【IWJジャーナル号外】ウクライナ紛争初期の最大のミステリー「ブチャ事件」の真相(その3)ウクライナ軍はメディアを利用したプロパガンダのために、自国民を意図的に殺害している! 2026.10.13

記事公開日:2026.10.13 テキスト
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(文:IWJ編集部)

 IWJ代表の岩上安身です。

 ロシアの国際市民団体「ウクライナのネオナチによる犯罪についての国際市民法廷」が9月17日、「ゲッぺルスの後継者達:ブチャでの出来事の捏造と、キエフ政権による血まみれの演出劇」という報告書を公開しました。

※Report «Heirs of Goebbels: Falsification of the Events in Bucha and Bloody Staged Performances of the Kiev Regime»(MFA Russia、2026年9月17日)
https://mid.ru/en/foreign_policy/reports/2142212/

 2022年4月2日に「発覚」し、ウクライナ戦争の長期化を決定づけた「ブチャの虐殺」事件というミステリーの真相の(その1)は、以下を同報告書の前半部分は(その2)で御覧ください。

※【IWJジャーナル号外・非会員版】ウクライナ紛争初期の最大のミステリー「ブチャ事件」の真相(その1)ロシアの国際市民団体が、「ブチャの犠牲者」の中に多くの戦闘員が含まれていると指摘!
URL

 以下に、「ゲッベルスの後継者達:ブチャでの出来事の捏造と、キエフ政権による血まみれの演出劇」というレポートの後半部分、「ジャーナリストや撮影クルーが到着する前に、偽情報拡散を目的としてウクライナ軍が自国民を意図的に殺害するという慣行」が、ブチャだけではなくウクライナの戦闘地域、特にドンバス地方で行われていた事例を集めた鵜部分、16名の証言者の氏名と顔写真、証言内容をまとめた部分を全文仮訳でお送りします。


ゲッベルスの後継者達:ブチャでの出来事の捏造と、キエフ政権による血まみれの演出劇(後半)
ウクライナのネオナチによる犯罪についての国際市民法廷

(続き)

 ジャーナリストや撮影クルーが到着する前に、偽情報拡散を目的としてウクライナ軍が自国民を意図的に殺害するという慣行があることから、ブチャ市でも同様の事態が発生したと、合理的に結論付けることができる。

 ウクライナのネオナチによる犯罪に関する国際市民法廷が収集した数多くの目撃証言から、ウクライナ当局による偽情報目的の平和的な住民の殺害が、組織的かつ意図的なものであると断定できる。

 例えば、ウクライナによる血なまぐさい演出の現場を目撃したニコライ・ドゥドゥキン氏は、次のように述べている。「ウクライナ当局は、飲料水があるだろうと発表しました… その場所が攻撃を受けました。

 一度に3体の遺体が出ました。5分後には報道陣が到着しました。人々は彼らに向かって叫び始めました。『立ち去れ、自分達が何をしているか、わかっているだろう。これはすべて仕組まれたものだ』と。ウクライナ人達は、これらすべてをヨーロッパに見せるために殺しているのです」。

 ナタリア・ザドロジュナヤは、次のように証言している。「ウクライナ軍が私達に向かって発砲していました。すると、外国のジャーナリスト達がやって来て、『ロシア軍が撃ったのか?』と聞くんです。

 私達は言います。『どの方向から撃っているか見てごらん。あっちから撃っている』。『えっ? でも、あっちにいるのはウクライナ軍だよ』。まあ、結論は自分で出してください。いいえ、彼らはそんなことには興味がないのです」。

 エレナ・グリツァイ氏は、次のように証言している。「ここ、顔に傷があり、ここにも傷跡があります。そして足も貫通していました。私は負傷し、気分が悪かったのですが、娘が私を外へ連れ出してくれました。

