2018年11月2日に行われた岩月浩二弁護士インタビューの中で、岩上安身は直近のニュースとして韓国の徴用工判決を取り上げた。
太平洋戦争中に日本で強制労働をさせられた韓国人の元徴用工4人が、雇用者であった新日鐵住金(※)に損害賠償を求めた訴訟で、2018年10月30日、韓国の最高裁にあたる大法院は原告の主張を認め、1人あたり1億ウォン(約1000万円)の賠償金支払いを命じた。
これに対し、河野太郎外務大臣は韓国の駐日大使を呼び、「日韓の友好関係の法的基盤を覆すものだ」と抗議。安倍晋三総理は11月1日の国会で、「1965年の日韓請求権協定で解決済みの問題。国際法に照らせば、ありえない判断だ」と遺憾の意を表明した。日本の大手メディアも、ことごとく「終わった話を蒸し返す韓国の不当な判決」という論調を展開し、日本の社会には韓国を非難する空気が急速に広まっていった。
岩月弁護士は、徴用工判決に対する日本人の感情的な反応について、「日韓請求権協定を結んで、被害者個人の請求権はなくなったと思われているが、実は違う。日本の裁判所は『訴える権利(訴権)はない。しかし、請求権は存在する』と判断している」とし、日韓請求権協定によって日本が韓国に支払った5億ドルの行方なども含めて、詳細を説明していった。
▲岩上安身による岩月浩二弁護士インタビュー。上スライドは貿易協定をめぐるパートより。
安倍政権は、外国人労働者の受け入れを拡大する出入国管理及び難民認定法(入管法)改正案を11月2日に閣議決定した。「人手不足」という経済界の声に応じる形で、これまで認めていなかった外国人労働者の単純労働を可能にする新しい在留資格を設けるものだが、受け入れ人数に制限はなく、各方面から「移民政策ではないか」と疑問視されている。
岩上安身は、「徴用工の歴史に目を背けて、現代で再現しようとするものだ」と批判。その上で、日本の生産年齢人口が毎年70~80万人減っていることに言及し、「これは在日コリアンの総数と同じ。日本社会は毎年、(生産年齢人口の減少を補うために)在日と同数この規模の移民を受け入れることができるのだろうか。
入管法改正とならんで重大な経済問題である、日米二国間交渉における「毒薬条項」についての岩上安身による岩月浩二弁護士インタビューの本編は、ぜひ以下の記事を御覧いただきたい。
(※)新日鐵住金:官営八幡製鐵所を中心に複数の製鐵業者が合併し、1934年に半官半民の国策会社、日本製鐵株式会社が発足。戦後、財閥解体で4社に分割され、このうち八幡製鐵株式会社と富士製鐵株式会社が1970年に合併して新日本製鐵が誕生。2012年に住友金属工業を吸収合併して新日鐵住金となった。
- タイトル 岩上安身による岩月浩二弁護士インタビュー
- 日時 2018年11月2日(金)13:30〜
- 場所 IWJ事務所(東京都港区)
「使い捨ての労働力を海外から」という発想は徴用工と同じ! 歴史的反省のない安倍政権
岩上安身は、徴用工判決と入管法改正案について、「今、国会で外国人労働者を制限なく入れるための審議をしている。徴用工の歴史に目を背け、現代で再現しようとするものだ」と指摘し、次のように続けた。
「日中戦争以降、植民地とした朝鮮から多くの労働者を軍需工場に動員し、低賃金で働かせた。当時の麻生財閥(※)は、これで大儲けをしている。徴用工の過酷な労働実態は戦後補償訴訟の中で明らかになっているが、有刺鉄線で囲った寮の12畳の部屋に12人を押し込めたり、雇用者からの暴力や賃金未払いなど、ひどいものだ。
近年、人権侵害が指摘されている外国人技能実習生制度と同様に、当時も『日本で技能を習得すれば、朝鮮半島に戻って技術者として就職できる』と甘言で人を集めていた。今、政府は70年前と同じことを言っている。歴史的反省がまったくない」
岩月弁護士は、徴用工判決への日本社会の反応について、間違った前提で、韓国への感情的な非難や誹謗中傷が起きているとし、「日本の主要新聞の社説でも、韓国政府がこれを止めるべきだ、などと書いている。(これは)毎日新聞ですよ。朝日もダメ。朝日は日韓関係を揺るがすということだけを強調している。東京新聞だけは、まともに請求権の問題をふれていた。韓国の最高裁の判断を、韓国政府が止めることなどできない。三権分立をわかっていないのではないか」と苦言を呈した。
その上で、巷に流布しているのは、「日韓請求権協定を結んだので、被害者個人の請求権はなくなった」というものだが、日本の裁判所は「訴える権利(訴権)はない。しかし、請求権は存在する」と判断していると説明し、このような見解を示した。
