憲法学の「神様」がIWJに降臨!前代未聞!樋口陽一・東京大学名誉教授が岩上安身のインタビューで自民党改憲草案の狙いを丸裸に! 2016.2.17

記事公開日:2016.4.16地域: テキスト 動画 独自
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( IWJテキストスタッフ・関根かんじ)

特集 緊急事態条項

菅官房長官は2016年4月15日の記者会見で、熊本地震に関連し緊急事態条項を「極めて重い課題」と発言。
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※5月22日テキストを追加しました!

 「緊急事態条項は、憲法自体が、国民の自由を縛る根拠になってしまう。権力に鎖をかける憲法の役割が、憲法が憲法の鎖を外すものになってしまう」。

 憲法学者・樋口陽一氏は、開口一番懸念を表し、「安倍総理らは改憲の入り口にしやすい。通りやすいといい、もっとも不謹慎だ」と苦言を呈した。

 2016年2月17日(水)、岩上安身による憲法学者 樋口陽一・東京大学名誉教授インタビューが行われ、樋口氏は、自民党改憲草案の危険性と法的矛盾を、次々と論破していった。

 まず、現行憲法の権力を縛ることを逆転させた自民党憲法改正草案だと指摘。「憲法とは、国民主権や国民の自由を保障するものだ。ただし、その自由には例外があり、それを法律で制限し、適切かどうかを裁判所が判断する。あくまでも憲法の本領は権力を縛ることにある。国家緊急権(緊急事態条項)は、縛られる側が、縛りを緩めてくれという話だ」と述べる。

 そして、安倍総理らの他国の憲法にはどこにでもあるという根拠には、「それぞれの国は、背景も環境も違う。強権的国家も、独裁体制もある国と、いっしょに議論することは慎んでもらいたい」と釘を刺し、ヒトラーが独裁政権を成し遂げた経緯や、フランスのパリ同時多発テロで適用された国家緊急権の実態などを説明した。

 また、樋口氏は、「日本国憲法の中で、一番の要の条文は、『すべて国民は、個人として尊重される。~公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする』の13条だ」とし、「近代思想の核心が『個人』だ。『人』になってもらうということは、(個人よりも)動物、生物的なニュアンスが強い」と述べ、自民党改憲草案で、その『個人』が『人』に書き換えられていることへの法的な重大さを説いた。

 そして、改憲草案前文などに散見される日本の伝統回帰に関しても、『和』『助け合い』『家族』という言葉が、日本の長い歴史のなかで、どういう役割を演じてきたかが、法的観点からみると大事だとし、「『助け合い』は、戦争体験者にとって、隣組、相互監視を連想させ、『和』は、『議論してはいけない。長いものには巻かれろ』。家族はもっと深刻で、戦前まで女性に対してどういう扱いをしてきたのか(家長である男性への女性の服従)」と看破。

 ところが、前文には『活力ある経済活動による成長』という言葉も登場し、『岩盤をドリルで壊す』ように、古き良き日本は、砕かれていくと指摘する。

 現行憲法22条は、『何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する』と経済活動の自由を保障してあるが、経済活動を闇雲に自由にすると、労働基本権、25条の生存権を損なう恐れがあるので、『公共の福祉に反しない限り』の文言を加えた。

 改憲草案22条『何人も、居住、移転及び職業選択の自由を有する』とだけにして、『公共の福祉に反しない限り』を切り捨てた。その代わりに、12条(国民の責務)、13条(人としての尊重等)、21条(表現の自由)には、『公益及び公の秩序に反してはならない』を書き入れている。

 つまり「伝統回帰と新自由主義の思想の矛盾する2本柱が書かれている」とし、ご都合主義の内容で「それらが巡り巡って、『緊急事態条項』で帰結する。決して緊急事態の対処ではないことを、真剣に考えなければいけない」と最後まで、舌鋒鋭く批判を展開していった。

  • 参考
  • 日本国憲法改正草案(自民党)
  • 自民党憲法草案の条文解説-全文対照表
  • 記事目次

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    ■全編動画

    • 内容 憲法学者が語る、緊急事態条項の危険性とその狙い
    • 日時 2016年2月17日(水) 15:00~
    • 場所 IWJ事務所(東京都港区)

    緊急事態条項は、縛られる側が縛りを緩めてくれという、もっとも不謹慎で、立憲主義、民主主義にとって致命的なもの。決して「備えあれば憂いなし」ではない!

