【IWJジャーナル号外】ジェフリー・サックス教授が、米国一極支配から多極世界への構造的変化の現実に、認識がついていけない欧米の妄想について語りつくす!(中編) 2026.9.19

記事公開日:2026.9.19 テキスト
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(文:IWJ編集部)

 IWJ代表の岩上安身です。

 コロンビア大学のジェフリー・サックス教授が、9月4日、米国の独立系メディア『ドロップ・サイト・ニュース』のロング・インタビューを受けました。
 
 インタビューのタイトルは『妄想の遺産』です。これが、欧米の現実認識のズレの実情をすべて物語っています。

 今回は、このインタビューの中編になります。

 中編で、サックス教授は、米国の政策立案者には、世界のあらゆる地域が、キャッチアップ(追いつき)しつつある、という認識がなく、米国の優位が、ある種の歴史的偶然だったという認識もなく、米国が優れているのは、「優れた制度を持っているからだ」、「白人のアングロサクソン系プロテスタントだからだ」という根拠なき「妄想の遺産」に、今も浸っていると断言します。

 中編は、主に、中国の台頭について議論しています。

 欧米以外の「遅れている」と見なされてきたあらゆる地域が、欧米の植民地主義のくびきを外れ、教育の普及と科学技術の発展によって、キャッチアップしつつある歴史の転換点で行われたロング・インタビューを、前編・中篇・後編の3回に分けてお届けます。


ジェフリー・サックス教授(以後、サックス教授)「私自身の経験から、もう一点付け加えましょう。1995年から1997年にかけて、私は、アジア開発銀行のために『台頭するアジア』という研究を率いました。そのころ、世界各地で実務に携わる経済学者として私が目にしていたのは、世界のあらゆる地域が追いつきつつあるという現象だったからです。

 これは最も根本的な現象です。欧州帝国の支配から独立へ、識字化へ、工業化の始まりへ、そして大学が自国の学生で満たされるようになる段階へと進んでいくのです。

 私は発展の過程を、自分の目で見ていました。私達はそれを『キャッチアップ』、つまり『追いつき』と呼びました。それは、機械的、算術的にも確認できました。経済全体の規模を示す国内総生産(GDP)を測定すると、アジア諸国の経済は、米国や欧州よりもかなり速く成長していたのです。それは奇跡ではありません。発展の余地が大きかったのです。

 貧しい状態から出発すれば、あらゆる投資が非常に大きな収益をもたらします。電化を進め、識字率を高め、道路や幹線道路を整備し、作物に肥料を投入すれば、生産量も一人当たり生産量も、たちまち大幅に増加します。

 私が率いたアジア開発銀行の研究は、1997年に『台頭するアジア』という題名で刊行されました。それは、当時最も優れた手法とされていた計量経済学を直接応用したものであり、非常に基本的なことを述べていました。今後30年間に、アジアは西側に大きく追いつく、ということです。

 この本が対象とした期間は、1995年から2025年まででした。そこでは、世界の総生産に占めるアジアの割合が、20パーセントポイント(※注1)上昇すると、数量的に予測しました。これは非常に大きな変化です。言い換えれば、世界の生産の中心がアジアへ移動するということです。何らかの『アジアの奇跡』を宣言したわけではありません。そこにあったのは、『追いつき』という考え方です」

(※注1)20パーセントポイント上昇とは、1995年と2025年における世界の総生産に占めるアジアの割合の単純な差のこと。

サックス教授「工業化した西側と比較したアジアの貧困は、150年間にわたる欧州帝国主義によって生じた歴史的な異常でした。帝国主義のくびきが取り除かれれば、『追いつき』という現象が起こります。中国やインドのような国々は、歴史を通じて世界の技術的先進地域でした。米国や欧州に何十年、何百年も遅れていたわけでは、決してありません。

 したがって、1991年以後のソビエト連邦が、ただ普通の国になりたいと望んでいただけでなく、少なくともアジア全域でも追いつきの過程が進行していました。中国でも、インドでも、いわゆる『アジアの虎』と呼ばれる、より小規模な経済──韓国、台湾、香港、シンガポール──でも起きていました。東南アジアでも起きていました。

 ただし、東南アジアのキャッチアップは、ベトナム戦争と、それに続く惨禍によって、遅らされていました。私にとって、これはまったく自然なことでした。これらの地域で活動する経済学者として、それを目にすることが私の日常だったからです。確かに、米国には米国の強みがあります。しかし、ほかの国々も追いついてきます。

