淡江大学日本語文学系の李文茹(リ・ウェンリュー)助理教授に4月12日(土)、岩上安身がインタビューを行った。李氏は近代日本文学を専攻し、日本語に堪能。今回の台湾立法院占拠運動には、大学教員という立場で関わった。岩上安身の台湾での取材活動では、シャマン・ラポガン氏へのインタビューの通訳を務め、呉叡人(ゴ・エイジン)氏へのインタビューにも立ち会った。
インタビュー後半からは、3週間にわたり台湾で取材活動を行ったIWJの原祐介記者も対話に参加。占拠現場でしか見聞できない生々しいシーンの数々を回想した。
- 2014年4月12日(土)20:00頃~(日本時間)
「この島」での共存:漢民族と先住民族、そして「新移民」
「私は呉さんの『賤民宣言』を目頭を熱くしながら読みました。ところが、その内容をシャマンさんに読んで聞かせたら、『こういう考えは現実から目を逸らしているのではないか』と考え込む風でした」。
インタビュー冒頭、岩上からの促しに応じシャマン・ラポガン氏と呉叡人氏の思想的立場の違いに関して解説する際に、李氏はこう述べた。
一聴すれば、両者の間には深い溝があるように聞こえるエピソードである。しかし、先住民族のシャマン氏と、漢民族の呉氏とを単純に比較することはできない、と李氏は指摘。「資本に搾取されてきた先住民族のシャマンさんにとって、国家や主権、資本といったという言葉や発想がそもそもないのです」と話した。
李氏は、シャマン氏の思想には「国」という制度の「無効性」を訴えるものがあると言い、「先住民やその他のマイノリティたちの諸集団の横のつながりを通じ、大きな『国』への抵抗が生まれる」と、期待を滲ませながら語った。
続いて李氏は、呉氏が「この土地で共同の憶い出を作ってきた人たちが、その意志で一つの国家となろうとする場所」と台湾について語ったことを取り上げた。「この島には漢民族も先住民族も、東南アジアからの『新移民』もいる。歴史文化背景が異なる人たちがこの島にやってきて住み着き、この島のことを嬉しく考えたり、心配したりする人たちによって台湾はある」。
李氏は、「だから、呉さんの意見も、シャマンさんの意見も、これから注目しなければいけない」と話し、その理由として「東南アジアの歴史あるいは文化背景を持った、これからも増えていく『二世』『混血児』」の存在を挙げた。また、そのような今後の台湾に対してサービス貿易協定がどのように影響を及ぼすのかに関心もあると続けた。
立法院占拠とソーシャルメディア
立法院の占拠という学生たちの行動は、「ただの衝動」に動かされたものではないことを確信していた李氏。「抗議のための抗議ではなく、『私たちが作っていく』というモチーフがあった」と話す。
強く胸を打たれた李氏は、「翻訳」という自分なりの方法で運動に参加。どういった動機で運動に参加し、何を考えて立法院占拠という行動に出たのかを語る学生たちの言葉を翻訳し、フェイスブックに書き込むという「草の根運動」を続けていたという。
今回の立法院占拠は突発的なものでは決してなく、ここ数年を通じて広まりつつあった社会問題に関心を寄せる学生たちの運動の延長線上にある。たとえば、地下鉄工事にともないハンセン病患者の施設が取り壊された際には、付近の大学生により患者たちを支援する組織が作られ、現在でもその活動は続いているのだという。
地下鉄工事、高速鉄道の建設計画、工場の排気ガスなど、都市開発から派生する諸問題に真摯に向き合おうとする学生たちは、主にソーシャルメディアを通じて交流を続けてきた。「社会問題に関する情報がFB(フェイスブック)を通じて広まり、交流も生まれる。友が友を呼んで、『(抗議活動に)行ってみませんか』というふうにエネルギーが蓄積されてきました」。
ソーシャルメディアが自発的な運動発生の起爆剤となる一方、テレビ報道は「学生たちが混乱している様子」ばかりを連日伝え、占拠活動と学生たちに対して否定的なイメージを植えつけられた視聴者は出来事の推移への関心を失っていった、と李氏は語る。
李氏が目撃した学生たちの姿は、テレビ報道からは伝わってこない。「実際の学生たちは専門家が話す貿易協定の話にとても真剣に聞き入っていました。授業よりずっと真剣だった(笑)。テレビからはそういう姿を見ることができません」。
