「ウクライナという国家は、すでにメルトダウンしかかっている」――。『プーチンはアジアをめざす~激変する国際政治』、『アジア冷戦史』などの著者で、ロシアとウクライナの政治情勢に詳しい法政大学教授の下斗米伸夫氏は、いまだ東部で混乱が続くウクライナの現状について、このように語った。
昨年2014年2月に首都キエフのユーロマイダンで騒乱が発生し、ロシアに近かったヤヌコビッチ政権が崩壊して以降、ウクライナは、先の見えない暗闇の中にいる。
今年2月12日、ドイツのメルケル首相、フランスのオランド大統領がリーダーシップを取り、プーチン大統領、ポロシェンコ大統領を交えた協議で停戦の合意(ミンスクⅡ)がなされた。しかし、その後も、ウクライナ東部においてウクライナ軍と親ロシア派の対立状態は継続したままだ。4月20日からは、米軍とウクライナ軍による合同演習も開始され、これにロシアが「ミンスク合意に違反する」と強く反発するなど、1年以上にわたる混乱が収拾する気配はない。
このようなウクライナを、安倍総理が訪問し、ポロシェンコ大統領と会談を行う予定であることが明らかになった。また、国別では最大の2500億円の支援を行う予定だという。5月4日、テレビ朝日が報じた。
※テレビ朝日 2015年5月4日 独自 安倍総理、ウクライナ訪問へ 首脳会談を検討
これに先立つ4月27日、日米ガイドラインが18年ぶりに改定された。集団的自衛権の行使が盛り込まれ、自衛隊による米軍支援の地理的制限が取り払われるかたちとなった。自衛隊と米軍の一体化が、格段に進んだ格好だ。
集団的自衛権が行使されることにより、自衛隊は、米軍とともに混乱が続くウクライナに行くことになるのではないか。ガイドラインの改定、日米首脳会談の直後の安倍総理のウクライナ訪問は、そのようなケースを想定させるのに十分なものだ。
ウクライナは今後、どうなるのか。そして、ウクライナをめぐり、米国とロシアは、次にどのような戦略を選択するのか。5月7日、岩上安身が話を聞いた。
- 日時 2015年5月7日(木) 13:00〜
- 場所 IWJ事務所(東京都港区)
訪米を終えた安倍総理、次はウクライナ訪問か?
岩上安身(以下、岩上)「総理が米国で、日米新ガイドラインや安保法制、TPPなど、国会での審議を経ぬまま、米国と勝手に約束してしまいました。自衛隊が行く先として、中東、そしてウクライナがあげられます。そのウクライナ情勢について、本日は法政大学教授の下斗米伸夫先生にお話をうかがいます」
下斗米伸夫氏(以下、下斗米・敬称略)「米国が一極支配の力を持っていたのは、一般的には1990年代と言われますが、実は1945年ではないか、と思います。それから考えると、現在の米国の力は、当時の半分くらいになっています。その代わり、ロシア、中国、インド、ブラジルの、BRICsが台頭していますね」
岩上「米国を頂点としてG7が世界を支配してきました。しかし現在、G20が台頭してきました。にもかかわらず、日本はいまだにG7の体制を盲信し、米国に追従する姿勢を崩さずにいます。
訪米を終えた安倍総理が、次にウクライナを訪問すると報じられています。オバマ大統領は、日米首脳会談後の共同会見で、『日米両政府で、ウクライナに対するロシアの侵略に対抗する』と、ロシアを敵視する発言をしています。このことからも、米国は、対ロシアの戦いに、日本を巻き込もうとしていることは明らかだと思います。
今回の日米ガイドラインの改定で、ウクライナへの自衛隊派遣が可能になるのではないでしょうか」
下斗米「私は、まだ、自衛隊が米軍とともにウクライナに行く、というところまでは考えていません。重要なのは、ミンスク合意後のプロセスに、米国がどう関与するか、ということです。集団的自衛権というよりも、ロシアをも組み込んだ、集団的安全保障の枠組みが作られるのではないでしょうか。
しかし、日本がウクライナに拠出する2500億円という額は、IMFよりも大きいものです。この点について、政府はきちんと国民に説明をするべきでしょう」
日本がウクライナに資金援助をしても意味がない
岩上「まず、ウクライナ危機とはどういうものか、ということから振り返っていきたいと思います。そもそも、ウクライナ語とロシア語というのは、どのような点で違いがあるのでしょうか」
下斗米「もともとは同根なんですね。ウクライナの『クライナ』は『すみっこ』という意味で、普通名詞です。『ウクライナ』という仕組みを作ったのは、ロシア革命時のレーニンです」
岩上「キエフのユーロマイダンで『クーデター』があり、その後、ロシア語の使用禁止、という事態になりました」
下斗米「クリミアの住民は、ほとんどウクライナ語が分かりませんでした。言語をめぐる争いは、アイデンティティをめぐる争いです」
岩上「ウクライナ国民の平均年収は、ロシアの5分の1程度、と言われています。これは、月に2万円強、という金額です。非常に貧しい暮らしを強いられています」
下斗米「オリガルヒが、国家の富の8割を独占していますが、彼らは税金をほとんど払っていません。そこに、日本が資金援助を行っても意味がありません。ロシアは、それなりに政経分離をし、オリガルヒを権力から引き離しました。しかし、ウクライナではそれができていません。オリガルヒでないと、政権に関与することができません。ですから、常に政争が起きるのです。
IMFが170億ドルの資金援助をすると言っていますが、これはウクライナの安定にとって有害です。日本がやるべきことは、資金援助ではなく、人材の育成や、エネルギー技術の提供といったことではないでしょうか。日本が払ったお金は、結果的に、ガス代として、ロシアのガスプロムに回ることになります」
