懸念されていた中国株バブルが崩壊した。
2015年9月末、「世界をけん引してきた中国景気が減速している」との投資家の懸念が強まり、日本の株式市場も大幅に続落した。日本の貿易相手国の第一位は、中国である。中国経済の景気が冷え込めば、中国向けの輸出が滞る。まさに「中国がくしゃみをすれば日本が風邪をひく」と言えるほど日本は中国に経済的に依存している。
他方、中国は日本にとって手ごわい経済的ライバルとして台頭してきた。新幹線技術で胸を張る日本が、インドネシアの高速鉄道採用にあたり中国に競り負けたのは、その不吉な兆しの一例である。
柯隆氏は、「鉄道は標準化が重要な産業。最初のベンチマークに中国方式が採用されると、あとは参入できない」と、日本にとっては悲観的な見通しを述べる。こうした世界各地へのインフラ投資とインフラ輸出競争の激化の背景には、AIIBの設立がからんでいる、と柯隆は述べる。
中国はアジアインフラ投資銀行(AIIB)を主導し、創始メンバー国として57カ国の賛同を得ている。今後、中国は国内へのインフラ投資を控えるかわりに、国外へのインフラ投資を強化するだろう。
先進国の景況が軒並み悪化し、世界経済全体が不況に沈み込みそうなときに、中国が巨額のインフラ投資を続行し、需要を拡大するということは、朗報ではあるだろうが、政治的に中国との対立を深める日本は、そのビジネス機会に食い込んでいけるのかどうか、疑問がわく。2007年のサブプライムローン問題(※1)に端を発した2008年のリーマン・ショック(※2)以降、世界経済の下支えをしたのが中国の財政出動による需要の創出だった。それ以前とは、対中関係は激変してしまっている。
一方で、中国は一党独裁の共産主義国家で内情がわかりにくい、という懸念の声は絶えない。この国の内部では何が起こっているのか。
『暴走する中国経済~腐敗、格差、バブルという「時限爆弾」の正体』などの著書があるエコノミストで富士通総研主席研究員の柯隆氏は、岩上安身のインタビューに応じて、中国の政治・経済の現状について、自身の分析を述べた。
まず、中国は新しいステージに入るターニングポイントにいるが、これから先は不確実性だらけであるという。
いわゆる「チャイナリスク」については、短期と長期に分けて考える必要があると指摘する。短期的には資産バブルが問題になるが、現在の株式市場では、政府が介入することで市場が歪んでいる上に、個人投資家の信用取引が多い状況での今回の下落は危険であるという。
中長期のリスクについては、共産党一党独裁の政治リスク、環境問題、所得格差の3つがあげられるという。79年以降、鄧小平氏が経済面での自由化を推進はしたが、政治については民主化や複数政党制は実現せず、共産党一党独裁体制のまま、現在に至っており、その歪みのはなはだしさについて、現状を生々しく語った。
中国がインフラ建設について海外に売り出す実力をつけるなか、日本は中国との対立を深めつつ、経済競争の面ではこのまま後塵を拝すしかないのか。日本の強み、日本の何が求められているかを述べる。
国連総会開催中の2015年10月1日、東京都港区の富士通総研経済研究所において、エコノミストで富士通総研主席研究員の柯隆氏に岩上安身が話を聞いた。
(※1)主にアメリカで貸し付けられるローンについて、優良客(プライム層)よりお下位の層(サブプライム)に位置づけられるローン商品をサブプライムローンと呼ぶ。通常の住宅ローン審査には通らない信用情報の低い人向けのローンである。
当初の借り入れ金利は低めに設定され、債務履行の信頼度が低いため、数年後には高金利となる仕組みを持つ。将来の住宅価格の上昇で住宅の担保価値が上がれば、より低金利のローンに借り換えることを前提としていた。
2001年-2006年頃までの住宅価格上昇を背景に、このローン債権は証券化され、世界中の投資家に販売された。
しかし、2007年夏ごろから、FRBの政策転換による利上げと住宅ブーム沈静化による住宅価格下落に伴い、ローン返済ができなくなる人が急増。住宅バブルが崩壊し、それと関連してこのローンに関係する債権が組み込まれたハイリスク・ハイリターンの金融商品も信用を失い、市場で投げ売りされた。(参照:サブプライムローン 、金融経済用語集)
(※2)アメリカの投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻したことに端を発した世界的金融危機を総括的にリーマンショックと呼ぶ。サブプライムローン問題に端を発した米国バブル崩壊がきっかけとなり、多くの分野の資産価値暴落が発生したことで、リーマン・ブラザーズも大きな損失を抱えていた。
2008年9月15日にリーマン・ブラザーズがアメリカ連邦倒産法第11条の適用を連邦裁判所に申請し、負債総額約6000億ドル(約64兆円)という史上最大規模の倒産となった。