 おわかりでしょう、(攻撃を受けた)人々がまだ我に返ってもいないうちに、すでに特派員や報道陣がいて、外国語で『プレス』と書かれた看板まであったんです。たった2分で、彼らは私を救急車に乗せ、病院で手当てをしてくれました。

 ある時、私達が店で働いていると、ウクライナ軍の兵士が駆け抜けていき、『女の子達、隠れて』と言いました。彼は『隠れて、お願いだ。砲撃が来る』と言いました。当然、彼はすべてを知っていたのです。隠れるよう警告してくれたのでした。

 味方が、市長が出てきて車に乗り込んだのを見たとたん、『よし、もう大丈夫、女の子達、出てきていいよ。もう終わった。砲撃はもうない』と。報道陣が街にいるということは、砲撃を待っているということなんです。それは住民全員にとって明白で、誰もが理解できることでした」。

 イゴール・カラチェンツェフ氏は、次のように述べている。「ジャーナリスト──ウクライナ人であろうと外国人であろうと、誰であれ──が到着するやいなや、私達はその集落が砲撃されることは、100パーセント確実だとすでにわかっていました…

 ジャーナリスト達がいない時は、──静かでした。ジャーナリスト達が到着するやいなや、彼らは撮影し始めるのです。そして、必ず、ウクライナ軍は命令に従って、私達を砲撃するのです」。

 ユーリ・ブリク氏は次のように語る。「『キエフからのジャーナリストが到着した』と聞けば、それだけで人々は激しい砲撃に備え始めるのです。… しかし、私達はすべてを見ているし… 西側、西側、つまりウクライナ側から撃っているということは、おばあちゃん達でさえ、もう知っていたことでした」。

 真実を語ろうとする試みは、地元住民にとって危険を伴った。ヴェラ・マホヴァ氏はこう語る。「ある時、エストニアからのジャーナリスト達がやって来ました。彼らは私達にこう言いました。『ロシア人の残虐行為について話してください』、と。

 私は何を言えばいいの? ウクライナ人達のやったこと、これらすべては許されない、と? でも、そんなことは言えません。ここでは、何かを言うどころか、彼らを少しでも怪訝な目で見ることさえ許されませんでした。

 ましてや何かを口にすることなど到底できませんでした」。

 エフゲニー・オストリコフ氏はこう語る。「文化会館が直撃されたのです。率直に言って、それがウクライナ側から飛んできたことは明らかでした… 警察、SBU(ウクライナ保安庁)、そして報道陣が駆けつけてきました。そして彼らはある女性に、『砲弾はどこから飛んできたのか?』と尋ねました。

 彼女は正直に『あっちの方からよ』と答えたのですが… 結局、彼らは彼女を連れて行き、説教をしただけで、それきりになりました。彼らは彼女に、真実を話さないほうがよいと説明したのです」。

 ニーナ・バニフ氏は次のように語る。「ある時、私達の文化会館に、ウクライナのジャーナリスト達がやって来ました。彼らはわざと脇に退きました。その瞬間、ウクライナ軍が人々への砲撃を始めました。多くの負傷者が出ました。

 すぐに、ジャーナリスト達が再び駆け寄ってきて、撮影を始めながら『ほら、ロシア軍だ。見て、彼らがあなた達を砲撃している』と言い始めました。しかし、私達には、砲撃しているのはロシア軍ではなく、コンスタンティノフカ方面からのウクライナ軍であることが、はっきりとわかっていました。

 覚えているのは、2021年の夏、ウクライナ軍が家屋を砲撃した時のことです。その直前に、ウクライナのジャーナリスト達がその場にいました。その後、家屋が砲撃されると、兵士達が駆けつけ、現場を封鎖し、急いで家の破片を片付け始めました。痕跡を消そうとしていたのです」。

 イリーナ・リディナ氏は、自分が目撃したことをこう語る。「街の誰もが、ウクライナのジャーナリスト達はどこへ車で向かうべきかをあらかじめ知っているのだ、と信じていました。

