【IWJブログ】ウクライナ政変と反ユダヤ主義〜岩上安身による赤尾光春・大阪大助教へのインタビュー第3夜 2014.4.14

記事公開日:2014.4.14 テキスト
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 ロシアで強権を振るうプーチンは、敵対する新興財閥を潰すため、宗教に寛容な素振りでユダヤ共同体を利用してきた。

 近年のウクライナ大統領選では有力候補に対して「ユダヤ人」という言葉が投げつけられ、現在のウクライナ暫定政権には根も葉もない「ユダヤ系」という噂が立つ。

 ウクライナ東部各地でロシア編入が叫ばれる中、ユダヤ学の俊英・赤尾光春氏へのインタビュー第3夜では、今後のロシア・ウクライナ情勢を占う上で重要な事実の数々が明らかにされた。

プーチン vs. 「ユダヤ系」オリガルヒ

赤尾「ちょうどエリツィン時代、90年代後半にオリガルヒという新興財閥が形成される。政府と関係しつつ一握りの大富豪がロシア経済を回していた。プーチンが出てくる直前ぐらいまでがオリガルヒの全盛時代。

 オリガルヒのビッグ7のうち6人がユダヤ系。こう聞くと陰謀論的な話になりがちで、ちょっと警戒が必要。この人たちがみんなユダヤ人として動いていたわけではないし、個人的利害もある。自身のユダヤ人性を否定するような人も中にはいた。

 グシンスキーは「独立テレビ(NTV)」というテレビ局を開設し、ロシアのメディア王と呼ばれていた人物。彼は非常にリベラルで、チェチェン紛争に対するプーチンの姿勢を批判するテレビ番組を作るなどして批判。プーチンは激怒したが、当初はグシンスキーに手を付けられない。

 なぜか。グシンスキーは世界ユダヤ会議という一番権威あるユダヤ人共同体の副総裁。さすがにそういう人物にプーチンは」

岩上「手を付けられない」

赤尾「どうしたか。宗教と世俗が分離したソ連のユダヤ社会には世俗ユダヤ人しかいない。

 他方、ロシアの世俗ユダヤ人をユダヤ教に戻すために海外から渡航してくるハシディズムのユダヤ人たちがいる。この運動につながる人物にプーチンが目を付け、ロシア主席ラビに仕立てあげる。そしてプーチンは、グシンスキーをとっちめることになる(注)」

岩上「プーチンらしいやり方です」

(注)赤尾氏の補足説明によれば「プーチンがお墨付きを与えた主席ラビの存在のために、グシンスキー肝いりの世俗的なユダヤ人共同体の主席ラビが有名無実化する。そして、プーチンがグシンスキーを追い落とす準備が整う」という意味。

赤尾「それに対して、これもユダヤ系でホドルコフスキー。彼は石油王と呼ばれ、一時期最もリッチだと言われていましたが、軽率にもプーチンが力をつけてきたときに、莫大なロシアの財産の権利をアメリカに売る動きをみせたり、大統領選に出る素振りをする。

 当然、ホドルコフスキーは追放じゃ済まずに監獄送り。やっと最近刑期を終えて出てきたと思ったら、この間のキエフの広場にノコノコと出てきた」

岩上「おお、この人が」

赤尾「演説でロシアに比べウクライナは自由でいいね、と」

岩上「ユダヤ陰謀論を信じるような人は、国家、軍、治安機関というものも所詮は全て金で動いていると思い込む。ところがこのオリガルヒとプーチンの闘争では、いくら金があっても、いざとなると消されてしまうことが分かります。どちらか一方というわけではなく、複数の力のせめぎあいです」

赤尾「やはり世界は非常に立体的だなと思います。レヴァイエフはユダヤ教徒で、ソ連時代に彼の家族がハバドにお世話になったことから分かるように、ユダヤ教的なモラルの人。グシンスキーは世俗のソビエト的な人。ベレゾフスキーは正教に改宗しており、ロシア志向が強い人です」

岩上「ユダヤ人と一口に言っても、本当に色んなタイプがいるのですね」

「プーチンのラビ」とシュタドラン

赤尾「プーチンは、ムスリムや様々な少数民族や宗教の代表と会い写真の見せ場を作り、西側もプーチンが反ユダヤ主義者とは言いづらいわけです。ただ、さきほどの主席ラビはまるで宮廷ラビのような扱いで、『プーチンのラビ』と呼ばれるなど、西側のユダヤ社会では評判が悪い」

岩上「しかし、悪い評判を言われようと、ロシアで自分たちのユダヤの復興ができればいいと」

赤尾「そう。基本的にユダヤ教が自由に守れて、ユダヤ教徒として十全な生き方をできれば、多少の汚職は大目に見る。

 現代ロシアは近代以降の考え方だけでは理解できない面があります。オリガルヒみたいな金持ちや有力者で政治権力とコネがあって、場合によってはユダヤ共同体の利害や安全を守る、そういう人のことをヘブライ語でシュタドランといいます。

 シュタドランは仲介者という意味。シュタドランの伝統がユダヤ教のディアスポラでは、古代から現代に至るまである。政治権力とコネを作っておくのは危機に備えた生存の1つの知恵でもあります」

