交渉正念場入り「TPP」を学者らが解説 ~討議では「モザンビークODA」に関する重大指摘も 2014.2.2

記事公開日:2014.2.2取材地: テキスト動画
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(IWJテキストスタッフ・富田/奥松)

特集 TPP問題

 2014年2月2日、大阪市天王寺区の大阪国際交流センターで「TPP/日米並行協議に関する市民と政府のオープンフォーラム」が開かれた。市民に国際協力の大切さを訴える「ワン・ワールド・フェスティバル」2日目のプログラムの1つで、今、「TPP」を学びたい市民を対象に、わかりやすいレクチャーが3人の有識者によって行われた。

 なお、冒頭にはTPP交渉の「難航」を巡る解説があり、今月に開かれる、次回閣僚会議の「ニュースの読み方」が言外に示された。さらにまた、後半の討議では、日本政府がモザンビークで進めるODA(政府開発援助)事業の「暗部」を指摘する報告もあった。

■全編動画

  • 講演
    只友景士氏(龍谷大学政策学部教授、TPPから県民のいのちと暮らし/医療と食を守る滋賀県民会議)「TPPは私たちの社会や地域経済にどんな影響を及ぼすのか」
    杉島幸生氏(弁護士、関西合同法律事務所)「TPPで日本の法律が変わる?弁護士の視点から」
    谷山博史氏(日本国際ボランティアセンター [JVC] 代表理事)「TPPなどの“貿易交渉”とMDGs“国際協力”とのつながり」
  • パネルディスカッション
    只友景士氏/谷山博史氏/杉島幸生氏/コーディネーター 神田浩史氏(AMネット理事)

 この集会のタイトルには「市民と政府のオープンフォーラム」とある。しかし、会場に政府関係者の姿はなかった。進行役の神田浩史氏(AMネット理事)は言う。「一昨年5月には東京で、同6月には大阪で、そして、同12月には愛知で、このフォーラムを行ったが、12月の回は民主党から自民党への政権交代に重なった。それ以降は、主管の内閣府に出席を要請しても、完全にシャットダウンされるようになった」。

 「TPPと、それに並行して行われている日米2国間の貿易協議(日米並行協議)に関する情報が、従来にも増して得にくくなった」と不満をあらわにした神田氏は、最近のTPP情勢について、米国側にもかなりの苦慮があるに違いない、との見方を表明し、「TPA(大統領貿易促進権限)」に触れた。

米国は十分焦っている

 TPAとは、米国が他国と妥結した通商協定に関し、大統領が議会の修正を認めず、賛成・反対だけを問える権限だが、2007年に失効している。この権限がオバマ大統領にあれば、ぐんとTPP交渉が進めやすくなるのは言うまでもないことだが、神田氏は「今のところ、米議会にTPA復活の見通しは立っていない」と説明する。

 昨年12月にシンガポールで開かれたTPP交渉の閣僚会合は、最大目標だった「年内妥結」を断念。今月下旬には、もう一度、シンガポールで閣僚会合が開かれる予定だが、神田氏は「この時期に決着しないと、TPP交渉に『ドーハ化』の可能性が出てくる」と指摘した。

 2001年にスタートし、今なお、交渉がまとまらないWTO(世界貿易機関)の「ドーハラウンド」になぞらえているのだ。TPP交渉を主導する米国は、今秋に中間選挙を控えており、春以降は選挙活動で忙しくなる。ついては、遅くとも3月末までには合意に到達したい、との考えが米国側にあるはずで、神田氏は「今月の会合では(関税や知的財産権といった難航分野で)強引に妥協点が見い出されるおそれもある」と述べた。

 神田氏からマイクを譲り受けた只友景士氏(龍谷大教授)は、米国が日本という「市場」を手に入れるために、80年代以降、プレッシャーをかけ続けてきた歴史に言及。2000年に、米国の要求に応じ、地域の商店街を保護するために大型スーパーなどの出店に縛りをかける「旧大店法」が廃止された後の、地方の街に起きた惨状などを紹介した。

富裕層はTPPを歓迎する?

 「TPPは、米国がこれまで日本に対して行ってきた 『市場開放』の動きの延長線上ある」。只友氏はこう続け、全国紙の「TPP」関連の報道を紹介。「多くは、製造業と農業への影響だけでTPPの是非を語り、それで終わってしまうが、中には『国民皆保険』の崩壊の可能性に迫ったものもある」。

 TPP加盟後の、日本の公的保険制度(国民皆保険)崩壊のおそれについては、すでに既存の議論が大量に存在するが、庶民にとって一番悲しいのは、米保険会社が、日本人富裕層に照準を合わせた、先進医療が受けられる民間医療保険を販売し、それによって、日本の富裕層に民間保険へとシフトする大きな動きが起き、結果的に国民健康保険制度が「財政的支柱」を失うシナリオだ。

 「現在、最高で年間50万円あまりの国民健康保険料を払っている富裕層の中から、同30万円程度の民間保険へ、鞍替えする人が登場する可能性がある」とした只友氏は、「米国は、日本に対し『国民健康保険をやめろ』とは言わない。日本の金持ちを味方につけ、中から切り崩そうとするおそれがある」と警鐘を鳴らした。

 続いてマイクを握った杉島幸生氏(弁護士)は「TPP交渉はベールに包まれており、その中身を一般人が知ることは難しい」とした上で、「P4協定」を話題にした。

憲法も無視される

 P4協定は、TPPの最初の加盟国(シンガポール、チリ、ニュージーランド、ブルネイ)によって締結された多国間協定で、2006年の発効。杉浦氏は、その第1章第1条の「目的」に関する条文を、「締結国間で物品・サービスの貿易の障害を撤廃し、国境を越える移動を円滑にすること」などと読み上げ、こうしたP4協定の条文を裏読みすれば、「少なくとも、TPPが一般庶民ではなく、多国籍企業に利益をもたらす取り決めであることは、十分にわかる」と述べた。

