「特定秘密は国家の秘密、と言うが、何が秘密だかわからない。人間の安全保障に抵触し、とても危険だ」「秘密保護法の成立は、まるでクーデター。もっと早くテレビメディアは警鐘を鳴らすべきだった。特にNHKが問題」──。
12月14日、東京都千代田区の東京学院で、人権と報道・連絡会の主催による「第29回人権と報道を考えるシンポジウム『憲法改悪と〈知る権利〉』~メディアは〈壊憲〉に立ち向かえるか~」が開催された。奥平康弘東京大学名誉教授の講演のあとには、パネル・ディスカッションが行われ、改憲や秘密保護法について、学者やジャーナリストらの厳しい意見が飛び交った。
はじめに、人権と報道・連絡会事務局長の山際永三氏が「われわれは、国家の枠組みの強化ではなく、国境の柵を低くすることを望みたい。そのためには、市民の自立した精神が必要だ」と開会の挨拶をした。
続いて、奥平康弘氏が登壇し、「北朝鮮で政変が起こっている。私は1970年代、2週間ほど北朝鮮に滞在して、戦前の日本に似た印象を受けた。今は日本にとって、北朝鮮や中国との地政学的問題を注意深く解決する時であるのに、国内では、わざわざ危険を招くような政治展開になっている。その象徴が、憲法改正と特定秘密保護法だ」と語り始めた。
- 講演 奥平康弘氏(東京大学名誉教授)
- パネル・ディスカッション
奥平康弘氏/長峯信彦氏(愛知大学教授)/米倉外昭氏(新聞労連副委員長、琉球新報記者)/浅野健一氏(同志社大学教授、人権と報道・連絡会世話人)
司会 山口正紀氏(ジャーナリスト、人権と報道・連絡会世話人)
自民党の改憲草案は、前世紀的な国家中心主義の典型
「国家とは何か。安倍政権は『国家とは軍備と自衛権を持ち、その権力に見合った形で、人々の自由を奪い、権利を制限する』という国家観を持っている。それが根幹にあるため、『国家には特別な秘密が必ずある』と決めつけているのだ」。
奥平氏は「以前は、国家=戦争という枠組みしかなかった。しかし、現在では、インドのノーベル賞経済学者、アマルティア・セン氏が唱えた『人間の安全保障』というアプローチも生まれた。また、戦争社会学も登場。社会学的に戦争を検証する流れもある。それによって、今まで見えなかった国家の罪悪が、あぶり出されている」と指摘した。
そして、「なぜ、憲法を改正しなくてはならないのか。19世紀的な国家中心主義が残っている証拠だ」と断じ、「自民党の改憲草案は『ご破算で願いましては』と同じ。全部ひっくり返して、おそろしく古いことをやろうとしている。天皇制、国防軍、国がイニシアティブを取る社会の復活だ。現政権は、強行的に防衛政策や特定秘密保護法を進め、無思慮も甚だしい」と批判した。
知る権利を奪う「不特定な」特定秘密
奥平氏は「憲法9条第2項では、陸海空軍を持たず、交戦権を放棄した。このため、自衛隊は国家公務員と同等の守秘義務しかなかった。ところが、2001年、自衛隊法の防衛秘密守秘義務違反が懲役5年に改正された」と述べ、「今回の秘密保護法は『特定』をつけてカモフラージュしたが、『不特定』の意味と変わらない。条文には軍事以外にも、国家行政、社会、個人も含んでいる」と警鐘を鳴らした。
また、「1970年代初め、ベトナム戦争に関わる極秘報告書『ペンタゴン・ペーパーズ』を、ランド研究所の研究員がマスコミに漏らし、それをニューヨーク・タイムズなどが掲載した。ニクソン大統領は、大統領特権で掲載差し止め請求をしたが、マスコミ側は国民の知る権利を主張。結果、政府側は敗訴した。これは、国民がベトナム戦争の無為を知るきっかけとなり、ベトナム戦争を終結に導いた」と述べ、国民の知る権利の重要性を力説した。
奥平氏は「特定秘密は国家の秘密、と言うが、国家の失政が隠されることもあり得る。何が秘密だかわからないというのは、人間の安全保障に抵触する。とても危険な法律だ」と重ねて主張した。
警察権力の拡大で国民監視体制を作る
パネル・ディスカッションでは山口正紀氏が司会を務め、「秘密保護法をどう考えるのか。地域での反対運動の状況や、法案成立を許してしまったマスコミの功罪は」と問いかけ、パネラーから意見を聞いた。
