「キールアーチ構造は、競技場の機能には関係ない。そこにこだわっているのが、この計画のばかばかしさ。施主がそこに気づいていない」──。新国立競技場の建設で、巨額の総工費や工期遅れが指摘されていながら、今なお奇抜なデザインに執着するJSC(日本スポーツ振興センター)の姿勢を、森山高至氏は一刀両断にした。
2015年6月16日、東京都渋谷区の建築家会館で、講師に建築エコノミストの森山高至氏を迎えて、「緊急開催!まだまだ終わらない公開勉強会2 真国立競技場へ」が、神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会の主催で行われた。
キールアーチ構造のザハ・ハディド案では、「予算なし、時間なし、人なし」の現状から見て、新国立競技場は建設できないと断言する森山氏は、根本的原因は計画のスタート地点である有識者会議にある、と指摘。「高さ15メートルという現行の建築規制を取り除く」「8万人収容、屋根は開閉式、椅子は可動式」「コンサートも開催」を前提としたことが、そもそもの間違いだったと断じた。
その上で森山氏は、解決法のひとつとして「初代国立競技場の復元」を提案。「これなら1年程度で完成する。これが完成してから、現代に適した競技場へと増築、改修をしていけばよい。解決法はある。日本の建築業界が総力を挙げて、知恵を出していくことが必要だ」と語った。
- 日時 2015年6月16日(火) 19:00~
- 場所 建築家会館(東京都渋谷区)
- 主催 神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会
新国立競技場、ザハ案では建設できない
はじめに森山氏は、「皆さんの一番の関心事は、『新国立競技場は建つのか』ということだと思う。答えは『あの計画案では建たない』です。なぜなら、お金が足りない。当初は予算1300億円の前提で建築案のコンペが始まったが、蓋を開けたら、選ばれたザハ案と共に発表された総工費は3000億円だった。計画を見直して1600億円になり、それでこの1年間進めてきたが、今や2500億円でも建つかどうかわからない、という話が出てきている」と述べ、総工費試算の変遷を振り返った。
次に、森山氏は時間不足を挙げた。「2015年10月には着工できない。今、設計図が仮に完成しているとしても、完成した設計図を元に、許認可を取らなければならない。この建築確認申請を取るのに、どんなに急いでも4ヵ月はかかる。許可が取れてはじめて見積りを出せる」と説明。新国立競技場ほどの施設になると、普通の住宅やビル以上に許認可に時間がかかるという。「まだ、許認可の段階に来ていないはずなので、10月着工は無理だ」
3つ目の問題として、「やる人がいない」と森山氏は言う。新国立競技場は、上部構造は竹中工務店、下部構造は大成建設が施工する予定だと言われているが、「あくまでも、これは予定でしかない」として、次のように述べた。
「この状況で、下村文科大臣や森元首相が、10月に着工できると思っているなら、正しい情報が彼らに上がっていない。JSCが正確な情報を上げていないことは、報道を見ても明らかだ。彼らは、常に全部を説明していないと思う。もしかすると、JSCすら、すべてを把握していないのかもしれない」
公共事業の背後でうごめく政治家たち
森山氏は、「竹中工務店と大成建設で建てるのではないかと言われているが、あくまで実施設計に協力する施工予定者でしかない。ここがまた、今回の変則的な動きだ。これは非常に難しい工事になる。難しい工事は、設計が難しいだけでなく、施工に問題が起きる。そこで設計段階から施工会社も入って、意見を設計にフィードバックしているようだが、その2社から出ている工事金額が、どうやら2500億円でも足りないという話で大変なことになっている」と現状を解説した。
2015年5月、突然、下村文科大臣が総工費について、「東京都に500億円の負担をお願いしたい」と発言し、舛添都知事は「びっくりした。寝耳に水だ」と不快感を表明した。これについて森山氏は、「工事費が1600億円を超えてしまうという情報が文科省に届いた。内閣官房に下村大臣が呼ばれて、そのお金をどうするのか、という話になった時、下村大臣は『東京都が500億円出すことになっているので大丈夫だ』と答えたようだ」と語った。
舛添知事は『現代ビジネス』に連載している『舛添都知事日記』で、以下のような内容を明かしている。
- 東京都知事になった時、東京都が競技場建設費のうち500億円を負担する話は聞いていないし、引継ぎもない。
- そうした取り決めがあったという公文書もない。3. 予算を出すためには議会の承認もいるが、そういった話もない──。
森山氏は、「舛添知事は『口約束があったと言われて、500億円を出せるわけがない』としている。これは正論。それに対して(建設計画を進めてきた)森元首相は『飯食ってる時に言った』とか『石原知事と話がついている』などと言っている。この話は非常に興味深いので注目してほしい。公共事業における政治家の動きが可視化されている珍しいケースだ」と指摘した。
キールアーチ構造「あの場所で施工は無理、大江戸線の駅が……」
さらに、「なぜ、工期もお金も増えているのか。キールアーチ構造というのは、建物全体を端から端までゆるいアーチが背骨のように支えるもの。これが適正な規模を超えている。キールアーチによって造れるであろう建築物は100メートルくらい。計画案の4分の1だ」と森山氏は言う。
キールアーチはダイナミックさを表現できるので、その方法で作られた体育館もある。アーチ構造は、半円の形だと荷重が垂直に落ちていく。ところが(両端を)広げてしまうと、氷の上で足を広げる感じで(横に)滑るスラストという力が働く。これが、ゆるいアーチの最大の問題点で、このスラストを止めない限り、キールアーチは構造的に持たないという。
スラストを止める方法は下向きにアンカーを打つことだが、新国立競技場の場合、この場所に都営地下鉄大江戸線の駅があるのだ。「たとえば、キールを90度反転して短手側にすれば、地下に影響がなかったかもしれない。それで困っている」と森山氏は話し、このように力説した。
「キールアーチは、スタジアム機能とはまったく関係がない。サッカーにも陸上にも関係ない。これをいまだにやろうとしているのが、この計画のばかばかしさ。これはダメだとJSCにも言っているのだが、まだわかっていない。このキールアーチの件を日本国民全員に理解してもらい、この建物がいかにヤバいかわかれば、建設はやめられる」
問題を大きくした原因は有識者会議にあり
2014年、東京新聞の記者が、コンペ前の段階で新国立競技場の建設計画を決める有識者会議の議事録を情報公開請求で取り寄せて分析している。それによれば、有識者会議のスタートラインで、東京都市整備局の安井局長は、「風致地区である外苑の、建築物の高さ15メートルという現行の規制を取り除く」と発言。日本サッカー協会の小倉名誉会長は、「規模8万人、屋根は開閉式、椅子を可動式に」と決めており、作曲家の都倉俊一氏は、「コンサート開催のために開閉式屋根は必須」と提言している。
「この3名の主張が、最初に施設の規模を決めてしまった。この規模に則ってコンペの募集要項が作られたというのが、今回の新国立競技場の根本的な問題だ」と森山氏は振り返る。