 話を一気に現在まで進めると、私はこの夏、中国製の電気自動車に乗り、ローマから香港まで自動車旅行をしました。イタリア、スロベニア、クロアチア、セルビア、ブルガリア、トルコ、ジョージア、アゼルバイジャン、カザフスタン、ウズベキスタン、そして中国を通りました。1万5000キロの道のりで私が目にしたのは、中間層の社会でした。

 どの国でも幹線道路の脇に車を止めれば、ショッピング・モールがありました。それは、シンシナティやピッツバーグ、ニューヨーク州北部などで目にするものと区別がつかないか、むしろそれより進んでいました。『私は貧しいアジアにいる』、『発展途上国にいる』という感覚はまったくありませんでした。むしろ反対です。『ここは、まだ建設されて5年しかたっていない。築50年になった米国の州間高速道路の休憩施設より、はるかに立派だ』と感じるのです。

 したがって、根本にあるのは『追いつき』です。ここで、私達が議論を始めた問題に戻ります。米国の政策立案者には、『追いつき』という概念がありませんでした。米国の優位が、ある種の歴史的偶然であるという認識もありませんでした。

 その優位は、二度の世界大戦から生じました。米国本土が二つの大洋に守られ、戦場から離れていたことによって生じたのです。また、ヒットラーのために、近代史上最大規模の科学的人材が米国に流入したことによっても生じました。欧州の偉大な科学者達が、一斉に米国へ渡ってきたのです。かつての米国は、開かれた国でした。トランプが作ろうとしている偏執的で意地の悪い国になる前のことです。

 当時の米国は、中国、インド、そして世界各地から若い科学者を歓迎しました。しかし、米国の考え方はこうでした。『世界を動かすのは我々だ。我々が優位に立っている。我々は優れている』。そのころ、この種の本が大量に出版されました。

 『我々が優れているのは、優れた制度を持っているからだ』、『我々が優れているのは、白人のアングロサクソン系プロテスタントだからだ』。

 理由は何であれ、それが恒久的な状態だと考えられていたのです。そして、その状態に挑戦する者が現れれば、『不正をしている』とされました。『いったい誰が、我々に挑戦できるというのか』ということです。ここが重要です。

 1991年、米国にはロシアに救いの手を差し伸べようという関心がありませんでした。実際、ロシアは、おそらく10年ほどの間、支援を必要としていました。ソビエト帝国の崩壊は、ロシア帝国の崩壊と呼んでもよいほどのものであり、経済と金融に途方もない混乱をもたらしたからです。激しいインフレや多くの社会的動揺が発生しました。

 しかし、それらは、よく知られ、効果が実証されている通常の経済政策によって、かなり容易に緩和できるものでした。それが私の専門分野でした。私は基本的に、『こうした対策が可能です』と提示しました。しかし米国政府は、『結構です』と断りました。

 米国は中国についても、こう考えていました。『中国は、すばらしい。我々の携帯電話を、組み立ててくれる。しかし、中国は、稲作農村の国にすぎない。心配する必要はない。我々を豊かにしてくれる、良質で安価な労働力にすぎない』。

 インドは、中国よりもさらに遅れていると考えられていました。米国の見方は、これから何世紀にもわたり米国が優位に立ち続ける、というものでした。『我々は、唯一の超大国だ。誰も我々を脅かすことはできない』。

 私は、ズビグネフ・ブレジンスキーが1997年に発表した『グランド・チェスボード』という本を非常に気に入っています。その本が、正しいからではありません。ほぼあらゆる点で間違っています。しかし、この本には、そうした前提が非常に明瞭に書かれているからです。

 ブレジンスキーは、『我々は、望むことを何でもできる』と述べています。その本の副題は、『米国の優越とその地政学的戦略』です。内容は、ユーラシアにおける米国の優位について論じています。米国がユーラシアの第一の大国になるというのは、非常に興味深い発想です。米国は、そもそもユーラシアの一部ですらありません。それにもかかわらず、ユーラシアで優位に立つというのです。

 ユーラシア、すなわち欧州とアジアには、世界人口の70パーセントが暮らしています。これに対し、米国の人口は世界の4.2パーセントです。それでも、『我々こそ、第一の大国だ』と考えたのです。ブレジンスキーは、それが当然だと述べます。米国は科学、技術、金融の面で支配的であり、誰も米国に挑戦できないからだというのです。