中でも中国資本との関係を持つ衛星テレビ放送局の中天電視(中天テレビ)は、あからさまな偏向報道を行い、海外の報道ニュースに内容と相反する字幕をつけて放送した。また、立法院の座り込みに参加する女性たちの評判を落とすために、「(占拠された立法院で)一晩布団で寝たら妊娠した」という下品な虚偽情報をドラマの中に織り込んだこともあった。これに対し、ある女性団体は、中天電視本部に対して抗議行動を行い、生理用ナプキンを赤いマジックで赤く染めて投げつけるという一幕もあったという。
テレビや新聞を含めた既存メディアの責任は、サービス貿易協定や馬英九総統が将来において参加する意志を示したTPPに関する報道そのものにもある。李氏は、伝えるべき情報を既存メディアが伝えないため、TPPに関して「一般の人がどれだけ情報を得ているかは疑問」だと述べ、TPPがもたらす問題について広い公論の形成がままならない状況であることを示唆した。
学生たちの想像力
占拠の現場に入った原記者は、「日本での抗議活動と比べて台湾は違う」と感じさせる場面に何度も出くわした、と語る。たとえば、白狼というやくざのリーダーが率いる一団の来襲時には、学生や市民らは赤いヘルメットを被り、自分たちを「赤ずきんちゃん」に見立て、「狼なんか怖くない」とユーモアを交えながら意思表明した。前述のナプキンを投げつける女性団体といい、思いきった表現力と発想力、脱線ギリギリのラインまで迫るユーモアのセンスに驚かざるをえない。
李氏によれば、占拠活動で用いられたポスターやプラカード等にも工夫が凝らされ、「学生たちの想像力」を感じさせるものであったという。そうしたポスターなどは、国立の科学アカデミーに相当する中央研究院がデジタル化しようという計画があり、また、展示会が行われるという話もあるという。
立法院の「青空教室」:「別の新しい方法」を模索する場
李氏へのインタビューでは、学生たちが立法院からの退去を運動の終わりとは考えていないばかりでなく、実際に次の行動へ移っていることが明らかとなった。「サービス貿易協定に関するチラシを持って地方へ行ってお年寄りに説明して回る、草の根運動がすでに始まっています」。
占拠自体が自己目的化することを避けえたのは、「別の新しい方法」「別のやるべきこと」を学生たち自身が発見したことによるという。占拠の期間中、立法院議場は学生たちの「青空教室」と化し、活発な議論が交わされる場となった。「グループごとに輪になり与えられたテーマを議論し、ステージに上がり、とりあえずの結論を発表するんです」。
「勉強の時間」で「楽しい」ものだったという議論の内容は、単純にサービス貿易協定や政府に対して「NO」「反対」を叫ぶものではなかった。李氏は議論の情景について、「これからどうすればいいのか、何を考えていけばいいのか、という発言内容が大多数だった」と語り、運動が発展的に新たなステージへ向かおうとする時に「青空教室」の果たした役割の大きさがあることを強調した。
人間の移動の「自由」
今後、サービス貿易協定にもとづき中国からの人と資本の流入が野放しになれば、中国の富裕層が台湾に高級マンションなどの不動産物件を所有することになり、それにともない台湾国内全体の物価上昇が誘発されることが懸念されているという。
実際、サービス貿易協定と同様の協定を中国と結んだ香港では、すでに中国から大量の人の流入が始まっており、その影響が顕われ始めている。香港からの留学生から「台湾は次の香港にならないで欲しい」と警告を受けたという李氏は、つのる危機感をこう口にした。
「赤ちゃんのミルクを中国人が買い占めて香港の人が買えなくなった。その影響で物価が全体的に高くなる。香港で部屋を借りようとしても適当な物件がない。また、中国に不利なニュースを報道できなくなるということでした」。
日本は「強国」
サービス貿易協定は中国と台湾との間で結ばれる協定であり、立法院の占拠は、直接的には中国という「強国」に呑み込まれまいとする台湾側の抵抗を意味する。しかし台湾の人びとにとって、なにも中国だけが「強国」だというわけではない。李氏は、「学生たちの宣言文にある『強国からの搾取を拒否する』という文言の『強国』には日本も含まれています」と語る。
何度も見てしまいます。初めて訪れる場所なのになぜか懐かしくなるような感覚を、映像で。
李先生や呉先生が、学生さんのことを思い浮かべる時の表情が、まごころみたいで。
町ごと失われた津波や原発事故とあまりにもかけ離れているけれど、その日本の現実も私たちの心を映していて、
ひょっとしたら災害や事故が起きる前から、私たちの心の中はああだったのかもしれないと思いもして。
台湾から学ぶことたくさんありそう!