環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の中核である日米閣僚協議の、最終局面入りが迫った2015年3月22日、TPPに反対する複数の団体による「STOP TPP 北海道緊急大集会! TPPから命と暮らしを守ろう!」が、札幌市民会館大ホールで開かれた。
1000人を超す市民らで客席が埋まった光景を目にした登壇者の孫崎享氏(評論家、元外務省国際情報局局長)は、「日本のTPP反対運動は萎えていくのではないかと心配していたが、消費者協会、医師会、農業協同組合中央会、薬剤師会といった『オール北海道』の形で、このような大集会が実現したことに敬意を表したい」と感慨深げに話した。もし、TPP協定が発効されれば、ISD条項によって、その国の主権は国民ではなく多国籍企業が握ってしまう、とする孫崎氏のスピーチには、強い危機感が滲んでいた。
この日は同じ札幌市内の書店で、「『5分でわかるTPP』出版記念トークイベント」も開催された。緊急集会に先立って行われた、このイベントでは、日本のTPP反対派の代表格である山田正彦氏(弁護士、元農林水産大臣)が、「2国間限定版のTPP」のような自由貿易協定FTAを、すでに米国と始めている韓国の姿に、日本の近い将来像を見い出す議論を展開。TPP交渉の秘密性は憲法21条「知る権利」に反する、との主張にも力が入った。
TPP推進派が口にする、「2015年4月の日米閣僚会議は、参加12ヵ国による全体会合への弾みがつく成果を出して、年内の最終合意に至る」とのシナリオについても意見が示され、山田氏は、その前提である、米議会の超党派グループから提出された米貿易促進権限(TPA)法案は「通る可能性は低い」とした。
- 講演:孫崎享氏 「格差を生むTPPの正体」
- シンポジウム: 「TPPから命と暮らしを守ろう」 山田正彦さん(元農林水産大臣)/安齋由希子さん(余市で有機農業を営むお母さん)ほか
- 日時 2015年3月22日(日)
- 場所 札幌市民会館大ホール(札幌市中央区)
- 主催 TPPから命と暮らしを守ろう!実行委員会(後援:北海道の農業を壊し、私たちの知る権利を侵す秘密交渉は許さない!)
韓国の学校給食が示唆する日本の数年後──米韓FTAの結果
山田氏が話題にした「米韓FTA」は2012年に発効した。山田氏は、TPP交渉が最終合意に至った場合、日本人は、韓国人がFTAで被ったものと同種の悪影響に苦しめられることになると警告し、自身が会長を務める「TPPを慎重に考える会」が、日本にTPP参加気運が高まり始めた2012年に訪米調査を行った折には、米通商代表部(USTR)の幹部から、「米国はTPP交渉で、米韓FTA以上のレベルの市場開放を日本に要求することになるだろう」と告げられたことを伝えた。
山田氏は、韓国社会では今、学校給食の問題が国民的関心事になっていると訴えた。「米国が韓国とFTAを締結する際にターゲットにしたのは、遺伝子組み換え(GMO)穀物の輸出先としての、学校給食の市場だ」と指摘。韓国政府は米食品会社の出方を恐れたとして、このように解説した。
FTAやTPPには、物品の輸出入をめぐる関税撤廃にとどまらず、自分たちの商売には邪魔になる進出先国の法律や条例といった、非関税障壁をも問題扱いできる「ISD条項」と呼ばれるツール(投資家対国家の紛争解決制度)が組み込まれている。
韓国の各自治体が、条例に基づいて従来の「地産地消」の学校給食を続けていけば、米食品会社は思い通りに学校給食市場を獲得できない。その場合、ISD条項を使って韓国政府に損害賠償を求める可能性が出てくる。これを懸念した韓国政府は、先手を打つ格好で、各自治体に給食の「地産地消」優先を取りやめるように指示したといい、山田氏は次のように言葉を重ねた。
「米国は当初、家畜が食べるトウモロコシや大豆はGMOに切り換えるが、人間が食べる小麦には使わない、としていた。だが、2012年に渡米した際、米小麦協会の会長は私に対し、『今後は小麦にも適用していく』と明言した。韓国では今、GMO食品による学校給食が始まろうとしている」
そして、日本の住友化学と米国の大手バイオ企業のモンサント社の間では、すでにGMOの稲が開発済みである点にも触れた。
米製薬業界の都合で「医療難民」が急増
「米韓FTA発効から約2年余りで、韓国の医療費は2倍近くにまで跳ね上がった」と話を進めた山田氏は、「独立的再評価機構」の名を挙げた。FTAには、知的財産権の強化に代表される、韓国の薬価決定制度を変える項目が含まれている。独立的再評価機構は、韓国側が米国の強い要求に折れて設置した機関で、その狙いは韓国政府の薬価決定力を弱めることだと言われている。「その機構に、ファイザー社をはじめとする米製薬会社がどっと入ってきたので、当然、韓国の医薬品の価格は急騰してしまった」
山田氏は、国民皆保険制度が存在しない(=国がお金を払って医薬品価格を低く抑えていない)米国は、日本の医薬品価格も安すぎると見ているとして、このように語った。
「医薬品開発に投じたコストは回収せねばならないという理由から、医薬品の特許期間を長くしたい意思が、米国には働く。TPPの知的財産権の分野も、この医薬品の特許権の問題に関連しており、その意味では、知財分野こそがTPP交渉の最大の焦点と言える。
しかし、マレーシアやベトナムなどは(安価なジェネリック医薬品の利用に悪影響を及ぼしかねないので)米国の求めに反発している」
人口が約400万人のニュージーランドでは、約6割の国民がTPPに反対しているとも、山田氏は言う。その理由を、「やはり、医薬品価格の高騰を案じているからだ」とし、「ニュージーランドは農作物の輸出で有名な国だから、TPPは自国に有利に働くと解釈するのが自然なのに、国民の大半がTPPに猛反発している。オーストリアも似た状況だ」と紹介した。
米上下両院のTPP反対勢力は盤石か
TPP交渉の今後の流れについては、4月下旬の安倍晋三首相の訪米による日米両首脳による交渉推進→米大統領に交渉権限を与えるTPA法案の成立→5月中の参加12ヵ国閣僚会合での実質合意→年内最終合意、というシナリオを口にする向きが多い。アジアインフラ銀行(AIIB)での中国の台頭が、交渉の後押しに一役買っている部分もあるためだが、山田氏は、「TPA法案が通る可能性は低い」とする。