「ミサイルを全部撃ち落とせるかといえば、それはもう、絶対に無理です」――小泉政権、第一次安倍政権、福田政権、麻生政権の4代にわたり内閣官房副長官補を務めた安全保障政策のプロフェッショナル、柳澤協二氏が4月10日に行われた岩上安身のインタビューに答え、地対空誘導パトリオット「PAC3」では、北朝鮮のミサイルをすべて撃ち落とすことは不可能であると指摘した。
北朝鮮がミサイルを撃つのではないか――。そんな憶測が4月上旬から飛びかい続けている。
騒ぎの発端は、日本政府が2013年4月9日(火)未明、市ヶ谷の防衛省敷地内に、地対空誘導パトリオット「PAC3」を配備したとの一部メディアの報道である
北朝鮮のミサイル発射に備えての措置だと見られるが、この時点では、韓国国防総省がミサイル発射の時期について「10日の可能性が高い」と発表しただけで、北朝鮮側は発射に向けた「兆候」を示していなかった。
夜が明けて、9日の午前中、菅義偉官房長官は定例会見において、「国民の生命と安全を守るための態勢構築の一環として、市ヶ谷に展開させたことは事実だ」と、「PAC3」配備を事後的に認めた。(首相官邸ホームページ【URL】http://bit.ly/17DhkP5)
岩上安身のインタビューに対して柳澤氏は「北朝鮮に戦争をする気があるかどうかというと、必ずしもそうではない」と分析。北朝鮮側には戦争をするだけの物資面での余裕はなく、外交的な解決の道を探っているはずだ、と語った。
また、自身が派遣から撤退にまで関わった、2003年の自衛隊のイラク派遣について、「官僚機構が日米同盟だけを前提に政策を作ってきた」と述懐。「日米同盟のために日本があるのではなく、日本の安全のためにこそ日米同盟がある。現状では、日米同盟が自己目的化してしまっている」と指摘した。
■以下、インタビュー実況ツイートのまとめに加筆・訂正をしたものを掲載します。
「原発リスク×戦争リスク」という新しい事態
岩上安身「防衛省がパトリオットPAC3を配備しました。しかし北朝鮮がミサイルを発射することの兆候は報道されていません。情報がなく、何も分からないという状況です。これが脅しなのか、ブラフなのか、何も分かりません」
柳澤協二氏(以下、敬称略)「昨日、みんなの党の浅尾慶一郎さんからも『どういうことなのか?』と言われました。昨日の段階では、燃料も注入され、撃てる状態にもなっているということでした。これは、2006年7月と同じパターンです。あの時は、スカッドとノドン、それから失敗しましたが、テポドン2を打ち上げました。スカッドで在韓米軍、ノドンで在日米軍をたたく、ということです。米韓合同軍事演習(※)に触発されたこともあるでしょう。
北朝鮮に戦争をする気があるかというと、そうではないと私は思います。戦争には、相当な物資が必要となります。北朝鮮にはそこまでの余裕はありません。アメリカ側も、イージス艦を出すなど、そこまでの態勢はとっていません。
北朝鮮としては、自国が核保有国であることを認めさせようというのが目的なのです。しかし、おそらくアメリカは、その交渉には乗らず、挑発を続けるでしょう。そうなると、金正恩の側に、次の打つ手があるのかどうか。疑問ですね」
(※)3月11日から21日の日程で、韓国軍1万人、米軍3500人が参加した大規模軍事演習「キー・リゾルブ」が行われた。さらにそれと並行し、4月末までの日程で、野外機動訓練「フォール・イーグル」も行われている。「フォール・イーグル」には、核兵器を登載することが可能なB2ステルス爆撃機が初めて投入された。
岩上「今回の米韓合同軍事演習は、これまでと性格が違うものだった、と聞いています。北朝鮮側に入り込む海域、島が5つある区域でやった、とのことだそうですが(※)」
(※)米韓合同軍事演習は、延坪(ヨンビョン)島を含む、5つの島の海域周辺で行われている。この海域は、朝鮮戦争休戦後の1953年8月30日に設定された、北方限界線「NLL(North Limit Line)」が引かれた、軍事的・領土的に極めてセンシティブな場所である
柳澤「武力による威嚇ですね。韓国としても、強い姿勢を取らざるを得ないのかと思います。政治的にも、軍事的にも、韓国のほうが準備が整っています。兵士の訓練、兵器の備蓄などです。北朝鮮側の映像を見ましたが、70年前のノルマンディー上陸作戦のようなものをやっています。あれなら、こちらは十分に対応できるでしょう」
岩上「テポドンがアメリカ本土に届くようになりました。そのことに、アメリカ側が激しい反応を示しています。イラク戦争の時のように、アメリカが先に北朝鮮を叩く、という戦略があるとの見方もあります(※)」
(※)韓国国防省が4月1日に朴槿恵大統領への業務計画報告の中で、北朝鮮に対し先制攻撃を加える戦略をアメリカとともに策定していることが明らかとなった。当初は2014年に策定する方針だったものを、ここにきて前倒しにしたのだという(msn産経2013年4月2日)。
