二度にわたって内閣総理大臣の座に就き、連続在職日数2822日、通算在職日数3188日という憲政史上最長の記録を作った安倍晋三元首相が、2022年7月8日、白昼、公衆の面前で銃撃されて亡くなった。
投開票が2日後に迫った参院選の終盤、奈良市内の街頭で自民党公認候補の応援演説を行っていた安倍元首相に向けて、手製の銃の引金を引いた山上徹也容疑者(41歳)は、その場で殺人未遂容疑で現行犯逮捕された。
そして、この衝撃的な事件の動機がイデオロギー的なものではなく、カルト宗教によって崩壊させられたた家庭の「宗教2世」による「復讐」であることが明らかになると、その背景にある政治と宗教のいびつな関係が大きな問題としてクローズアップされてきた。
山上容疑者の母親は世界平和統一家庭連合(統一教会)の信者であり、多額の献金を繰り返して生活が困窮、破産している。教団に人生を破壊されたと感じていた山上容疑者は、安倍元首相が2021年9月に開催された統一教会のダミー組織、天宙平和連合(UPF)の集会に賛同メッセージを送ったことを知り、コロナ禍で日本に来ない教団幹部の代わりに安倍元首相の殺害を決意したと伝えられている。
岩上安身は、2022年8月15日、全国霊感商法対策弁護士連絡会代表世話人で、宗教トラブルや霊感商法の被害者救済に取り組んできた山口広弁護士に、東京共同法律事務所でインタビューを行った。
長年、統一教会信者の子どもたちの苦難を見てきたという山口弁護士は、「信者は、教団からの不安を煽るような勧誘や献金要求を拒否できず、子どもに貧困を押しつける結果になるとわかりながらも、全財産を献金してしまう。何とかしなきゃいけないという思いがずっとあった。こんな形になって本当に残念だ」と厳しい表情で語った。
統一教会の教義の中には、「日本はサタンの国」とする反日的な教義があるが、日本の保守派政治家の中には、その点には目をつぶり、また、霊感商法の被害者の存在にも目をつぶって、選挙などで教団の協力や支援を受けたり、秘書を受け入れたりする者が数多くいるという。
山口弁護士は、「子どもたちの苦しみを少しでも理解してもらえていたら、政治家が統一教会を祝福したり、協力関係を持ったりすることはなかったのではないか。この事件を見て、『来るものが来たのか』と思った」と苦渋の表情で語った。
岩上安身は、山上容疑者を特異なテロリストだとする解釈は間違いだとし、「統一教会は解散させるべきだし、同時に、被害に遭っている人たちを救済しないと、その絶望感は変わらない」と指摘した。
山口弁護士は、「霊感商法の被害者救済活動をする立場からは、政治家は右でも左でもいいから、被害が増えるような行動は取らないでほしい。自分たちの政治理念の実現を優先して、使えるなら反社会的な団体であろうが、問題を起こす宗教団体であろうが利用して、(見返りに)協力するという姿勢はやめてくださいと繰り返しお願いしてきた」と振り返り、政治家だけではなく、警察や文科省の宗務課にもお願いしてきたが、動いてもらえなかった、と付け加えた。
統一教会は1964年7月に日本で宗教法人の認可を受け、1960年代後半から1970年代には若者をターゲットにした「原理運動」を全国の大学で「原理研究会」として活動を展開、信者を増やしていった。
80年代には壷や印鑑を高額で買わせる霊感商法が問題視されるようになり、1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件でカルト宗教の危険性が社会に広がると、統一教会は1997年、文化庁に「世界平和統一家庭連合」への名称変更の相談を持ちかけている。
山口弁護士らは、この名称変更は宗教団体だと気づかれないようにする狙いがあるとして、文化庁にこれを認めないように繰り返し求め、文化庁側も「問題のある宗教法人」として申請を拒否する姿勢を続けていた。
しかし、統一教会と関わりがある、極右的思想をもつ政治家である下村博文氏が文科大臣だった2015年6月に、統一教会は名称変更の申請を提出し、同年8月に認証されている。下村氏は統一教会系の日刊紙『世界日報』や月刊誌『ビューポイント』に記事が掲載されるなど、教団との関わりが深いと指摘される政治家の1人である。
このインタビューの後半では、教団の勧誘や洗脳の方法、理解しがたい教義の数々、「貢ぐ国」とされた日本において、日本人の信者から吸い上げた莫大なお金が最終的には韓国の本部に送られてきたこと、2世信者の救済問題、合同結婚式で韓国に渡った日本人女性の悲惨な実態などが次々に語られていった。
山口弁護士は、今回の事件で傷つき苦しむ現役信者や子どもたちの存在に触れて、「信者の子どもたちは山上容疑者と同一視されて、いろいろなかたちで差別されかねない」と懸念する。児童福祉関係者でも宗教2世問題に対する理解は進んでいない現状があるといい、専門的なカウンセリングの勉強会、同じ境遇から脱した元信者や2世同士で悩みを共有し寄り添える場が必要だと訴えた。
※本文中の「統一教会」の表記について、全国霊感商法対策弁護士連絡会の声明文を引用した部分は原文の「統一協会」としている。
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