2021年10月、財務省事務次官の矢野康治氏が『文藝春秋』11月号に寄稿した「財務次官、モノ申す『このままでは国家財政は破綻する』」と題した論文(以下、矢野論文)は、自民党政権が長く続けてきた経済政策への現役官僚からの異例の「ダメ出し」であり、多くの議論を呼んでいる。
- 財務次官、モノ申す「このままでは国家財政は破綻する」矢野康治(文藝春秋digital、2021年10月8日)
今は金利が事実上ゼロの超低金利なのだから、国債を大量発行して有意な財政出動でGDPを増やせば、「国債残高/GDP」の分母が拡大して財政も健全化するという考え方がある。だが、矢野論文は「これはとんでもない間違い」と断じている。
岩上安身は、2021年10月28日に東京都内のIWJ事務所で行われたインタビューで、エコノミストの田代秀敏氏に矢野論文の受け止めを聞いた。
田代氏は、マクロ経済学における財政安定化の条件(ドーマー条件)について説明した。これは、経済成長率が利子率を上回っていれば、国債残高が増えるよりGDPが増える方が速いため、「国債残高/GDP」の値はだんだん小さくなり、財政は安定化するというもの。矢野次官は、そのドーマー条件は日本には当てはまらないと主張している。これに、田代氏は驚いたという。
「今、日本の財政が黒字も赤字もない状態か、あるいは黒字財政ならば、今の不況を乗り越えるために一時的に赤字にしても、GDPがうんと増えて財政は安定化する、というのは本当かもしれない。けれど、これだけ赤字の山を作った上でやれば、GDPが増えても国債なんかもっと増えて、事態がもっと悪化すると。これを経済学者じゃなくて、財務事務次官が言ったところが、びっくりですね」
さらに田代氏は、「深く読めば、もう日本の財政は『国債残高/GDP』の値が、今、発散(※1)している方向に向かっているということ」と続け、GDPが5年間で4割弱も縮小して深刻な経済危機に見舞われたベネズエラのようになる可能性も示唆した。
また、このように経済学の知識がないと理解しにくいことは、解説できる専門家を呼んで、国民にわかりやすく伝えるべきなのに、大手メディアはどこもやっていないとし、「(矢野論文に)賛成ですか、反対ですかって。子ども新聞のレベルだ」と批判した。