 そして、「働く者の権利、消費者の保護、環境関連の規制などは、大概の場合、企業のビジネス活動に縛りをかける。TPPが成立すれば、多国籍企業はそれらを『障壁』と見なし、除去しようと打って出る可能性がある」と言葉を重ね、次のように強調した。

 「米系の多国籍企業が、日本には自分たちのビジネスに不利な障壁があり、それにより、実際に損害を被ったと判断したら、TPPルールの下では、彼らは日本の裁判所ではなく、国際仲裁裁判所に協議を求めることが可能となる。そこでの裁定基準は、日本の法律や憲法ではなく、あくまでもTPPの条文だ」。

MDGsとTPPに親和性はあるか

 「MDGs(ミレニアム開発目標)」との関係性との尺度でTPPを語ったのは、谷山博史氏(日本国際ボランティアセンター [JVC] 代表理事)。MDGsは、2000年9月、国連ミレニアム・サミットに集まった147の国家元首を含む189の加盟国が、全会一致で採択した「ミレニアム宣言」と、90年代に開かれた主要な国際会議・サミットで採択された国際開発目標を統合したもの。「世界の貧困を半減する」をはじめとする8つの具体的数値目標を、2015年末までに達成することを目指している。

 「MDGsとTPPの間には、ネガティブな関係がある」と発言した谷山氏は、「発展途上国の政府は、MDGsを『経済成長』の4文字で説明したがる」と懸念を表明した。GDP(国内総生産)の大きさにMDGsを重ねることはナンセンスである、との趣旨で、「成長主義を導入した途上国には、それまで以上に、生きにくさを感じる層が出現している現実がある」とした。

 そして、谷山氏は「MDGsの8つの目標の1つには、エイズやマラリアといった感染症を減らすことがあるが、『TPPを推進した場合、この目標の達成が難しくなる』と指摘する声が、国際NPO『国境なき医師団(MSF)』などから聞こえてくる」と話した。MSFが発展途上国で行うHIV治療では、安価なジェネリック薬(後発医薬品)の使用が8割以上を占めている、とのこと。ジェネリックの販売が新薬の売れ行きを圧迫することを嫌う製薬会社大手が、知的財産権分野でTPPルールを振りかざしたら、インドなどがジェネリック薬の製造を続けることが困難になり、貧困問題が横たわる途上国は深刻なダメージを受けるというわけだ。

途上国支援は「功利主義」がギラギラ

 後半のパネルディスカッションは、講演を行った3人のスピーカーに、コーディネーターとして神田氏が加わる形で進んだ。

 只友氏は、TPP問題を考える際は、「日本が途上国のモデルになり得るか」との視点が大切と力説した。「さっき言ったように、日本は公的な国民皆保険を実現させた。ひるがえって米国は、オバマ大統領が医療保険制度改革(オバマケア)を進めているとはいえ、問題が続出している。つまり、途上国に、たとえば医療保険制度で『国のモデル』というメッセージを発信する際、日本と米国のどっちに訴求力があるかを考えることが重要」。只友氏は「アジア諸国に対し、『日本のような国になりたい』と思わせる国づくりをしていくことこそ、日本が行うべき国際貢献だ」と訴えた。

 国内の農業が多少の被害を受けようが、安くていい輸入食料が入ってくるのなら、TPPも悪くない──。こうした言説を切り捨てる議論を展開したのは、谷山氏だ。

 谷山氏が紹介したのは、東アフリカのモザンビーク北部の「ナカラ回廊」地域で行われている、約1400ヘクタールもの大規模農業開発事業。正式には「プロサバンナ」と呼ばれる、2009年から日本政府が進めているODA事業で、70年代に日本がブラジルで成功させた大規模農業開発事業を、今度はブラジルと組んで、モザンビークで行うというもの。「(従来の自給的農地から)輸出用農作物に適した土地に作り変えることが目的だ」。

「ODA事業に利益相反あり!」

 谷山氏はこれを、「日本が食料基地を確保するために、ODAを使って行っている」と強調する。「(掲げられている目的は、貧困の縮小や食料増産だが)、これにより約40万人もの地元の小規模農民から農地が奪われようとしている」。モザンビーク最大の農民組織(UNAC)が、この事業に抗議を表明しているとのことで、谷山氏は「地元の農民たちは、これまでの自分たちの農業手法に自信を持っている」と説明した。

 谷山氏は、この1月の、安倍晋三首相のモザンビーク訪問について、「官僚の手の平に乗るような訪問だった」と揶揄。そして、「安倍首相はゲブザ大統領に、今後5年間でモザンビークに700億円を供与することを約束している」と続けると、次のような事実を明かした。

 「われわれの調査では、プロサバンナ事業の、ブラジル側のコンサルタント会社が、開発プロジェクトが進んでいる同じ地域を対象に、世界中から投資を募っていることが判明した。これは明らかに『利益相反』だ」。

 「一体、誰のためのODAなんだ」と語気を強めた谷山氏は、1月29日の通常国会本会議で、神本美恵子参院議員(民主党副代表)が、この件で安倍首相に質問をぶつけたことを紹介。「安倍首相は答弁で、この『利益相反』については一切触れていないが、これは、決して見逃すことができない問題だ」と力を込め、今後も、この件を追及していく意向を表明した。

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