 ブレジンスキーにもワシントンにも、世界が動画のように動いているという感覚がありませんでした。これは継続的な過程であり、『追いつき』とは、異常な現象ではなく、通常の経済過程であるという認識がなかったのです。そのため、米国の政策立案者は、中国の台頭を完全に見落としました。彼らは、それを理解していませんでした。そして実際に中国が台頭すると、こう言いました。

 『ああ、彼らは我々をだましたに違いない』。

 違います。中国は、過去2000年の大部分において、ほぼ世界の先頭に立っていた文明です。中国が悲惨な時代に入ったのは、実際には、工業化した英国が1839年に中国を攻撃した第一次アヘン戦争からです。

 ちなみに、その戦争の目的は、まったく驚くべきものでした。中国に英国の麻薬貿易を、受け入れさせることだったのです。麻薬組織が米国へ侵攻し、『我々のコカインを受け入れなければ、ワシントンを占領する』と言うようなものです。英国が行ったのは、基本的にそういうことでした。

 数千年にわたって世界有数の統合された大国として独自の地位を占めていた中国は、その後、悲惨な一世紀を経験しました。しかし現在、中国は追いつきつつあります。米国はそれを理解せず、気にも留めず、注意を払いませんでした。中国が突然、大国になるまでは。

 購買力平価と呼ばれる一部の指標では、中国経済は米国経済を上回る規模になりました。国際通貨基金(IMF)が、『購買力平価で測ると、中国の経済規模は米国より大きい』とするデータを発表したとき、ワシントンが受けた衝撃は想像もつかないほどでした(※注2)」

(※注2)2014年10月に公表された国際通貨基金(IMF)の『世界経済見通し』は、同年の中国の国内総生産(GDP)を購買力平価(PPP)ベースで、約17兆6320億ドルと推計し、米国の約17兆4160億ドルを初めて上回るとした。
 その後に確定・改定された国際通貨基金(IMF)の時系列データでは、中国が購買力平価(PPP)ベースの国内総生産(GDP)で米国を実績値として上回ったのは2016年で、中国が約18兆8490億国際ドル、米国が約18兆6950億国際ドルとなった。
 現在の改定済み時系列では、逆転年は2016年だが、当時のメディア空間では、2014年が「米国が世界一の地位を失った年」として受け止められた。たとえば、ノーベル賞経済学者のジョゼフ・スティグリッツは、2014年12月4日付『ヴァニティ・フェア』で、中国が、2014年に購買力平価で米国を抜き、世界最大の経済国になったことを「世界経済における重大な出来事」として論じ、米国がこの事実を受け入れ、対中政策を転換できるかを問題にしている。

サックス教授「もっとも、中国の人口は米国の4倍です。したがって、経済全体では米国より大きくても、一人当たりでは、はるかに貧しいということはありえます。それでも、米国の体制にとっては衝撃でした。そして2010年代初頭、中国はこう言いました。『これからは、組み立てと製造から技術革新へ移行する』。中国は『中国製造2025』という技術革新計画を発表し、こう表明しました。『米国が長年行ってきたことを、我々も行う』。

 米国は、ヒトゲノム研究を開拓しました。インターネットを開拓しました。もちろん、原子兵器をはじめとする多くの技術も開発しました。中国は、今度は自分達が、動的で技術革新を基盤とする経済へ移行すると宣言したのです。

 中国は、自らが取り組むことにきわめて優れています。先を見通し、戦略的に考えます。中国は計画を立て、その計画は大きな成功を収めました。それによって、中国は最先端技術の最前線へ進みました。その結果、米国の血圧は、いわば10倍も高くなり、現在のような不安の水準に達しました。

 しかし、現在の私達が置かれている状況は、いくつかの要素が混ざり合ったものです。第一に、1990年代から残る誇大な自己意識です。第二に、1990年代に作られた米国の外交戦略です。中央情報局(CIA)には、一貫している点があります。それは、大統領が代わっても変わらず、年ごとにも変わらないということです。

 CIAには基本戦略があります。1990年代以降の基本戦略は、優位、あるいは覇権です。『我々が支配する。我々が、唯一の超大国になる』というものです。この考えにもとづいて、NATOをウクライナまで拡大し、ロシアと黒海地域を包囲しました。弾道弾迎撃ミサイル制限条約(※注3)を破棄し、その後、中距離核戦力全廃条約(※注4)も破棄しました」

