新型コロナウイルス感染拡大は収まらず緊急事態宣言の終わりも見えない中、日本各地で行われる東京五輪聖火リレーの様子を伝えるため、IWJ記者は奈良県に入り聖火リレー2日目の様子を取材した。なおIWJ記者は大勢のスタッフで押しかけたりせず、単身で取材・撮影を行った。
東京オリンピック・パラリンピックは、その開催招致の段階からIOC委員に対する買収疑惑などが取りざたされ、開催費用についても、いわば国際公約違反とも言える当初予算の三倍以上に膨れ上がるという事態になっている。
また、東京電力福島第一原子力発電所で起きた世界最大の原発事故からの「復興五輪」を謳って招致活動が行われたが、実際には、大量の放射性物質を含む汚染水が海洋に流れ出し、人も近づくことができないほど放射能に汚染された施設がむき出しで放置されており、何をもって「復興」と言うのか理解に苦しむ状況がいまだに続いている。開催地としての適格性についても疑問視されるが、安倍晋三総理(当時)の「アンダーコントロール」の鶴の一声で、根拠のない安全宣言が吹聴された。
その上、世界的パンデミックである新型コロナウイルスの蔓延には、何ら有効な手立てが打てず、2020年に開催予定だった東京オリンピック・パラリンピックは開催を今年・2021年に延期。政府による「Go To トラベル」キャンペーン実施による一部業者の利益のために宣言を解除し、感染拡大を招くなど、すでに内外から開催は無理なのではないか、との批判が相次いでいる。
しかし、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会をはじめとして、何としても開催にこぎつけたい国や東京都は、1936年のベルリンオリンピック時に、ナチス・ドイツがプロバガンダとして始めたことを起源とする聖火リレーに対して集まる批判を無視し、ボランティアの市民やリレー走者の辞退も相次ぐ中、各地で開催を強行してきた。
IWJ記者は2021年4月12日、奈良県に赴き、聖火リレーの様子を取材した。
奈良県では、4月7日時点で、県庁内で計27名の新型コロナウイルスの感染者が発生、クラスター事案として発表し、4月8日の第18回奈良県新型コロナウイルス感染症対策本部会議で、荒井正吾・奈良県知事は「(ウイルスの感染が)3月下旬以降急速に拡大している」との認識を表明していた。
奈良県における聖火リレーの第1日目となる4月11日、奈良県に入った聖火は、五條市・五條市上野講演総合体育館で出発式を行い、県下9か所を巡って、橿原市奈良県立橿原公苑陸上競技場に運ばれた。
第2日目は、香芝市馬見丘陵公園から始まる。この日はよく晴れて、出発式の会場には2時間前から観客が集まり始めた。
■映像1:第一会場、馬見丘陵公園出発式
式典会場は、感染拡大防止を意識してか、極端なソーシャルディスタンスでガランとしている。また、観客も後方に押しやられ、式典参加者との「ディスタンス」は十分すぎるほどだ。
■映像2:第一会場、馬見丘陵公園、聖火出発
聖火出発間際になると観客はだいぶ増え、「密」状態になったが、広い公園内をリレーするため、大きな混乱はなさそうだ。
聖火リレーの第4会場は、斑鳩町法隆寺である。世界最古の木造建築群とされる西院伽藍の前で聖火出発のセレモニーが行われる。
■映像3:第4会場、法隆寺西院伽藍前
「密」を避けるため、主催者側は再三、インターネットのライブ配信での視聴を呼びかけるも、会場には続々と観客やメディアが集結してくる。主催者は「過度な密集が発生した場合は聖火リレーを中断する場合がある」とアナウンスするが、観客の出足は止まらない。場所取りに際して、観客とスタッフが言い合う場面も見られた。
■映像4:第4会場、法隆寺、聖火出発と観客の声
聖火の出発時になると観客は相当な数に膨らんだが、予定通り、斑鳩町法起寺に向けて出発した。
聖火を見送った観客は、人の多さに「びっくりしました、いっぱいいて」と予想外の人出におどろいた様子だ。オリンピック開催の可能性について聞いてみると「半分半分、新種のやつ(新型コロナウイルス変異株)が出てきているので」と、開催見通しには懐疑的な意見が聞かれた。
■映像5:法起寺前の交通規制による渋滞とスポンサー車両
聖火リレーのための交通規制は、周辺に交通渋滞を発生させる。大型のスポンサー車両は、突然リレーの前に現れ、規制に守られながら、次の会場へと移動する。スポンサー車両、リレー関係車両、警察車両などが、周辺の渋滞をよそに、延々とのどかな町を横切っていく。
■映像6:第5会場、大和郡山市、元気城下町バスパーク
大和郡山市にある郡山城下の元気城下町バスパークでは、観光名所のそばという事もあって混雑し、完全な「密」状態となった。歩道に入りきれない人たちが車道で聖火を待つ。聖火ランナーが通り過ぎる10数秒のために、1時間以上待った観客からは「これで終わり?」と、期待にそぐわず落胆の声も上がる。
■映像7:最終第8会場、興福寺から登大路
2日目のゴールは、奈良市内に戻り、興福寺から東大寺南大門を経て、大仏殿内のセレモニー会場へと向かうコースだが、平日の夜間にもかかわらず大勢の人で溢れ、出発会場の興福寺では身動きも取れない状態だ。夜間なので目立たないが、相当な人出となった。
■映像8:第8会場、東大寺南大門から大仏殿
奈良県での聖火リレーの最終ゴールとなった東大寺では、興福寺での出発式に参加した観客に加え、登大路の県庁前などで聖火を見送った人々も、南大門や大仏殿参道に集まり始めた。南大門でのリレー中継点では、警備のスタッフから思わず「ちょっと東大寺さんがえらいことになってますんで」と、応援を頼む電話の声が響くなど、人流の制御が効かなくなっている様子が伝わってくる。
聖火は南大門からの参道を走り、最終ゴール地点である大仏殿前庭に入る。聖火が入ると門は閉ざされて、中では関係者のみの式典が行われ、市民は外で、「密」な状況のまま取り残されることになる。2日間にわたり県内をめぐった聖火リレーはようやく終わり、人々は営業自粛により明かりの消えた夜の街に、駅にと帰って行った。
聖火リレーが終わって半月後の4月27日。奈良県は第19回奈良県新型コロナウイルス感染症対策本部会議を開いた。
席上、荒井正吾・奈良県知事は、すでに急速に感染が拡大していた大阪など近隣の緊急事態宣言を受けて「近隣府県から奈良県への不要不急の訪問により、奈良県内での感染が拡大しないようにする措置を実行する」として「感染拡大防止と医療体制を守るため、緊急事態措置を本日(4月27日)策定した。期間は近隣3県と同じく本日より5月11日まで」と述べて、奈良県独自の「緊急事態措置」を行うことを宣言した。聖火リレーを実施し、世界的な観光名所を聖火ランナーが走るとあっては、近隣からの人の流入は当然見込まれていたはずで、当然の成り行きであった。
県民と県内医療機関にとっては、感染拡大という新たな重荷を背負わされる結末だけが残った。今や国民の半数以上が東京五輪の開催に反対しているが、大きなイベントが開催されるとなれば、人流は制御できず、想定外の「密」を作り出すことになる。すべてが聖火リレーのせいということではないが、菅総理が繰り返す「安心安全」な五輪開催が実現できていないことは確かだろう。