    岩上安身(以下、岩上)「憲法学の第一人者、樋口陽一東京大学名誉教授へ、待望の単独インタビューを行います。よろしくお願いします。先生は、インターネットに登場されるのは、初めてでしょうか?」

    樋口陽一氏(以下、樋口・敬称略)「今のところ、テレビ、週刊誌、日刊タブロイド紙には出ません。クラシックな新聞か街頭のみでした。なぜなら、それぞれ応じていると時間がなくなるからです。

     私は1934年生まれで、数えで83歳です。小学校入学時に国民学校になり、5年生の時は戦争末期です。私の肩書きは級長でしたが、学徒隊副小隊長と呼ばれ、8月15日の終戦を過ぎると、学級委員になった」

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    ▲使用したパワーポイント資料
    ▲使用したパワーポイント資料

    岩上「あらゆる憲法学者の方々は、共通して先生を第一人者と賞しておられました。今回、自民党改憲草案98、99条の緊急事態条項と、改憲草案の全体についてお聞きします。

     安倍総理は2015年9月24日、強行採決以後、総理再選の会見で改憲に意欲を示し、産経新聞だけがこれを報道しました。11月11日、緊急事態条項の新設を目指すと明言。16年1月4日、夏の参議院選で再び『改憲を訴える』と発言しました。

     しかしながら、共産党志位和夫委員長、民進党岡田克也代表両者とも、緊急事態条項に関しては、それほど懸念は表していませんでした。1月からは両者とも、緊急事態条項を危険視するようになりましたが」

    樋口「憲法の中に『緊急事態条項』を入れることは、どういう意味を持つのか。

     それまでマス・メディアが『お試し改憲』と呼び、96条(衆参各議院で総議員の3分の2以上の賛成での改憲発議を、過半数にする)から入ればうまくいくと考えていたが、思いがけず強い抵抗があった。それで一番抵抗の少なさそうな入り口を探そうとし、緊急事態条項を選びました。

     高村正彦副総裁は、「何が一番やりやすいか。そこから国民の皆様と意見を踏まえながら」と言った。しかし、緊急事態条項はもっとも不謹慎で、立憲主義、民主主義に致命的になるという意味がわからない人たちがたくさんいる。少なくとも、『備えあれば憂いなし』ではありませんと申し上げたい。

     最近になって、『憲法とは何なのか』という認識が共有されてはきました。憲法とは、国民主権や、国民の自由を保障するものです。ただし、その自由には例外があり、それを法律で制限し、適切かどうかを裁判所が判断する。あくまでも憲法の本領は権力を縛ることにあるが、国家緊急権(緊急事態条項)は、縛られる側が縛りを緩めてくれ、という話です。

     とりわけ憲法に国家緊急権を入れる法的な議論では、国民の生命、安全、財産が脅かされる事態を挙げています。しかし、外からの攻撃、内乱、原子力災害などの大規模災害に対する対応には、災害対策基本法、国民保護法(武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律 注1)など、すでに枠組みを法律で持っています。

    注1:国民保護法(内閣官房 国民保護ポータルサイト)

     裁判所は国民保護法を適用する場合に、制限のし過ぎや違法かどうかなどを判断する。今のところ高度に政治的な争点は、裁判所は判断しないと判例にはなっていますが。また、新しい種類のテロ行為などには、テクニカルな議論もされています。