同社が発行する社債や投信を保有している企業への影響や、取引先への波及と連鎖の恐れ、それに対する議会政府の対策の遅れからアメリカ経済に対する不安が広がり、世界的な金融危機となった。
この頃までに、中国は数年に渡り二桁成長を遂げており、バブル化を防ぐための対する金融引き締め、不動産投機自粛指導、輸出奨励策停止などの政策を総動員していた矢先であった。
しかし、その後、リーマンショックによる世界経済の影響を受け、株価も急激に下落したことから、中国も対応を迫られる。5回に渡る利下げを断行した金融緩和、商業銀行貸出総量規制の撤廃の上に、2年間で4兆元(約56兆円)の大型景気刺激対策を打ち出した。
同年11月には第1回目のG20(20カ国地域首脳会合)が開かれ、経済外交の舞台が主要8カ国(G8)から交代したとも言われる。
(参照wikipedia「リーマン・ショック」 、小林幹夫「リーマン・ショックと中国経済」)
- 日時 2015年10月1日(木) 15:30~
- 場所 富士通総研経済研究所(東京都港区)
社会の「自由化」なしに市場経済の成長なし ~天下の共産党は変われるか?
岩上「今日は富士通総合研究所のオフィスにお邪魔しております。先日、外国特派員協会の記者会見で、中国の政治と経済の真実を明らかにして、『私の身に何かあったら助けて』とおっしゃった富士通総研主席研究員の柯隆さんにお話をうかがいます。お久しぶりです。よろしくお願いします。
中国経済、また日本との間の摩擦や安全保障の問題は日本人の多くも関心を持っていますが、 中国がくしゃみをすれば日本が風邪をひくというような依存関係にあります。今回の中国の株価暴落はその関係をまざまざと見せつけられます。
国連総会も始まっています。それぞれの大国がシリアや経済の問題などでせめぎ合っています。安倍首相も演説で会場はガラガラだったというショッキングな映像がありました。今後の日本がどうなるか、中国の経済・政治の現実についてお話をお聞きしたいと思います」
柯「パワポには、中国の昨日、今日と明日〜Uncertainty Ahead」とありますが、これから先は不確実性だらけという意味です。中国は新しいステージに入るターニングポイントにいます」
鄧小平は政治の改革を認めず経済の自由化のみでした。今まで鄧小平が敷いたレールに乗って成長してきましたが、そんな時代は終わったのです。市場経済は自由な社会でなくてはならず、政治統制を嫌いますから、彼は矛盾を遺したということです」
岩上「鄧小平は改革を後回しにしたのでしょうか?」
柯「彼は自らの天下であるから、共産党は下野してはいけないと考えていました。本来人民を幸せにするための政治が、目的化されて崩してはいけないものになったんです」
短期と中長期に分けて考える必要がある「チャイナリスク」 ~一党独裁が一挙に崩れるとシリアの難民問題の二の舞いに!?
岩上「チャイナリスクの視点ということについてお話し下さい」
柯「海外で中国について論じる時に、大小のリスクを一緒に論じることがありますが、短期と中長期に分けて考える必要があります。中国のリスクは短期的にまずは資産バブルがどうなるか。
中長期で一番の基本は共産党という政治体制の政治リスク。一党独裁は良くないですが、崩れるとシリアの難民問題のようなことが起きます。
中長期の2番目のリスクは環境問題です。日本も影響を受けるのはPM2.5の大気汚染ですね
最後に避けて通れないのが所得格差です。資本主義でも市場競争の結果として格差は拡大します。中国の場合は自由化の負の格差に加えて独裁政治が特権階級を生み、社会を不安定化させる要因になります」
政府が市場をコントロール ~投資家が疑心暗鬼で市場は不安定に
岩上「資産バブルはどのようなものですか?」
柯「資産バブルには不動産と株があります。中国は不動産急騰の時は株は動かず、不動産が暴落する時に株が急騰しバブル化します。今年6〜8月に株がバブル崩壊となり、今後の状況を観る上で、今が分水嶺です」
岩上「中国の場合、不動産と株がシーソーのように動くんですね。投資の資金が両者の間を行き来すると。バブル崩壊の場合、一般的に大抵は株が先行して不動産は最後にくると言われます。今株が下がっていますが、不動産は今後、上がっていきますか?」
柯「上がっていきません。不動産はすでに下がり始めているが下げきってはいない。
政府が相場をコントロールしているからです。株も同じです。上場会社の実力以上のレベルで政府が固定しているのです。短期的にはそれでよくても市場が歪んで不安定な展開になります。投資家は会社の業績ではなく政府を見て疑心暗鬼になり疲れます」
胡錦濤政権主導の投資で「設備」余剰 ~人口減少もあいまって価格競争力が弱体化!
