【IWJブログ・特別寄稿】「いのちの市場化」にNO!~TPPと国家戦略特区は「新自由主義」を実現する双子である (アジア太平洋資料センター〈PARC〉事務局長 内田聖子)

記事公開日:2014.2.7
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特集 2014東京都知事選

 いつの時代も、人は威勢いいコトバや華々しいコトバに惹かれ、求めてしまう。不況だデフレだ、アベノミクスで景気が戻っても自分の財布は潤わないとくればなおさらだ。

 「岩盤規制をぶっ潰す!」

 「国家戦略特区で企業が世界一活動しやすい国に!」

 「TPPで国際競争力を取り戻す!」

 これらはみんなそう。「なんか聞いているだけで雄々しくてエネルギーがあふれてくるなぁー」とか「低迷する日本経済もこれで再起するようなだぁー」とか「それが巡り巡って、俺の給料も上がるかもなぁー」と、思ってしまう人もいるだろう。もちろん、そう思ってしまっても罪はない。悪いのは、戦闘的な言葉を使うことで物事の本質を見えなくし、有無をいわせずみなを納得させる「空気・ムード」をつくる側なのだ。

 だからこそ、私たちは立ち止って考えなければいけない。目の前に出されたギラギラした言葉の意味を、本質を。新聞がいかにも「よさげ」に書いている数々の文言の本当の意味を、本質を。

 「規制」とは何のために、誰のためにあるものなのか。ただ壊せばそれでいいのか。

 「企業が自由に活動できる」という時の「自由」とは、誰にとってのどういう「自由」なのか。

 「競争」に負ける人間は誰なのか。見ず知らずの〈誰か〉なのか、〈わたし〉なのか?

◆「99%」に押しつけられるシワ寄せ◆

 企業は軽々と、自由に国境を越える。

 それが多国籍企業であれば言うまでもなく、当然のことだ。

 資本の移動の自由、投資の自由化、金融・貿易の自由化――。1973年のチリに始まり、1980年代のレーガン・サッチャーの時代にもたらされた世界規模の「新自由主義政策」は、その言葉とおり、先進国の大企業や投資家に「限りない自由」を提供し続けてきた。国境を越える企業の経済活動に制限を課す各国の法律や制度、慣行は企業にとっての「障壁」であり、撤廃するのが当然という前提がつくられ続けてきた。

 いま、安倍首相が「ドリルで壊す」といっている農業はじめ様々な分野での「岩盤規制」。これも企業にとって最大の「邪魔モノ」だ。グローバルにビジネスを展開する企業にとって、行く先々の国で法律や慣行が違っているのは面倒だ。何よりその国々にある関税・非関税障壁などのせいで、自分たちの商品が「不当に高く売られたり、参入ができない」などと多国籍企業は訴える。「だから、なくせ、壊せ」と。

 私たちの目の前で起こっているのは、一部の大企業による限りない利潤の追求だ。いま地球上で起こっている貧困や格差、環境破壊などの問題の源泉は、すべての人に関わる「ルール」を、常に豊かな国の一握りの企業や政治家たちが決めているということだ。

 その失敗とつけを常に引き受けさせられてきたのは、これまでは途上国の貧しい人びとであり、今では先進国にも増え続ける「99%」の人びと(私たちをも含む)も同様にシワ寄せを押しつけられている。お金のない者は水も飲めない、病気になっても十分な医療を受けることができない、働いても働いても、食べていけず、人以下の扱いをされ日々尊厳を失っていく。これは、極端な例だろうか? 