柳澤「アメリカが先制攻撃をするオプションがあるとは、今のところ思えません。イラク戦争、アフガニスタン戦争から立ち直れていないというのが、アメリカの現状だと思います。アメリカに無視され続けて、北朝鮮がどこまで我慢できるのか。アメリカは、さすがにイラク戦争の時のような行動は取れないでしょう」
岩上「戦争になった場合、横田、三沢、岩国、沖縄の在日米軍基地にミサイルが飛んでくることが考えられます。日本側のダメージはどのようなものになるのでしょうか。3.11以後、原発はメルトダウンが起こりうることが明らかになりました。まず、原発が狙われるのでは、と危惧しています」
柳澤「3.11の教訓は、通常弾頭のノドンで、原発の周辺施設が破壊されれば、メルトダウンにまで至るということです。ただ、軍事的に考えれば、相手の反撃力を考え、まずは三沢や横田の在日米軍基地を叩くでしょう。
戦争は、政治を超えることはできない、というのが、私の考えです。北朝鮮側の目的が、金正恩体制の維持である限り、ヤケクソで戦争に打って出るようなシナリオは考えにくいと思います」
岩上「自民党政権は、改憲をして戦争をしようという方向に向かっています。原発を維持したまま戦争に乗り出すなど、自殺行為に等しいと思うのですが。外交的な解決手段というのは、あるのでしょうか」
柳澤「それをこそ、北朝鮮が狙っているはずなのです。その一方で、核が拡散したほうが平和につながる、という議論が米国を中心に信じられています。核を持ち合えば、互いに慎重になるということです。ですが、北朝鮮の核はメンテナンスが行き届いていません。非常に危険です」
PAC3とMDでは、北朝鮮のミサイルは撃ち落とせない
岩上「技術的な確認をさせてください。PAC3、そしてミサイル防衛システムというのは、相当なお金をかけて、首都圏や関西、福岡など、人口密集地を中心に、17方面くらいに配備されると聞いています。しかし、地方はむき出しの状態になってしまうのではないでしょうか。これは間違いのないことなのでしょうか」
柳澤「日本全土はもちろんカバーできません。ランダムに発射してくるものをすべて撃ち落とすことは、もちろん不可能です。ただ、当たるか当たらないかは別にして、相手に『そういうことをやっても無駄だよ』という政治的なメッセージを伝えることはできます。当たるか当たらないかというのは、やってみなければ分かりませんけれども」
岩上「本当に落とせるんですか?」
柳澤「落とせるような飛び方をしてくれれば落とせる、ということしかありません。100パーセントはあり得ません。相当な確率で落とせるということを、こちらも信じていて、相手も信じてくれなければしょうがありません」
岩上「戦争というのはドタバタです。同時多発的に、ランダムに撃ち込まれます。これに対応できるのでしょうか」
柳澤「それはもう、絶対に無理です。1,2発は守れるかもしれませんが、例えば200発いっぺんに来たものを、全部撃ち落とせるかといえば、それはもう、絶対に無理です」
日本のPAC3配置図
「統合エアシーバトル」と「ヤマサクラ演習」
岩上「『統合エアシーバトル構想』というものがあります。ここに、海上自衛隊幹部学校で発表された論文があります。さらに、3.11後に見積もりが作られた『ヤマサクラ演習』という日米合同軍事演習のシュミレーションがあります。これによれば、日本全土がバトルゾーンとして想定されています。これはどういうシナリオなのでしょうか?」
▲日米合同軍事演習シュミレーション「ヤマサクラ61」見積書より
▲「統合エアシーバトル構想」では日本全土が「バトルゾーン」として想定されている
柳澤「『ヤマサクラ演習』には、私も参加しました。朝鮮半島での有事を考えたり、住民の疎開のシナリオを考えたり、色々なケースがありました。各方面隊の幕僚の能力を高めようというのが目的です。ただ、このシミュレーションは、あまり現実味があるものではないと思います。
『統合エアシーバトル』を策定したシンクタンクの人によれば、この作戦はアメリカが勝つ前提で組まれているということでした。近年、中国の力が強くなっていることから、より遠くから、先に相手の主要な基地を叩くというものです。つまり、アメリカにとっては都合がよいということです。
朝日新聞に、アメリカ軍の事務方が『沖縄米軍はミサイル3発で全滅』と発言した、と書いてありました。兵力が近くにいるということは、お互いに攻撃のインセンティブを高め合うということです。そして、背後により大きな兵力があるという前提が、抑止力になるのです。
エアシーバトルは、ヒットエンドランができるということです。その際に、オスプレイに兵力を積んで中国に乗り込むということは、あり得ません。現代の戦争では、まず制空権と制海権を取ることが常識です。陸軍が、のこのこと上陸するようなオペレーションを立てるということは、あり得ません」
