目黒区・宮城県女川町の災害廃棄物の受入にかかわる住民説明会 2012.2.24

記事公開日:2012.2.24取材地: テキスト動画

 2012年2月24日(金)、田道住区センターにて行われた、「目黒区・宮城県女川町の災害廃棄物の受入にかかわる住民説明会」の模様。

 内容は、1)特別区における災害廃棄物受入れの経緯、2)宮城県女川町での選別・破砕状況、運搬方法、3)清掃工場の試験焼却結果と安全対策。


練馬区・宮城県女川町の災害廃棄物の受入にかかる住民説明会 2012.2.23

記事公開日:2012.2.23取材地: テキスト動画

 2012年2月23日(木)、光が丘区民センター2階にて行われた、「練馬区・宮城県女川町の災害廃棄物の受入にかかる住民説明会」の模様。受入れる災害廃棄物の選別処理、運搬の流れ、放射線測定結果や安全対策について説明が行われた。


自由報道協会主催 飯舘村酪農家 長谷川健一氏記者会見 「飯舘村の現状について」 2012.2.20

記事公開日:2012.2.20取材地: テキスト動画

 2012年2月20日(月)、自由報道協会・麹町報道記者会見場にて、「飯舘村酪農家 長谷川健一氏記者会見 飯舘村の現状について」の記者会見が行われた。長谷川氏は、福島県飯舘村の酪農家であり、飯舘村前田地区区長、福島県酪農業協同組合理事を務めている。


南相馬世界会議2012 2012.2.11

記事公開日:2012.2.11取材地: 動画

 2012年2月11日(土)、南相馬市の 市民文化会館「ゆめはっと」で開催された、「南相馬世界会議2012」の模様。

 「南相馬の人が、南相馬のことを、南相馬で考える」をコンセプトに、各分野における専門家と南相馬の人たちで語り合い、その記憶を記録し続けるためのプロジェクトとして立ち上げられた本会議。


「アフター東日本大震災 被災地の未来を考える」(自由報道協会“有志の会”被災地支援プロジェクト) 2012.2.11

記事公開日:2012.2.11取材地: 動画

 2012年2月11日、自由報道協会“有志の会”被災地支援プロジェクトの一環として、「アフター東日本大震災 被災地の未来を考える」と題したトークセッションが行われた。

 登壇者は、元ジャーナリストの上杉隆氏、おしどりマコ&ケン、飯舘村民の愛澤卓見氏。第一部は「白熱実験」と称し、愛澤氏からの問題提起に対し、場内から発言が相次いだ。第二部のトークセッションでは、主に上杉氏の口から、2011年3月11日以降の、放射性物質の飛散に関する政府と東京電力、大手メディアによる情報操作の実態が語られた。


アフター東日本大震災 被災地の未来を考える 2012.2.11

記事公開日:2012.2.11取材地: 動画

 2012年2月11日(土)、福島県郡山市で行われた「アフター東日本大震災 被災地の未来を考える」の模様。

 自由報道協会”有志の会”被災地支援プロジェクトの一環として、「アフター東日本大震災 被災地の未来を考える」と題したトークセッションが開催された。登壇者は、元ジャーナリストの上杉隆氏、おしどりマコ&ケン、飯舘村民の愛澤卓見氏。第一部は「白熱実験」と称し、愛澤氏からの問題提起に対し、場内から発言が相次いだ。第二部のトークセッションでは、主に上杉氏の口から、2011年3月11日以降の、放射性物質の飛散に関する政府と東京電力、大手メディアによる情報操作の実態が語られた。


