環太平洋経済連携協定(TPP)をめぐる交渉は、憲法が定める国民の生存権や幸福追求権、そして、「知る権利」に違反する──。2015年5月15日、「TPP交渉差し止め・違憲訴訟の会」の1063人は、国を相手に交渉差し止めと違憲確認を求める訴訟を東京地裁に起こした。
その日のうちに東京都内で開かれた報告会には、原告の1人であるIWJ代表の岩上安身も出席し、「交渉内容がわからなければ、裁判が成り立たないのではないか」「海外からのTPP漏えい情報を、この裁判に集めるのも有意義だ」などと発言した。
別の原告からは、「米国は、中国が主導しているアジアインフラ投資銀行(AIIB)に文句をつけているが、だったら、TPP交渉の秘密主義をどう説明するのか」との指摘があり、聴衆が笑い声で同感を示す瞬間もあった。
この報告会の途中では、米上院で、TPPの推進要因とされる貿易促進権限(TPA)法案が「一転審議入り」した動きについて取り上げられ、集まった人たちの関心を集めた。
スピーカーの篠原孝衆議院議員(民主党)は、「為替操作条項」というキーワードを口にしたが、これについて、日本のメディアはほとんど報じていない。篠原議員は、「為替操作条項は、アベノミクス(安倍政権の経済政策)を否定するもの」と言い、米国の自動車産業などは、今なお、日本の輸出攻勢を快く思っていないことを示唆した。
- 訴え提起 東京地方裁判所前
- 報告会・記者会見 原中勝征氏(元日本医師会会長)/山田正彦氏(弁護団共同代表弁護士、元農林水産大臣)/山本太郎氏(参議院議員)ほか
- 日時 2015年5月15日(金)14:00〜(訴え提起)/16:00〜(報告会・記者会見)
- 場所 東京地方裁判所前(東京・霞が関)(訴え提起)/衆議院第1議員会館(東京・永田町)(報告会・記者会見)
- 主催 TPP交渉差止・違憲訴訟の会(詳細)
■TPP交渉差止・違憲訴訟_訴状確定版_20150515
国民と政治が「かい離」している
この「訴訟の会」幹事長の山田正彦元農林水産相は、冒頭、この日の午後2時に東京地裁に訴訟を起こしたことを伝えた。
山田氏は、原告団と弁護団がそれぞれ1063人と157人である、と説明。訴訟の会の入会者の人数が「3800人を超えた」ことを報告した。原告団の1063人は、その3800人超に含まれる。「原告希望者は今も集まっているので、第2次、第3次、と提訴を重ねていきたい」と話した。
原告団を代表してマイクを握った前日本医師会会長の原中勝征氏は、「(TPPが実際に発効されれば)多国籍企業の横暴により、日本の農業は壊滅的な打撃を被るだろう。また、世界に冠たる日本の健康保険制度も崩壊する可能性が高い」と警告。TPP交渉を、「その内容が国会議員にも知らされないまま、条約締結に向けて動いているということは、国民の知る権利や安全を保障する憲法に違反している」と指弾し、次のように言い重ねた。
「政治と国民の思いが、かい離している以上、国民は『ノー』を叫ばねばならない。今回の提訴には、『司法が信じられる日本であってほしい』という強い思いが込められている」
山本太郎議員「自民の暴挙を、司法が裁く」
「現役の国会議員が、国を相手に裁判で闘うのは異例のこと」。山田氏はこう述べて、原告団に加わっている8人の国会議員の名前を読み上げた。照屋寛徳衆議院議員(社民)、阿部知子衆議院議員(民主)、玉城デニー衆議院議員(生活)、仲里利信衆議院議員(無所属)、福島瑞穂参議院議員(社民)、主浜了参議院議員(生活)、糸数慶子参議院議員(無所属)、山本太郎参議院議員(生活)──。
