「日本政府は、農産物の聖域は守れると嘘をついてTPP交渉に入った」──。
2013年10月25日、東京の日比谷コンベンションホールで、アジア太平洋資料センター (PARC)の新作DVD『誰のためのTPP? ―自由貿易のワナ』の完成記念上映会が開催され、上映会後にトークライブ「TPP参加撤回・批准阻止に向けてできること」が行われた。白石淳一氏、宇都宮健児氏、鈴木宣弘氏ら3名のゲストがTPPの問題点を語り、「TPP参加を撤回させるためには、このDVDを使って、その実態を全国的に広めることが必要」との認識が示された。
- トークライブ「TPP参加撤回・批准阻止に向けてできること」
白石淳一氏(農民運動全国連合会〔農民連〕会長)、宇都宮健児氏(元日弁連会長、TPPに反対する弁護士ネットワーク)、鈴木宣弘氏(東京大学大学院農学生命科学研究科教授)
コーディネーター:内田聖子氏(アジア太平洋資料センター PARC事務局長)
「聖域」をめぐる政府の嘘にだまされるな
はじめに、内田聖子氏が2つのテーマを示した。「日本がTPP交渉に入った7月以降、今日この時点まで、いろんな情報あるが、実は核心はよくわかっていない。まず、その分析と評価に関して。2つ目は、私たち一人ひとりが、市民としてどんなことができるのか」。
鈴木宣弘氏は「TPPについて、私たちは『国益を守れ、情報を出せ』と言っているが、そもそもTPPをやりたい人たちは、国益、国民の命、健康、暮らしを守るつもりがない。アメリカに従属して、大企業の利益を得るところで結びついている。役人は天下り、政治家は選挙資金で結びつく。マスコミはスポンサーで結びつく。利益に結びついた一部の政治家、官僚、マスコミなど、全体の1%の人たちが、『国民の99%がどうなったって知るか。やってしまえ』と進めているのが、アメリカでも日本でも、TPPである」と解説した。
続けて鈴木氏は、聖域に関する「嘘」として、農産物の関税を挙げた。「全体9000品目のうち約1割を聖域としているが、TPPは最初から自由化率99%とか100%なので、1割もの聖域を守れるはずがない。そんなことは、誰もがわかっていたはず。それを守れると嘘をついて交渉に入った」とし、「だから、どこかでごまかさなければならない。どうするかというと、農産物の重要5項目に関して、まず米1項目の細目58から削っていき『もみ』だけ1個残す。同様に他の分野も細目を削っていって1個だけ残す。最終的に、5つの項目で各1個が残る。元々は586ある細目が5細目まで減っても、『5項目を守った』というわけである。本当に、子どもだましにもならない。この説明で『そうか』と思っている国民は、本当にバカだとしか言いようがない」と憤った。
政府にTPPをあきらめさせるには「国会にトラクターで突っ込む」覚悟が必要
この流れを止めるための手法として、鈴木氏は「日本の市民運動は詰めが甘い。政府が動くまで、続けなければいけない。熊本の農業者は『国会に座りこんでダメだったので、今度はトラクターで国会に突っ込む』と話していた。『逮捕者が出たら、みんなでお金を集めて一生面倒見る』と言うのだが、こういう切実な思いを共有しなければいけない。いずれにせよ、ここが正念場。何をするか、もう一度検討して、それぞれの立場でできることをするべきである」と述べた。
宇都宮健児氏は「TPP批准阻止のためには、自民党内の反対派を結集することが重要になる。そこで日弁連では、アメリカとのFTA締結で歪みが出てきた韓国で、具体的に何が起こったかを知るために、自民党の『国益を守る会』において、韓国の弁護士を招く学習会を兼ねた院内集会の実施を働きかけている」と説明した。そして、「私自身が経験した運動では、2006年にサラ金のグレーゾーン金利を撤廃する画期的な法改正ができた。2006年というのは、徹底して新自由主義的な政策がとられていたが、貸金業規制は強化できた。この時は全国民的に運動が広がり、自民党内の多数派対策もできて、サラ金から支援されている議員を孤立させた。TPPも反対運動が広がれば、そういうことができる。多くの国民が立ち上がれば、阻止できると確信している」と述べた。
TPP妥結に向け、アメリカに代わり旗振り役を務める日本