     それを憲法自体に入れることになると、憲法自体が国民の自由を縛る根拠になってしまう。権力に鎖をかける憲法の役割なのに、憲法が憲法の鎖を外すものになってしまいます。自民党の憲法改正草案は、それぞれ、右手で自由を保障していながら、左手でそれを取り上げるという枠組みにしている。

     98条では、『内閣総理大臣がすべての事態の中心になる』といい、99条3項『緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない』とし、憲法が国民に義務を課すのです」

    権力を縛るのが憲法であるのに、それを逆転させた自民党憲法改正草案。新設102条『全て国民は、この憲法を尊重しなければならない』で国民に義務を課す

    岩上「さらに、(緊急事態条項に)『国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して』とあるが、戦争、内乱のためだと言えば、徴発、徴用など何でもできる。戦時中と同じか、それ以上です」

    樋口「新聞の報道では、緊急時の船の調達に関して、現時点の法律では協力だが、従わざるをえなくなると心配していますね。戦時中は、民間の船や船員たちは、徴用されて莫大な被害を蒙りました。

     この考え方のベースにあるのが、新設102条(憲法尊重擁護義務)1項です。『全て国民は、この憲法を尊重しなければならない』。当たり前のように思えますが、現行憲法と比べると、より違いが明らかになります。現行憲法には天皇の摂政から始まり、権力側の人々にこの憲法の尊重、擁護の義務があると書いてあり、『国民が』とはなってはいない。

     (米国第3代大統領トーマス・)ジェファーソンは『国民の側が権力を鎖でつなぐ』と言った。国民の心構えは現行憲法第10、11条にあり、第99条に国民は書いてない(注2)。これを逆転させています。

    注2:

    第十条
    日本国民たる要件は、法律でこれを定める。
    第十一条
    国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
    第九十九条
    天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

    岩上「改憲草案で、一応、現天皇を尊重しています。ちなみに議員会館に入る前、『9条バッチ』は思想チェックで外すように指示されます」

    他国が緊急事態条項を憲法に加えた理由は、歴史的背景や国の置かれた状況がまったく違う。『お試し』、『通りそうだから』で済ませる不謹慎さ

    樋口「ドイツは、第一次大戦で負けると、ワイマール憲法をつくり、国民主権を謳いました。1933年、民主的な選挙によってナチスが第一党となり、ヒトラーが首相に選ばれ、翌年、全権委任法を成立させ、独裁国家を手中にしました。

     それを成せたのが、ワイマール憲法48条『大統領の非常事態措置権』です。なぜ、それが憲法に組み込まれたかというと、1918年、ドイツ革命が起こり、1919年、共産主義者カール・リープクネヒトとローザ・ルクセンブルクが暗殺された。ヒトラーも、ミュンヘン一揆で逮捕されている。右も左も武装蜂起をした内乱が背景にあることを忘れてはいけません。

     さらにベルサイユ条約で、第一次大戦の多額な賠償金を課せられていたドイツは、1929年、世界恐慌で追い討ちをかけられる。国会は、右派、左派、どちらも強く、安定した政治運営ができないため、非常事態措置を繰り返し発した。それがため、政治家のみならず国民も麻痺する。

     それだけでなく、ヒトラーが政権を握る3年前から、4回も選挙が繰り返され、選挙にも麻痺してしまい、有権者の政治への意志も失せた結果、ナチス独裁政権を許してしまったのです」 

    岩上「今の日本は、内乱状態はないですが、選挙に関してはくり返される点が似ている」

    樋口「外国の憲法に、緊急事態条項はよくあるという根拠に関しては、現ドイツ連邦共和国の憲法には、1968年、『防衛出動事態時での対処』が導入されたが、条件として、どんな時にでも国民を関与させるとした。

     そして、あらかじめ国会両院合同の委員会で、議員の数を揃えなくてはならないとも決め、1章と10か条の規定を備え、周到な仕掛けにしました。ドイツはあくまでも連邦制で、日本の中央集権とは条件が違います。また当時はベルリン封鎖など東ドイツと対立し、米ソ冷戦の背景もあったのです」

