憲法を軽んじる安倍政権の暴走にストップをかけるべく、大勢の学者らで結成された「立憲デモクラシーの会」は、2014年7月4日、東京・目白の学習院大学で、「集団的自衛権を問う ~立憲主義と安全保障の観点から」と題した講演会を行った。
7月1日、政府が集団的自衛権の行使を容認するための、憲法解釈の変更を決めた。集団的自衛権の行使容認を求める報告書を安倍首相に提出したのは、安保法制懇の座長代理、北岡伸一氏であるが、この日のメインスピーカーに招かれたのは、北岡氏の恩師(東京大学大学院時代)である三谷太一郎氏(東京大学名誉教授)。三谷氏は、立憲主義の兆しは江戸時代にすでにあったことを指摘し、「権力分散は、日本人の遺伝子に組み込まれている」と強調した。
また、前田哲男氏(軍事評論家)は7月1日の閣議決定に対し、「自衛官を原告にした違憲訴訟を行うべきではないか」と提案。「彼らは、国が憲法9条を遵守することを前提に自衛官になったのだから、その前提の崩壊は労働契約違反」と主張した。
立憲デモクラシーの会の共同代表の山口二郎氏(法政大学教授)は、安倍政権による解釈改憲への、同会としての抗議文を読み上げ、今回の閣議決定に強く反対することを表明した。
- 第1部
基調講演 三谷太一郎氏(日本学士院会員、東京大学名誉教授、政治史)「なぜ日本に立憲主義が導入されたのか:その歴史的起源についての考察」
コメント 加藤陽子氏(東京大学教授、歴史学)/司会 山口二郎氏(法政大学教授、政治学)
- 第2部
講演 前田哲男氏(軍事評論家)「〈万物流転〉にねじ伏せられた〈万古不易〉」
コメント 木村草太氏(首都大学東京准教授、憲法学)/司会 中野晃一氏(上智大学、政治学)
冒頭で山口氏が、今回の閣議決定に対する同会の考え方を示しつつ、スピーチをした。
5月12日に安倍首相が、「自衛隊がイラク戦のような戦闘に参加することは、今後もない。国連決議による安全保障への参加もない」と明言したことについて、山口氏は「その後の与党協議では、日替わりのごとく論点が変わり、機雷掃海を巡り、集団安全保障への参加を自民党が求めるなど、前言を翻した」と批判。
「ひとたび武力行使に加わった後でも、自衛隊は必要最小限の範囲で引き返せる、という安倍政権の主張は机上の空論に過ぎない」と述べた。
武力行使の範囲を、政府が自在に変えられる
そして、「国家のあり方や、国民の権利・安全の根幹にかかわるような重要事項に対する、その時々の政府の暴走に歯止めをかけるのが、立憲主義の要諦だ」と続けた山口氏は、安倍政権はこの原理を放棄している、と強調。「安倍首相らは、その時々の政府が、自衛隊の武力行使の範囲を自在に変えられる体制を作ろうとしている」と懸念を示した。
さらに、「日本の平和と安全を維持し、その存立を守るために、必要最小限度の実力を行使するという前提で、個別的自衛権を認めることは9条と矛盾しないというのが、これまでの政府解釈だったはず」と語り、「日本が直接攻撃されていない状況で、日本と密接な関係にある外国が攻撃を受けたことを理由に、集団的自衛権として自衛隊が武力を行使することは、9条2項に照らして違憲である」と力を込めた。
「集団的自衛権の行使容認は、日本が無用な国際紛争に巻き込まれるという点で、中長期的に見て、安全保障に寄与しない」。
民主政治への「すみやかな復活」を求める
山口氏は「安倍政権は、国内向けに集団的自衛権を否定した1972年の政府見解の論理との、表面的な整合性を装っている」と指摘。「国際法上の集団的自衛権が行使できるという、真逆の結論を導いている。これは、9条を正規の改正手続きを経ずに無効にする、欺瞞に満ちた解釈だ」と話し、次のように口調を強めた。
「立憲デモクラシーの会は、憲法改正によらず、政府解釈の恣意的な変更で集団的自衛権の行使を可能とする今回の閣議決定に反対し、今秋の臨時国会での関連法案の審議過程など、あらゆる機会をとらえて、立憲主義に基づいた民主政治への速やかな復帰を求めていく」。 ※
江戸時代に立憲主義の兆し
基調講演では、最初に三谷氏が登壇した。三谷氏は歴史を遡り、1. 日本に、なぜ、権力分立制が導入されたのか、2. なぜ、議会制が成立したのか、3. なぜ、複数政党制が生まれたのか、という3つの観点から、日本の立憲主義の源泉を探った。
三谷氏は「日本には、立憲主義を受け入れるだけの、特有の歴史的状況があったと」とし、明治国家にとっての旧体制(幕藩体制)の中に、その素因があったと強調した。
そして、「(将軍を頂点とする封建的な)幕藩体制にも、権力を抑制、均衡させる仕組みが、それなりに備わっていた」と発言。それが、権力分散機能を内包した明治憲法づくりにつながった点に、もっと注目すべきだとし、幕藩体制下の合議制や、若年寄りを3~5人と複数配置することで、将軍の補佐役への権力集中を防いできたことなどに触れた。
また、「将軍の寝所に第3の女が入って、将軍が何を話すかをチェックしていた」とも述べ、「相互監視機能が働く幕藩体制では、将軍とて自由ではなかった」と指摘した。
「権力平準化の遺伝子を、明治政府が継承した」とした三谷氏は、「明治憲法の権力分立制で、いかなる国家機関も単独では天皇を代行し得ないようにした」と説明し、「一見、集権的で、一元的と見なされた天皇制の背後には、分権的で多元的な、抑制と均衡の仕組みが作動していた」と語った。
三谷氏の講演に対し、加藤陽子氏(東京大学教授)は「現政権は『日本を取り戻す』としているが、では、安倍首相の頭にある、取り戻すべき日本の姿とは何か。今日の三谷先生の議論によれば、立憲的、分権的、合議的な共同体を生む伝統的社会が、日本のあるべき姿なのではないか」と話した。
自衛官原告で違憲訴訟を!
次に登壇した前田哲男氏は、「戦後憲法が、米国に押しつけられたものと信じている安倍首相は、日本の再軍備が米国に押しつけられたことは、決して言わない」と不満をにじませ、「自衛隊法改正が秋に行われ、海外任務が付随的任務から主任務になるだろう」との見通しを示した。