文化放送「夕やけ寺ちゃん活動中」 2012.2.6

記事公開日:2012.2.6取材地: 動画

 2012年2月6日(月)、文化放送「夕やけ寺ちゃん活動中」の模様。


百人百話「第五十二話」吉成洋拍さん 2012.2.3

記事公開日:2012.2.3取材地: 動画独自

特集 百人百話

「震災前より福島が好きになった」

 40歳、福島市在住。家族は妻と小学4年生の娘。みなが集まれる場所を目指したバーを経営。ライフラインが止まるなか、津浪の映像を目にし、恐怖を覚えた。被災者向けの炊き出しで、飲食業に携わる自分を再認識した。避難を勧めた娘に、避難しない友達は死ぬの?自分が吹奏楽部に入らなかったら、あのパートは誰が吹くの?と問われ、娘のコミュニティを壊せないと転校は取りやめた。福島に残ると決めたからには、福島を夢のあるあこがれの町にするよう頑張りたい。


百人百話「第四十五話」橘柳子さん 2012.2.2

記事公開日:2012.2.2取材地: 動画独自

特集 百人百話

「私は2度、棄民にされた」

 1939年満州生まれ。3.11は音と煙に足が震えた。道は陥没して大混乱。塀は崩れ、水道管は露わに。浪江に向かったが橋は通行止め。かつての引き揚げを思い出した。テレビは嘘だと思いながらボーッと見ていた。福島の電力を消費している東京の人たちとは悲しみを共有できなかった。変革は100年かかる。ドイツもイタリアも反原発宣言をしたのに、日本はなぜ? 国策で二度「棄民」とされた。最初は戦争、二度目は3.11。正確な情報を知らされないまま、捨て置かれた。


百人百話「第四十二話・第四十三話」木幡仁さん、木幡ますみさん 2012.2.1

記事公開日:2012.2.1取材地: 動画独自

特集 百人百話

「もう大熊町には住めない」

 郡山市出身。56歳。家族は夫の仁さんと子ども3人。事故後、情報は原発で働く友人から得ていた。もう戻れない、構内はぐちゃぐちゃ、放射線が出ていると聞かされた。原発で働く息子をもつ母親は、戦争に取られたようなものと歎いていた。会津若松の図書館でネットを閲覧し、放射線量を調べ、新聞にして周囲に伝えた。今後何十年も帰れないなら大熊町のことは思い切るべき。一時帰宅のたびに線量が高くなる現実を前に、中間貯蔵施設に賛成の要望書を国に提出した。


百人百話「第四十二話・第四十三話」木幡仁さん、木幡ますみさん 2012.2.1

記事公開日:2012.2.1取材地: 動画独自

特集 百人百話

「原子力発電所というのは、この世から抹殺すべき」

 大熊町生まれ。東北大学に進学後、実家に戻り、最近まで町会議員を勤めていた。事故後、避難所で過ごすうちに、持病の腎臓病が悪化し、妻の腎臓を移植する手術を受けた。町長は脱原発を標榜するつもりはないと言ったので、原発立地の町としてこのままで良いのか、また、無投票選挙も良くないと考え、町長選に打って出た。破れはしたが、4割の支持を得たことには意味があると思っている。術後体調は良いので、今後も必要があれば再度町長選に挑戦する気持ちもある。


細野豪志環境大臣 定例会見 2012.1.31

記事公開日:2012.1.31取材地: テキスト動画

 2012年1月31日(火)、細野豪志環境・原子力担当大臣の定例会見の模様。会見で細野大臣は、同日閣議で原子力規制庁に関する法案が閣議決定されたことを発表、また、瓦礫の広域処理のガイドラインを配布し、広域処理の必要性をあらためて訴えた。

※機材不良につき、動画は後半のみとなります。


百人百話「第五十四話」安竜昌弘さん 2012.1.30

記事公開日:2012.1.30取材地: 動画独自

特集 百人百話

「綺麗ごとじゃなくて、本音を伝えていきたい」

 いわき市で妻と両親と暮らす。3人の娘は東京在住。月2回の「日々の新聞」を発行。地域紙は本来、地元の丹念な取材により地域の本質を伝えるものだと思う。人の心にズカズカ入っていく以上、自分を晒すしかない。事故後、涙もろくなった。被災者に寄り添うとは、そういうことだと実感した。行政が結論を先送りすることで、蛇の生殺し状態になっている。福島の人たちはもう、覚悟も決断もできている。新しい人生に向かって歩き出したい。


