【IWJ号外】ロバート・ケネディ・ジュニア氏が大統領予備選立候補発表後に行った、歴史的なボストン・スピーチをIWJが全文仮訳!(第3回)父のエピソードから、米国民に真実を伝えようとする! 2023.6.17

記事公開日:2023.6.17 テキスト
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(文・IWJ編集部)

 IWJ代表の岩上安身です。

 ロバート・ケネディ・ジュニア氏がボストンで大統領予備選立候補発表後に行ったスピーチは、米国最良の精神は、アメリカ独立戦争の精神であり、独立戦争は大英帝国に対する反乱というだけではなく、国家権力と企業権力の腐敗した癒着に対する植民地人の怒りだったと訴える、歴史的なスピーチでした。このスピーチは、ロバート・ケネディ・ジュニア氏が、この精神の正当な継承者であることを示すものです。

 第3回は、ロバート・ケネディ・ジュニア氏が、父のロバート・ケネディ上院議員の民主党候補指名レースでの数々の演説について触れています。

 ケネディ・ジュニア氏は「出馬を表明したとき、父は民主党候補指名レースに勝てるとは微塵も思っていませんでした」と述べています。つまり、ここでケネディ・ジュニア氏は、父の選挙戦に自分の選挙戦を重ねているのです。

 それだけではありません。ケネディ上院議員が、選挙キャンペーンで用いた「真実を語ることでアメリカを結び付ける」という方法論を、そのまま、ケネディ・ジュニア候補が自分の選挙戦に用いようとしていることがわかります。

 そして、その方法が、選挙で非常に有効だったことは、カリフォルニア州やサウス・ダコタ州でのケネディ上院議員の勝利が証明しています。

 それは、「暗殺」の再現という非常に大きなリスクを伴います。

 ケネディ・ジュニア候補は、このリスクを百も承知で、選挙キャンペーン自体を、アメリカ国民に真実を伝えるメディアとしようとしていることが見えてくるのです。

 最新のCNNの世論調査(ウェブと電話による調査、2023年5月17日―20日)では、投票登録をしている民主党員および民主党寄りの無党派層で、民主党の大統領候補者として、ジョー・バイデン大統領を支持する人々が60%、ロバート・ケネディ・ジュニア氏を支持する人々が20%となっています。

 第1回は、以下のURLから御覧になれます。

 第2回は、以下のURLから御覧になれます。

 以下で、スピーチの全編動画を御覧になれます。

 以下から、ロバート・ケネディ・ジュニア氏のボストン・スピーチの第3回となります。

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 「55年前の先月、父はワシントンDCの上院議院会議室で――私は当時14歳の少年で、父の後ろに座っていましたが――合衆国大統領選挙への出馬を表明しました。

 そして、当時の父はいくつもの点で、今日の私と同じ立場にありました。父は自らが所属する政党の大統領に挑んで立候補しました。戦争に挑んで立候補しました。我が国が前例のない分裂の時代にあって立候補しました。そして勝つ見込みがなかったというわけですから。

 出馬を表明したとき、父は民主党候補指名レースに勝てるとは微塵も思っていませんでした。

 それはなぜか。父はその8年前の1960年、兄の大統領選挙運動に尽力しました。ところが、今やすべての組合が父への反対に回っていたんです。全米自動車労働組合(※IWJ注1)とセザール・チャベス(※IWJ注2)の農場労働者連合の二つを除いてですね」

(※IWJ注1)全米自動車労働組合(United Auto Workers:UAW)の正式名称はInternational Union, United Automobile, Aerospace and Agricultural Implement workers of America(全米自動車・航空宇宙・農業用具労働組合)で、自動車産業の労働者だけが組合員ではなく、航空・宇宙産業、農業用具産業の労働者も含まれる。創設は1935年8月26日で、アメリカ国内、カナダ、プエルトリコに55万7000人の組合員がいる。

(※IWJ注2)セザール・チャベス(1927-1993)は、米国の労働運動指導者で市民権活動家。1965年に統一農業労働者組合(United Farm Workers)を結成。

 「リベラル紙は100%、それこそ『ニューヨーク・タイムズ』から『ヴィレッジ・ヴォイス』まで、父の反対に回りました。労働組合も大都市の市長たちも父の反対に回りました。その中にはケネディ大統領の指名の際に決定的な役割を果たしたデイリー市長(※IWJ注3)もいました。

 ニューフロンティア政策(IWJ注※4)で父を支えた最も近しい友人たちはみな、今やジョンソン政権のもとで働いていました。だから彼らは父の反対に回ったのでした。

 父とともにいた唯一の人々、大学人たちですら、父の反対に回りました。彼らはマッカーシー(※IWJ注5)の側だったからです。ハリウッドの人々、たとえばジョアン・ウッドワード(※IWJ注6)やポール・ニューマンとか、父と非常に親しい仲にあって、1960年には私の叔父のために尽力してくれた人々も、いまやマッカーシーに協力していました」

(※IWJ注3)1955年から76年までシカゴ市長を務めたリチャード・J・デイリー(1902-1976年)のこと。

(※IWJ注4)ニューフロンティア政策とは、ジョン・F・ケネディ大統領を代表する政策。1960 年7月15日にロサンゼルス・メモリアル・コロシアムで8万人の大観衆を前にして大統領候補指名受諾演説を行った時に初めて提唱した政策。19世紀の地理的な概念である「フロンティア」に代わり、20世紀の問題として、戦争・偏見・貧困・差別などの問題を「ニューフロンティア」という概念で再定義し、これらの問題の克服を呼び掛けた。

(※IWJ注5)1968年の大統領選でロバート・ケネディと民主党候補指名を争ったユージーン・ジョセフ・マッカーシー(1916-2005年)のこと。

(※IWJ注6)ジョアン・ウッドワード(1930-)は、アメリカ合衆国の女優。映画に限らず、舞台やテレビでも活躍し、アカデミー賞、エミー賞を受賞した。功績が称えられ、名前入りの星(☆)を歩道に刻むハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに最初に認定された人物である。舞台『ピクニック』などで共演したポール・ニューマンと1957年に結婚し、3人の娘がいる。

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