新型コロナウイルス感染拡大の勢いが止まらない。
発熱、空咳といった風邪のような症状から始まり、重症化すれば肺炎に移行、場合によっては脾臓等のリンパ系器官、心臓、肝臓、腎臓、脳組織なども冒され、感染者を急激に死に至らしめる。
AFPの統計によれば、2020年3月25日現在、恐るべきこの新型ウイルスによる世界の感染者数は、175の国・地域で40万4020人、死者は1万8259人に達した。前日から感染者4万2510人、死者2113人が増えてのこの数字といい、驚くべきスピードで拡大していることがわかる。
- 新型コロナウイルス、現在の感染者・死者数(25日午前4時時点)(AFPBB、2020年3月25日)
世界経済への影響も考慮して慎重姿勢を貫いてきたWHO(世界保健機関)も、3月12日にとうとう「パンデミック」を宣言した。
- WHO、パンデミックを宣言 テドロス事務局長、対策強化促す(毎日新聞2020年3月12日)
事態は今や、各国が協力しながら危機に当たるべき局面に入った。
伝染病の拡大を押しとどめるには、感染者と健常者との接触を断つことが肝要だが、強制的なやり方では感染者を隔離することも健常者の移動を規制することも困難になる。感染者が不利益をおそれて名乗り出なくなってしまうからだ。
むしろ、「社会防衛」の概念を受け入れ、自発的に行動規制に協力する個人が増えれば増えるほど、感染拡大の速度も規模も縮小することができる。ワシントンポストが次のようにわかりやすいシミュレーションで示しているとおりである。
- コロナウイルスなどのアウトブレイクは、なぜ急速に拡大し、どのように「曲線を平らにする」ことができるのか(The Washington Post、2020年3月17日)
当然のことながら、社会構成員の理解と協力は正確な現状把握と情報共有を前提とする。各国は今、大規模なPCR(遺伝子検査)と各世帯への十分な休業補償のうえで、出勤停止を含む外出規制を続々実施しながら、まさにその「社会距離戦略」に取り組み始めたのである。
真っ先にこれを実行した中国・武漢では、3月20日、2日連続で新規感染者ゼロとなった。
- 新型コロナウイルス 武漢含む湖北省 “2日連続感染ゼロ”(NHK、2020年3月20日)
感染者が6万9000人を超え、死者も6800人以上という、今や世界で最もコロナが猛威を振るうイタリアでは、自宅で自己隔離中の人々がベランダ越しに楽器を演奏し、声を合わせて歌い、隣人の安否を確かめながら共に励まし合う光景が出現しているといい、その様子はツイッターを通じて、同様の状況に置かれた世界中の人々も励ましている。
- Coronavirus COVID-19 Global Cases by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University (2020年3月25日)
- 「九寨溝飯館」氏のツイート(2020年3月13日)
公共善の理念で結び合うコミュニティのあり方、「民主的社会防衛」ともいうべき、真の「公衆衛生」を模索する動きが、今や世界のあちこちで生まれつつある―――日本以外は。
相変わらずの朝の超満員電車、政府の自粛要請にもかかわらずマラソン沿道に詰めかける大勢の観戦者、突然の休校措置で行き場を失い、繁華街に繰り出す子供たち。何より、オリンピックの予定どおりの挙行表明。日本に到着した聖火リレーの火、見たさに仙台では数万人の群衆が集まってしまう。大勢の人々はめいめいの「日常」を続けているように見える。
その一方で、マスクや紙類の買占め、売切れを告げる店員への暴言、電車内で咳をした乗客への糾弾、感染を報告したツイッターユーザーに押し寄せる罵詈雑言…。日本人は危機感を持っていないように見えながら、その実、暗い疑心暗鬼にとらわれている。あの人は感染者ではないか、感染されるのではないか、感染者は非難されるべきなのではないか、そして、感染されたが最後、今度は自分が非難や差別の対象になるのではないか、と。これらの恐怖や疑心暗鬼のすべては、コロナ感染の実態の正体がわからない点に由来する。
つまるところ、国民は、政府が発表する国内感染者・死者の数(それは各国に比べて格段に小さい)など、信用してはいないのだ。度重なる虚偽の国会答弁やデータ改竄事件などにより、この政権が嘘つきであることが知れ渡っていることもあろうが、そもそも公表される検査数が他国に比べて極端に少ないからである。
船内集団感染を起こした大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」への杜撰な対応で感染を拡大させ、国内外からの猛批判を浴びてなお、厚労省は「37. 5度以上の発熱、2週間以内の渡航歴あり」などという医学的合理性を欠く基準を設け、検査の門戸をひどく狭めた。
のみならず、その「基準」に該当し、医療機関や保健所に検査を訴え出た人々の多くを門前払いにしている事実が、有症の当事者や医療従事者の告発により、続々明るみに出ている。
門前払いされた人の中には、感染の有無を確かめるすべもないまま社会に戻り、不本意にも感染を拡大させたかもしれない人もいるだろう。実際、いくつもの医療機関を渡り歩くうちに重症化した人や、複数回の検査で陽性と診断された人が何人もいる。
- 新型コロナウイルス感染症の検査を希望するのは「心配しすぎ」? 国や自治体の不真面目な対応に不安を訴えるブログを公開した三重県在住のIWJ会員にIWJが直接取材! 2020.2.29