内田氏は、白石淳一氏に「北海道では、このAPEC以降の自民党内の状況および農産品の聖域問題を、どのように感じて、どのように運動の戦略を立てているのか」と尋ねた。
白石氏は「北海道では、農協組合長や農協の幹部と意見交換をしながら、行政分析もしている。今、組合長の間では、関税については交渉というより、むしろその段階を超えて、『日本がいろんな条件を引き出すために、差し出す材料にしているのではないか』と言われている。また、交渉全体が秘密のベールに包まれているが、その裏からちらちらと漏れてくる中身は、決してすべてが順調ではないということである。むしろ、『21分野の半分は対立で、妥結は進められない』というのが、組合長の一致した見方である。だから、TPP交渉が妥結するかどうかもわからない状況で、日本がアメリカに代わって旗振り役を演じていることに、大変危機感を持っている」と述べた。
TPP、戦略特区は、国民・食・環境の安全を守る制度を破壊する
続いて、内田氏は「戦略特区など、今国会に出される法律は凄まじいものがある。『新自由主義パッケージ法案』みたいな流れになっている」と述べ、この観点からの新自由主義の推進について、宇都宮氏に質問した。
宇都宮氏は「戦略特区とTPPは、一緒に考えなければいけない。特区で行われる自由主義的な政策は、いずれ日本国中に広がっていく、と見る必要がある」と述べた。そして、韓国の例を挙げて、「韓米FTA締結以前に、すでに、国民皆保険が適用されない『株式会社の病院参入』が認められていた。日本でも、農業特区では市町村が置いている農業委員会の農地売買や賃貸を許可する機能を市町村に移管するとか、教育特区では公立学校の運営を民間委託する公設民営学校の設置など、15程度の特区構想が検討されており、その関連法案が臨時国会に出されようとしている」と危機感を示した。
盲腸の手術、200万円ないと受けられない?
さらに、宇都宮氏は保険の問題に触れ、「TPPで健康保険制度を崩そうとしている。今、日本で盲腸で入院すると40万円ほどかかるが、健康保険に入っていると3割負担の場合12万円で済む。アメリカは、盲腸で1日入院するだけで200万円かかる。200万円払えない人や民間保険に入っていない人は、手術を受けられない」とアメリカの現状を説明。「TPP交渉により企業が進出した結果、医療費が安くなったり、治療を誰でも受けられるようになればいいが、TPPはそれらが困難になっていく協定である」と述べた。
宇都宮氏は、続けてISD条項について、「TPPは関税の問題と同時に、非関税障壁を撤廃することが大きなポイントである。その具体的な手段がISD条項であり、企業が進出先の国の法律、条例で損害を被ったら、国際機関に訴えて損害賠償を求めることができる」と説明した。「韓国では、韓米FTAで180におよぶ法律、規則を改正せざるを得なくなった。しかし、アメリカは、自国の法律や規則をひとつも変えていない。アメリカとは、こういう国である。さらに今、韓国では、地産地消の給食制度が崩されるのではないかと問題になっている。その国の主権、国民の安全を守る制度、あるいは憲法秩序が破壊されてしまう」と警告した。
経済成長の時代から、人権や命を大切にする時代へ
最後に、内田氏が「そもそも『食べ物を作る、命を救う』産業は、まともにやって儲かる産業ではないのに、それらを丸ごと市場化する流れが、身近に迫っている。これについて、どう考えるか」と尋ねた。
白石氏は「食べ物を作って、人間の生命を支える産業が農業である。その農業を持続することは、日本人が将来も健康で、安定した暮らしができることにつながっていく。私たちは、そういう意味での生きがいを持っている。自分たちの子や孫に農業を続けてもらうことを、強く願っている。特別難しいこと、崇高なことを要求しているわけではなく、農業を続けられる体制が必要なのである」と語った。
宇都宮氏は「日本は、戦後復興から経済成長をどうするかが政策の中心になってきた。この延長線上にある価値観を徹底したのが、新自由主義である。これは、企業が儲かれば良いということだ。これに対し、人権や命を大切にする考え方は、経済成長や効率とは矛盾するところがある。経済効率を考えた結果、日本は大国になったが、今は貧困や格差が広がっている。本当の幸せとは何かを、考え直さないといけない時期にきている」と語った。