ソウルが今、揺れに揺れている――。
韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領が、私的な友人でしかない崔順実(チェ・スンシル)容疑者に国家の機密文書を渡していたとされる問題で、韓国国民の怒りが爆発。朴大統領は政権を維持しようと懸命になっているが、韓国国民の怒りはおさまらず、支持率はなんと5%にまで低下した。
10月24日、朴大統領が崔氏に、演説草稿などの機密文書を渡したうえで助言をもらっていたことが報道された。演説文だけでなく、崔氏は他にも国防や経済、外交など、多岐にわたる国家機密文書を閲覧しており、これらの行為は韓国の法律「大統領記録物管理法」に違反するという。
朴大統領は11月20日以降に検察の事情聴取を受ける可能性があり、もし朴大統領がこれに応じた場合、韓国史上、初の現職大統領への聴取となる。
他方、「朴政権の陰の実力者」と言われる崔氏は、陰で国政を操っていただけでなく、崔氏の近親者や関係者に文化・スポーツ財団を次々と設立させ、その立場を最大限利用して政府や企業から約72億円という巨額の資金を集めていたともみられている。韓国検察は11月3日、崔氏を職権乱用の共犯と詐欺未遂の容疑で逮捕。勾留期限の11月20日に起訴された。
11月12日、首都ソウルの中心部で、朴大統領の退陣を求める大規模な抗議集会が行われた。主催者側推計でおよそ100万人が参加するなど、韓国での抗議集会としては1987年6月の民主化闘争後、最大規模となった。
この抗議集会を精力的に中継したのが、「Ohmynews」「News Tapa」「Gobal News」「国民TV」「FACT TV」といった韓国のインターネット独立メディアである。韓国では日本よりはるかにインターネットの独立メディアの認知度が高く、2014年4月16日に発生したセウォル号沈没事故でもスクープを連発。政府やKBS(韓国放送公社)、MBC(文化放送)などの公共放送をはじめとした既存大手メディアの腐敗も追及した。
岩上安身は2014年10月28日、当時レギュラー出演していたテレビ朝日「モーニングバード!」で次のようにコメントしている。
「思いだしていただきたいのですが、半年前、韓国での報道は真っ二つでした。朝鮮日報、中央日報、東亜日報の大手三紙や公共放送がスローモーな報道をして、たいへん非難をあびました。一方、韓国では独立メディアが日本よりずっと発達しています。この独立メディアがリアルな報道を続け、被害者家族の信頼を得ていました。既存メディアと独立メディアとの差がはっきりと分かれていた」
【岩上安身のツイ録】エボラ出血熱日本上陸か? 「パニックに陥ってはいけない」 「モーニングバード!」で岩上安身がコメント
今回の抗議集会でも、ネット独立メディア各社は現場の様子を「You Tube live」やFacebookでリアルタイム中継し、韓国政府に対する国民の怒りの声を、国境を越えて全世界に向けて報じ続けた。
IWJでは今回、11月12日の当日、実際に韓国の独立メディアによるインターネット中継を視聴し続けたという滋賀県立大学准教授の河かおる氏に、レポートをお寄せいただいた。河氏の専門は朝鮮近代史だが、韓国のメディア事情、特にインターネット独立メディアの事情に詳しい。2014年5月24日には岩上安身のインタビューを受け、セウォル号事件をどのように韓国のネット独立メディアが報じたか、既存マスメディアとの対比で論じている。
サポート会員であれば全編視聴可能である。
以下、河氏のレポートを掲載する。(IWJ編集部)
11月12日朝、ソウル市内で大規模抗議集会が始まる~TBSは「北朝鮮による煽動」などとありえない歪曲報道
▲滋賀県立大学准教授・河かおる氏
11月12日、私が住んでいる彦根は快晴。ソウルもきっと晴れているだろう。
今日はソウルで「民衆総決起!下野Hey!」(Heyは「~しろ」という命令形の語尾のもじり)が開催される。主催者発表の予想は50~100万人だ。
ところが、朝のNHKニュースでは警察発表の17万人だけ伝えていた。既に先週5日(土)で主催者発表20万人なのに、ふざけた話である。
2008年の米国産牛肉の輸入再開問題の時の集会では、韓国の警察発表8万人に対し、主催者発表は70万人だった。それ以来の、それを超える規模が予想される歴史的な大規模集会だ。民主主義や政権交代を求める大規模デモとしては、1987年の6月民主抗争以来といわれている(この時は参加人数の公式集計がない)。
