IWJ代表の岩上安身です。
コロンビア大学のジェフリー・サックス教授が、9月4日、米国の独立系メディア『ドロップ・サイト・ニュース』のロング・インタビューを受けました。
ここで、サックス教授が語っているのは、世界の権力構造が、米国一極支配から多極支配へ劇的に変化しているにも関わらず、欧米は、古い世界認識から抜け出ることができず、現実との間に矛盾をきたしているということです。
インタビューのタイトルは『妄想の遺産』です。これが、欧米の現実認識のズレの実情をすべて物語っています。
ジェフリー・サックス教授は、ハーバード大学の経済学者として、ソ連末期の改革派と接触し、ソ連崩壊後には、ロシア政府から招かれ、市場経済への移行を助言しました。
特に、ソ連崩壊後の1991年秋から1994年1月まで、サックス教授は、ボリス・エリツィン・ロシア大統領のもとで活動する経済顧問団を率いました。サックス教授は、西側による旧ソ連の市場経済移行構想を代表する人物の一人でした。
このロング・インタビューでは、このときの経験にも言及しています。
米国一極支配から多極世界への歴史の転換点で行われたロング・インタビューを前編・中篇・後編の3回に分けてお届けます。
- Jeffrey Sachs: America’s “Legacy of Delusion” Fueling Financial Bubble & Iran Failure(ドロップ・サイト・ニュース、2026年9月4日)
https://youtu.be/kU3pl9rf1HY?si=1s_K1sv3WSwpmVJX
ライアン・グリム氏(※注1)「本日はジェフリー・サックス教授をお迎えすることができ、私達は本当に興奮しています。現在インターネットで活動している方々のなかでも、紹介がほとんど必要ない数少ない人物の一人ではないかと思います。世界的に著名な経済学者であり、地政学の専門家でもあります」
(※注1)ライアン・グリム(1978年3月23日生まれ)は、米国のジャーナリスト、著述家。ワシントン政治、とくに米議会、民主党内の権力関係、進歩派運動、外交政策を主な取材領域としている。2024年、ジェレミー・スケイヒルと調査報道媒体『ドロップ・サイト・ニュース』を共同設立。
グリム氏「このインタビューを始める前に、ムルタザ(※注2)と私は、今という時点では、先生のこれまでの研究歴全体が、興味深くも、率直に言って不幸な形で、一つに結びついているという話をしていました。
先生がこれほど長い間取り組んできた問題が、まさにこの瞬間にこれほど重要な意味を持つような事態には、なってほしくなかったのですが。先生は、資本の流れや世界経済について専門的な知見をお持ちです。それと同時に、米国や西側では地政学がいかに誤解され、政策上の大失策や思い上がりがいかに蔓延しているかという問題にも取り組んでこられました。それらすべてが、この瞬間に衝突しつつあります。世界各地の債券市場で、そして米軍基地の内部でも、それが起きています。世界史上のこの魅惑的な瞬間にご出演いただいたことに、まず感謝したいと思います」
(※注2)ムルタザ・フセインは、米国を拠点に活動するジャーナリスト。外交・安全保障、対テロ戦争、南アジア、中東、イスラム嫌悪、人権問題などを主な取材領域としている。長く調査報道媒体『インターセプト』の記者を務め、現在は『ドロップ・サイト・ニュース』で、ライアン・グリムらと活動。
ジェフリー・サックス教授「お二人とご一緒できて、うれしく思います。実に劇的な時代です。しかし、その劇的性格は、複雑で興味深い世界の基本的事実そのものにあるというより、おそらく、世界についてワシントンが抱いている認識と、世界の現実との隔たりにあります。
私達が直面している劇的な事態は、食料が尽きかけているとか、エネルギーが尽きかけているとか、選択肢がなくなりつつあるということではありません。今日の私達は、米国の力をめぐってワシントンが妄想に陥っている状態にあります。
世界は、米国の戦略家達が『我々は世界で唯一の超大国だ』と判断した時代から、途方もなく大きく変化しています。この時代をこれほど劇的なものにしているのは、認識と現実との隔たりなのです。もちろん、現在の大統領は米国史上最も妄想的な大統領です。そのため、ここには個人的な要素も加わっています。しかし、これはドナルド・トランプ一人だけの問題ではなく、もっと構造的な問題です。
バイデンもまた、現在と基本的に同じ妄想の時代を統轄していました。トランプは、そこにきわめて個人的な要素を付け加えているにすぎません」
フセイン氏「まったくその通りです。サックス教授、その点についてもお尋ねしたいと思います。先生はその場にいて、ソビエト連邦崩壊の末期、あるいは一極支配の時代の始まりを目撃されました。当時、米国は、世界で最も優勢な大国でした。少なくとも1990年代初頭の時点では、米国に対抗しうる現実的な勢力は存在しませんでした。
今日の世界は、当時とは大きく異なります。人々は『多極世界』という言葉を使いますが、その表現はますます正確なものになっていると思います。しかし、外部から見る限り、現在の米国は、世界各地でかつて保持していた優位な地位を何としても維持しようとしているように見えます。
