警察庁が発表した令和4年(2022年)の特殊詐欺認知・検挙状況等(暫定値)によると、昨年(2022年)の特殊詐欺認知件数は、1万7520件(前年比+3022件、+20.8%)、被害額は361億4000万円(同+79.4億円、+28.2%)と、いずれも前年(2021年)より増加している。
1日あたりの被害額は、約9901万円で、これも前年より約2176万円も増加している。1件あたりの被害額は、213.7万円で、こちらも前年より11.7万円、5.8%増えている。
この発表によると、特殊詐欺の認知件数は、平成29年(2017年)の1万8212件をピークに下がり続けていたが、令和2年(2020年)の1万3550件以降、再び増加していることがわかる。
被害額のほうは、平成26年(2014年)の565億5000万円をピークに下がり続けていたが、上記のように、こちらも昨年(2022年)、増加に転じた。
特殊詐欺は、第2の蔓延期を迎え始めていると、言って間違いない。
これに対して、検挙件数は令和2年(2020年)の7424件、検挙人員も令和元年(2019年)の2861人のピーク後、減少に向かっている。しかし、警察庁発表の統計グラフを見ると、認知件数と検挙件数の増減の時期は、必ずしも一致していないことがわかる。
特に、令和2年(2020年)から令和3年(2021年)にかけては、認知件数が増えたものの検挙件数が減少していたことがうかがえる。2022年は、検挙件数が6600件から6629件へ、検挙人員が2374人から2469人へとわずかに増加したが、上述のように認知件数が20.8%、被害額が28.2%も増加したことを考慮すると、検挙率が改善したとはいえない状況にある。
しかも2022年の検挙人員2469人のうち、中枢被疑者(主犯格の被疑者)は48人(+5人)に過ぎない。枝の人間しか、逮捕できていないのである。これでは個々の詐欺グループの中核にダメージを与え、壊滅させることはできず、トカゲの尻尾を切っただけのグループは生き延びて、また犯罪を繰り返すことになる。しかもそのたび、彼らは経験値を積んでいってしまう。
他方で、この検挙人員2469人のうち、準構成員を含む暴力団構成員の検挙人数は380人(+57人、+17.6%)で、総検挙人員に占める割合は15.4%だった。このうち、中枢被疑者は16人(-1人、-5.9%)、リクルーターは66人(+4人、+6.5%)となっており、警察庁は「依然として暴力団構成員等が主導的な立場で特殊詐欺に深く関与している実態がうかがわれる」と分析している。
- 特殊詐欺認知・検挙状況等について(警察庁)
しかし、暴力団の勢力そのものは、かつてより衰えてきているのである。
3月23日、大手メディアは一斉に「昨年(2022年)1年間に警察が検挙した暴力団員と準構成員らが前年比1832人減の9903人で、初めて1万人を下回ったことが23日、警察庁のまとめでわかった」と報じた。
検挙数の減少について、警察庁は暴力団勢力が縮小していることを要因の一つと見ており、23日付け『時事通信』は、「昨年末時点の暴力団勢力は過去最少の約2万2400人と、18年連続で減少した」「平均年齢は54.2歳で10年前より6.8歳上がり、高齢化が進む」と報じている。
しかし、警察庁は暴力団勢力の縮小と同時に「潜在化」に懸念を示しており、この『時事通信』の記事は、「同庁が『準暴力団』と定義し、『半グレ』と呼ばれる犯罪グループの活動が近年活発化。暴力団員からの加入もあるとみられるが、同庁は人数やグループの勢力を公表していない」とした上で、次のように報じている。
「準暴力団は常習的に暴行事件を起こし、暴力団と共存共栄しながら、特殊詐欺や組織的な窃盗を通じ、資金獲得しているとされる」
- 暴力団検挙、初の1万人割れ=構成員も過去最少、潜在化懸念―警察庁(時事通信ニュース、2023年3月23日)
高齢者を食い物とする「特殊詐欺」は、ヤクザの「任侠道」の建前では、手を出したら「破門」となる御法度とされるが、衰退するヤクザに掟を守る余裕はない。
2023年に入ると間もなく大きなニュースとなった「ルフィ」事件(※1)の主体となったグループも、こうした「半グレ」のカテゴリーに分類されるグループである。
その主犯格とされる、逮捕された4人の容疑者と、暴力団とのつながりが、週刊誌やネットニュースを中心に、様々に報じられているが、暴力団の正式な組員が直接、実行犯となった、といった報道は今のところない。「ルフィ」グループとのつながりが噂される暴力団組織は、儲けの上前(うわまえ)をはねていたのではないかとの疑いもあるが、まだ現時点では確証はない。
この「ルフィ」事件は、2022年から関東一円を中心に全国で発生していた広域強盗事件の指示役が、フィリピンを拠点とした特殊詐欺グループの幹部であり、しかもフィリピンの入国管理施設内の収容所から、スマートフォンなどを使って日本での広域強盗事件の実行犯らに差配していたこと、そして、強盗の実行犯らが東京都狛江市で、90歳の女性を殺害していたことなど、衝撃的な事実が連日ワイドショーを騒がせた。
