毎年11月末から12月、街にはイルミネーションがきらめき、クリスマス商戦が始まる。電飾やオーナメントで飾られたクリスマス・ツリーの下を、ラッピングされたプレゼントを抱えた人々が行き交う…。そんな華やいだ光景が、トランプ関税の影響で一変するかもしれない。
「今年、アメリカの子供達は、プレゼントのないクリスマスを迎えるかもしれませんね」と語るのは、エコノミストの田代秀敏氏だ。
クリスマスの飾りやパーティー・グッズ、子供のおもちゃ、プレゼント向きの衣類やアクセサリーなど、そのほとんどは、今や中国製だ。もし、中国製品に、今より高い関税がかかるようになれば、小売店は販売をあきらめるだろう。そして、製造業をずっと海外に依存してきた米国に、中国と同じものを、同じ価格で作れるメーカーは、そもそも存在しないのだ。
クリスマス商戦を年内の売り上げにカウントしている流通や小売店の側から見ても、売り上げダウンを強いられるだろう。消費は冷え込み、景気後退はまぬかれない。誰にとっても、夢のない話である。
2025年5月12日と13日に初配信した、「岩上安身によるエコノミスト・田代秀敏氏インタビュー 第1弾」の中で、田代氏は、「トランプ関税」が実施された場合の影響などを、幅広い視点で分析した。今回は、その後半部分をお届けする。
2024年11月、大統領選挙に勝利したばかりのドナルド・トランプ次期大統領(当時)は、就任前にもかかわらず、「メキシコとカナダへの関税を25パーセントに、中国にも10パーセントの追加関税をかける」と宣言した。以後、現在に至るまで、世界は「トランプ関税」という、動きの読めない台風に翻弄されている。
米国建国当初、連邦政府には所得税の徴税機能がなかった。所得税は各州政府が徴収して、州の財源としていたからである。徴税機能は、国家の基本的な権能である。米国は、まさに複数の国家が集まったいわばEUのような連邦だったのである。
そこで連邦政府は、海外からの輸入品に高い関税を課して主な財源とした。米国の関税率は、高い時で60パーセント近くに達していた。
1914年に第1次世界大戦が勃発したため、巨額の戦費を調達する必要に迫られた。連邦政府は連邦所得税を徴集し、富裕層ほど税率が高くなる累進課税も導入した。これによって、米国の大富豪達の国内資産は減少していく。
トランプ大統領の政治理念は、実はシンプルだ。1914年以前、つまり、第1次世界大戦以前の、金持ちが所得税を払わなくていい時代(1870年から1913年)が理想的だと考えており、その自身もそうであるように、金持ちにとって「金ピカ黄金時代」に米国を戻したいのだ、と田代氏は言う。
実際、トランプ大統領は、公約通り、減税政策 (「1つの大きく美しい法案」 One Big Beautiful Bill Act)を2025年7月4日に、ひとつのパッケージとして通した(連邦法人税率を従来の35%から21%に引き下げ、所得税の最高税率も、39.6%から37%に改めた。相続税や贈与税の基礎控除も、ほぼ倍増させた)。
関税が一律の場合、富裕層も貧困層も受ける影響は同じである。そこに累進性は働かない。
しかし、累進性の働く所得税が低くなると、大金を稼ぐ者が有利になる。つまり、トランプ大統領の言う「所得税率を下げて、関税率を高める」ということは、金持ちを優遇し、貧乏人をもっと貧乏にする仕組みとなるのだ。トランプ関税政策は、外交政策として語られることが多いが、実は、内向けの金持ち優遇政策なのである。
にもかかわらず、米国のラストベルト(米国東部から中西部にまたがる「さびた工業地帯」)一帯の失業者達は、自分達が低所得であり、より苦しい生活がトランプの政策によってもたらされることは確実なのにもかかわらず、トランプ大統領を熱烈に支持している。それは、自分に不利益をもたらす相手を応援してしまう「肉屋を愛する豚」と同じだと、田代氏は表現する。