    岩上「災害を口実に緊急事態条項を導入しようとしていますが、大規模災害であっても被災地はローカルな場所にとどまるから、緊急事態条項のように国家権力を強めるより、被災現地の権限を強める方がずっと現実的です」

    樋口「2015年11月13日、パリで(同時多発)テロがあった。オランダ大統領は戦争と例えたが、それは軽率で、大規模な犯罪事件です。そして、あの事件を旗下(きか)として、日本でも緊急的な対応が必要だと議論が出た。フランスでは法律で対応しているが、やり過ぎと批判もあり、行政裁判所は違法判決も出している。

    参考:旗下 大将の旗印のもと。大将の支配下。特定の考え方などの影響下にあること。

     ところが、フランスの現社会党政権が、緊急事態条項を憲法に格上げする手続きを始めました。しかし、与野党で賛否両論噴出し、棚上げになる可能性が高い。実は、フランス憲法の16条には大統領が全権を掌握できるという条項があり、1955年、ド・ゴール大統領がアルジェリアの独立戦争を鎮圧するために、一度だけ使ったことがあります。

     しかしその後の1968年のパリ5月革命のときは、フランスが機能停止に陥りましたが、そうなっても16条は使わなかった。それほど危険な条項で、『お試し』とか、『通りそうだから』という理由を挙げたことだけでも、国民はその政治家を批判しなくてはいけません」

    岩上「2・26事件(注3)のとき、大日本帝国憲法の戒厳を使ったことに似ていますね。中身をちゃんと説明せずに、劇薬であるこの条項の導入を進める自公政権は論外ですね」

    注3:二・二六事件(に・にろくじけん)
    1936年2月 26~29日,東京で,国家改造を目指す陸軍青年将校が陸軍部隊を率いて反乱,クーデターを試みた事件。 26日早朝の蜂起後,27日東京に戒厳令がしかれたが,28日反乱部隊は「騒擾部隊」とされ,原隊復帰の奉勅命令が出された。(ブリタニカ国際大百科事典より)

    『憲法改正案の個々の内容は、政府として答えることは差し控える』と決して答えない安倍総理。選挙が終るまで問題視されるのを避けるためか?

    ▲使用したパワーポイント資料
    ▲使用したパワーポイント資料

     岩上「2016年1月、通常国会が始まると、福島みずほ議員は緊急事態条項を、1月19日参議院予算委員会で『ナチスドイツの国家授権法といっしょだ』と問い質した。それに対し安倍総理は『限度を超えた批判だ』と非難し、『緊急事態条項は、諸外国に多くの例がある』。『そうした批判は慎んでいただきたい』と憤った。

     しかし野党議員は国民の負託を受け、国民の代わりに厳しい質問をするのが仕事です。それに答えるのも内閣の責務です。かつ、限度を超えたものでもありません」

    樋口「安倍総理は『日本国民には、絶対に心配はない』と落ち着いて応じるべきです。官僚がペーパーを与えていないのではないでしょうか。戦前の帝国議会で『黙れ!』と言った軍人政治家がいて、『非立憲の最たるものだ』と大騒ぎになった」

    岩上「今回も、非立憲だと、大騒ぎしないといけなかったのですね。

     福島議員は条項の中身に触れたが、安倍総理はいっさい答えない。緊急事態条項をやると宣言したにもかかわらず、いっさい中身の議論を避けている。1月26日、本会議で民主党の岡田克也代表は、『現行憲法で、具体的に何が足らないのか』と質問すると、安倍総理は『憲法改正案の個々の内容については、政府として答えることは差し控える』と。

     翌27日、共産党志位和夫委員長も、『独裁政治、戦争国家に道を開き、憲法9条改正につながる危険きわまりない』と中身に触れようとしたが、安倍総理は『政府としてお答えすることは差し控えさせていただく』と頑に否定し続けた。