冷戦後、ロシア研究をやめてしまった米国 「政権中枢にロシアに関するブレーンがいない」
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下斗米「プーチン政権というのは、発足当初は、親欧米政権だったんです。9.11に際しては、米国に協調します。一転して、この関係に亀裂が入るのが、イラク戦争です。イラクに大量破壊兵器がありませんでしたから。もうひとつが、核軍縮の問題です。
プーチンの再登板について、米側は、メドベージェフの続投を求めていました。必ずしも反米ではなかったプーチンを、反米に追いやったのは、米国の外交的失敗です。ちなみにイギリスも、イラク戦争で米国に懐疑的になりました。シリアの件でも、今回のAIIBの件でも、イギリスは米国に一定の距離を置き始めています」
岩上「ユーロマイダンの騒乱に始まる今回のウクライナ危機では、ビクトリア・ヌーランドやジョン・マケインといった米国のネオコンが、裏で暗躍している、と言われています」
下斗米「ミンスクⅡが合意に達した理由のひとつは、オバマ大統領にあると思います。オバマ大統領が、1月31日のCNNで、ユーロマイダンでの騒乱に米国政府が一枚噛んだ、と告白してしまうんですね。それで、欧州の真ん中で米ロの代理戦争をやられたらたまらない、という流れになりました。
今回のウクライナ紛争は、ヨーロッパ人、特にドイツ人に危機感を与えています。メルケル首相の精力的な動きが、その象徴ですよね。一方、アメリカ人にとっては、ウクライナ、あるいはモスクワというのは、ちょっと遠い存在に見えてしまうのです」
岩上「米国務省と米国防総省とで考えが違う、と言われますね。国務省のほうがタカ派で、国防総省がハト派である、と。この両者は、ウクライナ紛争を介して、どのような政策を選択していったのでしょうか」
下斗米「冷戦崩壊後、米国はロシア研究をやめてしまいました。NSCなどに、ちゃんとしたロシアの専門家がいません。政権の中枢に、ロシア問題に関するしっかりとしたブレーンがいないようです」
プーチン大統領とは何者か~ロシア正教古儀式派との関係
下斗米「私はプーチン大統領と実際に会って話したことがあります。私は身長が165センチくらいですが、目線がちょうど同じくらいの高さなんですね。彼は、人前で、酒もタバコもやりません。これは、宗教に関係していると思います。
プーチン大統領は、ロシア正教の古儀式派と関係しているのではないか、と思っています。まだ、立証はできていませんが。プーチン家は、1640年代からモスクワ郊外にいました。
また、グロムイコも同じ流れにあると思います。アンドロポフのもとで外交をやった人物ですが、彼も古儀式派に関係していると思っています。レーガンの『悪の帝国』に対して、ロシアを宗教国家にするんだ、という思いがあったのではないでしょうか」
岩上「鳩山由紀夫さんがお作りになっているブックレットに、下斗米先生も登場されています。一水会の木村三浩さんが、鳩山さんのクリミア訪問の水先案内人を務めました。その木村さんが、プーチン大統領が祈ったエピソードを紹介していました」
下斗米「プーチン大統領の根っこにあるのは、非常に土着的なものです。プーチン大統領は、この数年ますます、宗教色を強めています。そういう点で、中東のイスラム諸国とも友好関係が結ばれるような状態になっています」
「ウクライナは、国家としてメルトダウンしつつある」
岩上「ユーロマイダンでの騒乱の経過とヤヌコビッチ政権の瓦解について、どのようにお考えですか」
下斗米「ウクライナ政権は、調査を拒否し、実情を隠しています。しかし、ミンスクⅡ以後、紛争の内情について、次第に分かり始めています。
ウクライナ国家は、すでにメルトダウンしかかっている。ミンスク合意を守り、米国とロシアが和解しないことには、ウクライナ経済の立て直しはあり得ません。ミンスクⅡ以降のノルマンディープロセスに、米国が参加することが重要だと思います」
岩上「ウクライナ東部で内戦が激化し、難民が大量に発生しました。この難民は、みなロシアに逃げています。5月2日には、『オデッサの虐殺』という、一般市民が焼き殺されるというジェノサイドが発生しました。しかし、世界は、このジェノサイドをほとんど報じませんでした」
下斗米「この内戦に関して、ウクライナ政府の公式見解は、『反テロ戦争』なんですね。犠牲者は、6000人と報じられていますが、実際には5万人と言われています。これは、とてつもない数です。徴兵制で動員された若者が戦い、死んでいます。
今年(2015年)1月のデバリツェボの戦いで、ウクライナ軍は完膚なきまでに叩きのめされました。これでウクライナは、ミンスク合意に至らざるを得なくなりました。ウクライナの大学の先生方は、政府の徴兵に協力しないと、『ロシアのスパイだ』と言われたりするそうです。
ただ、現状、ミンスク合意が守られているとはとても言えませんが、『守らなければならない』という方向に、国際社会は動いていると思います」
岩上「ミンスク合意に関しては、メルケルとオランドが、米国を介さずにプーチンとポロシェンコを交えた4者協議をセットしました」
下斗米「米国としては、今回はメルケルとオランドに任せた、ということだと思います」
岩上「現在のウクライナには、ネオナチだけでなく、チェチェンの兵士やISも入り込んでいる、と言われていますね。ここが、重大なテロの温床地になってしまっています」
下斗米「ウクライナ経済は破たん寸前です。戦争どころの話ではありませんね」