何度も繰り返されてきたプロパガンダによって、米国を貧しくしたのは中国の不当に安い製品を作る能力だと信じ込まされてきた。だからこそ、「再びアメリカを偉大な国に(Make America Great Again)」略してMAGA派という、赤いキャップを被った連中が、トランプの選挙キャンペーンのたびに、米国では熱狂の叫びを上げた。
悪いのは中国で、奴らは、俺達の職を奪っている、不当なダンピング(安価な)商品を送り込んでくる。
高関税をかけることで中国市場から、「メード・イン・チャイナ」をしめ出して、空っぽとなった陳列棚に、「メード・イン・USA」の商品で埋め尽くすようにするつもりなんだ、トランプは。赤いキャップのMAGA派は、希望と期待を胸にトランプを応援してきた。集会で使われる帽子や旗などの小物が皆、「メード・イン・チャイナ」であることには気をとめないで。中国の、小物を作る工場経営者達は、「MAGA」運動も、商機ととらえ、「メード・イン・チャイナ」排除のキャンペーン商品を作っては売り込んできたのだ。
「トランプ関税」の大きな目的は、中国への圧力だが、中国の産業は、世界で唯一のフルセット型だ。すべての業種でサプライチェーンを完備しているので、海外製品が入らなくなっても、その気になれば自国内で、メイド・イン・チャイナの部品だけで完成品を作ることができる。
田代氏は、「中国は、生成AIから合成麻薬まで、すべて国内生産できる。これは、大事なところ」と述べて、中国製品がなくなって本当に困るのは米国ではないか、と指摘した。
合成麻薬のフェンタニルは、非合法のドラッグではない。
ただ、処方や使用方法が、ガイドラインにそぐわない乱用がなされているだけなのだ。医薬品として米食品医薬品局(FDA)が認可しており、米国では1960年代から末期ガンのケアなどに使用されている。フェンタニルの違法な乱用が蔓延して、米国の社会問題になっている。
トランプ大統領は、「中国が、メキシコやカナダ経由でフェンタニルをアメリカに送り込んでいる」と批判して、これらの国に追加関税を課した。そのため、このフェンタニル課税は「新アヘン戦争」などとして注目を集めているが、むしろ医療用の合法薬物を、医療用以外の用途で流し、それを購入してラリっていないと、現実逃避できないほど、人生に絶望した社会的弱者を生み出した格差拡大の構造は、「中国非難」の声にかき消されるばかりだ。
「別に、中国がフェンタニルを作ってるのが悪いんじゃない。中国が作って世界中に供給しているから、世界中の病院で、痛みのある人に安心して使える。アメリカは、そう(文句を)言うなら自国で作ればいい。そもそも製造能力はないが」と田代氏は断じる。
さらに話題は、中国の造船力や半導体の生産能力の高さ、中国製品の軍事産業における影響の大きさなどに及んでいった。
中国を敵視して戦闘態勢をとるのなら、軍艦を増産しなくてはならない。米国が誇る空母打撃群も、戦争になれば破損するので追加製造が必要になる。そもそも、造船業は米国は衰退しており、中国が世界一の生産力をもつ。
田代氏は、「あの大海軍をどうやって維持するのか。そういう話は、なぜか、誰もしないんです」と苦笑し、岩上安身も、「経済の話と安全保障の話は一体だと言っているのに、一体で論じないんですよね」と疑問を呈した。
ワールドバンクの資料によれば、輸出と輸入を合わせた貿易額の世界シェア第1位は米合衆国だが、そのシェアは13.53パーセントだ。2位が中国(8.75パーセント)、3位がドイツ(6.32パーセント)で、中国とドイツを合わせると米国より大きい。
田代氏は、「アメリカ人も勘違いしているが、アメリカが世界の(貿易額の)シェア半分を占めている、なんてことはない。たかだか、この程度(13.53パーセント)。むしろ、アメリカが外国からの輸入に、いかに依存しているかということだ」と締め括った。





























