2018年7月上旬に西日本のほぼ全域で降り続けた豪雨は、西日本各地に深刻な被害をもたらした。警察庁の発表によると、7月18日現在で、14府県で223人の死者が発生した。さらに、共同通信のまとめによると、18日現在、5府県で15人が安否不明のままだという。また、総務省消防庁の発表では、豪雨被害による避難者は17日午後8時現在、16府県で約4700人にのぼる。
▲大洲市三善地区を襲った水害で生じた瓦礫(IWJ撮影、2018年7月15日)
政府の初動の遅さもあって、西日本豪雨が未曾有の被害をもたらした中、激しい水害に遭いながらも一人の犠牲者も出さず、全員が無事に避難できた地域がある。愛媛県大洲(おおず)市三善(みよし)地区である。
三善地区中を流れる1級河川の肱川(ひじかわ)は、今回の豪雨により氾濫した。同地区では7日午前には避難勧告が発令され、約60人の住民が災害発生時の避難所となっていた公民館へ避難するも、その公民館までもが浸水しそうになった。公民館に避難していた住民はすぐに高台となっている変電所へ避難し、難を逃れたという。
これほどの規模の水害にもかかわらず、約60人の住民全員が無事に避難することができた。いったい、どのようにして大規模な水害から難を逃れたのか。IWJは7月15日、愛媛県大洲市三善地区へ記者を派遣し、地元の住民へ取材をおこなった。
- タイトル 西日本豪雨被害・特派チームによる被災地レポート ~愛媛・大洲市三善地区での取材報告
- 日時 2018年7月15日(日)17:30〜
- 場所 三善地区(愛媛県大洲市)
「冷蔵庫がでんぐり返って、テレビは浮いてしまって」…三善地区のある住宅では床上1メートル35センチまで浸水していた!
三善地区在住の80代男性Aさんの話によると、「(7月7日の)午前8時か9時ごろからは、『早く避難してください』『今度の水は速いから』と言われていました」という。
2018年7月の西日本豪雨についてAさんは、「今度みたいなのは初めて」という。続けて次のように語った。
「炊事場の方でガタンゴトン音がして、何だろうと思ったら、冷蔵庫がでんぐり返って、テレビは浮いてしまっているし…。(水が)胸のあたりまできて、下へ降りたら(外へ出たら)水が首のところまできていた」
Aさんが後から大洲市職員に自宅の被害状況を確認してもらったところ、床上1メートル35センチの浸水だったという。
▲大洲市三善公民館(大洲市ホームページより)
また、IWJ記者が取材をおこなった7月15日時点では、三善地区は断水状態ではなくなっていたものの、水道水を飲料用として飲むことはできない状態が続いていた。Aさんによると、「(水道水の使用は)洗い物をしたりするくらいで、飲んだりするのは、市から『飲んだらいけません』と言われています」と、注意をうながされていて、飲料水の確保は、「みんなが持ってきてくれる」水に頼らざるを得ない状況が続いていた。
「水に対する危機意識」から「みんなで寄り集まって」、「災害・避難カード」の作成へ! IWJが三善地区自主防災組織に直接取材!