この報告会に参加した山本議員は、「(現役の国会議員らのこうした動きに対して)国会の中で決着をつけろと、文句の声も聞こえてきそうだが、一強多弱の今の国会は、それができる状態ではない」と切り出し、安倍政権は、衆参ともに与党の議席数が圧倒的であることをいいことに、(立憲主義を軽んじて)やりたい放題だと、口調を強めた。
安倍政権のことを「違憲政権」と評する山本議員は、自民党が野党時代にTPPについて、「嘘つかない、断固反対、ブレない」と宣言していたことを指摘して、「2012年の衆院選では、そう書かれたポスターを作ったのに、今や、『嘘つきまくり、絶対賛成、ブレまくり』ではないか」と怒りをにじませた。
そして、「自民党の国会議員は、『有権者なんてバカだから、すぐに忘れる』とタカをくくり、TPP交渉を推進しているのだろうが、有権者は決してバカではない」と続けると、「自民党のみなさんが、そういう態度に出ている以上、悪いが訴えさせてもらった」と力を込めた。
ISD条項が日本の統治を壊す
山本議員は、まず肝要なのは、TPP交渉のテキストを開示させることだ、と力説する。
「総理や関係閣僚や官僚、そして、利害関係企業といった少数派しか交渉の中身を知ることができないのは、明らかに憲法違反。米国では、一定のルールはあるにせよ、議員には開示されることになった」
先日、内閣府の西村康稔副大臣が、TPPの交渉テキストを「国会議員が閲覧できる方向で調整したい」とする発言を撤回したことについては、「期待が膨らんだが、すぐに萎んでしまった」と山本議員は嘆き、撤回の理由について、「開示は、TPP推進派にとって不都合だからに決まっている。日本にとってのTPP交渉は、実に不利な中身で進んでいるに違いない」として、次のように強調した。
「今の国会情勢では、野党がいくらがんばっても、政府に内容を開示させることは難しい。だから、一方では訴訟という手を使って、国会での闘争との二面展開でやっていく」
訴訟の概要は、TPPが発効されれば、1. 食品の表示義務などが変更され「食の安全」が脅かされる恐れがある、2. 低価格が特長のジェネリック薬(後発薬)使用への規制や混合診療の大幅な拡大などで、医療費高騰の恐れがある(=憲法25条・生存権の侵害)、3. 遺伝子組み換え食品の表示廃止は、同13条・幸福追求権の侵害にあたる、4. 進出先国市場の不都合を国際仲裁機関に訴えるISD条項は、国内の司法権を定めた同76条に違反する、5. 交渉内容を国会や国民に明かさない秘密性は、同21条・知る権利に反する──。よって、原告1人につき1万円の損害賠償を求めた。
弁護団の辻恵氏は、TPPで最大の悪玉とされているISD条項を、「『日本国内の紛争は日本の裁判所が判断を下す』という国内司法権のはく奪が、立法・司法・行政から成り立つ日本の統治を根本から破壊する」と非難した。
そして、「条約(TPP)の問題は、国の統治行為の範ちゅうにあるもの。したがって、司法は関与すべきではない」との一部の意見に対しては、ISD条項の利用は日本の司法の自殺行為に匹敵する、と口調を強めて、こう断言した。
「われわれの訴訟を扱う裁判所は、日本の司法の存立基盤を意識しつつ、判断を下すべきだ」
国民投票なしで憲法を変えることに匹敵するTPP
山田氏は、TPP交渉の日本側の交渉官から、「ISD条項は、対発展途上国市場への、日本の産業界の投資が無駄にならないように保護するもの。したがって、日本には有利に働く」との説明があったことを紹介。その意味合いは、「先進国間では、ISD条項は発動されない」というものだが、山田氏が「韓国やカナダは、ISD条項で痛めつけられているではないか」と疑問をぶつけたところ、その交渉官からは「日本は強いから大丈夫だ」との、拍子抜けする言葉が返ってきたという。