この秋に始まった臨時国会では、入管法や水道法の議論の陰で、原発社会体制の復活の布石とも取れる原子力損害賠償法改正案が、11月21日、衆議院文部科学委員会で可決した。
翌22日には衆議院本会議で賛成多数で可決し、26日に参議院文教科学委員会に付託され、12月4日に水道法改正案と同様可決されてしまい、翌5日の本会議で成立した。
この改正法では、電力会社が原発ごとに準備すべき賠償金額は、福島原発事故以前の1200億円のまま据え置かれることになった。
しかし、現実に事故が起きたら、そんな程度ですむのだろうか?
福島第一原発事故の被害者への賠償費用は8兆円、除染費用は約6兆円となり、賠償に要する見込み額は総額14兆円となっている(経済産業省東京電力改革・1F問題委員会平成28年12月20 日報告書)。
▲福島第一原発(2011年3月16日)Wikipediaより
賠償準備金1200億円という金額は、まったく事故後の現実を無視した金額であることがわかる。賠償準備金をこれほど低額におさえてしまったのは、事実上の事業者免責法と言っても過言ではないのである。
IWJでは、原子力損害賠償法改正案について早い段階から警鐘を鳴らしてきた元経産官僚の古賀茂明氏と、福島第一原発事故刑事裁判を戦っている海渡雄一弁護士に緊急直撃取材を行った。
この原子力損害賠償法改正案について、元経産官僚の古賀茂明氏は「どうしょうもない。信じられない。野党もマスコミも、これほど重要な法案にまったく抵抗していない。強行採決にもなっていない」とあきれる。
▲古賀茂明氏(IWJ撮影)
海渡雄一弁護士は「 原子力損害賠償法改正案ではなく改悪法案。責任限度額を大きく見直すとか、『事業の健全な発達』という文言を削除するとか、原子力損害賠償紛争解決センターの勧告を東電が無視できなくなるような裁定的効力を認めるといった修正案を、日弁連や立憲民主党、国民民主党が出したが、一切、耳を貸さない」と批判している。
▲海渡雄一弁護士(IWJ撮影)
原子力損害賠償法の目的は「原子力事業の健全な発達に資すること」!?
この原子力損害賠償法(以下、原賠法)は、その第一条で目的を次のように定めている。
第一条 この法律は、原子炉の運転等により原子力損害が生じた場合における損害賠償に関する基本的制度を定め、もつて被害者の保護を図り、及び原子力事業の健全な発達に資することを目的とする。
目的は2つある。一つが、「被害者保護」、そして二つ目に「原子力事業の健全な発達に資すること」を掲げている。さりげなく原子力事業の「健全な発達」を入れることで、原子力事業者に賠償準備金で過度の負担がかからないように、初めから制度設計されているのである。
また、第一条の「原子力事業の健全な発達に資すること」を根拠に、第十六条の国家支援が規定されている。
第十六条 政府は、原子力損害が生じた場合において、原子力事業者(外国原子力船に係る原子力事業者を除く。)が第三条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき額が賠償措置額をこえ、かつ、この法律の目的を達成するため必要があると認めるときは、原子力事業者に対し、原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なうものとする。
この第十六条を根拠に、「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」が設立され、我々国民の血税や我々が支払った電気代が東電に投入されている。
▲東京電力本店(Wikipediaより)
原賠法改正案の大枠は、現行の原賠法と変わらない。福島原発事故は、原賠法の補償枠組みの100倍以上のお金が実際にかかるということを実証したにも関わらず、賠償準備金は1200億円に据え置くということなのである。
▲参議院(Wikipediaより)
さらに、政府は賠償金額引き上げ不可能の根拠として、民間の保険会社の引き受け限度額を超えることを挙げている。それを言うならしかし、そもそも、保険会社が引き受けられないほどのハイリスクな事業を継続することが、政策として、果たして合理的なのだろうか。
古賀氏は、「この原賠法の本質が国会質疑の中継やメディアによって正しく国民に伝えられれば、余地なくおかしいということは容易に理解されるはずである」と述べている。
また「原賠法の賠償金額の上限をなくせば、脱原発への政策変更に対する事業者・メーカーからの訴訟リスクもなく、脱原発が実現できる」と、この原賠法が脱原発の強力な武器になることも示している。
今国会での原賠法の成立は、電力業界という一民間事業者を税金を湯水のように使って今後も救済し、国家として、原子力事業を今後も推進するという強い意志の現れにほかならない。
この国家意志の背後にあるのは、「核能力を、電力会社とメーカーに、人材も含めて保持しておくためだ」と古賀氏は指摘している。
国際原子力ムラの結成!? 「NICE Future」が稼働!