ウクライナとロシアの戦争、そこにおける米国の役割、北大西洋条約機構(NATO)と欧州連合(EU)への支援が、その一例です。中東でも、米国はイランとの戦争を通じて、中東における覇権を維持しようとしています。アジアでも、現時点ではまだそれほど顕在化していませんが、今後、その方向へ進み、覇権の維持を試みるように思われます。
いかなる国にとっても、地理的にこれほど広く分散した多数の勢力圏を、同時に維持することは非常に困難に思えます。まず、これについて先生がどう考えておられるかをお聞きしたいと思います。
先生がおっしゃったように、ワシントンの人々は、自分達の能力について、すでに時代遅れとなった見方をしているのでしょうか。
次に、ロシア・ウクライナ戦争について具体的にお尋ねします。先ほど申し上げたように、先生はソビエト連邦崩壊の現場に立ち会われ、米露関係、そしてNATOとロシアとの関係がどのような経路をたどってきたかについて、深い知見をお持ちです。この戦争は不可避だったとお考えでしょうか。そして、現在のようにエスカレーションを続ければ、どこへ向かうとお考えでしょうか」
サックス教授「この問題を理解するためには、一歩下がって、もっと長期的な視野に立つことが非常に有益だと思います。米国における認識は、そして興味深いことに、欧州における認識もまた、少なくとも二、三世紀前までさかのぼるからです。したがって、1800年代と1900年代の世界が、世界史上きわめて特異な形で、欧州の帝国に率いられた世界となったことを理解するのが重要だと思います。
欧州は、何世紀にもわたって中国やインドを支配していたわけではありません。私達は、クリストファー・コロンブスの航海以後、欧州の帝国が次々と出現したという物語を聞かされています。しかし、欧州の力と支配は、何よりもまず19世紀、すなわち1800年代の現象です。
したがって、それが存在したのは、およそ二世紀と少しにすぎません。欧州は、それ以前の数世紀にわたって世界的帝国として台頭しつつありました。欧州が南北アメリカを支配したことは事実です。アメリカ先住民の大半は、コロンブスの航海後に欧州人が持ち込んだ病気によって命を落としました。
このため、北アメリカと南アメリカという二つの巨大な大陸が欧州人の前に開かれ、欧州人はこう言いました。『神は我々に味方している。世界を支配するのは我々だ』。しかし、その時代の欧州は、アジアを支配してはいませんでした。歴史家達がこの問題を詳しく研究すればするほど、1800年代のかなり遅い時期まで、力の均衡に近い状態が存在していたことが明らかになっています。
しかし1800年代になると、欧州、なかでも特に大英帝国が支配的な地位を占めるようになりました。大英帝国に続いて、ほかの欧州諸国も勢力を拡大しました。そして19世紀末、北アメリカの征服を終えた米国が、こう言ったのです。『今度は、我々が海外帝国を持つ番だ』。
それは1890年代のハワイ王国の転覆によって始まり、続いて米西(対スペイン)戦争へと進みました。米西戦争は、イラク戦争に似た、でっち上げられた戦争でした。米国はこう言いました。『ハバナ湾で彼らが艦船を爆破した。したがって、我々は今、植民地を、植民地群を手に入れなければならない。キューバ、プエルトリコ、そしてフィリピンだ』。
こうして欧州による支配が、標準的な状態となりました。その支配には、キリスト教による支配という観念が浸透していました。人種的支配の観念が、浸透していました。キリスト教の神が、自分達に味方しているという観念が浸透していました。さらに、遺伝的優越という観念も浸透していました。
当時はダーウィンの時代であり、自然選択が新たな科学的理解となっていたからです。人種は互いに競争しており、欧州人種は世界で最も優れた人種であるという考えは、ナチスだけの観念ではありませんでした。
この観念は、すでに1700年代末には欧州全体に広がっており、1800年代末には間違いなく広く浸透していました。このようにして、欧州が世界を支配するという見方が優勢になりました。
欧州は、第一次世界大戦と第二次世界大戦という二度の欧州戦争によって、基本的には自らを破壊しました。そして、帝国的支配者の地位を米国に引き渡しました。米国は、第一次世界大戦と第二次世界大戦の双方を通じて、途方もなく成長しました。米国本土は戦場にならず、これらの戦争によって破壊されなかったからです。米国は、二度の戦争を通じて産業と技術を発展させました。
したがって、1945年までに、英国やフランスなど欧州の帝国主義諸国は疲弊し、米国が実質的に北大西洋世界の帝国となりました。1940年代末には、米国が率いる新たな同盟としてNATOが創設されました。しかし、そこには依然として『西側が世界を率いる』という考え方がありました。
1950年の世界を見れば、確かにそのように思えたことでしょう。教育を受けた人口、読み書きのできる人口、先端技術、主要産業は、すべて西側に集中していました。原子爆弾も、ソ連が1949年に保有するまでは、米国だけが握っていました。
したがって、西側が支配的であり、それ以外の世界は貧しく、基本的には読み書きができず、依然として農業に従事し、米国の支配に服しているという見方は、かなりもっともらしく思えました。しかし、この見方は根本的な事実を見落としていました。