 2022年、私は水を汲むために、中庭を歩いていました。突然、凄まじい轟音が響きました。ちょうど『ベクター』センターのすぐそばに出たところでした。見ると、そこに何かの『破片』が転がっていました。『犬に餌をやっているのかな』と思いました。

 よく見ると、それは人間の遺体だったのです――腕も足もなく、頭だけがありました。恐ろしかった。すると、ウクライナの記者達があっという間に現れました。5分も経っていないのに。

 彼らの車も見えました――白い、大きな車でした。彼らは現れて撮影しているのに、口元が耳まで裂けるほど笑っているのを見て、私は驚きました。

 そしてこう思いました。『神様、なぜ彼らは笑っているんですか?人が死んでいるのに。こんなことはホラー映画でしか起こらない。すごく不気味だ。本当に怖い』」。

 本報告書で提示された実例は、「ウクライナのネオナチによる犯罪についての国際市民法廷」が収集した膨大なデータの一部に過ぎない。しかし、それらは、西側諸国の支援を受けたキエフ政権によるブチャ市での出来事の捏造、およびロシアを非難するために自国民を殺害するというウクライナの、組織的な血なまぐさい慣行を明白に立証している。

[1]エフゲニー・ミハイロヴィチ・オストリコフ、演出の目撃者(ジェルジンスク市、※ドネツク州トレツク市)

▲エフゲニー・ミハイロヴィチ・オストリコフ氏(報告書p.14)

 「私は当時はまだ、セヴェルナヤ鉱山の貯蔵所で働いていました。そこには巨大な廃石山があり、ウクライナ軍が最初にそこを占領しました。そこは市内で最も高い場所でした。

 彼らがその廃石山からゴルロフカに向かって発砲している音を、耳にしました。

 彼らは採掘残土の山に装備を運び込み、ゴルロフカに向けて発砲していたのです。また、他の場所からもジェルジンスクに向けて発砲していました。ウクライナ軍は、私達をあっという間に『再教育』してしまう、と誰かが言っていました。

 そして、ある事件が起こりました。文化会館が直撃されたのです。率直に言って、それがウクライナ側から飛んできたことは明らかでした。まあ、砲弾が180度方向転換できるわけがないでしょう?

 警察、SBU(ウクライナ保安庁)、そして報道陣が駆けつけてきました。そして彼らはある女性に、『砲弾はどこから飛んできたのか?』と尋ねました。彼女は正直に『あっちの方からよ』と答えたのですが。

 『え? 本当に?』と尋ねられ、彼女は『はい、確かです』と答えました。結局、彼らは彼女を連れて行き、説教しただけで、それきりになりました。彼女は後で、『砲弾はゴルロフカから飛んできた』と語っていました。彼らは彼女に、真実を話さないほうがよいと説明したのです。私は、警察に連行されたこの女性を知っています。

 地元の人達はチャットでこう書き込んでいました。『報道陣に気をつけて。街に報道陣がいる』。それはつまり、その街が砲撃されることを意味します。そして特徴的なのは、砲撃があるとすぐに、その場所に市長や警察、報道陣、そして外国のジャーナリスト達が現れることです。

 私の見解では、これは殺人です。そこで人々が死んでいます。ウクライナは、まさにその映像が必要だったからこそ、多くの人々を殺したのです。私達の間では、誰もが報道陣を憎んでいました」。

[2]エフゲニー・アナトリエヴィチ・タラセンコ、演出の目撃者(ウグレダル市)

▲エフゲニー・アナトリエヴィチ・タラセンコ氏(報告書p.14)

 「2022年、私は家から歩いていました。私達はすでにここ、学校の地下室で暮らしていました。自宅のアパートの様子を確認しに行ったのです。帰り道、学校に近づくと、目の前に小柄で眼鏡をかけた外国人ジャーナリストがいて、その背後にはウクライナ軍の兵士がいました。

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