「これだけの人が行方不明になり、かけがえのない人生が失われた。単に誰々が帰ってきたらいい、ということだけではない。不幸な人生を余儀なくされた、北朝鮮にいる何百人という方たち、日本にいるその家族たちの思いを代弁して、広く国民世論に訴えかけていきたい」──。
2015年9月24日、東京都千代田区の参議院議員会館で、「特定失踪者・北朝鮮人権ネットワーク」正式発足についての記者会見が行われた。代表を務める陶久(すえひさ)敏郎氏は上記のように話すと、同ネットワークの活動方針として、「特定失踪者と、政府認定の拉致被害者の格差をなくす(特定失踪者の家族支援)」「日朝ストックホルム合意の履行を公平に進める」「国連の人権理事会で採択された北朝鮮人権状況決議を確実に前進させる」の3点を挙げた。そして、北朝鮮による人権侵害という枠組みで問題解決に取り組むように、日本政府に求めていくと述べた。
- 日時 2015年9月24日(木) 16:00〜
- 場所 参議院議員会館(東京都千代田区)
1979年までに失踪した877人の日本人 499人は北朝鮮が拉致!?
2002年、北朝鮮が日本人の拉致を認め、日本政府は横田めぐみさんら17名を「拉致被害者」と認定(うち5名が帰国)した。だが、失踪時の状況や脱北者の証言などから、北朝鮮によって拉致された可能性のある日本人は他にもいると考えられ、民間団体の特定失踪者問題調査会によって調査、確認された人が「特定失踪者」と呼ばれている。警察庁の「年代別捜査・調査対象者数(2015年7月27日付)」では、1979年までに失踪した対象者877人中499人が、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない行方不明者(=特定失踪者)であるという。
また、同ネットワークが言及したストックホルム合意とは、2014年5月、日本と北朝鮮の両政府がスウェーデンのストックホルムで交わした合意で、北朝鮮は、拉致被害者、行方不明者、残留日本人と日本人妻、日本人の遺骨について、同時並行で調査する特別委員会を設置、調査状況の報告を約束している。その履行を前提に、日本側は北朝鮮への経済制裁の一部解除を実行したが、北朝鮮側は2014年9月に報告の先送りを通告。1年以上経過した現在も、事態の進展はない。
北朝鮮の拉致問題は日朝2国間の問題ではなく「国際的な人権人道問題」と捉えるのが拉致被害者を取り戻す近道
副代表の加藤博氏は、ストックホルム合意の履行のために活動するとし、「拉致問題だけを解決するために合意書があるわけではない。しかし、安倍首相や菅官房長官は拉致の問題しか言わない。日本人が北朝鮮から受けている人権侵害について、これを等しく解決する姿勢が政府から発せられていない。ここに、私たちは大きな危惧を持つ。これは、国民の人権を守る姿勢としては正しくない」と強調した。
須田洋平弁護士は、「日本人の拉致問題」という形では、日朝2国間の問題になってしまうと指摘。「これを『北朝鮮というシステムの、国内外の人権侵害』のひとつだと見ると、国際的な人権人道問題として捉えることができる。そういう取り組みをした方が、拉致被害者を取り戻す近道ではないか」と主張した。
理事を務める佐伯浩明氏は、「私たちが要望したいのは、日本人妻、拉致、特定失踪者、そして北朝鮮の強制収容所問題も含めた『北の人権問題』について、メディアが広く誌面、画面、音声を通じて継続的に大きく取り上げること。北朝鮮指導層の考え方を変えるには、日本人がどれだけ真剣にこの問題を考えているか、彼らに伝わることが重要だ」とした。
「特定失踪者」と「拉致被害者」では政府対応に明らかな格差
▲「特定失踪者・北朝鮮人権ネットワーク」代表の陶久(すえひさ)敏郎氏
はじめに同会の代表を務める陶久(すえひさ)敏郎氏が、団体設立の経緯を語った。
「2015年5月22日に外国特派員協会で、特定失踪者の家族と、脱北した日本人妻の方たちが記者会見をした。その時、『特定失踪者、日本人妻、在留邦人に関して、日朝合意に盛り込まれた調査を公平にやってください』というアピールを内外に向けて行った。これを受けて、北朝鮮による人権問題すべてについて運動する団体を作ろうと提案して賛同をいただいた」