この狂った国家意志は、日本一国だけのものではない。原子力を環境に優しいクリーンエネルギーとして表舞台に再び登場させるため、地球温暖化問題を名目にして米国主導の国際連合「NICE Future」(クリーンエネルギーの未来のための原子力革新)が密かに動き始めているのである。この国際原子力ムラの連合体である「NICE Future」に、日本は、米国、カナダとともに事務局入りしている。
▲米国エネルギー省(Wikipediaより)
「NICE Future」の参加国は、ほかに、ロシア、UAE、英国、アルゼンチン、ポーランド、ルーマニアとなっており、今後、この新しい国際原子力ムラの枠組みと国内の原子力ムラは連動して動くことが予想される。
NICE Futureは原子力を再生エネルギーの補完として位置づける!
NICE Futureとは、Nuclear Innovation: Clean Energy Futureのことである。このネーミングは、「原子力の革新がクリーンエネルギーの未来になる」ということを意味している。
▲NICE Future INITIATIVEのHP
では、その「原子力の革新」とは具体的に何を意味するのだろうか。NICE Future INITIATIVEのホームページを見ると、それは、再生エネルギーの補完として原子力を位置づけることを意味していることがわかる。
There remains a need for dialogue and exploration of the roles that clean, innovative and advanced nuclear technologies could play in simultaneously furthering economic growth and effective environmental stewardship. This dialogue cannot happen solely in traditional nuclear fora; to be successful, it must work across sectoral boundaries to develop integrated perspectives on the complementary roles that nuclear energy could play alongside all other forms of clean energy.
クリーンで革新的で先進的な原子力テクノロジーには、経済成長と効果的な環境責務を同時に進めていく上で、どのような役割があり得るのか、対話し探求していく必要がある。この対話は、従来の原子力フォーラムの中だけで行うことはできない。これを成功させるためには、領域横断的に対話を進め、原子力エネルギーがほかのすべてのクリーンエネルギーと協働して果たすことのできる補完的な役割に注目しなければならない。
※NICE Future INITIATIVE
http://www.cleanenergyministerial.org/initiative-clean-energy-ministerial/nuclear-innovation-clean-energy-future-nice-future?fbclid=IwAR0clWCEgafmeuG3rZV1QjaPTEzwh1czl-rx4NNMh4hxd1YG20xdXRp6whs
世界の原子力ムラは、再生エネルギーの補完的な役割に生き残りを賭けるという宣言である。日本の原子力ムラもこの線に沿って、生き残りを模索している。
IWJでは、田中伸男氏が原子力学会誌に発表した論文を手がかりに、その生き残り戦略を分析し日本の原子力ムラの住人の思考方法の謎に迫っている。ぜひ、あわせてお読みください。
日本の原子力ムラの現状と今後
日本の原子力ムラの動向は、大きく分けて、3つの領域で考えることができる。第一に輸出、第二に再稼働、第三に新規建設の3つである。
