もはや、中東情勢を抜きにして世界の今を語ることはできない。
米大統領選挙で選出されたドナルド・トランプ新大統領。最も注目が集まる政策の一つが、外交政策である。選挙戦中からトランプ氏は、自身が大統領になったらロシアと関係を改善し、ともに組んでISと戦うと再三、繰り返してきた。
米国はこれまで、シリアのアサド政権を打倒するために、実はサウジアラビアを通してISに資金援助を行なってきたのではと見られている。米暴露サイトのウィキリークスは証拠となるようなヒラリー・クリントン氏のメールを暴いている。IWJは、その衝撃の内容を翻訳しているので、ぜひ、下記の記事でご一読いただきたい。
その米国が、トランプ新大統領のもと、ロシアに歩み寄り、IS撲滅に動き出すかもしれない。そのとき、中東情勢はどう変わるのか――。
2016年11月15日、岩上安身はイスラム法学者の中田考氏にインタビューをし、中東情勢の核心に迫った。中田氏は、選挙前から、トランプ有利を予想してきた。
なお中田氏は、10月31日「古物営業法違反」の疑いで、警視庁の家宅捜索を受けている。この同日の夜、ジャーナリストの常岡浩介氏がイラクのクルド自治政府当局に拘束されていたという事実が報じられたのは、皆様の記憶にも新しいのではないだろうか?
この奇妙すぎるタイミングの家宅捜索については、会員限定動画でぜひ、あわせて御覧いただきたい。
▲中田考氏
ちなみに岩上安身は大統領選当日には、国際情勢解説者の田中宇氏にインタビューを行なった。田中氏は、トランプ氏の当選をはっきりと予測し、的中させていた。ぜひこちらも、ご一読いただきたい。
大統領選の投票当日にトランプ氏の勝利を言いあて、しかもその論理的な根拠を示してみせた田中宇氏は、類まれな慧眼の士であり、その田中氏を、このタイミングでインタビューゲストとして抜擢し、招いた岩上さんのエディターとしての鋭さは、ヒラリー一点張りだった横並びの凡庸メディア(日本政治・安倍政権自体がヒラリー一点買いだった!)とは一線を画す。
また、大統領選直後には、元外務省国際情報局長・孫崎享氏にもインタビューを行い、中東情勢の今後について見通しをお聞きしている。孫崎氏も、レイムダック期間中のオバマ大統領が、TPP締結を強行すると断言し、見事に的中させている。
大統領選前、マスメディアやそこに登場する大半の有識者の予想は、ヒラリー・クリントン有利、あるいはトランプ阻止、というべき論調一色だった。現実を冷静に見通していた識者やメディアはごくごくわずかだった。正確な見通しを立てられなかったメディアや識者は今後も同様に見誤り続けることだろう。
そんなメディアを羅針盤にしていたら、今後ますます混沌を深める世界の中で、見通しを見誤り続けることになる。
米国と中東情勢の今後は、日本にも多大な影響を及ぼす。現実を見通す力のない、図体だけが大きいマスメディアに頼るのではなく、本物の洞察力をもった、本物の有識者による、世界情勢の分析をIWJでお読みいただき、お考えいただきたい。
岩上安身のインタビュー記事は、中継配信時は一度はフルオープンで公開しているものの、以降は会員に限って視聴することが可能です。サポート会員にご登録いただけば、過去のインタビューもすべて自由にご視聴いただけますので、ぜひ、この機会にIWJ会員へのご登録をお願いいたします。
では以下に、今回のインタビューの全文を掲載する。
- 日時 2016年11月15日(火) 14:00~
- 場所 イベントバー エデン(東京都豊島区)
IWJのピンチに中田考氏が1万円のカンパ! みなさま、ぜひIWJの危機を救ってください!!