(※注3)弾道弾迎撃ミサイル制限条約(ABM条約)とは、米国とソビエト連邦が、相手国の弾道ミサイルを迎撃する防衛システムの配備を制限するため、1972年に締結した条約。
 これは、双方が相手の報復攻撃を完全には防げない状態を維持することで、先制攻撃を思いとどまらせようとする条約だった。これは相互確証破壊(MAD)を基礎とする核抑止と戦略的安定の考え方である。北朝鮮やイランなどからのミサイル攻撃に対する防衛システムを自由に開発・配備する必要があるとして、米国は、一極支配体制の幕開けを告げたジョージ・W・ブッシュ政権下の2001年12月、条約からの脱退をソ連の継承国であるロシアに通告した。脱退は2002年6月13日に発効した。
 米国は、ロシアに先駆けて、米ソ間に築かれた核抑止と核の均衡を壊しにかかったのであり、その反対ではない。

(※注4)中距離核戦力全廃条約(INF条約)とは、米国とソビエト連邦が、地上発射型の中距離・短距離ミサイルを全面的に廃棄するため、1987年12月8日に締結した条約。これらのミサイルは飛翔時間が短く、警告から着弾までの時間が限られるため、誤認や先制攻撃によって核戦争が始まる危険を高めると考えられた。
 INF条約は、核兵器の一種類を丸ごと廃棄した最初の軍備管理条約だった。しかし米国は、ロシアの地上発射型巡航ミサイル「9M729」が条約に違反していると主張し、ドナルド・トランプ政権下の2019年2月に脱退を通告した。ロシアは違反を否定し、米国のミサイル防衛施設などが条約に違反する可能性があると反論した。米国の脱退は、2019年8月2日に発効し、同日、条約は失効した。ロシアも条約上の義務の履行を停止した。従って、現在、米ロ間では、戦術核を搭載できる短距離ミサイルを制限する条約がない状態にある。

サックス教授「すべては、『我々は、望むことを何でもできる』という考えにもとづいていました。その遺産が、今日まで続いています。トランプは、いわば、この考え方をコミック本にしたような人物です。ただし、これはコミック本ではありません。悲劇です。多くの人々が命を奪われています。彼は毎日のように、5000年の歴史を持つイラン文明を『粉砕する』と言います。『大統領、この問題にご配慮いただき、ありがとうございます』というところでしょうか。

 彼(トランプ大統領)は、ほかの社会を消滅させるという話をしておきながら、そのような言葉で発言を締めくくるのです。さらに、この誇大意識には、ある種の不吉な予感が混ざっています。『いったい、中国をどうすればよいのか』。

 そのため米国には、中国を追い詰め、封じ込め、中国に対抗する同盟を構築する方法を見つけなければならないという、絶対的な強迫観念があります。今日も私は『フォーリン・アフェアーズ』最新号の巻頭論文を読んでいました。そこでは、『力を合わせれば中国より大きくなれるように、同盟を強化しなければならない』と論じられていました。

 『一緒に席に着いて協力してみてはどうか』と考えるのではなく、『どうすれば支配を継続できるのか』と考える。この強迫観念があるのです。現在の緊張がこれほど高まっているのは、このためです。

 私達は、『妄想の遺産』のなかにいます。完全に時代遅れとなった一極支配の精神構造を受け継いでいます。それは初めから、それほど正確な認識ではありませんでした。それが一時的な瞬間にすぎないことは、予測可能でした。私は当時、そのように書いています。それを示す1997年の著書もあります。

 しかし、私達は、この深刻な誤解から抜け出すことができません。それは、傲慢さ、誇大な自己意識、いくらかの偏執性、そして非常に大きな惰性が混ざり合ったものです。それが、私達を今日の状況へ導いたのです」

ライアン・グリム氏(以下、グリム氏と略す)「その点に言及されたのは興味深いことです。私は現在、スヴェン・ベッカート(※注5)の新しい本を読んでいます。新刊といっても、出版されたのは昨年だったと思います。題名は『資本主義』です。この本は、基本的に世界全体における資本主義の発展をたどっています。西暦11世紀から始まり、アデン(※注6)を起点として、資本主義が世界をどのように移動したかを追っています。そこから明らかになることが一つあります」

(※注5)スヴェン・ベッカート(1965〜)は、ドイツ出身の米国の歴史学者で、ハーバード大学教授。資本主義史、十九世紀米国史、世界史を専門とする。ここで言及されているのは、資本主義の約千年に及ぶ世界史を論じた『資本主義:ひとつの世界史』(2025年)というグローバル・ヒストリーである。