原発の海外輸出は三菱重工や日立製作所などの原発メーカーと経産省がタッグ組んで進めてきた。現在、この輸出プロジェクトは、暗礁に乗り上げている。まず、三菱重工中心の日仏企業連合が進めてきたトルコの原子力発電所建設計画は断念する方向で調整に入り、残るは、日立の英国アングルシー島の建設計画のみとなっている。
▲日立製作所本社(Wikipediaより)
▲三菱重工業本社(Wikipediaより)
日本の原発の再稼働の可否を論じる前に、賛成・反対の議論の大前提として、現在、原発由来の電力は全体の2%しかなく、福島原発事故以前の30%を大きく下回っているという事実をすべての日本国民が知らなくてはならない。事実上、日本は「脱原発」をすでに達成してしまっているのである。
実際に、四国電力の自然エネルギー供給割合はピーク時(2018年5月20日10時から12時)に電力需要に対して最大100%以上に達し、1日平均でも52%に達している(太陽光24%)。九州電力では、ピーク時(2018年5月3日12時台)に太陽光発電が電力需要の81%に達し、自然エネルギー比率では最大96%に達しているのである。
- 四国電力で自然エネルギー100%超・九州電力で太陽光発電が80%超(速報)(NPO法人 環境エネルギー研究所、2018年8月10日)
▲四国電力(Wikipediaより)
世界だけでなく、日本の流れもすでに再生エネルギーへシフトしているのである。
世界の原子力ムラは、生き残りを賭けて、再生エネルギーの補完エネルギーとして原子力を位置づけている。その具体的な方法論が、日米共同開発による小型高速炉である。
日本の原子力ムラのリーディング・パーソンの田中伸男氏による原子力ムラ生き残り戦略も、この小型高速炉が主役である。IWJでは、小型高速炉の日米共同開発と支離滅裂な安全保障論をつないだ田中氏の論文を徹底批判している。ぜひ、あわせてお読みいただきたい。
そして、この小型原発の開発は、国を挙げての原子力ベンチャー育成とセットで行われる。このベンチャー育成も、国際原子力ムラの「再生エネルギーの補完エネルギーとしての原発」という文脈で行われるはずである。
逆に言うと、大手メーカーや電力会社は、この小型原発の共同開発に乗り気ではないので、ベンチャーにやらせようということである。
▲経済産業省(Wikipediaより)
2017年の世界の再生エネルギーへの投資額は33兆円、原子力への投資は2兆円と、投資額だけを見ても、世界の大きな流れは、すでに再生エネルギーに向かっているのは明らかなのだが、国際原子力ムラは、この流れに正面から逆らうのではなく、方針を軟化したように見せかけるため、再生エネルギー優位の現状を認め、この流れを補完する存在であると原発を位置づけることで、生き残りを賭けてきた。それは、地球温暖化問題を梃子に、再生エネルギーのクリーンという性格に原子力エネルギーを再び同化させようという戦略であり、地球温暖化問題が、広く認知され始めたころに、便乗してCO2を増やさないクリーンエネルギーとして「原発ルネサンス」を謳い上げた、あの手法の焼き直しである。そのための方法論が軽水炉ではなく、小型高速炉の開発なのである。非常にしたたかであり、またしぶとく、危険であると言えよう。
IWJでは福島原発事故の悲惨な現実について、これまで数多くお伝えしている。あわせてご覧いただきたい。
また、原賠法の問題点についても、国内だけでなく国際的な視野からもお伝えしてきている。ぜひ、ご覧いただきたい。
さらに、今や日本人民の敵と言っていい「原子力ムラ」についても、これまで数多く批判的にお伝えしてきている。あわせてご覧いただきたい。
古賀茂明氏「どうしょうもない。信じられない。野党もマスコミも、これほど重要な法案にまったく抵抗していない。強行採決にもなっていない。この国家意志の背後にあるのは、核能力を、電力会社とメーカーに、人材も含めて保持しておくためだ」
https://iwj.co.jp/wj/open/archives/437553 … @iwakamiyasumi
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