 このようなすさまじい世界が広がり、実は私たちの生活のすぐそばに広がり、あるいは実際に私たちの身の上に起こっている。「自由」とは決して私たちにとっての「自由」ではない。

◆TPPで私たちの暮らしはどう変わる?◆

 私はこの3年近く、TPP反対の立場から、徹底した秘密主義で貫かれたTPP交渉の本質をできる限り多くの人に伝えようとしてきた。交渉会合に潜り込み、国内ではまだよく理解されていないTPPについて周知活動に取り組み、官邸前、街中のデモ、集会、そして政府に対する説明責任・情報公開を求める活動など、思いつく限りのあらゆる手段をその時々で選び、仲間とともにやってきた。

 なぜなら、TPPは、単なる「貿易協定」ではなく、このような「狂った世界」をさらに加速させ、不正義と非民主的な世界を極限にまで進める装置だからだ。つまりこれは単なる貿易の話ではなく、「利潤か、人間か」という問いなのだ。

 TPP参加表明前後から、テレビや雑誌で「TPPに入れば、物価が安くなって年間16万円も家計が圧縮できます!」という内容を見かけるようになった。しかしこれはまったくのミスリードである。確かに、すべての商品やサービスの関税を撤廃することをめざすTPPに入れば、海外から農産物や衣料品、サービスが驚くほど安い値段で私たちの暮らしの中にもたらされるだろう。

 しかしそれは同時に、あらゆるものが「低価格競争」の波に飲み込まれるということを意味し、自分の労働力も低価格で提供しなければならなくなる。自分の賃金が下がるか、解雇されてより低賃金の労働者(外国人労働者も含めて)におきかえられるのだ。いずれ「お金があればいいものが手に入るが、お金がなければ劣悪なものしか手に入らない、そして大多数の人はお金がない」という社会が立ち現れるだろう。

 日本が誇る安心・安全な農産物は、米国などを中心とした輸出農産品国の、安いが農薬漬けだったり遺伝子組み換え商品にとって代わられる。

 医療分野へはまず混合診療が導入され、最終的には国民皆保険は解体される危険がある。TPPでは大手製薬会社の知的所有権のさらなる保護強化がめざされているため、薬の値段もあがる危険性がある。米国では、虫歯1本直すのに数十万円の治療費がかかるし、手術して長期入院ともなれば費用ねん出のため自宅を売り払うことが当たり前だ。

 実は米国政府と米国医療業界にとって、日本への市場参入はTPP以前からの積年の夢である。少なくとも長期的には、「TPPに入ること=米国企業が日本の保険・医療サービスへ進出すること」という方向に舵を切ることになる。

 さらにTPPに入れば海外から大量に外国人労働者がやってくることが指摘されている。企業側にとっては日本人1人を雇うのと同じ金額で、何人もの外国人労働者が雇えるのだから、必然的にそちらを雇用していくことになる。

 問題は、この「賃金の低価格競争」自体が間違ったことであるということだ。国籍や人種によって賃金格差があってはならないのだが、雇用側が「コスト削減」のために安く使える人をますます雇えば、多くの雇用が失われ、ともすれば「自分たちの仕事を外国人が奪った」という安易な差別・排外主義にもなりかねない。そして、国民の賃金や労働基準も低い方へと切り下げられていくだろう。

 2013年3月15日、日本がTPP交渉に参加表明をした同じ日、政府の諮問機関である産業競争力会議では、経済同友会の長谷川閑史会長(武田薬品社長)が、「企業の法人税減税」「解雇規制の緩和」「派遣法のより柔軟な運用」などが盛り込まれた提言書を出した。TPPとは直接関係ないかのように見えるが、実は国内的な規制緩和や労働基準の切り下げは、TPP参加とセットにして進められていく。これはすべての労働者に対する脅威である。

◆多国籍企業が交渉を動かす◆

 そんなことを言われても、現実味などないよ、と多くの人がいう。「新自由主義だの利潤追求だのといっても、そこまでの悪巧みをしている人などどこにいるの?」という声すらある。しかし米国を中心とする多国籍企業は、私たちが思っているほど甘くはない。

 現に、TPP交渉の現場を見てみればそれがよくわかる。

 日本ではほとんど伝えられていないが、19回も重ねられてきたTPP交渉の現場には、各国の交渉官(約200名から300名)はもちろんだが、利害関係者として参加国の企業やNGO、労働組合などが事前登録し、会期中1日だけ行なわれる「ステークホルダー会議」に参加資格を得る。毎回、平均して200名ほどのステークホルダーが参加をし、各国交渉官と会話をしたり、自らの意見を働きかける。

