2018年11月19日の電撃的な「カルロス・ゴーン日産会長逮捕」の報から以降、さまざま憶測が飛び交うなか、IWJは自動車業界に詳しい経済ジャーナリストの井上久男氏に、今後の日産自動車とルノー・三菱自アライアンス(同盟・提携)の今後について話を聞いた。
井上氏は「金融商品取引法違反で東京地検特捜部に逮捕された刑事事件と切り離したうえで」と前置きして、日産の状況とこれまでの経緯、そして今後の見通しを語った。
1999年に仏ルノーに再建の手助けを求めた日産に、当時ルノー副社長であったゴーン氏が送り込まれてきた。ゴーン氏はすぐさま「日産リバイバルプラン」を策定し日産の再建に乗り出す。井上氏によるルノー・日産アライアンスのこれまでの経緯と今後の展望は、以下の通りだ。
「コストカッター」と異名をとったゴーン氏は、企業経営者として日産を立て直した優秀な「外科医」として高い評価を得てきた。そして、ルノーとの提携関係は、互いに独立した企業としてそれぞれ独自に運営されて、その上で手を結んできたと見なされていた。
ところが、2005年に日産の会長でありながらルノー本社のCEOにも就いたゴーン氏に、ルノーの最大株主であるフランス政府が口を出すようになる。日産からの配当で利益の半分を生み出しているルノーは、日産株の43%を握る。ルノーは、その影響力を最大限に行使して日産を傘下に収めようと野心を露わにし始めた。
昨年度で、ルノーCEOを降りるはずだったゴーン氏の任期を2022年まで延長した裏には、仏大統領マクロン氏とゴーン氏とのあいだに「日産を傘下に…」という暗黙の了解があったとされる。
「それが、今回のゴーン氏問題に至る遠因だ」と、井上氏は語る。この構図で考えてゆくと、フランスが大統領を頂点に国をあげて日産をのみ込もうとし、日本がそれを阻止すべく検察が動いてゴーン氏逮捕という「国策捜査」に出た、という図式になる。こうなると、日産とルノーの問題ではなく、日本とフランスという国家間の対立の話となる(※注1)との見方もありうるだろう。
ただし、井上氏は、「これまでの日産側の取材や、経験から、国策捜査という見方には疑問がある。単に証拠があったから逮捕した。企業内のゴタゴタがあるため、結果としてクーデターに見えるということではないか」と、疑問を呈している。
(※注1)ゴーン氏逮捕の問題については、IWJ記者が元東京地検特捜部検事の郷原信郎弁護士に取材をしている。録画は、12月18日午後8時から配信する予定なので、ぜひご覧いただきたい。
【岩上安身不在の穴を埋めるべくスタッフたちが起つ!ピンチヒッター企画 第4弾! 録画配信・IWJ_Youtube Live】20:00~「『明らかにクーデター!』日産自動車のカルロス・ゴーン前会長逮捕の不当性について郷原信郎弁護士に訊く!」
視聴URL:https://www.youtube.com/user/IWJMovie/videos?shelf_id=4&view=2&sort=dd&live_view=501
そうした対立の狭間で、当事者である日産とルノーの関係も、今後、提携解消に向かうのか、あるいは提携維持となるのか、予断は許さない。
しかしながら「アライアンスの解消は日産、ルノー両社にとって大きなリスクがある」と、井上氏は述べる。ルノーにとって提携解消のデメリットは大きい。前述した通り、純利益の半分近くを日産からの配当で得ているため、日産との縁が切れれば、収益が落ち込み、株価にも大きな影響を与えるからだ。
提携を解消しても日産だけで十分にやっていける、という声も少なくないが、日産にとっても提携の解消は決してプラスだけではない。大きな問題に突き当たると井上氏は指摘する。日産はルノーの支配からは脱却できるものの、提携を解消すれば、ルノーは日産株を売却するだろう、というのだ。
「ルノーが保有する約43%の日産株の時価総額は、現在の日産の株価から予測すると約1兆7000億円。ルノーが放出する株を日産が買い取るのは、現在の日産資金の状況から不可能だと思う。考えられる株式購入者は、巨額の資金を投資できるオイルマネー系ファンドや中国系ファンドなどだ。ルノーよりも遥かに厄介な株主となるリスクがある」と、井上氏は分析する。「規模の利益」は抗いがたく存在する、ということになる。