- スクープ第1弾!IWJにSOS!クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」クルーから助けを求めるコンタクトが!「16日間隔離され続けています!」「先が見えない、助けて!」「発狂しそう!」 2020.2.27
- 新型コロナウイルス感染症の検査を希望するのは「心配しすぎ」? 国や自治体の不真面目な対応に不安を訴えるブログを公開した三重県在住のIWJ会員にIWJが直接取材! 2020.2.29
このような状況の中で、皆がひとつの疑問を抱いている。この国の機関は感染拡大を阻止する措置を講じるのが任務ではないのか? それとも何か他の論理――たとえば、オリンピックを決行するために、感染者数をできるだけ少なく見せたい、などの論理――で動いているのではないか? と。
岩上安身は2020年2月18日、かなり早い段階から政府の対応を問題視、検査体制の早急の確立とそこから得られるデータにもとづく合理的対応の必要性を訴えていた、上昌広・特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長にインタビューを行った。
そして上氏は、厚労省のこの不可解な振る舞いの内幕を話してくれた。
氏の話を要約すると、次のようになる。
ウイルスに水際作戦など、そもそも不可能である。人・モノが自由に移動するこのグローバル化した世界ではなおさらのこと。パンデミックに発展する公算が高いにもかかわらず、政府はこのコロナウイルスにあくまで「オールジャパン」で臨もうとの算段であり、そのために国がすべてを取り仕切る体制にしてしまっている。
座長の脇田隆字(わきたたかじ)・国立感染症研究所所長以下、厚労省に近い人間ばかりで固めた「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」を組織する。民間のクリニックが検査を実施できないよう規制をかける。検査を二つの民間検査会社に委託し、厚労省および同省管轄の研究機関「国立感染症研究所」(感染研)以外の業務受託を禁ずる。
こうして「国立感染症研究所」に患者データを集約させて研究を急がせ、同研究所と協力関係にあるワクチンメーカーに検査キットやワクチンを製造させる。要は、検査からデータの分析、研究、ワクチン開発、製造まで、「すべてを自前でやる」というのであり、コロナを奇貨として、外国のメガファーマを前に縮小の一途をたどる日本のワクチン利権を守ろうというわけだ(実際、2020年1月30日に閣僚ばかりで組織された「対策本部」の会合では、「ワクチンができるまで乗り切ろう」の掛け声が響いたという)。
スイス・ロシュ社がいち早く検査キットを開発し、武漢でも活躍しているにもかかわらず、それを大々的に導入しようとしないのは、こういうわけなのである。安倍政権がリーダーとしての面子を保つため、またワクチン利権を守るために、感染の危険に晒されながらゆっくり「自前」のワクチン完成を待つなど、生命の危機にさらされている日本国民としては、たまったものではないが、この「自前主義」に関し、上氏の口から驚くべき一言が飛び出した。
「感染研、これ、元は陸軍の731部隊なんですよ(中略)。軍隊だったから、自前主義が当然だったわけで」
太平洋戦争中、細菌兵器開発のための残酷な生体実験に明け暮れたことで知られる「731部隊」。国民を伝染病から守るための国の研究機関である「国立感染症研究所」が、その流れを汲む!?
実際、上氏はインタビュー後の3月5日、新潮社「フォーサイト」に「帝国陸海軍の『亡霊』が支配する新型コロナ『専門家会議』に物申す」と題する上下二本の記事を寄稿し、「国立感染症研究所」とワクチン製造を請け負う製薬会社の前身がどれも旧帝国陸海軍と密接な関係を有する組織であったことを示した。
- 帝国陸海軍の「亡霊」が支配する新型コロナ「専門家会議」に物申す(上)(新潮社「フォーサイト」、2020年3月5日)
- 帝国陸海軍の「亡霊」が支配する新型コロナ「専門家会議」に物申す(下)(新潮社「フォーサイト」、2020年3月5日)
その上で、コロナ対策を任された面々の行動原理が、旧陸海軍から引き継いだ「情報非開示」と「自前主義」であり、「軍部を中心とした戦前のワクチンの開発・提供体制がそのまま残っている」と評したのである。
3月9日には岩上安身による上氏へのインタビュー第二弾が行われ、国内外の最新の動向を再確認。日本のコロナ対策のあり方に、旧日本軍を連想した視聴者も多かったものと思われる。
以上をふまえ、本記事では、「国立感染症研究所」の設立から今日までの歩みをたどりつつ、これがどのような経緯で軍部と一体化していったのか、また、それが戦後どのようなかたちで継承され、現代のわれわれにも影を落としているか、明らかにしてみたい。
同研究所の公式HPやパンフレットは決して語らない、だが、専門領域も関心も様々な論者たちがめいめいの文脈で明らかにしてきた歴史的事実を総合した、一種の「暗黒史」になるだろう。だが、今コロナ危機の渦中にあるわれわれの、命と尊厳をもてあそぶ「亡霊」がいるのだとすれば、まずは「亡霊」の存在そのものを認め、その正体を見極めることが急務である。そうすることで、今われわれがなすべきは何か、しかるべき指針が与えられるはずだからである。