岩上「これは中国の発展モデルですね」
柯「需要=供給という仮定で、需要の中に投資、輸出、消費があり、どの要素の経済牽引力が強いか見ます。中国では過去30年間、投資と輸出が多くを占めていました。
しかし、人件費や人民元が上がり輸出製造業の価格競争力が弱くなりました。投資は政府主導でしてきましたが、胡錦濤時代のリーマンショック後に、4兆人民元(56兆円)の投資をしてしまい、今は出せる金がありません。
ここに大きな構造問題があります。設備が余っているんです。供給サイドを見ると資本(=設備)を動かすとどれぐらい効果があるか、と労働力の投入がありますが、人口は今後、減っていきます。生産性向上にはイノベーションが必要ですが、やらないんです。
国有企業がマーケットを独占し、知的財産権が保護されないからです。基礎研究がないのでオリジナルがなく、応用研究で特許はとれるけれどブランド力は弱いのです」
実質GDP成長率は5% ~8%を見込んだ中国企業が次々「不良債権」に直面
岩上「中国の経済指標ですが、重要なところは?」
柯「トータルで見ると経済成長率が減速しています。名目GDPから物価指数で割り引いて実質GDPを出しますが、中国は物価指数を過小評価しています。それを差し引くと4〜5%の成長率です。
中国の5%成長はトレンドを見るべきです。以前に比べて上がればハッピーです。以前8%の成長を前提にして資金調達をして、蓋を開けてみたら5%。これが中国の企業が直面している状況です」
岩上「予想どおり行かずに不良債権になったということですね」
柯「首相の李克強氏が李克強指数を作りました。鉄道貨物輸送量、電力消費量、貸出残高伸び率の3つを使っていますがこの指数が直近で大きく下がっています。なぜこの3つなのかは疑問なので、あくまで参考値であれば意味があると思います」
岩上「輸出入の数字を見て見極めるのはどうでしょう?」
柯「輸出入に注目するのもいいのですが、全体ではありません。国内の経済もありますから、コンテナトラックなど総合的に見る必要があります」
政府のコントロールで不動産転売に旨味なし ~「貸さない・売らない」で空き室だらけ!
岩上「株が一度上がっていましたね」
柯「2007年に株が一度6170ポイントまで急騰して暴落しました。その後ずっと株が上がらず、不動産に資金が行きました。不動産価格は上がらないようにコントロールされました。日本と違って中国は賃貸市場が育っていないので、ずっと所有していても仕方がない。信頼関係がないので貸したがらないのです」
岩上「内陸部の奥地から沿海地域に働きに来た人たちは、どこに住んでいるのですか?」
柯「工場の隣のプレハブのような臨時宿舎に詰め込まれています。不動産保有者は、転売目的で買って自分の目標額まで上がるのを待ちます。だから空室率がとても高いのです。不動産はコントロールされていて、上がらないとわかってくると手放すしかありません。
そんな時に人民日報が『中国の株式市場の株価は安すぎる』という記事を何本も出したのです。株が上がると見た個人投資家の資産が不動産から株式市場へ向かい、今年に入ってから上場株式市場が上がり始め、個人投資家向けの信用取引もできて拍車がかかりました。しかし人々の設定した目標額で売られます。以前と違い信用取引での下落なので危険です。
固定資産投資の伸び率ですが、金がないので下がっています」
リーマンショック後の大型投資で世界を救った中国 ~今度の不況で中国需要は期待できない!?