(※注6)アデンは現在のイエメン南部にあり、紅海とインド洋を結ぶ交易の要衝だった。当時の商人は、広域交易に資金を投じ、商品を安く買って高く売り、利益を再投資して資本を増やしていた。ベッカートは、ここに初期の資本主義的な活動を見ている。ただし、「資本主義がアデンだけで誕生した」という意味ではない。アデン、カイロ、スーラト、広州、フィレンツェ、ジェノヴァなどに生まれた商人共同体を、当時の非資本主義的な社会の中に点在する初期の「資本主義の島」としてとらえていた。

グリム氏「それは、この本自体の主題ではありませんが、その時代の大部分を通じて、欧州のすぐ東に位置するイスラム諸国が圧倒的な力を持ち、アジア諸国も強大だったということです。

 これに対し、欧州諸国は、ある種の辺境として存在していました。そして実は、その辺境性が、欧州諸国に資本主義の手綱と力を握らせる一因になりました。イスラム世界とアジア世界には、資本主義が私達の感覚や魂に与える虐待や道徳的侮辱に抵抗できるだけの力を持つ農民層が存在していました。さらに、資本主義を脅威とみなす国家も存在しました」

サックス教授「強大な国家ですね」

グリム氏「そうです。欧州では、ペストの後、基本的には何も残りませんでした。完全に崩壊したのです。そのため、資本主義が一気に広がることができました。この本から浮かび上がるのは、世界の一つの小さな地域が世界全体を支配するという状態が、世界史上の偶然だったということです」

サックス教授「ライアン、その点に付け加えてもよいでしょうか。これは、私自身が特に重視している仮説です。もちろん、多くの歴史家が論じてきたことですが、私はこの考えを強く提起しています。歴史上の非常に大きな偶然の一つは、ユーラシアの残余部分にすぎなかった欧州が台頭したことです。

 地図を見れば、欧州は、この巨大な大陸の最も西にある半島です。大陸人口の圧倒的大多数は、欧州ではなくアジアに暮らしていました。したがって欧州は、ユーラシアの貧しい西の果てでした。奇妙なことに、この歴史的偶然を生じさせたのは、アメリカ大陸の『発見』でした。

 その理由は、単に欧州が突然アメリカ大陸を発見したということだけではありません。先ほど少し触れたと思いますが、欧州人は病原体を持ち込み、アメリカ先住民のおそらく約95パーセントが死亡しました。もちろん、戦争もあり、虐待もあり、奴隷制もありました。

 しかし、大きな要因となったのは、ペスト、黄熱病、そしてそのほかの旧世界の病気でした。これらの病気は、新世界には存在しませんでした。氷河期の終結後、それ以前の1万年間にわたり、新世界が旧世界から地理的に隔絶されていたからです。あらゆる病原菌が持ち込まれ、人口が死滅しました。そして突然、ユーラシアの残余部分だった欧州の前に、二つの巨大な大陸が開かれました。実に広大な大陸です。

 1600年のポルトガルには、中国やインドを打ち負かすことはできませんでした。しかし、ポルトガルをはじめとする欧州人は、アメリカ先住民を打ち負かしました。少なくとも、自分達ではそう考えました。実際には、彼らを殺したのです。

 欧州人自身は、何が起きているのか理解していませんでした。細菌学説が登場するのは、それからさらに3世紀後のことだからです。しかし突然、2つの巨大な大陸が欧州人の前に開かれました。私の考えでは、これが根本的な意味で、力関係を変化させた新たな要素でした。

 確かに、それによって世界資本主義が生み出されました。大洋を横断して活動する企業が設立されるようになったからです。アフリカ人奴隷制が誕生しました。より正確に言えば、欧州人がアフリカ人を大量に奴隷化する制度が、西半球の資本主義のなかから生まれました。

 しかしそれは、エンリケ航海王子(※注7)やクリストファー・コロンブスの航海上の偉業だけによるものではありませんでした。『コロンブス交換』(※注8)と呼ばれる、病原体をめぐる偶然によるところも、同じくらい大きかったのです。

 欧州による支配というものが世界史的な観点から見て非常に異例であるのは、このためです。しかし、優越性を説く自己宣伝によって私達の想像力が形成されていると、それを異例のことだとは感じません」

(※注7)エンリケ航海王子(1394〜1460年)は、ポルトガル王ジョアン1世の王子で、15世紀のポルトガルによるアフリカ西岸進出を主導した人物。

(※注8)『コロンブス交換』とは、1492年以降、旧世界と新世界の間で人間・動植物・病原体が交換され、その際、ヨーロッパ人が持ち込んだ感染症がアメリカ先住民に壊滅的な被害を与えたという歴史的事態を指す。ヨーロッパ人は、天然痘、麻疹(はしか)、インフルエンザなどをアメリカ大陸へ持ち込んだ。アメリカ先住民はこれらの病原体に接触した経験がほとんどなく、集団としての免疫が乏しかったため、感染症が急速に広がり、地域によっては人口の大部分が失われた。

