国立競技場で最後となる「さよなら大イベント」が5月31日に行われた。新競技場建設は、もはや既成事実化している。事業主であるJSC(独立行政法人日本スポーツ振興センター)は、環境アセスメントができていない中で、7月の解体を予定していたが、5月29日に行なわれた解体工事の一般競争入札が不落に終ったことから、解体は当初の計画よりも遅れる見通しである。
5月12日に行われた、建築家の伊東豊雄氏による改修案発表会に続き、帝京大学の三上岳彦教授、東京工業大学の大澤昭彦助教、千葉商科大学政策情報学部長で元IAIA[国際影響評価学会]会長を務めた原科幸彦教授らを招いて、環境問題の観点からシンポジウムが開催された。
- 登壇
槇文彦氏(建築家)/ 森山高至氏(建築エコノミスト)
三上岳彦氏(帝京大学教授) 「ヒートアイランドを抑制する緑と風の道―神宮の森の意義」
大澤昭彦氏(東京工業大学助教) 「高さ制限とまちづくり」
原科幸彦氏(千葉商科大学政策情報学部学部長、元IAIA会長) 「国立競技場と環境アセス」
司会 森まゆみ氏(神宮外苑と国立競技場を未来に手わたす会共同代表)/ 権上かおる氏(環境問題研究家)
- 国立競技場外周ウォーク(録画には含まれません)
ヒートアイランド研究の第一人者である三上岳彦氏によると、東京のヒートアイランド化は、地球温暖化をはるかに凌ぐのだという。
東京の熱帯夜日数は、1962年の16日から、猛暑だった2010年には56日にもなっている。また、真夏の日中のアスファルト表面温度が50〜60度まで上昇することや、海からの風を阻む建物がたくさんあることが、ヒートアイランド化の原因となっている。
そこへ「緑」があるとどうなるのか。
日中は風下移流効果により、また夜間は、緑地から冷気がにじみ出す現象により、「天然のクーラー」効果があると、三上氏は解説する。つまり、国立競技場周辺の明治神宮外苑、明治公園などの緑地が、ヒートアイランド化を抑制するのに役立っているのだ。
同時に、オープンスペース、緑、水があると、上空と同じ風が吹くのだという。意外なようだが、ヒートアイランド化の悪者にされる汐留の高層ビル群も、日陰と風の通る空間があるため、それほど高温化しないのだそうだ。
しかし、新国立競技場のメインスタジアムに決定したザハ案は、巨大な建築物である。それが熱の塊となって「風の道」を阻むことによる、環境への影響は明らかだと三上氏は指摘した。
『高さ制限とまちづくり』(学芸出版社 2014.2)の著書がある大澤昭彦氏は、明治神宮の歴史的景観と、それを支えてきた風致地区の趣旨から、新国立競技場建設に「公益性、合理性はない」と強く批判した。
1970年の風致地区条例制定以来、15mの高さ制限が設けられてきた国立競技場周辺地域が、2013年、再開発等促進区に指定された。東京都風致地区条例では、「建築物の建築については、区域の風致と著しく不調和でないこと」とされている。
大澤氏は、「果たして75mの都市計画は、著しく不調和でないといえるのだろうか」と問題提起し、「都市計画緩和の正当性」について、疑問を呈した。
さらに問題なのは、新国立競技場のデザイン公募以前に、都市計画決定も条例制定も行っていないことであると、大澤氏は指摘する。デザインの決定を受けて、都市計画の緩和を行なっているという実態に対し、「手続きの正当性」にも疑問が生じている、と批判した。
原科幸彦氏は、新国立競技場は「都市のあり方の理念が議論されていない」と、環境アセスメントの重要性を訴えた。
日本では、1972年に環境アセスメントの導入が決定され、1997年にようやく環境影響評価法が制定されたという。年間の実施件数は、アメリカの6〜8万件と比較すると、日本は60〜90件と圧倒的に少なく、その浸透の低さがわかる。
2005年に開催された愛知万博(愛・地球博)では、4年もかかったが、計画アセスメントを行った結果、当初案とは場所を変えて面積も縮小した最終案が出され、事業計画の変更に至ったという。原科氏は、それでも万博終了後に「環境配慮の万博」との評価を得たことをあげ、事前のアセスメントがいかに重要かということを力説した。
東京オリンピック・パラリンピックの環境アセスメントは、東京都環境局が評価することになっており、言わば「身内内」で評価が行なわれることになる。「神宮外苑と国立競技場を未来に手わたす会」共同代表の森まゆみ氏は、「透明性」が確保できるかが課題だと指摘した。