     つまり多くの人がわからないうちに選挙をして、決めてしまえという魂胆ではないでしょうか」

    樋口「まったく危険です。自民党総裁として、憲法改正草案を公表し、首相として憲法改正をやると宣言しているのです」

    岩上「自民党は憲法改正案にはQ&Aがあって、先生はそれもたいへん危険だと、指摘されています。

     緊急事態条項を規定した理由では、『国民の生命、身体、財産の保護は、平常時のみならず、緊急時においても国家の最も重要な役割です。今回の草案では、東日本大震災における政府の対応の反省も踏まえた。このような規定は、外国の憲法でも、ほとんどの国で盛り込まれている』という」(自民党は、このQ&Aページを閉鎖か?)

    樋口「先述しましたが、フランスではかえって議論を大きくしています。戦争ならば、戦時国際法に従わなければならない。投降してきたら、犯罪者ではなく捕虜として処遇しなければなりません」

    岩上「今後、(集団的自衛権で自衛隊は)アメリカについて中東へ行かなくてはならなくなる。安保法制の国会審議では、たくさんの人が危険だと気づきました。集団的自衛権行使容認を閣議決定一つでやってしまい、安保法制を強行突破した。緊急事態条項を憲法にしようとする動きは、補完関係にあるとも思えるのですが」

    樋口「そう思いますが、安倍総理は他の国がやっているから、というレベルです。それぞれの国は背景も環境も違います。強権的国家や独裁体制もある国といっしょにすることは、公では慎んでもらいたい」

    岩上「安倍総理はリベラル・デモクラシー国家だというが、緊急事態条項の一発で憲法停止に陥ると、立憲主義国家から脱落することになりますね」

    憲法で一番大事な13条の『個人』を『人』に書き換えた自民党改憲草案。「『個人』は政治・法思想で特別の意味を持ち、歴史的に非常に重たい言葉です」

    樋口「自民党の憲法改正草案全体について触れます。

     日本国憲法の中で、一番の要の条文は、『すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする』の13条です。

    岩上「自民党の憲法改正草案13条は、『全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない』となっています」

    樋口「『個人』とは、政治・法思想で特別の意味を持ち、歴史的に非常に重たい言葉です。それを『人』になってもらうということは、(個人よりも)動物、生物的なニュアンスが強い。

     『個人』は、近代を特徴づけました。トマス・ホッブス(イギリスの哲学者、1588~1679)が、著書『リヴァイアサン』の中で、国家を『個人』で説明した。『人は人にとってオオカミである』とし、『諸個人同士で約束を取り結んで権力をひとつところに預けたのが国家だ』と定義した。

     しかし権力は勝手なもので、(その預けられたルールを)濫用するかもしれない。それで、権力からの自由、抵抗権を論理化したのがジョン・ロック(イギリスの哲学者、1632~1704)です。さらに、その権力自身を個人(国民自身)が動かすことができる状態しておかないといけないと謳ったのが、ジャン=ジャック・ルソー(スイスの哲学者、1712~1778)です。

     そういう思想で築かれたのが『個人』の概念で、(自民党改憲草案は)それでは困るので『人』としたのです」

    『郷土』『和』『助け合い』『家族』を謳う改憲草案。『助け合い』は相互監視を連想させ、『和』は『議論してはいけない。長いものには巻かれろ』の意。『家族』はもっと深刻で戦前の家制度で女性の扱いはどうだったのか?!(家長である男性への、女性の服従)

    ▲使用したパワーポイント資料
    ▲使用したパワーポイント資料

    岩上「自民党改憲草案の前文では、『日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、~』と歴史的存在を強調して存在しています。自民党の西田昌司議員は国民主権を否定し、国民は個人として存在しているのではなくて、歴史を背負って存在していると言います。

     歴史的存在としての『人』と『個人』は対立すると思うのですが、その点についてはいかがですか」

    樋口「(改憲草案前文)『日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する』としています。ちなみに、今の政治は、和を尊ばず、互いに助け合っていませんね。