Aさんの話からわかるように、三善地区を襲った豪雨と洪水は凄まじいものだったが、それでも一人の犠牲者を出すことなく、住民全員が難を逃れることができた。
三善地区の住民たちが水害から逃れることができた理由は、いったい、何だったのだろうか。IWJ記者は、三善地区の住民たちが組織する「三善地区自主防災組織」の本部長の男性Uさんと、副本部長の男性Oさんに話をうかがった。
Uさんによると、「三善地区は地形的に見ても、肱川や山に囲まれていて、特に肱川は、洪水など水の災害がよくあったものですから、住民には水に対する危機意識があったんじゃないかと思います」という。
続けてUさんは、具体的な災害対策を進めることになったきっかけについて次のように語ってくれた。
「内閣府のモデル地区(注1)に選ばれて、ワークショップとか、作業部会を作り、みんなで寄り集まって、危険な箇所とか、どこに逃げ込むとか、意識を高めるための会をもつことができました」
(注1)内閣府のモデル地区:
内閣府は、地区防災計画を全国に普及させるという目的のもと、市町村と連携してコミュニティレベルで防災活動に取り組んでいる地区をモデル地区として選定し、地区防災計画の作成や防災訓練などの支援をおこなっている。
こうした集いを通じて作成されたのが、「三善地区災害・避難カード――『わたしの避難行動』」(以下、「わたしの避難行動」と省略)と「災害・避難カード――『わたしの情報』」(以下、「わたしの情報」と省略)という2枚のカードである。この2枚のカードは三善地区の住民全員に配布され、住民の避難に大きな役割を果たすことになった。
住民の命を守った2枚の「災害・避難カード」! 住民それぞれの事情にあったカードを作成できるように様々な工夫が!
1枚目のカード「わたしの避難行動」には、三善地区の地図上に「浸水想定区域」や「土砂災害特別警戒区域」などが詳細に記されていて、指定避難場所が目立つように大きな赤字で強調されている。さらに、具体的な避難場所や、災害時に「気にかける人」などを住民それぞれの事情に応じて書き込めるようになっている。
▲「三善地区災害・避難カード――『わたしの避難行動』」の表面(IWJ撮影、2018年7月15日)
さらに、「わたしの避難行動」の裏面には、災害発生時における川の水位や雨量の情報、土砂災害の危険度などを知るための方法が詳細に記されている。
▲「三善地区災害・避難カード――『わたしの避難行動』」の裏面(IWJ撮影、2018年7月15日)
「わたしの避難行動」はA3用紙1枚だけだが、表裏両面に、災害に備えるための情報や災害発生時に必要となる情報がしっかりと載せられている。本部長のUさんはこのカードについて、次のように説明する。
「その地区によってどこに避難するのか、土石流だとか水害だとか、どういう災害が想定されるのか、その危険の要因によって避難する場所を考えるとか、本人が避難するのは、どの段階でどこに避難するのか。(こうした情報を)あらかじめ書いて、例えばこれを冷蔵庫などに貼っておくんです」
もう1枚のカード「わたしの情報」は、手のひらに収まる程度のサイズのカードである。三善地区では、災害発生に伴い避難をする際には、このカードを持って避難所に行くように呼びかけられていた。
「わたしの情報」には、名前や性別、血液型に住所など、持ち主の個人情報を記入できるようになっている。「留意事項」という項目に、持病や服用している薬を書くように促しているのは、避難生活をしなければならなくなったときを想定している。また、「避難時にはこのカードを持って行く!」と強調して記されている。
▲「三善地区災害・避難カード――『わたしの避難行動』」の裏面(IWJ撮影、2018年7月15日)
Uさんによると、「(今回の水害では)三善地区の有線放送で、このカードをつけて避難するように呼びかけ」たという。
また、副本部長のOさんは、「災害のときはこれを持って避難するように日頃から指導してきた」ともいう。
地元住民からなる三善地区自主防災組織は、「わたしの避難場所」と「わたしの情報」の2枚のカードを作成し、災害に備えて、カードの重要性を日頃から住民に説明してきた。こうした日頃から行われていたからこそ、一人の犠牲者も出さずに済んだのだ。
観察史上、前例のない集中豪雨が、現実に起きてしまったこの事実を、まず受け入れて、これまでとは違う前提で水害対策を考えなければならない。首都圏や関西圏など、人口の多い大都市圏でも同様の豪雨に見舞われないとは限らない。荒川や利根川、淀川、濃尾川があふれて堤防が決壊したらどうなるか。行政も、学校や企業、各地域レベルでも各世帯でも、個々人のレベルでも、最悪の事態を想定してシミュレーションを行い、避難のための備えをしておく必要がある。
三善地区の取り組みを、国や自治体、企業、そして個々人でもぜひ参考にしてもらいたいと思う。
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