実はしばらく前にたまたま日本のテレビを見て、ずっと気になっていた。11月3日の朝7時頃、たまたまチャンネルをあわせたTBSの「あさチャン!」で、韓国の抗議集会についてのニュースを伝えていたのだ。
すると、連日行われている大統領への抗議集会は「北朝鮮による煽動が疑われる」などとと伝え始めた。何を根拠に、とびっくりする。しかも1980年の光州民主化運動(ニュースでは確か「光州事件」としていた)まで引っ張りだして、これも「北朝鮮の煽動」などと言い出す始末。
このような「北朝鮮の煽動」を言い立てる人は、韓国の保守系論客にはまだ多いのは事実だ。しかし、相当に権力寄りになってしまっている韓国の地上波放送でも、朴政権擁護のために、「北朝鮮の謀略説」を朝のニュース番組で堂々と流すなどはあり得ない。
▲TBS「あさチャン!」のホームページ
今回の事件(韓国では「崔順実・朴槿恵ゲート」とか「国政壟断事態」と呼称されている)は、日本のマスメディアが好きそうなゴシップがたくさんからんでいるので、また全く筋違いのところで騒いでいるだろうとは予想していた。
しかしここまで見当違いのとんでも放送が、地上波で堂々と流されているとは、夢にも思わなかった。
以前、IWJに私が出て、岩上安身さんのインタビューを受けることになったセウォル号事件のときも、日本のマスメディアの洪水のような集中報道と、その中身のお粗末さは、本当にひどかった。しかし今回の報じ方は、いくら何でも度を超している。市民が街頭に出て意志を表示するという民主主義の根幹を、何の根拠もなく「敵対国」の謀略による「煽動」だなんて。
日本国内における街頭での抗議行動も、「○○の煽動」と言い立てる論客はいる。それを検証もせずに朝のニュース番組で流すだろうか。
▲岩上安身によるインタビューの様子――2014年5月24日
あまり日本のテレビは見ないので、他の放送局の報道ぶりがどうなのかわからないが、このTBSの放送に接して以来、何か言わなきゃと思っていた。それで、特に公表するあてもないまま、11月12日の「民衆総決起!下野Hey!」集会のライブ中継を見ながら、この原稿を書いてみることにした。
Ohmynyews、国民TV、GobalNews、FACTTV・・・活気ある韓国のインターネット独立メディア~各社こぞって抗議集会の様子をインターネット中継
ライブ中継は、いくつかのオルタナティブ・メディア(韓国では「代案言論」という)のYouTube Liveチャンネルをはしごしながら見た。
韓国オルタナティブ・メディアの嚆矢、インターネット新聞Ohmynewsが運営するOhmyTVが、いちばん視聴者数が多く、3~5万人が常時見ていた。
▲Ohmynewsのホームページ
それから、以前にセウォル号事件の時にIWJに出て紹介したことのある国民TV、GobalNews、FACTTV。それと、ハンギョレのハンギョレTVもチェックした。
▲GobalNewsのホームページ
▲ハンギョレTVのホームページ
いずれも、午前から夜中まで、10時間前後を連続中継。なお、映像メディアでの代表的オルタナティブ・メディアであるは、FacebookでLive配信をしていたが、チェックできていない。
OhmyTVと国民TVが現場からの中継をスタート!朴槿恵大統領の「成果主義」路線に反対する各労働組合があちこちで集会を開催!
午前11時過ぎ、OhmyTV。ソウルも快晴だ。チャン・ユンソン、パク・チョンホ両記者が街頭からリポート。オ・ヨンホ(呉連鎬)代表記者も合流。呉連鎬は日本でも『「オーマイニュース」の挑戦』が翻訳刊行されている、Ohmynewsの創始者だ。
ソウルに向かう高速道路が、大型バスが連なって列車状態だとのリポート。まだ主催団体の行事は開始前で、各労働組合があちこちで集会を開いている。今、朴槿恵政権は成果主義賃金の導入を推進しようとしており、鉄道労組がゼネストをしている。日本の福知山線事故の話がよく引き合いに出される。
▲OhmyTV「パッチャン 朴槿恵退陣催促特別放送」(正午過ぎ)左下画面の左から代表記者のオ・ヨンホ、パク・チョンホ、チャン・ユンソン。後ろの画面は、光化門広場での教育公務員の集会と思われる
もともと民衆総決起は、昨年に引き続き今年も開催することが、9月半ばには発表されていた。今回の政治スキャンダルが本格化する前の段階である。労働組合のナショナルセンターである民主労総を中心とする社会団体が民衆総決起闘争本部を結成して開催された。
▲「民衆総決起闘争本部」のフェイスブック
