政府が10月25日に閣議決定した特定秘密保護法案の危険性について議論するシンポジウムが行われ、NPO法人「情報公開クリアリングハウス」代表の三木由希子氏の他、明治大学特任教授のローレンス・レペタ氏が講演を行った。
民主党の辻元清美衆議院議員も参加し、「(特定秘密保護法案により)国会議員に対する情報提供の機会が軽減され、立法府としての国会の存在が軽視される」と、法案の成立を急ぐ政府と与党・自民党の姿勢を批判した。
レペタ氏は、第二次世界大戦以後、米ソ冷戦期を通して爆発的に拡大した米国の機密情報の歴史について解説。米国では、報道機関の強い働きかけによって1967年に情報自由法が成立し、以後、カーター大統領やクリントン大統領が情報公開の流れを作ってきた。しかし、2001年のブッシュ大統領の就任を機に米政府の情報公開の流れは減退。レペタ氏によれば、2012年度には1億件もの文書が機密扱いになっているという。
- 「特定秘密保護法案と情報公開」
三木由希子氏(NPO法人情報公開クリアリングハウス理事長)
- 「秘密の帝国アメリカの秘密保護法制と安全保障・情報公開の国際原則」
ローレンス・レペタ氏(明治大学特任教授・自由人権協会理事)
非民主的な情報管理
三木由紀子氏は、特定秘密保護法の問題点と併せて、自衛隊法に基づく防衛秘密、MDA秘密保護法を挙げ、これまで国が隠してきた機密情報の存在についても解説した。防衛秘密に関しては、2001年にテロ対策特措法案と同時に、自衛隊法改正法案が国会に提出され、9.11以降、日本においても秘密保護法制が強化されてきた経緯を説明。「2008年には、各行政機関による秘密保護法制についての検討チームが発足し、2009年4月の時点で、基本的な考えが取りまとめられていた」と一連の動きを述べた。
その上で、三木氏は「法案のルール作りの時点で、民主的な力が及ばないところで情報が管理されている。また、この法案は、秘密を守るために人を監視するものでもある」と指摘し、人権との抵触が起こりやすく、秘密の範囲を抑制する仕組みが法制上、用意されておらず、秘密の範囲が拡大する危険性を挙げた。
また、情報公開制度と特定秘密保護法案との関連について、2004年の沖縄国際大学米軍ヘリ墜落事件の情報公開請求をした事例に示し、「秘密の領域」と「非公開の領域」とをきちん分けて考えるべきだと語った。そして、「情報公開制度を使って市民が扉をノックし続けていかないと、出せる情報でもしまい込まれるおそれがある」とした。
指定基準のないまま、指定される機密情報