フランスの首都パリで起きた「シャルリー・エブド」紙への襲撃事件と、イスラム国による邦人人質殺害予告事件。1月に入ってからたて続けに発生したこの2つの事件について、パレスチナ問題を中心とする中東情勢の専門家である東京大学名誉教授の板垣雄三氏は、1月24日、岩上安身のインタビューに応じ、それぞれが、「ある一つの大きな歯車のひとつのうえで、役割を演じているに過ぎない」と述べた。
これらの事件を結ぶ線分として板垣氏が注目するのが、この間のイスラエルの動向である。
パレスチナは1月2日、国際刑事裁判所(ICC)加盟に必要な文書を、国連事務局に提出した。パレスチナのICC加盟が実現すれば、パレスチナがイスラエルを戦争犯罪などで訴える道が開かれることになる。
板垣氏は、パレスチナによるICC加盟から世界の目を逸らすためにこそ、「シャルリー・エブド事件」が起きたのだとの見方を提示する。事件の翌々日に発生した銃撃事件が、ユダヤ人の食料品店を舞台としたものであったこと、さらに、パリで各国首脳が参加したデモにイスラエルのネタニヤフ首相が参加したことを考え合わせると、「シャルリー・エブド事件」の背後に、イスラエルの存在を見てとることができるのだという。
さらに板垣氏は、これまでイスラム国が、これまで意図的だとしか思えないほどに、イスラエルに対する言及を避けてきたことを指摘。今回の邦人人質殺害予告事件が、安倍総理がイスラエル訪問中に起こったことで、イスラエルとイスラム国の関係が、新たなステージに突入することになった、と語った。
- 板垣雄三氏(イスラム学者、東京大学東洋文化研究所名誉教授)
- 日時 2015年1月24日(土)16:00~
- 場所 IWJ事務所(東京都港区)
世界全体が解体状況に陥るなかで
岩上安身(以下、岩上)「今回のイスラム国による邦人人質殺害予告事件は、安倍総理がイスラエルを訪問している最中の出来事でした。これを、どのように見ていらっしゃいますでしょうか」
板垣雄三氏(以下、板垣・敬称略)「同時に、いくつものことを感じたり考えたりします。昨年(2014年)末あたりから考えてきたことが、1月7日のシャルリー・エブドの襲撃事件あたりから、表立って表れてきたように思います。その道筋のポイントとして、今回の事件をあげられるように思います。
パリの諸事件を行った人々も、中東訪問を行った安倍総理も、ナイフをかざしているイスラム国の人間も、ある一つの大きな歯車のひとつであり、自覚しないまま一定の役割を演じているように感じられます。
世界全体が解体状況に陥っているなかで、滅びゆく動きを代表する様々な動きが、こうしたかたちで表れているのだと思います。大きく崩れかけている、全体の構造を見なければならないように思います」
岩上「いったい、何が崩壊するということなのでしょうか」
板垣「欧米中心の世界が崩れていくなかで、その全体を乗り越えるような動きを予期して、私は話をしているわけです。例えば、『アラブの春』というのは、私が言っていることを覆い隠そうとするような表現です」
パレスチナのICC加盟申請とシャルリー・エブド事件
岩上「まず、シャルリー・エブド事件を振り返ってみたいと思います。この事件をどのように分析されていますか」
板垣「これが突発的に起きたという風にとらえられていますが、大きな動き、変化の中でこの事件を考える必要があります。
昨年末から、世界の関心が集中するテーマがありました。それが、今回のパリの事件によって吹き飛びました。それが、パレスチナの国際政治裁判所(ICC)への加盟申請です。
シャルリー・エブドの事件で感じるのは、表現の自由が重要だというのであれば、イスラエルによるガザ侵攻の時、『私はパレスチナ人』というプラカードを掲げる人がいてもよかったのではないか、ということです。
パレスチナがICCに加盟すれば、イスラエルによる犯罪を国際社会に訴えることができます。そのため、米国議会は、年間で5億ドルものパレスチナへの支援を打ち切るという法案を、可決しました。ICCに加入するなという圧力をかけ続けているのです」