13時半、国民TV。国民TVは、2012年の大統領選挙の敗北を受けて設立された協同組合のオルタナティブ・メディアだ。こちらはスタジオに、李明博政権下でYTNを解雇されたノ・ジョンミョン、「ポッドキャストの母」と言われる「ナコムス」のプロデューサーだったキム・ヨンミン、メディア批評紙「Media Today」のチョン・サングンの3人がいて、現場中継映像を織り交ぜて伝える方式だ(※)。
【編集部注】
・国民TV=代案言論を自任するメディア協同組合のオルタナティブ・メディア。
・YTN=大韓民国のニュース専門テレビ局「Your True Network」。
YTNでは08年7月、前年の大統領選の際に李明博陣営の放送総括本部長を務めた元MBC放送理事兼報道本部長、具本弘(クボンホン)氏が社長に就任。労組側は、「中央政府の『落下傘人事』。報道の公正さが損なわれる恐れがあり、受け入れられない」と反発。08年10月6日、ノ・ジョンミョン前労働組合委員長が解雇決定を通報され、ノ氏は「李明博政府が生み出した解職言論人1号」と呼ばれた。
・ナコムス=2011年4月に放送を開始した韓国のインターネットラジオ番組。ポッドキャストで配信し、時事評論家・キム・ヨンミン氏ら4人が出演。政治問題のみを扱う番組で、政権と「笑いながら戦う」をモットーに大人気を博した。
▲国民TV「集まろう!怒ろう!朴槿恵退陣第三次汎国民行動11.12民衆総蹶起」。右下窓がスタジオのキム・ヨンミン。背景はソウル広場の様子(午後2時頃)。画面右上の建物は旧ソウル市庁舎(現在は図書館として使用)で、植民地時代に京城府庁舎として建てられた
国民TV草創期の看板だったのに、いろいろあって国民TVを離れた前二者が、今再びスタジオに並んでいるだけで感慨深いが、説明すると長くなるので省略。しかし残念ながら視聴者数は2000人前後で低調。頑張れ国民TV!
光化門広場で始まった「万民共同会」~参加者が朴大統領の憲法違反を口々に訴える!
14時、OhmyTV。タレントで、バラエティ番組で司会役も務めるキム・ジェドンの司会による「万民共同会」が光化門広場で開始。舞台ではなく平場でマイクを握る。現政権が憲法に違反していることを1条から23条まで挙げながら、「違反!」のところでマイクを人々に向ける軽快な話術。残りの条文は夜のステージで続けると。
マイクを回し、小5の小学生、中学生、高校生、食堂のおばさん、脳性マヒがあると思われる車イスの参加者などが次々に発言。韓国は選挙権年齢が満19歳からなのだが、少なくとも高1には大統領選挙の選挙権が与えられねばならない、とキム・ジェドン氏。
▲OhmyTV「パッチャン 朴槿恵退陣催促特別放送」。光化門広場を北側から南側に臨む。後ろに見えるのは李舜臣将軍の銅像
「キム・ジェドン氏、発言してもいいですか?」と平場からパク・ウォンスン(朴元淳)ソウル市長が登場。今回の集会のためにソウル市長としてトイレマップを作成して公表して、ますます株を上げている市長で、野党「共に民主党」の次期大統領の有力候補の一人だ。
ところが、釜山から来た女性が市長にマイクを回して市民に回さないと怒って興奮している。キム・ジェドン氏はその女性を抱擁し深呼吸してもらったあと、マイクを回す。方言の独特のリズムの名演説に声援があがる。
▲キム・ジェドン氏と釜山から来た女性
ライブ中継は見逃したが、他にも野党陣営の次期大統領候補者と目されているムン・ジェイン(文在寅、韓国最大野党「共に民主党」の前代表)、イ・ジェミョン(李在明、城南市長、「共に民主党」)、アン・チョルス(安哲秀、国民の党前代表)などが来てスピーチしていたらしい。
途中15時、OhmyTV。同時並行で進められている光化門のメイン・ステージに一瞬画面が変わる。英語の演説で通訳が入る。民主労総の集会の一環のようだ。
16時、「万民共同会」終了。
ソウル広場の舞台でコンサート開始!「大韓民国は民主共和国である。すべての権力は、国民から由来する」
ハンギョレTVのライブが始まっていたので切り替えてみる。清渓広場にある民主労総のテントに急ごしらえしたらしい「スタジオ」中継に切替。スズキさんという日本人と思われる方が英語でインタビューに答えている(後で調べたら、国際労総アジア太平洋組織の鈴木則之事務総長)。先程のメイン・ステージの英語スピーチの件もそうだが、国際的な労働者の連帯行動の一環で駆けつけたと思われる。
※ハンギョレ=リベラル寄りと評される韓国の日刊新聞。1987年6月の民主化宣言直後の9月に発刊準備委員会が構成され、翌1988年5月に創刊された。漢字を使わず、すべての記事がハングルのみで表記されていることで知られる。ハンギョレTVはハンギョレが配信するネット動画サービス。