また、提携解消は自動車会社としての3社アライアンスに、同じリスクを抱え込ませることになる。つまり、今後自動車会社に求められる自動運転自動車やコネクテッドカーなど、次世代技術を搭載した自動車開発競争における研究開発資金が分散して、ライバルに大きな遅れを取ることにもつながるからだ。
「こうしたリスクを考えると、そう簡単に離婚、つまり提携解消には踏み切れないだろう」と、井上氏は予想する。実際、日産、ルノー、三菱の3社アライアンスは、ここまで互いのリソース活用、共同開発や共同購買・物流などによってシナジー効果を生み出してきた。
「前世紀の自動車開発と様相が変化した今、次世代技術には莫大な投資が必要とされる。私はこれまで、自動車会社は規模が小さくても独創的で品質の良いクルマを作るメーカーなら世界で存在できると考えていた。しかし現在、一定の規模と売上がないと研究開発投資を回収できにくい時代になった。そのためにも、『ある程度の規模』の利益が重要で、3社連合の基本的な戦略は間違っていなかった」と、井上氏は3社アライアンスの経済的合理性を説明する。
問題なのは、先述した通り、仏マクロン大統領の意向を背景に、ルノー側は経営統合によって日産を完全傘下に収めたいという意向をもっているのは事実である。これは経済問題であると同時に、政治的な問題でもある。「ゴーン逮捕」による影響は、法廷で日産サイドの情報が開示される過程でも揺れ動き、膠着した状態が続くだろうと、井上氏は見る。
一部の情報によれば、東京拘置所に収監されているゴーン氏は、面会に訪れる外交官を通して、ルノー本社に今でも指示を与えているとも言われ、ゴーン氏の影響力はまだ失われていないともいう(※注2)。
(※注2)ルノーは12月13日、ゴーン氏のCEO留任を決定した。しかし、14日付のロイターによると、フランス政府はゴーン氏の後任を検討し始めていて、候補にはトヨタ自動車のディディエ・ルロワ副社長の名前が上がっているという。
- 仏政府、ルノーCEO後任候補選びに着手 トヨタ幹部も=関係筋(ロイター、2018年12月14日)
今後、世界的に普及するとされる電気自動車(EV)は、国内自動車メーカーでは、日産や三菱が他社に先駆けて開発を進めてきた。
話題がEVにおよぶと井上氏は、「IT企業や電気産業などを専門とするジャーナリストからは、『EVは内燃機関の自動車よりも部品点数が少ないので、簡単に生産できる』との発言をよく耳にするが、自動車づくりは、そんなに簡単ではない。ゴルフ場のカート程度のEVならともかく、きちんとした乗用車に要求される技術は、一朝一夕にできるものではない。そこには快適な乗り心地や耐久性、高い安全性と対被害軽減性能、航続距離と素早い充電機能など、搭載すべき技術は多い」とした。
また、「中国などが推し進めるEV推進は、これまで自動車産業を支えてきた顧客の要求に答える自動車開発ではなく、国策が優先されたものだ」とも述べた。
EVはそう容易な技術ではない。中国でのEV開発の未来は必ずしも楽観的な見通しで括られるべきものではない、という井上氏の指摘は、傾聴に値する。しかし、トヨタが進めてきたハイブリッド、その先の水素電池という壮大な計画は、世界のスタンダードにはならず、米国、欧州、アジア、どこを見渡しても、脱ガソリン、脱内燃機関の先にある乗り物がEVになることは否定しがたいと思われる。
それだけに、EV開発で業界内でも一歩リードしてきた日産・ルノー陣営の内紛は、当事者、関係者とすれば、手痛いダメージである。今回の揉め事で新技術開発に遅れをとると、ライバルはすぐに直後に迫ってくる。
昨年度で、ルノーCEOを降りるはずだったゴーン氏の任期を2022年まで延長した裏には、仏大統領マクロン氏とゴーン氏とのあいだに「日産を傘下に…」という暗黙の了解があったとされる。「それが、今回のゴーン氏問題に至る遠因だ」と、井上氏は語る。
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