岩上「イスラエルのリブリン大統領は、安倍総理との会談で、『問題を解決するために国連やICCに行くのは、和平を遠ざけるだけだ』と牽制しています」
板垣「ICCをめぐって、1月6日が転換点だったわけです。そのタイミングで、パリの事件は発生しました」
岩上「この事件が起きた時に、分からないな、と思ったのは、受益者は誰か、ということです。非常に不確定で曖昧です」
板垣「結果として、それは歴然としています。それがイスラエルです。この事件により、世界中がICCのことを考えなくなりました」
岩上「パリでのデモに、イスラエルのネタニヤフ首相とパレスチナのアッバス議長、ロシアのラブロフ外相とウクライナのポロシェンコ大統領という、それぞれ敵対する国の代表も参加しました」
板垣「アッバス議長に関しては、ネタニヤフが参加するということで、オランド大統領がバランスを取るために呼んだのではないでしょうか。ICCの問題というのは、テクニカルな問題に見えながら、1月7日を境に世界の焦点に据えられるような問題になったのです」
岩上「1月8日に銃撃事件が、1月9日に立てこもり事件が発生しました」
板垣「この事件が重要な意味を持っているのは、食料品店でユダヤ人を殺したということです。そのことで、反ユダヤ主義、反イスラエルということが強調されることになりました」
岩上「パレスチナのICC加盟がイスラエルにとって、そして米国のネオコンにとって不都合であったと。そのため、シャルリー・エブドの事件は謀略の可能性があると、そういうことでしょうか」
板垣「それは、大いにあると思います。戦争は、謀略とイコールです」
イスラエルに対する逆風が吹き荒れるなかで、エルサレムを訪問した安倍総理
板垣「日本は『戦後』などと言いますが、我々は今、戦時下にいます。湾岸戦争で戦費を払ったことで、日本国民全員が、戦争に対してお金を払ったということになります。軍事と非軍事は線を引くことができません。全体として、戦争の一翼を担っています。日本人は本来、戦争と謀略ということについて、一番考えなければいけない立場にいます。
岩上「天皇陛下は年頭の所感で、『満州事変以降の歴史に学ぶ必要がある』ということを言いました。満州事変こそ、日本の謀略の歴史ですよね」
フランスでは事件直後、バルス首相が『フランスはテロとの戦争』に入った、と言いました。さらにフランス版の愛国者法制定の動きまで出てきています。インターネット上の監視強化対策、テロ関連法案などが議論されるそうです。欧州の米国化が進んでいます」
板垣「いずれにしろ、1月7日以降、新しい局面に入ったと言うことができます。フランスでは、ユダヤ人に関する風刺漫画は罰せられます。イスラムに対しては、そういうことはないのに。
今回の中東歴訪でも、イスラエルの大統領が、安倍総理にICCの話をしています。このことからも、ICCのことが重要だったことが分かります。世界全体で、イスラエルの戦争犯罪をどう扱うか、ということが焦点になっているのです。
ホロコーストの生き残りであるオランダの社会学者も、イスラエルはなくさなきゃいけない、ということを言っています。国際社会でイスラエルへの視線が厳しくなっているなかで、日本はこのタイミングでイスラエル訪問をしているわけです」
岩上「イスラエルのネタニヤフ首相は、イスラム国とハマスは同じ毒樹から伸びた枝だ、ということを言っています」
板垣「フランスだけが問題ではなく、米国でも、イスラエルへの圧力、ボイコットの運動が起きていることは確かです」
イスラム国とイスラエルの隠されたつながり
二人のプロフェッショナルのやり取りはまさに真剣勝負のようだ。スリリングなインタビューは時間の長さを全く感じさせない。あっという間の三時間。これを見た人と見ない人では、見える世界が全く違ってくるのでは、と思う。それ程のインパクトがある。