長峯信彦氏は「個人の精神的領域に、なぜ、国家権力が踏み込むことができるのか。それほど、国家とは権威的なものなのか、という問題意識から、自分の学究生活は始った」と前置きして、「憲法学とは、人の心を前提とする血の通った学問だ、と恩師の渡辺洋三氏に教わった。今回、特定秘密保護法は、国家の権力者が、国民を支配する道具として作られた。また、国家の失策を隠し、テロ防止の名目で、原発の危険性や公安関係の警察情報などが隠される。そして、警察権力の拡大で国民監視国家になる」と持論を展開した。
浅野健一氏は秘密保護法の成立について、「クーデターのような決め方だ。もっと早く、テレビメディアは警鐘を鳴らすべきだった。特に、NHKが問題だ」とした。また、「公明党は、創価学会の創始者が治安維持法で逮捕され、獄中死したにもかかわらず、この法案成立に加担するなど犯罪的である。公明党と創価学会は、平和と人権の原点に戻ってほしい」と話した。
今後については、「たとえば、破防法の適用はいまだにない。だから、秘密保護法も廃案、もしくは一切適用させないように、これからも欠点を追求していくべきだ」と主張した。
戦争体験者がいなくなり、労組も保身に走り変質
米倉外昭氏は「安倍政権は国家中心主義。国家が国民を統治するために、改憲を目論んでいる。最初にスパイ防止法が国会で審議された1985年当時は、戦争体験者がまだ残っていたので廃案にできた。今は、労働組合も、自分たちの既得権を守る組織に変質してしまった」と嘆いた。
続けて、「安倍首相は参院選前、マスコミ幹部と頻繁に会食していた。放送免許更新年でもあった。また、NHKの経営委員を首相に近い人間で固めた」と、マスコミと安倍首相の癒着を語った。また、太平洋戦争中に、米国人教師と飛行場について雑談した大学生が逮捕された「宮澤・レーン事件」を例に挙げて、秘密保護法の危険性を指摘した。
山口氏は「読売新聞社の新社屋完成パーティで、安倍首相が『渡邉恒雄会長の部屋は特定秘密ですか』と言った。冗談にもほどがある」と糾弾。また、奥平氏に1985年と現在の違いについて訊ねた。奥平氏は「80年代は狂信的すぎて、憲法改正までたどりつかなかった。今回は、それより成熟した格好になった。安全保障体系を作ることで、しばらくの間は改憲の代替物に考えているかもしれない」と述べた。
「アメリカの圧力」に対する分析・意見がほとんど出ない
「これからメディアはどう戦っていけばいいのか。廃案に向けてどんな報道をしていくのか」というテーマに移り、長峯氏は「新聞はまだいいが、テレビメディアの人間は本当に勉強していない。テレビを変えなくてはいけない」と断じた。
米倉氏は「秘密保護法にメディアが的確に対応できなかった理由は、審議時間がなかったことと、改憲草案の陰に隠されてしまったこと」と述べ、浅野氏は「アカデミズムの世界は、保身に走ってダメ。記者クラブは解体すべき。もはや、ジャーナリストは命の保障がない時代になった」と危惧した。
質疑応答で、参加者から「マスコミ報道でも、アメリカからの圧力に対する分析や意見がほとんどない。小沢一郎氏の事件(陸山会事件)から、アメリカの話は隠そうとするようになった。やはり、われわれができることは大手新聞の不買運動しかない」との意見があった。
「国民」ではなく「市民」としてつながっていこう
傍聴者の山下幸夫弁護士が「これから、通信・会話傍受、共謀罪が上程される。どんどん外堀を埋められ、監視社会になるのは明らかだ」と述べると、名古屋学院大学の飯島滋明氏は「思想教育の推進、個人の精神的領域の侵害を強めていくだろう」とし、日本体育大学の清水雅彦氏は「秘密保護法が成立してしまっても、くじけずに反対を訴え、政権交代を目指すべきだ」と力を込めた。
最後に、各パネラーが総括スピーチをした。中峯氏「これらの法案は、時限爆弾だ」。浅野氏「一人ひとりが考え、行動するしかない」。米倉氏「2013年12月6日は、未来永劫、歴史に刻み込まれる日になる」。奥平氏「国民ではなく、市民としてつながって、活き活きと生きるべき」。