他方で、今年(2023年)2月12日、『ニューヨーク・タイムズ』紙が、イエール大学に在籍する経済学者、成田悠輔氏(アシスタント・プロフェッサー/教授、准教授の下の職位)による、「高齢者は老害化する前に集団自決、集団切腹をすればいい」という発言を取り上げた。紙面では、1面で成田氏の顔写真と共に、大きなスペースが割かれた。
- A Yale Professor Suggested Mass Suicide for Old People in Japan. What Did He Mean?(The NewYork Times、2023年2月12日)
『ニューヨーク・タイムズ』が取り上げたのは、2021年12月17日付け『ABEMA Prime』での成田氏の発言だが、成田氏はこれまで数年間に渡り、少子高齢化社会の解決策として、様々な場面で、高齢者へのヘイトであり、脅迫・強要とも取れる「集団自決」を主張している。
日本でここ数年、論客として持て囃されている成田氏のこうした発言について、岩上安身は2023年2月17日に行われたエコノミスト・田代秀敏氏へのインタビューの中で、「ルフィ」らのグループが、社会的弱者である高齢者を標的にしたオレオレ詐欺から、その手段を「コスパのよい」強盗殺人へとエスカレートさせるようになった背景には、「我々若者は金がなくて苦しい思いをしている、老人達が金を持ってるから日本は良くないんだ。だから殺してその金を奪おう」といった「老人ヘイト」の差別思想があることを指摘している。
そして、こうした差別的な老人ヘイト思想は、10年以上も前から表立って現れ、成田氏の思想は、その流れの中の一部であり、「ルフィ」グループのような、老人を食い物にして良心の痛まない老人ヘイト犯罪者たちの思想信条と同根であると、岩上安身は指摘した。
岩上安身は2023年3月7日、『ルポ特殊詐欺』(ちくま新書、2022年11月10日)の著者で、神奈川新聞報道部デスクの田崎基(たさきもとい)氏にインタビューを行った。
田崎氏の著書『ルポ特殊詐欺』は、世間を震撼させた「ルフィ」事件発覚の3ヶ月も前に出版されたが、特殊詐欺グループが過激化し、実行役が強盗事件まで強要されるところにまで差しかかっている事実を、丹念な取材によって犯人の側の視点から克明に描かれており、「ルフィ」事件を予告するかのごとき内容となっている。
言いかえるなら、「ルフィ」グループは「特異」で「例外」的なグループではなく、特殊詐欺から凶悪化し、強盗殺人を犯すに至った「半グレ」グループの典型的なひとつに過ぎず、彼らと彼らのしでかした事件は、氷山の一角である、ということが言えるだろう。
インタビューの中で田崎氏は、凶悪化する特殊詐欺グループと、捜査当局がグループの上層部まで摘発できない現状を、取材経験にもとづいて次のように語った。
「捜査当局がどこまでつかんでいるのかわかりませんけども、私が取材している感じで言うと、いわゆる『突き上げ捜査』(逮捕した末端から指示命令系統の幹部クラスを割り出していく捜査)が非常に難しくなっていて、(指示のメッセージが自動的に消える)テレグラムを使うとか、いろんな分断策によって、突き上げができなくなっているんです。
今回これ(『ルフィ』事件)は、スマホに(テレグラムの指示をスクリーンショットにして)唯一残っていた証拠が、フィリピンのこの彼らだという見立てが立ったから、たまたま(上の方まで捜査が)行けたんですけど、それ(そのような上層部に至る証拠)が残っていないケースの方が圧倒的に多い。
実際に強盗殺人までいってしまうケースは極めてレアなんですけど、強盗致傷事件というのは、すでに非常にたくさん起きているわけです。強盗致傷事件はすでに起きているのに、突き上げ捜査がうまくできていないという現実があるので、誰がどこに関与していたかという情報を探りきれない」
さらに田崎氏は、役割が細分化され、システム化された現在の特殊詐欺グループについて、「通底して言えるのは、そこに人間関係のリアルなものは存在しないので、どこを逮捕してもどこにも(捜査が)伸びないというのが、まさにこのSNSと闇バイトの構図ですよね」と指摘した。
他方で田崎氏は、特殊詐欺グループと暴力団との関係について、「最初取材したときは、特殊詐欺というのは、最高幹部のボスがいて、それが樹形図のように構築されているグループがいくつかあるんじゃないかということを想定していた」という。
しかし「取材をすればするほど、実はそうじゃないと。ここのこいつが、別の組織をすでに組織していてとか…、ピラミッド構造ではなくて円環構造なんじゃないかと思うようになった」と述べて、暴力団が明らかにかかわっているとはいえ、「暴力団関係」といっても、こうした特殊詐欺の犯罪組織の構造のどこにどう関わっているのか、究明するのが難しいとの認識を示した。