「大義なき」イラク戦争を振り返る
岩上「現実に、米軍に何ができるのでしょうか。そして、何をしようとしているのでしょうか」
柳澤「一回のバトルで勝つことは可能でしょう。しかし、それで戦争が終わるわけではありません。そこを、米軍がどう考えるているかによります。
私は、『世界』5月号に、集団的自衛権について書きました(※)。現在の議論は雑だし、政治的意図が説明されていません。米国との同盟以外に、日本の思考回路がないことが問題です。かつて小泉さんは、(頼る相手は)『アメリカしかない』と言いました。しかし、そうなのでしょうか。
イラク戦争の際、ドイツは『大義がない』としてイラクに兵を出しませんでした。同じアメリカの同盟国でありながら、日本とは違う対応をしたのです。エアシーバトルにしても、本当は日米では戦略的な違いがあるのですが、日米同盟だけを前提としてしまっています」
(※)柳澤協二「集団的自衛権と安倍政権~行使容認論の意味不明」
岩上「アメリカで9.11が起きたあと、官邸内にいて、当時の状況をどのように見ていらっしゃいましたか」
柳澤「日本にも、かなりの影響があると思いました。しかし一方で、アメリカは万能だとも思っていました。つまり、アメリカの考え方を前提として、仕事をしていました」
岩上「当時、私はパキスタンとアフガニスタンとの間のトライバルエリアで取材をしていました。現地のパシュトゥン人の方々は、意気軒昂でした。アフガニスタンでの闘いは、今日まで続いて泥沼化しています。これは、アメリカは負けた、ということではないでしょうか。
アメリカに唯々諾々とつき従うことだけが日本の国益にはならないと、柳澤さんがそう考えるに至ったきっかけは、なんでしょうか?」
自己目的化してしまった日米同盟
柳澤「外務省の若い人たちが、アメリカで話をしてきて、それを総理に伝え、それがそのまま法律になるという現状があります。これはいったい何なのだろうか、と。同盟のために日本があるわけではなく、日本の安全のために同盟があるはずです。同盟が自己目的化してしまっている現状があるのではないでしょうか。この間、自省する中で、そのことが見えてきました」
岩上「鳩山政権の東アジア共同体構想に、妨害がありました。そこから、TPPというブロック体制へと移りました。日本はアメリカにより、中国に対する捨て駒にされる懸念があるのではないでしょうか」
柳澤「今は、アメリカが、中国と日本の戦争に巻き込まれるのを避けようとしているのだと思います。日本と中国は、お互いのアイデンティティを認め合わないといけません。今の安倍政権の復古的な色彩は、非常に危ういと思います」
岩上「安倍政権は、アーミテージやマイケル・グリーンといったジャパンハンドラーの言うことに、忠実に従っているだけです。そのうえで、国内向けには大日本帝国に戻るという装いを作っています。欺瞞もいいところではないでしょうか」
柳澤「アイデンティティを戦前に戻すとすれば、戦争のどこが間違っていたかを、検証しなければなりません。過去の戦争を正当化しつつ、戦前に戻すというのは矛盾しています。このままでは、世界の中で孤立することになるでしょう」
岩上「柳澤さんの新著『検証 官邸のイラク戦争』(岩波書店 2013.03.19)の178ページに印象的な一節があります。『アメリカのアジア回帰とは、世界規模に展開した軍事力と強いドルに代わって、アジアの周辺部に分散配置した軍事力と弱いドルによって、アジア限定版の「パックス・アメリカーナ」を再構築する試みにほかならない』と書いてあります」
柳澤「日米安保を破棄することは、最後の目標ではなくスタートだと思います。長年、官僚機構が日米同盟だけを前提にした政策体系を作ってきました。これから、少しずつ、その硬直した考えを変えるような提言をしていきたいと思っています」
岩上「樋口レポート(※)が提言した、多角的安全保障と日米同盟の再定義についてはいかがでしょうか」
(※)細川護熙政権下で、アサヒビール会長の樋口廣太郎氏を座長とする防衛問題懇談会が作成した「日本の安全保障と防衛力のあり方ー21世紀へ向けての展望」(通称:樋口レポート)。冷戦下の日米安保体制を見直し、「多角的安全保障協力」の構築を提言した。
柳澤「今も、シンクタンクなどでは多国間協調という話が出ています。しかし、政府から出てくるのは日米同盟一辺倒の話ばかりです」
岩上「大義なきイラク戦争について、柳澤さんが自省の念も込めて執筆されたこの新刊を、ぜひ、多くの方に読んでいただきたいと思います」
(了)
追記:インタビューのあと、柳澤氏が「冷戦の間は日本を守ってあげようと優しくしてくれて、アメ玉までくれたおじさん(米国)が、今や詐欺的なやり方(TPP)で日本から金を巻き上げ、あまつさえ日本を楯にして押し出すという戦略を取るのですからね」と口にした言葉が耳に重く残った。