 2013年3月に行なわれたシンガポール交渉会合に初めて参加した私は、驚くべき光景を見た。そこには、ステークホルダーとして米国の名だたる多国籍大企業が参加していた。ナイキ、フェデックス、カーギル、フォードなどの個別企業の他に、「TPPを推進する米国企業連合」(モンサント、ウォルマートなどをはじめ100社以上が加盟する)や、「米国商工会議所」、「米国研究製薬工業協会」(ファイザー、グラクソスミスクライン等の米国製薬会社の業界団体)なども参加している。

 調べてみて驚いたのだが、「米国研究製薬工業協会」には在米日本企業の製薬会社も加盟している。エーザイ、第一三共製薬などである。つまり、日本はまだTPP交渉に参加していないため、日本の企業やNGOは当然、TPP交渉のステークホルダーにはなることができない。しかし在米支社・本社という立場を利用すれば、日本の企業も間接的にではあるが、TPP交渉にすでに企業としての圧力をかけているのだ。

 5月のペルー会合でも、もちろんこれら企業の多くは参加していた。2か月に一度の交渉会合に何人もの社員を送り込むには、それだけの理由がある。言うまでもなく、「TPPによって利潤を得られる」からだ。

 個別企業だけではない。2013年5月のペルー会合では、公式行事であるステークホルダー会合の翌日に、米国商工会議所や、米国貿易緊急委員会(ECAT)、APECのための米国ナショナル・センター、カナダ農産物輸出連合、ペルー外国貿易協会(COMEXPERU)、ペルー企業連合会議(CONFIEP)、ニュージーランド国際ビジネスフォーラム、シンガポールビジネス連合、チリ産業連合(SOFOFA)、アジア太平洋商工会議所などが各国交渉担当者を招き「ビジネス会議」と呼ばれる場を持った。まさにTPP参加国の財界・業界団体が一堂に会した会議だ。この場で、この企業連合群は交渉官に対し「TPP交渉を今年中に妥結するよう求める」という趣旨の要請を出し、交渉官に「喝」を入れた。

 このように、企業がTPP交渉に影響を「公式に」認められた例は、WTOなど他の貿易協定交渉を見ても類がない。もちろんWTOの交渉現場でも企業と交渉官は会って情報を流したりしていたが、あくまで非公式にである。企業による行き過ぎた自由貿易の推進は市民社会からも批判をされ、ある程度その批判を意識する必要があったのだが、TPPとは、その「呵責」も軽々と取り払われ、「交渉にアクセスする自由」を企業側に与えてしまっている。米国などでは、政府は企業のエージェントと化したといってもいい。企業は日々政府に要望を出し、「日本の関税を撤廃させよ」「保険の規制を取り払わせよ」とロビイする。

 TPPは「日米FTA(二国間貿易協定)だ」ともいわれる。交渉には12か国が参加しているが、12か国すべてのGDPのうち、日米だけで約9割。つまり米国にとってのTPPの意味とは、日本をさらにさらに「市場開放」させ、これまで以上のモノやサービスを売り込むことに他ならないのだ。とりわけ、農産品の関税撤廃、保険(かんぽ、共済など含む)・医療サービスへの参入がそのターゲットになっている。これら企業にとって、世界でもトップクラスの豊かな国であり、かつ国民の金融資産がたっぷりある国は、まさに「おいしい市場」だ。

 昨年7月、米国の保険会社アフラックと日本郵政が業務提携をし、日本全国約2万か所の郵便局で、同社のがん保険が売られるようになることは記憶に新しい。農村であれ、都市部であれ、日本の郵便局は、米国の単なる一企業に過ぎないアフラック社の「販売店」と化してしまうのだ。

◆国家戦略特区◆

 そして昨年、TPPの先取りとして位置づけられる「国家戦略特区」がアベノミクスの一連の取り組みとして提起された。これを初めて見たとき、私はすぐさま「これはTPPとまったく同じだ!」と確信した。その中身を知れば知るほど、この二つはその本質を同じくしていることがわかった。