     『郷土』『和』『助け合い』『家族』という言葉が、日本の長い歴史のなかでどういう役割を演じてきたのか、法的観点からみることが大事です。『助け合い』は戦争体験者にとって、隣組、相互監視を連想させます。『和』は、『議論してはいけない。長いものには巻かれろ』とも受け取れる。『家族』はもっと深刻です。1945年までの日本の家制度が女性の人権に対してどういう扱いをしてきたのか」

    岩上「驚くことに、中年ぐらいの人たちでも、すでに戦前の家制度や家父長制度の知識がないんです」

    樋口「戦前までの民法・親族法、相続法(合わせて家族法)の親族法が、戦後ごっそり変わりました。かつての家制度のもとでは、家があっての人でした。開国で近代法を取り入れるとき、すでに当時の行政官僚が、『家単位の社会はよくない。独立一個の個人として扱われる社会でなくてはいけない』と苦言を呈しています。

     戦時中、(日本的な)源氏物語や井原西鶴の本を持っていたら不敬だとして警官に捕まったのですよ。決して、ハラキリだけが日本文化ではありません。改憲の起草者や支持する人たちの考えた日本的なるものだけを、シンボライズしたものが憲法改正草案です」

    岩上「ある安倍自民党を支持する青年グループは、さらに24条(婚姻)の改正で、家制度を復活させ、婚姻は認可制にしろと主張しています。とりわけ選択的別姓制度には強固に反対します。実は、明治時代は、姓に関してはかなり自由でした。ご都合主義です」

    樋口「戦前を知らない人たちは、日本の私小説を読んだらいい。身辺瑣事(さじ)を扱っているように見えるが、家制度、家権力への反駁(はんばく)でもあるからです」

    日本的なるものへの回帰を謳いながら新自由主義の思想を書き込み、古き良き日本をドリルで破壊する矛盾満載の自民党改憲草案

    ▲使用したパワーポイント資料
    ▲使用したパワーポイント資料

    樋口「13条の『個人』を捨て『人』、客観的ではない日本的なるものへの回帰を謳うが(改憲草案)、前文では、『活力ある経済活動による成長』という言葉も登場し、『岩盤をドリルで砕く』ように、古き良き日本は砕かれていくんです。つまり、新自由主義の思想を憲法に書いた。

     現行憲法22条は、『何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する』と経済活動の自由を保障してある。しかし、経済活動を闇雲に自由にすると、労働基本権、25条の生存権を損なう恐れがあるので、『公共の福祉に反しない限り』の文言を加え、その価値を共有する世界諸国のレベルに合わせたのです。

     ところが改憲草案では、22条『何人も、居住、移転及び職業選択の自由を有する』とだけにして、『公共の福祉に反しない限り』を切り捨てた。その代わりに、12条(国民の責務)、13条(人としての尊重等)、21条(表現の自由)には、『公益及び公の秩序に反してはならない』を書き入れている。

     つまり経済活動の自由にだけ、それを入れていない。その意味が、前文の『美しい国土と自然環境を守りつつ、~活力ある経済活動による国の成長』とリンクするのです。

     しかし、経済活動が自然を破壊するのは明らかで、矛盾する2つの柱を立てている。実際、期待されているのは活力ある経済活動によって、岩盤は破壊されるが、リップサービスで癒しを提供しているということ。そこは警戒しないといけません」

    岩上「地方、地場のローカルな中小資本ではなく、大胆な移転ができるグローバルな大資本。そして、その人自身の移転の自由も、財産とともに移転できると。(改憲草案)22条2『全て国民は、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を有する』とあり、グローバル時代に合わせた印象があります」

    樋口「そういうことは、すでに世界中で起こっている。タックスヘイブンしかり。それに対し、グローバル時代に歯止めをかける運動も世界中である。ところが日本は、その新自由主義を憲法で規範化しようとしている。私の知る限り、他の国の憲法には見つかりません」

    岩上「資産を移転し、納税義務も果たさない。公共の福祉に貢献しない。それを認めているわけですね」

    樋口「それらが巡り巡って、『緊急事態条項』で帰結する。決して緊急事態の対処ではないことを、真剣に考えなければいけません」

    『個人』が近代思想の核心で、何人も犯してはならないものが個人の尊厳。それを抹殺する『緊急事態条項』!