岩上安身(以下、岩上)「本日は、私、出身地の豊島区にやってきました。ゲストは、イスラム法学者・中田考先生です。よろしくお願いします」
中田考氏(以下、中田氏)「よろしくお願いします」
岩上「中田さんと言えば兵庫県在住だったのに、あれ?と思ったのですが。豊島区でバーを始めている。イスラム教徒なんだからお酒飲めないのでは?」
中田氏「元々はカフェをやるつもりだったんですけどね。私が始めたというより、ビジネスパートナーの店長が気まぐれで始めて。人が全然集まらないから、イベントを始めたんです」
岩上「豊島区千早2-18-4イベントバーエデン、ぜひ来てくださいね。先生には御著書にサインも入れていただきました。ぜひ、IWJに会員登録してIWJ書店でご購入ください」
岩上「礼拝はモスクに行かなければやはりいけないのでしょうか?」
中田氏「もちろん行ったほうがいいですが、今、行く人なんてほとんどいません。行けば秘密警察に狙われますから」
岩上「え!?イスラム教のどこの国でも?」
中田氏「そうです。イスラム世界はほとんどが独裁政権ですので、特に1970年以降、イスラム復興が盛んになってきてからです。ISとか(アル)カイダなんかに入っているんじゃないかと思われてしまうわけです」
岩上「なるほど。仏教には喜捨というものがありますが、イスラムにも似たものがあるんですか?」
中田氏「『ザカー』とか『サダカ』というものがあります。貧しい人に分け与えるということです。まあ私自身が貧しい人なのですが(笑)」
岩上「みなさん、中田さんは貴重な人ですから、ぜひ『サダカ』をお願いします。そして、IWJにもぜひ、『サダカ』(ご寄付・カンパ)をお願いします」
中田氏「じゃあ、せっかくなので今少し出しますよ(1万円を出す)」
岩上「え!?いいんですか?本当にいいんですか?うわあ、言ってみるもんだなあ」
中田氏「死ぬ時に、『あの時出しておけばよかったな』と思うかもしれないから。僕は死ぬときは『ゼロ』にして死にたいんです」
岩上「ありがとうございます」
トランプ勝利の原因は「まじめに生きているキリスト教徒の貧困化」
岩上「今日お聞きしたい内容は、一つはトランプ新大統領。中東情勢にももろに影響を与えます。それから、15日に閣議決定される『駆けつけ警護』の問題です。『警護』とは名ばかりで戦闘参加ですよ。まずは大統領選」
中田氏「私は、不正が行われなければトランプが勝つのではないか、と思っていました。ヒラリーよりはトランプの方が私は好きなんですけど、中東に関していえば、トランプになって良いことは一つもない」
岩上「トランプのどういった点が『好き』なんですか?」
▲ドナルド・トランプ氏
中田氏「正直なところです。もちろん、全部計算されたものでしょうけれども。ヒラリーはウソつきですね。偽善的というのが嫌いなのです」
岩上「ヒラリーは敗北宣言で、『ガラスの天井が破れなかった』とか、14歳のときの夢を語ったわけです。でも、事実上、オバマ政権でリビアを潰したのもシリアに侵略したのも国務長官として指揮を取ったヒラリーです。なぜ、ヒラリーが米国でかくも嫌われているのかということを、日本人は知らなければいけませんよね」
中田氏「まじめに生きているキリスト教の人たちがどんどん貧しくなっている、という危機感を反映したのがトランプの勝利です」
岩上「トランプが、新自由主義的に『負けたやつに施しなし』というのではなくて、NAFTA(北米自由貿易協定)のようなものを許さない、と言っている。新自由主義の拝金教を批判している。TPPのように、米国のグローバル企業のお抱え弁護士数人が作ったルールに従えなんて、おかしいですよね」
中田氏「まあ私はイスラム法だけが正しいと思いますので、あまり細かいことに興味はないのですが」
岩上「イスラム法というのは、『シャリーア』ですよね」
中田氏「そうです。ただ、シャリーアが守られていない国ばかりですから。せっかくいい法があるのに、みんな使っていないんですよ。たとえば、飢えそうになっていたら、盗んで食べていいんです。刑務所で豚肉を出されて食べられずに死んだ、という話も聞きますが、あれだって食べりゃいいんです」
岩上「杓子定規ではないんですね。日本では多くの人が貧しいことを恥ずかしいと思って我慢してしまいますが、イスラム圏では施しを受けるときも堂々としていますね」
中田氏「イスラムでは施しを受けることは良いこととされています。与えないことの方が恥ずかしいことです」
岩上「窮状にあることを知って与えないということは恥ずかしいことなんですね」
イランが力を増す中東情勢 トランプは「核合意」を単独破棄!?
中田氏「中東に関して、トランプになって大きく変わることは、イランとの関係です。イランとの核合意を廃棄すると言っています。もともと共和党はオバマが行なったイランとの核合意に反対していたわけで、議会では通らなかったのをオバマが無理矢理にやった。トランプ新大統領が廃棄してしまえば後戻りをしますが、すでに世界は『イラン詣で』を始めています。中東情勢を見れば、イランの力はどんどん伸びていますから」
岩上「イランの力が地域の安定のためにも必要とされているんですね」
中田氏「スンナ派の立場の私から見れば、(シーア派のイランの国力の伸長は)困ったもんだとも思いますが、イランを無視できないのは事実です。トランプはおそらく単独で核合意を破棄していくでしょうから、不安定化はしていきますね」
微妙な米・イスラエル関係 総力でヒラリーを推した米国内ユダヤ人団体はトランプに歩み寄りの可能性も!