私はこの点を強調したいと思います。根本的な事実とは、優れた人種など存在しないということです。本質的に優れた国民も、存在しません。人々は、追いつきます。技術的に遅れている国々も追いつきます。読み書きのできない人々も、主権を手にすれば、子供達を学校に通わせることができます。
そのようにして、科学と技術の恩恵が広がります。これこそが、欧州の帝国主義諸国の時代が終わった、最も根本的な理由です。1950年代以降、世界各地で新たに独立した国々が、大規模な識字運動を開始しました。たとえばインドは、英国の支配下に置かれていましたが、英国人はインド人に教育を与えませんでした。インドシナや、そのほかの地域でも同様でした。
もちろん、欧州帝国主義を終わらせるこの過程は、米国によって妨げられました。米国は、ベトナムにおける反帝国主義戦争を欧州諸国から引き継ぎ、実質的にはベトナムの独立に反対して、破滅的な20年間にわたる戦争を行いました。
欧州帝国主義が終焉すると、米国が支配的地位を引き継いだものの、識字能力や科学などの普及を阻止することはできませんでした。これらの国々が、主権を獲得したからです。各国は、今こそ追いつくべき時だと理解しました。
ところが、ワシントンはこの力学をまったくよく理解していませんでした。ワシントンには、経済について無知な人々が大勢います。優越感に満ちた人々が、大勢います。そして彼らは、世界を動的な現実としてではなく、一枚の静止画として見ています。
このことに触れるのは、冷戦期の米国が次のように考えていたからです。『我々が支配的な大国だ。しかし、あの危険で巨大なソビエト連邦が存在する。彼らは、実際には我々に匹敵しない。我々は、競争で勝つことができる。技術革新でも上回ることができる。しかし、彼らは強大であり、我々は警戒している。したがって、冷戦を戦わなければならない』。
1991年、ソビエト連邦は終焉しました。それは政治的決定によって解体され、15の継承国家に分かれました。すると米国の指導者達は、こう言いました。
『これで、世界を動かしているのが我々であることには、もはや議論の余地がない』。
これが『一極支配の瞬間』の宣言でした。しかし、私が指摘しているのは、それが基本的に二世紀もの歴史を持つ思考様式に適合していたということです。欧州人は、長い間この考えを抱いていました。そして、これを完全に捨て去ることはありませんでした。確かに、欧州諸国は二度の世界大戦で自らを打ちのめし、最も恐るべき犯罪を犯しました。それでも彼らは、こう感じていました。
『少なくとも、我々は世界を支配する陣営の一部ではある。たとえ指揮棒が、今では実際に米国の手に渡っているとしても、それは依然として西側だ。依然として北大西洋世界であり、依然としてNATOなのだ』。
欧州は、この意識を決して失いませんでした。なかでも英国は、今日に至るまで、完全に帝国主義的な精神構造を保っています。それはある意味では、少し滑稽です。
モンティ・パイソンの寸劇に、両腕と両脚を切り落とされた騎士が、『私は平気だ。平気だ。まだお前と戦える』と言うものがあります。私にとって、今日の英国はまさにそのようなものです。
少しばかり不条理ですが、それでも英国は、自国が150年間にわたって世界を支配し、世界の指導権を米国に譲ったのは1945年になってからだという事実に、今なお酔いしれています。
私は1991年、ソビエト連邦の終焉を目撃する現場にいました。私は実際、文字どおり、1991年12月中旬にボリス・エリツィンと向かい合って座っていました。クレムリンのある部屋の向こう側から彼が入ってきて、私の正面に腰を下ろしました。私が小規模な代表団を率いていたからです。
彼は言いました。『皆さんにお伝えしたいことがあります。ソビエト連邦は終わりました』。通訳を介して伝えられた、文字どおりの言葉です。彼の説明によれば、その直前まで隣の部屋で軍指導部と会談しており、数日中にソビエト連邦を終わらせ、彼が独立したロシアの大統領になることで合意したということでした。
その後、私達は、彼が『普通のロシア』を望んでいるという話をしました。市場経済、民主主義、米国との良好な関係を望んでいたのです。それは希望に満ちた瞬間でした。この権威主義的統治の時代全体が終わろうとしているように思えました。
民主主義が実現し、良好な関係が築かれるはずでした。私はこう言いました。『エリツィン大統領、米国はこれを、平和を実現するうえでこの上なく素晴らしい機会と捉え、金融の安定を回復し、経済改革を進めるための支援を必ず提供すると、私は確信しています』。
しかし、私は何と間違っていたことでしょう。米国は、まったくそのようには考えていなかったからです。米国の見方は、それとはかなり異なっていました。『我々が勝った。あなた方は負けた。世界を動かすのは我々だ。どうもありがとう。あなた方に何かを与える必要はない。パンくず以上のものは、何一つ与える必要がない。これからは、我々が取り仕切る』。そして、それが『一極支配の瞬間』となったのです」
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岩上安身 拝


