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    ▲使用したパワーポイント資料

    樋口「改憲草案Q&Aでも、改憲草案を作った理由に、天賦人権が気に入らないようなことが述べられている。それがいみじくも『個人』ではなく『人』への変更につながる。天賦人権説が、西洋思想だと勘違いしているのではないでしょうか。

     福沢諭吉は『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』という日本語を、すんなり発した。その根底にはアメリカの憲法の知識もあったのでしょうが、日本人にも、そういう思想があったということではないでしょうか。ひとことで言えば『お天道様がいつも見ている』。中国の思想であれば『天が見放せば、世の中が改まる』の革命思想です。

     何度も言いますが、『個人』が近代思想の核心です。その個人といえども、犯してはいけないことがある。それが人間の尊厳です。日本流に例えると『お天道様』ではないでしょうか。宗教的な神ではありません。現行憲法前文でいう『人類普遍の原理』です。国によって違ってはならない。具体的なレベルで価値感を共有できるものです。

     自民党の憲法改正案は、それから離れようとしていると言わざるを得ません」

    注4:天賦人権説(てんぷじんけんせつ) すべて人間は生まれながらにして自由・平等の生活を享受する権利(自然権)を有するという思想。17-18世紀の自然法学者、啓蒙思想家によって主張され、アメリカ独立宣言やフランス人権宣言において明文化された。日本では明治初期の啓蒙思想家、自由民権論者に継承された。(広辞苑より)

    岩上「天賦人権説は、王権神授説(注5)と対抗する概念だと、一般には考えられています。改正案では、天皇を国家元首として据えながら、緊急事態条項では総理大臣に権力を集中させている。天皇制ファシズムではなく、アベノファシズムですね。夏の参議院選では、あと10数議席で3分の2の改憲勢力になって、とても危惧されます。

     先生は昨年、SEALDs(シールズ)の抗議行動でも雨にもかかわらず、発言されていて感動しました。今日は長い間、どうもありがとうございました」

    注5:王権神授説(おうけんしんじゅせつ)=帝王神権説 君主の権力は神から受けられたものであり、人民に反抗の権利はないとする説。絶対君主国家において唱えられた政治学説。イギリス王ジェームズ1世、ルイ14世に仕えたフランスの司教ボシュエらが代表者。(広辞苑より)

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    2件のコメント “憲法学の「神様」がIWJに降臨!前代未聞!樋口陽一・東京大学名誉教授が岩上安身のインタビューで自民党改憲草案の狙いを丸裸に!

    1. 樋口陽一先生、ありがとうございます。

      僕は基本的に先生という言葉を人には使わないことにしているが、まさしくここに「先生」と言うに足る人間を識ることができた。
      「人」と「個人」との解釈の差異を耳にして、初めて日本国憲法を理解できた気がする。

      岩上さん、このような機会を与えてくれて本当に感謝に堪えません。
      以前、飯田橋の会場で小沢さんの憲法の話を聞いて感激に身が震えたことがありましたが、それ以来でそれ以上の経験を
      させてもらいました。3分の2は決して与えてはならないと再び心に誓うこととします。

    2. 樋口先生は、命がけでインテリゲンチヤとして、プロとして仕事を全うしています。携帯を持たない本人が初めてネット空間を利用したことの本人への影響をインタビュアーは最新の注意を払ってフォローするべきだと思います。なお、インタビュアーの録画内のフォローにうまい、と思ったところもありますが、後半は残念ながら樋口さんの一番強調したいところをぼかしてしまった感があります。軽軽な わが味方との対談的な物言いは慎んだほうがいいと思います。でもとにかく、いい企画を実現できておめでとうと言わせてください。

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