレスチナ人農民が安全に農作業ができること、ガザの領海内で漁師が出漁して操業すること、物資や人間の出入りを自由にすること、ガザの経済の開発、発展をイスラエルが邪魔しないこと」などの10項目の条件を付けた10年の休戦協定を、ハマースはイスラエルに申し出ている。
これらの「ガザという土地で人間が生きていく上での基本的な権利」が現在、封鎖によって奪われていると岡氏は訴えた。
岡氏によると「自分たちの攻撃は、ハマースに攻撃されるイスラエル国民を守るため」と主張しているイスラエルにとって10年間の休戦は非常にありがたいはずだが、イスラエルは、この提案に対してまったく応答していない。
「つまり、イスラエルにとって、封鎖解除でハマースの攻撃がなくなることよりも、封鎖状態にパレスチナ人を留め置くこと、そして、数年に1度の大規模な戦争でガザを破壊し、パレスチナ人を殺傷するほうが都合がいい。停戦を拒んでるのは、一体どちらなのか」と、岡氏は厳しく批判した。
また、「イスラエル側にも40人近い死者が出ている。これだけの犠牲を払って、封鎖解除というハマースの案を呑んだら、イスラエルにとって政治的な敗北になる。だから、イスラエルは、犠牲に見合うだけの戦果でなければ封鎖解除は受け入れないはず。非常に心配なのは、このあとハマースをますます力でねじ伏せようとして、戦闘が激化していくことである」と懸念を示した。
封鎖は「生きながらの死」である
ガザの人々がよく口にする、ソムードという言葉は、アラビア語で『抵抗、レジスタンス』を意味する言葉なのだという。
岡氏は「ジェニーン難民キャンプの母親たちが行っている『ここを1歩も動かない』という抵抗だ。パレスチナでは、『ここにいたら殺されてしまうから』と言って逃げたために、故郷に帰れなくなった人たちがいる。そして、虐殺にあっている。この間違いを繰り返さないために、彼女たちは『ここを動かない』と抵抗している」と説明した。
さらに、ガザの学者、ジャーナリスト、知識人100人以上が署名して、封鎖解除なしでの停戦はいらない、と世界に向けてアピールしたことにふれ、「封鎖は、彼らの言葉では『生きながらの死』である。生きてさえいれば、人間の尊厳が踏みにじられる生き方でもいいのか」と問いかけた。
「人間にとって、生か死かの問題よりも、尊厳が重要な時がある。私たちは、そういうことを文学作品や映画を通じて知っているのではないだろうか」。
ガザの人たちが戦っているのは、まさしく『ソムード』であると、岡氏はいう。
「自由がなく奴隷状態で生きるより、自由に生きるために、戦って死ぬ。頭を垂れて生きながらえるよりは、頭を高く上げて戦うことを選ぶ、ということ。それを、日本のメディアは報道しない。『封鎖解除なき停戦はしない』と主張するハマースは、ガザのパレスチナ人の気持ちを代弁しているのだ」。
メディア報道で語られないパレスチナの現状と背景、そして芸術などを語った。