中田氏「2番目はイスラエルとの関係です。微妙なところですが」
岩上「今回、ユダヤ人ロビー団体や在米ユダヤ人は徹底してヒラリーを応援し、落胆したと」
中田氏「にも関わらず、トランプはエルサレムをイスラエルの首都として認めると言っていますし」
岩上「トランプは歴史的な経緯とかを知っていて言っているのでしょうか?」
中田氏「わかりませんけど、知らないような気がしますね。トランプの宗教的な立場というのは、あまり報じられていないので分からないです。今までのブッシュやレーガンのようにバイブルベルトの支持は得ていないし、本人もそういう立場はとっていない」
岩上「ブッシュは対テロ戦争を『十字軍戦争』のようにして戦い、結局失望を招いたわけですよね。そういう福音カルト的な熱狂はトランプにはないですね」
中田氏「ただやはり彼はクリスチャンとしてのアイデンティティはありそうです」
岩上「イスラエルのネタニヤフ首相は、選挙戦の直前にトランプにもヒラリーにも会いにいきました。日本の安倍総理はヒラリーにしか会わなかったですけどね」
中田氏「イスラエルとパレスチナの間の壁、という考えがトランプは非常に気に入っているんです」
岩上「メキシコとの間に壁を築くという考えですね。イスラエル側はヒラリーを押してしまったけど、しまったな、というところでしょうか?イスラエル側からトランプの方に寄っていく?」
中田氏「その可能性はあります」
米ロ関係は劇的に転換! しかしシリア内戦終結は悲観的な見通し!?
中田氏「3番目はシリア問題、ロシアとの関係です」
岩上「トランプが言っていた通りにすれば、外交政策は劇的に転換しますよね。シリア・イラクが破壊されたあとシーア派が力をもって、勢力圏を広げている。シリアのアサド政権を支えているのはロシアであり、米国はアサド政権を潰そうとしているわけですよね。トランプはどういうふうに出るんでしょうか?ロシアと結ぶということは、イランを潰すということと矛盾します」
▲スンナ派国家(緑)、シーア派国家(赤)
中田氏「基本的には現状維持が、どこの国にも一番いいのです」
岩上「しかし、なんとしてもシリアでは内戦を停止させないと。シリアは破綻国家で難民が発生して、欧州に流れ込んで、メルケル政権ですら危うくなっているわけですから…」
中田氏「と、みんなが考えていればいいんですけど、考えていません」
岩上「内戦は続くと?」
中田氏「続きます」
岩上「トランプになっても?」
中田氏「そうです」
岩上「終わりが早くなるということもない?」
中田氏「ありません。終わりません」
岩上「どういうことですか?ロシアと組んで、ISを潰しにかかるなら話は簡単、ではないんですか?」
中田氏「簡単ではありません。住民を皆殺しにすれば話は別ですよ」
岩上「ISを見誤っているということですか?つまり、ISのシンパになる人はどんどん増えていくということですか?」
中田氏「このまま続けば増えていきますよ。アフガニスタンだって同じです。解決していませんからね。ISも出てきてタリバンはずいぶん弱体化していますが、勝てていません。アフガニスタンよりはるかに大変なシリア・イラクを収められるわけありません。内戦はずっと続きます。ただしISがある間はあんまり人が死なずに済んだのですが、ISを潰すと何百万人の人間が死にますよね」
岩上「ISを潰すと何百万人がというのは、ISを潰すと再活性化するということ?」
中田氏「違います。アサドが敵をみんな殺すからです。トランプは手を引くだけです」
岩上「干渉をやめるということですね」
密かにISを支持するサウジアラビアが恐れるシナリオ シーア派・イエメンにスンナ派・サウジが潰される!?
中田氏「要するに、(アサド政権によって)スンナ派が皆殺しにされるわけです。今もイラク・シリア・レバノンは完全にシーア派になりました。それでも、スンナ派が少数派として、シリアでは多数派ですが、本当にスンナ派が絶滅させられてしまえば、サウジアラビア自体がもたなくなってしまいますからね。今サウジが一番怖がっているのが、イエメンです」