 国家戦略特区は、「世界で一番ビジネスのしやすい環境をつくる 」ため、「大胆な規制改革と税制措置、新しい技術やシステムによるイノベーション」を駆使する、「これまでとは次元の違う」プランなのだという。具体的には、「外国人への医療サービス提供の充実 (外国人医師の国内医療解禁、病床規制の見直し等)」や「有期労働契約期間(5年)の延長 (契約型正規雇用制度の創設) 」「公立学校運営の民間への開放 (公設民営学校の解禁) 」などである。

 ここでいう「規制改革」とはまさに、TPPでいうところの「(非関税)障壁の撤廃」であり、要は「企業がビジネスを進めるうえでの法律やしくみ、慣行はジャマだから取っ払え」ということだ。

 TPPという国際的な貿易協定と、国内における国家戦略特区が軌を一にして進んでいることは実に意味深い。しかし考えてみればそれもそのはず。そう、TPPも国家戦略特区も、見る夢は同じ。新自由主義を推し進める双子なのだ。

 このプロジェクトを推進する面々は、竹中平蔵をはじめとする新自由主義推進者であり、TPPに賛成しているメンバーも多々含まれている。モルガン・スタンレー銀行の人間もいる。TPPと国家戦略特区は、双子の存在であるのだから、生み出す側も同じであるのも当然なのである。

◆いのちか、利潤か◆

 TPP交渉あるいは米国の「貿易障壁報告書」の中で、非関税障壁として「問題視」されている日本の規制・慣行」の中には、農産品の関税以外に、たとえば残留農薬の基準や添加物の表示義務制度などがある。これからは労働基準法など消費者や労働者を守るものもあげられるだろう。

 国民皆保険制度もしかり。実は私たちの暮らしはこうした幾種類もの法律や制度で守られている。当たり前すぎでそのありがたみも感じなくなってきているのかもしれないが、そのことを自覚せずに「規制=悪。だから壊せば自由!」という誤ったスローガンに騙されては絶対にいけない。一度取っ払われた規制は、元に戻ることはほぼ不可能。気が付いたら、教育も医療も民営化し、法外な金額が払えず泣きを見たり、「安かろう・悪かろう」の食べ物しか買えず健康を損ねてしまうという事態になりかねない。

 もっとも問題なのは、これらが食や農業、医療、水道などの公共サービス、保険、薬など、人間が生きていくのに必要となる基本的なモノやサービス分野にまで、遠慮なしに進んでしまうという点だ。命を生み、育て、命をつないでいくこれらの営みは、そもそも経済原理・市場原理の中に放り込んではいけない。逆にいえばこれらはそもそも採算の取れない、儲からない分野・業種である。しかし儲けることを何よりも優先に企業がこれらビジネスを展開すれば、当然、「金が払えない奴は死んでもかまわない」という世界が私たちの目の前に立ち現れる。

 そう、私たちの世界は深刻な、命の瀬戸際に立ち、「いのちか、利潤か」という選択を迫られているのだ。だからこそ、TPPと国家戦略特区は、二つをセットにして反対をしていかなければならない。いのちの市場化を許してはならないのだ。

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2件のコメント “【IWJブログ・特別寄稿】「いのちの市場化」にNO!~TPPと国家戦略特区は「新自由主義」を実現する双子である (アジア太平洋資料センター〈PARC〉事務局長 内田聖子)

  1. 「国家戦略特区」恐ろしいです。
    この法律については数年前から「ルポ・貧困大国アメリカ」の著者である堤未果さんが、ここに書かれているのと同じ内容を警告されていたので耳にしていました。「いのちの市場化」という言葉も3,4年前に堤さんのインタビュー記事で読んだことがあります。安倍政権のやろうとしている事はどこまでもアメリカとグローバル企業の利潤のためですね。
    こうした事を大手マスコミは報道しないので、自分たちが情報を入手して拡げ、暴走を止めなければなりません。
    ちなみに国家戦略特区の中心はまたしてもあの竹中平蔵で、確信犯ですね。

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