同ネットワークでは、「特定失踪者と、政府認定の拉致被害者の格差をなくす(特定失踪者の家族支援)」「日朝ストックホルム合意の履行を公平に進める」「国連の人権理事会で採択された北朝鮮人権状況決議を確実に前進させる」の3つの柱を掲げており、この日は会見に先立ち、政府の拉致問題対策本部に出向き、岡本審議官ほか2名と面会して要望書を手渡している。陶久氏は、「審議官からは丁重な答えをいただき、未来に対して明るい希望を持った」と語り、続いて設立趣意書を読み上げた。
設立趣意書では、2014年5月のストックホルム合意(※1)から1年以上が経過したにもかかわらず、日朝合意文書に明記されたさまざまな日本人の情報が何ひとつ入ってこない現状に触れた上で、「拉致問題に限っていえば、拉致認定の有無が、国民の人命や人権に軽重をつけるものではないことは明らかである」と主張。特定失踪者とその家族に対する政府の対応には、拉致被害者及びその家族との対応と比べて明らかに不公平なものがあり、「この待遇の格差を放置するなら、それは政府による自国民への人権侵害だ」と訴えている。
また、2015年3月、日本はEUと協働して国連人権理事会に北朝鮮人権状況決議を提出し採択されている。「以上のような現状に鑑み、拉致問題をはじめとする北朝鮮によるさまざまな人権侵害問題の解決を目指す上で、これまでと違う視点に立ち、新たな解決方法を国民世論に提案することを目的として、われわれはここに特定失踪者北朝鮮人権ネットワークを設立する」とし、北朝鮮においてさまざまな人権侵害を受けている人々に寄り添う姿勢を示した。
(※1)ストックホルム合意
2014年5月29日に日朝両政府が交わした合意。北朝鮮が、特別な権限を持つ委員会を設置し、拉致被害者を含むすべての日本人を対象に、包括的、全面的な調査を行なうと約束。合意当初、安倍総理は「全ての拉致被害者のご家族がお子さんたちを抱きしめる日がやってくるまで、私たちの使命は終わらない」と発言。
特定失踪者877人中57%が北朝鮮による拉致! 遅きに失した情報提供──77年から80年に集中した拉致被害は未然に防げたのでは
陶久氏は、警察庁の「年代別捜査・調査対象者数(2015年7月27日付)」を情報公開請求で入手したと言い、「これは初めて出てきた資料だと思う。1979年までに失踪した対象者877人中(特定失踪者は)499人、実に57%にも上る。もっと早い時期に、北朝鮮による拉致という事実を警察や政府が把握し、国民に啓発していれば、1977年から1980年に集中している政府認定の拉致被害を、未然に防げたのではないかと思う」とし、このように訴えた。
「私たちが知るべき情報をきちんと政府が提供する。そして、『拉致問題とは』『北朝鮮人権問題とは』ということを議論して、議論の中からコンセンサスを得ていく。それにより、国が政策を決めて交渉していくべきである。
これだけの人が行方不明になり、かけがえのない人生が失われた。私たちが何をすべきかを考える時、単に誰々が帰ってきたらいい、ということだけではいけない。不幸な人生を余儀なくされた、北朝鮮にいる何百人という方たち、日本にいるその家族、そうした人々の思いを代弁して、広く国民世論に訴えかけていきたい」
安倍首相は「拉致問題」しか言わない。北朝鮮による人権侵害すべてを見よ
▲「特定失踪者・北朝鮮人権ネットワーク」副代表、加藤博氏(北朝鮮難民救援基金理事長)
副代表の加藤博氏は、ストックホルム合意の進展を強く求めた。2014年5月に日朝が合意し、特別調査委員会を作って1年後を目処に調査結果を出すことになっていたが、それがいまだに実現していない。そんな中で、日本の拉致被害者救援活動をやっている人の中には、「ストックホルム合意は破棄しろ」という声まで出ているという。加藤氏は、「これは苛立ちを表している言葉だが、果たしてそれでいいのか。また、そうした声をまともに受けている拉致議連の政治家もいて、危うい感じがする」と懸念を表明した。
ストックホルム合意はさまざまな問題を含んだ合意であり、拉致被害者以外の残留日本人や日本人妻、墓参、遺骨の問題も考えるべきだ、と加藤氏は話す。「拉致問題だけを解決するために合意書があるわけではない。しかし、安倍首相や菅官房長官は拉致の問題しか言わない。日本人が北朝鮮から受けている人権侵害について、これを等しく解決する姿勢が政府から発せられていない。ここに、私たちは大きな危惧を持つ」。
このような考えは、政府だけでなく、拉致被害者を救援する運動の中にもある、と指摘した加藤氏は、「これは国民の人権を守る姿勢としては正しくない。私たちは、ストックホルム合意の全面的な履行のために活動していきたい」と力を込めた。
拉致被害者は政府認定の17人だけ? 特定失踪者も多くは拉致されている