国会事故調 第3回委員会および双葉町タウンミーティング 2012.1.30

記事公開日:2012.1.30取材地: テキスト動画

※全文文字起こしを会員ページに掲載しました。

 2012年1月30日(月)、埼玉県加須市の「市民プラザかぞ」で「東京電力福島第一原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)」の第3回委員会および、避難中の双葉町民とのタウンミーティングが行われた。

 委員会では、井戸川克隆・双葉町町長を参考人として迎え、事故当時の町・町民の様子、政府や東電の対応、避難後の生活実態、要望などを聴取した。井戸川氏は事故原因および責任の在処の究明と、被災者への賠償・補償・謝罪等を求め、切々と訴えた。


百人百話「第五十話」佐久間理江さん 2012.1.22

記事公開日:2012.1.22取材地: 動画独自

「『避難』を選ばなかったわが家」

 福島市渡利在住 34歳、子ども 3人。養護学校教師。会津に単身赴任中の夫とは福島大学で同窓、ともに理科を専攻。3号機の爆発を見たときは、この先どうなるのかと不安だったが、政府の「直ちに健康に影響はない」を前提に、避難するリスクより留まる方が良いと判断。アトピー治療の経験から、自己免疫力が重要だと思っている。恐怖や不安を抱かず、まずは安全な食べ物を子どもたちに与え、健康を人任せにしないことが大切だと考えている。


百人百話「第五十七話」須藤久孝さん 2012.1.21

記事公開日:2012.1.21取材地: 動画独自

特集 百人百話

「『福島産』と名がついたものは全部敬遠される」

 会津若松市在住。65歳。子ども3人は独立し、いまは母と妻との3人暮らし。米専門の農家。会津は四方を山に囲まれたすり鉢型の盆地で、会津米は福島を代表する米。農家は売ってくれる農協に任せるという姿勢に傾きがちだが、努力せず自主性を失っていけばダメになる。事故直後、行政も農協も作ってはいけないとは言わず、ただ大変だ、だけ。結果、汚染されたものが出回ってしまった。線量は農作物すべてを計るべき。行政や農協に頼りすぎのありかたはマイナスだ。


百人百話「第五十一話」タエバさん(仮名) 2012.1.21

記事公開日:2012.1.21取材地: 動画独自

特集 百人百話

「今の福島県立医大病院にはついていけない」

 医師。事故当時は、福島県立医大病院で働いていた。地震で散乱した器具を片付ける一方、入院患者を落ち着かせるよう努めた。津波によるけが人も搬送されてきた。傷の処置など病院内はまるで戦場のようだった、職員は不休状態で治療、対応にあたった。「ただちに健康に影響はない」という枝野発言の影響を最も受けたのは身体弱者。事故以降、適切な処置を施さなかった市長、知事の責任、何より正確な情報をもたらさなかったことが最大の誤りだと思う。


【被】自然エネルギーによる被災地支援 〜脱原発世界会議

記事公開日:2012.1.15取材地: 動画

 2012年1月15日(日)、パシフィコ横浜にて開催された、脱原発世界会議の模様。

 こちらは会議室311+312にて13:40より行われた「【被】自然エネルギーによる被災地支援」。


南相馬と子どもたち ~脱原発世界会議 2012.1.15

記事公開日:2012.1.15取材地: 動画

 2012年1月15日(日)、パシフィコ横浜にて開催された、脱原発世界会議の模様。

 こちらは会議室311+312にて11:50より行われた「【福】南相馬と子どもたち」。


脱原発ドラムデモ in 南相馬 2012.1.14

記事公開日:2012.1.14取材地: 動画

 2012年1月14日(土)、被災地である南相馬より反原発デモが行われた。南相馬市文化センターを出発し、JR原ノ町駅までのルートを往復。デモ後には懇親会も開かれた。

主催は、核-原子力事故救援NGO HCR(Heart Care Rescue)、共催はフクシマの命と未来を放射能から守る会。