サックス教授「あなたは11世紀までさかのぼる話をしましたが、十字軍も、この考え方の一部でした。十字軍は、イエス・キリストの名において戦われました。それは、福音書に書かれたイエスの教えとは必ずしも一致しませんが、中世には、それがキリスト教の掲げるメッセージとなりました。

 欧州が優勢になると、その過程の一歩一歩が、欧州自身の優越性を再確認させるものとなりました。米国は、その誇大な自己意識をすべて受け継いでいます。私は、それが現在の問題の一部になっていると考えています」

グリム氏「米国の公教育、西側の教育制度のなかで育った者として言えば、私達はまさに、そのように教えられています。中世について少し学び、その次の瞬間には、欧州と米国が世界を支配するようになります。そして、世界のほかの地域を、何となく気の毒に思うようになります。

 それらの地域が存在することは知っています。しかし、なぜそこに存在するのか、何千年にわたって何をしていたのかは知りません。ただ、何となく『遅れている』と考えます。中学生がそのように考えるだけならともかく、政策立案者がその神話にもとづいて意思決定を行うならば、私達を非常に奇妙な方向へ導くことになります。イランも、世界人口の42パーセントも、孤立させることはできません」

グリム氏「そこで、今週の出来事について、先生の見解をお聞きしたいと思います。プーチンは、たしかキルギスを訪問していました」

サックス教授「そうです」

グリム氏「そこで公に発言し、イランへの支持と擁護について、普段よりいくらか強い態度を示しました(※注9)。同時に、ロシアが何らかの技術をイランへ移転するのを支援しているという報道が、西側メディアに出ました。それがどこまで事実なのか、またイランが実際にどれほどその技術を必要としているのかは、よくわかりません。ムルタザ(グリム記者の同僚)のほうが、私よりはるかに詳しいのですが、イランは非常に本格的な国産の兵器技術開発計画を持っています。私達自身も、兵器をイランの上へ投下することによって、大量の技術をイランへ移転しています。不発弾を回収し、リバースエンジニアリングできるからです。

 今週、プーチンがこれほど公然と発言したことには、どのような意味があるのでしょうか。同じ時期、ゼレンスキーは、ロシアの民間航空機はロシア上空から退避しなければ、ウクライナのドローン群によって撃墜される危険があると述べました(※注10)。

 彼(ゼレンスキー大統領)は『ロシア領空は閉鎖された』と述べました。さらに外国の指導者達に対して、『ロシアへ飛行する場合は、我々に知らせてほしい。安全な飛行経路を確保する。外国の指導者の航空機を撃墜することはしない』と伝えました。彼は、危険の水準をきわめて大幅に引き上げているように見えます。ムルタザの質問にもつながりますが、これらの紛争はどのように一体化しつつあるのでしょうか。相互にどの程度関係しているのでしょうか」

(※注9)プーチン大統領は2026年9月1日、キルギスの首都ビシケクで開かれた上海協力機構(SCO)首脳会議に際し、イランのマスード・ペゼシュキアン大統領と会談した。プーチン大統領は、米国とイランの停戦は「不安定で、あまりに脆弱である」と述べたうえで、イラン国民が自国の利益を守るために示している「勇気と抵抗力」を称賛した。
 また、ロシアはイランに対し、必要な装備、物資その他の支援を提供しており、今後も支援を継続すると表明した。さらに、米国による対イラン制裁を批判し、両国が制裁に共同で対抗する姿勢を示した。これは従来の外交的支持より一歩踏み込み、戦時下のイランに対する具体的な物資・装備面での支援を公に認めた発言として報じられた。ただし、2025年に発効したロシアとイランの包括的戦略的パートナーシップ条約には、北朝鮮との条約のような相互防衛義務は含まれていない。

(※注10)ゼレンスキー大統領は、2026年9月1日の夜の演説で、ロシア領空を利用する航空会社、保険会社、ロシアの主要空港を利用する人びとに対し、「ロシア領空は完全に危険な状態になりつつある」と警告した。ウクライナがロシア領内への長距離無人機攻撃を拡大するため、迎撃や空港閉鎖を含め、ロシア上空の民間航空の安全が保証できなくなるとの警告である。

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岩上安身 拝

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