(朝鮮語公式サイト)
(日本語公式サイト)
▲ハンギョレTV「民衆総決起LIVE 下野ショー」。右下の窓:進行をするアン・スチャン(ハンギョレ21編集長)と鈴木則之。背景:光化門広場。真ん中に見えるのが李舜臣将軍の銅像、後方に少し見えるのが景福宮の光化門
ハンギョレは、今回の集会に匹敵する規模の歴史的デモだった1987年6月の民主化運動を契機に創刊された新聞で、9月中旬からスクープを連発して今回の事件に火をつける最も重要な役割を果たした。
16時10分、国民TV。ソウル広場のステージでは、光州民主化運動を象徴する歌「ニムのための行進曲」合唱後、朴槿恵退陣をコール。しばらくこのステージを見ることに。
昨年の民衆総決起集会では、デモ鎮圧用の警察の放水車の、高水圧の撒水の直撃を受けた農民ペク・ナムギが頭を地面に強くたたきつけられて脳しんとうを起こし、そのまま意識が回復しないまま今年の9月25日に亡くなった。先週11月5日(土)の集会はその葬儀に引き続いて行われた。
今日は四十九日にあたると、長女のペク・トラジがステージに立ってスピーチをする。他に、セウォル号の遺家族、THAAD配置撤回星州闘争の委員会の共同委員長などがリレースピーチをしている。
▲国民TV「集まろう!怒ろう!朴槿恵退陣第三次汎国民行動11.12民衆総蹶起」ソウル広場での全国労働者大会。マイクを握るのはTHAAD配置撤回星州闘争委員会共同委員長。韓日軍事協定の話もしている。後ろの建物は旧ソウル市庁舎
続いてコンサート。民衆歌謡「大韓民国憲法第一条」(作曲ユン・ミンソク)。この歌は、2004年の盧武鉉大統領弾劾反対のデモに際して作られた歌で、歌詞は憲法第一条の条文「大韓民国は民主共和国である。すべての権力は、国民から由来する」だけ。
インターネット独立メディアが活気づく一方、市民からの信頼が失墜し、視聴率の低下がとまらないKBSとMBC
17時。JTBCで「ニュース特報」開始。状況を整理してブリーフィングしてくれるので、しばらくこちらを見ることに。
JTBCは、ハンギョレと並び、今回の事件でスクープを連発したケーブル放送局だ。保守的な論調の中央日報系列だが、MBC出身のソン・ソッキ社長兼アンカーのもと、タブーに果敢に切り込むぶれない報道をして、信頼できる放送局ナンバーワンの地位をキープしている。セウォル号事件の時も、主要メディアの中ではいちばん最後まで現場近くの港からアンカーがニュースを伝え、アンカーがソウルに戻ったあとも記者を残し、毎日現場リポートを続けたメディアだ。
(韓国語公式サイト)
私も最近は毎晩のようにJTBCのニュース・ルームを見ているが(YouTube Liveで見られる)、最高視聴率を更新し続けて9%台にまでなった。同時間帯の地上波のKBSやMBCのニュース番組はこの半分以下だ。特にMBCの信頼は地に落ちていて、12日のMBCの現場リポーターはロゴのないマイクを使って社名を隠していた。映画「提報者~ES細胞捏造事件~」(2014年)のモデルになった、MBCの報道魂はどこへ行ったのか(※)。
【※編集部注】
・KBS=韓国放送公社、「冬のソナタ」などを放送したことでも知られる公共放送局。
・MBC=株式会社文化放送、大韓民国の全国を放送エリアとするテレビ・ラジオ兼営放送局。
・映画「提報者~ES細胞捏造事件~」=韓国を揺るがした胚性幹細胞(ES細胞)論文捏造スキャンダルをモデルにした映画。MBCの調査報道番組「PD手帳」だけが捏造スキャンダルを追及した。この映画のモデルになったPD手帳のチーフ・プロデューサーが、現在、MBCを解雇されてニュース打破のアンカーをしているチェ・スンホ氏だ。
▲GobalNewsイ・サンホ記者のTwitterアカウントの民衆総決起当日の書き込み「KBSも下野しろ。国民の厳しい声」。写真はKBSの中継車両に「下野しろ」というステッカーが貼られている様子
50万人、55万人・・・100万人!どんどん膨れ上がる抗議行動への参加者~市民と警察官が対峙する場面も
16時現在、主催者発表50万人、警察発表14万人、建国以来最大規模になる見込みとの報道。また、青瓦台(大統領府)附近までの行進を、午後1時に裁判所が許容したが、これも史上初めてのことだと伝える。朴槿恵大統領に国民の声を伝えることが集会の目的である以上、集会の自由が認められている民主主義国家として認められるべきという判断が下ったらしい。
※本記事は、河氏から送られた原稿をもとに編集部にて構成したものです。