ウクライナ暫定政権がユダヤ化しているという噂

赤尾「今のウクライナの暫定政権はヤツェニュク暫定首相とトゥルチノフ大統領代行ですね。選挙で勝ったわけではない政権ですが。これがティモシェンコと同盟的。もともと政党とは違いますが、今は祖国連合という形になっている。

 暫定政権の大統領代行は知事任命権限を使い、有力オリガルヒをドネツク、ドニプロペトロウシクといった経済的な拠点に送り込んでいます。この2州はロシア語が話されロシア人も多い地域。ロシアへの傾斜を防ぐため経済を上手く回せ、という意図ですね。

 やはり新生ウクライナ国家のマネージメントができる人を選ぶとなるとオリガルヒが選択肢となるのだと思われます。かつてのポーランド貴族とユダヤ人との関係に似ているところがあるかもしれません。

 面白いことに、ドニプロペトロウシクの新知事に任命されたコロモイスキーという人は、ユダヤ系であるのですが」

岩上「ドネツク新知事のタルタ氏の方はユダヤ人というわけではないのですか?」

赤尾「それはないと思います。通常、ユダヤ人であるとユダヤ人側からリークがあるので、大抵判明する。例えば、この暫定政権のある副大臣にユダヤ系の市長が就任した。ただ閣僚名簿で見当たるのはその人だけですね。あとはウクライナ人だと思います。

 与太話の類いですが、ティモシェンコ=ユダヤ人説とか、ヤツェニュクとトゥルチノフの二人もユダヤ人って説まであって」

岩上「ほんとに?(笑)」

赤尾「ティモシェンコも2010年の選挙戦でユダヤ系だとネガティブ・キャンペーンされている。彼女は父親がラトビア系、ユダヤ的なものはほぼないと思います。生粋じゃなければ全てユダヤ人にされてしまう。極右の連中はオリガルヒは全員ユダヤ人だと言い募る。

 舛添さんが都知事選に出た時にネトウヨが、『舛添は在日』とやるのと同じ現象です。政敵とか嫌な奴らはみんなユダヤ人になっちゃうという、そういう話ですよね」

ウクライナ政変のこれから

岩上「ロシアはクリミアだけ取れば気が済むのでしょうか。ハリコフやドネツクがこのままウクライナにとどまるのか。また、ロシアは黒海艦隊のセヴァストポリを手放さない。クリミアをハリコフやドネツクと繋がる回廊にしたいとの思惑があると想像するのですが」

赤尾「一番注目すべき動きがウクライナに隣接する沿ドニエストルという地域で起きている。旧ソ連時代に相当数のロシア人を入植した地域で、今は小康状態になっているが、もう一度ロシアに編入したいという動きがある。 

 今のウクライナ暫定政府が危惧しているのも、ハリコフやドネツク辺りのロシア系が多く居住する地域のロシア化。クリミアは非常にシンボリックで民族自決的な原則で言うと、圧倒的にロシア系が多いし、もともと一番非ウクライナ的な領域です」

岩上「黒海艦隊を取られたら困るのはロシアですよね。今までのロシアとウクライナの関係からすれば、むしろ西側の勢力がウクライナの民族主義を利用しながら介入している状況。ロシア・ウクライナ国境近くにミサイル防衛基地でも作られれば、核の均衡が崩れる。

 均衡が崩れれば、通常兵器の戦闘で勝負が決まるような話になりかねない」

赤尾「逆にウクライナがどっちつかずの状態なのが、西側にも都合がよいという判断もありうる。今のオバマ政権がウクライナを取るまでやるかというと、私はちょっと懐疑的ですが」

岩上「そのオバマ政権下で、マケインがオレンジ革命というNGOの幹部でもあり、金も突っ込む。今回のユーロマイダンもキエフまで乗り込んで、プーチンのことをボロクソに言う。しかも一方でギリシャからアメリカの艦隊が出てきて、黒海に入って目と鼻の先まで来ている。

 確かにアメリカとロシアではすでに軍事的には差がありますが、それにしてもアメリカは踏み込みすぎじゃないかと。マケインの動きもおかしいし、ヒラリーの発言もおかしい。プーチンをズデーデン地方に進駐したヒットラーだなんて」

赤尾「マイダンのデモは欧米の支援があったとは思いますが、ウクライナ国民自身が盛り上がってもいた。極右勢力が派手に立ち回りましたが、極右の歴史をみると、あれぐらいはやるような連中の末裔なんですよね。

 ああいう極右の連中まで使ってまで今の欧米がロシアに対抗するかどうか、私は懐疑的です」

岩上「マイダンの側もほとんどの参加者は暴力と無関係の人たち。腐敗に対して異議申立てをしている人たち。そこに一部、この盛り上がりを利用してやろうという者が紛れ混んでいたら、一瞬にして別のものになってしまう。そういう怖さを感じています」

※インタビューの実況ツイートに訂正・加筆をしたものを掲載します。

■【IWJブログ】赤尾光春氏インタビュー

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