「韓国の場合、請求権が認められているから、当然のように勝訴になった。日本の裁判所が、不法行為による損害賠償請求権の存在を認めながら、訴える権利だけを否定している点で、きわめて政治的な配慮が感じられる」
※麻生財閥:麻生太吉が福岡県飯塚市で1872年に始めた石炭採掘の麻生鉱業を手始めに、セメント事業などに、事業を拡大。九州で有力財閥となる。麻生太郎副総理兼財務大臣は政界転身までグループ企業の中核、麻生セメント株式会社の社長だった。
麻生鉱業における朝鮮人労働者が、1944年以降にあたる狭義の「徴用」とそれ以外にあたるのかといった区別など、詳細は今後の資料発掘にもとづいた検討を待たなければならないが、米国立公文書館より「麻生鉱業報告(Aso Mining Report)」が発掘されたことで、朝鮮人・中国人労働者だけでなく連合国軍の捕虜が麻生鉱業で強制労働を強いられていたことの裏付けが得られた。この文書は、2009年2月6日に当時民主党所属の参議院議員であった藤田幸久氏が、国会議員会館で開かれた「麻生鉱業捕虜使役問題に関する報告会」で発表したことでよく知られることとなった。
(出典)麻生首相の父、炭鉱で朝鮮人を強制労働させる(中央日報、2009年2月7日)
以下に入手が容易かつ信頼できる二次文献を掲げる。
・横田一「麻生一族の過去と現在―首相側近が語る『強制連行否定論―』」『世界』第786号(2009年1月)90-98頁
・西成田豊「朝鮮人強制連行と麻生鉱業」『世界』第788号(2009年3月)120-125頁
・Fukubayashi Toru, “Aso Mining’s Indelible Past: Verifying Japan’s Use of Allied POWs Through Historical Records,” The Asia-Pacific Journal, 7-33-2 (August 2009), pp. 1-8
徴用工判決に「請求権はないはず!」と感情的な反応を示す日本社会。だが、行政も裁判所も「請求権が消滅」とは一度も言っていない!
日本と韓国とで、なぜ、判断が分かれるのか。岩月弁護士は、日本の裁判所は、訴権(訴える権利)がなくなった範囲で、日韓請求権協定の「完全かつ最終的に解決」という条文の意味を認めたのだ、と話す。
「日本の最高裁は、この損害賠償が日韓請求権協定の対象になると考えた上で、訴権がないとした。韓国の最高裁は、もっと踏み込んだ考え方をしている。そもそも徴用工の損害賠償請求は、日本の植民地支配に直結する不法行為であるから、日韓請求権協定の範囲外である、と」
1965年の日韓請求権協定にもとづき、日本は韓国に5億ドルの経済支援を行っている。「それが賠償にあたるので、被害者個人の請求権はなくなった」という考え方が一般に流布しているが、岩月弁護士は異を唱える。
「皆、請求権がなくなったと思っているが、最高裁はそんなことは言っていない。日本政府、外務省も、一貫して『請求権はある。外交保護権は放棄したから、国家間の交渉で持ち出すことはできないが、個人の請求権は残っている』としている。日本の行政も裁判所も『請求権が消滅した』なんて、一回も言ってない!」
※1991年8月27日の参議院予算委員会で、当時の柳井俊二外務省条約局長は、日韓請求権協定の第2条で両国間の請求権の問題が「完全かつ最終的に解決」されたという文言の意味について「これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません」と答弁している。
(出典)第121回 参議院 予算委員会 平成3年8月27日 第3号 国会会議録検索システムより(pdf)
※強制連行による被害者の請求権の問題を考える際に参照されるものとして、日本の最高裁が2007年4月27日に、中国の強制連行被害者が西松建設を相手におこした裁判において示した判決がある。そこでは「日中戦争の遂行中に生じた中華人民共和国の国民の日本国又はその国民若しくは法人に対する請求権は,日中共同声明5項によって,裁判上訴求する権能を失った」とされている。
しかし、「サンフランシスコ平和条約の枠組みにおいても,個別具体的な請求権について債務者側において任意の自発的な対応をすることは妨げられないところ,本件被害者らの被った精神的・肉体的苦痛が極めて大きかった一方,上告人は前述したような勤務条件で中国人労働者らを強制労働に従事させて相応の利益を受け,更に前記の補償金を取得しているなどの諸般の事情にかんがみると,上告人を含む関係者において,本件被害者らの被害の救済に向けた努力をすることが期待されるところである」との異例の提言も付されている。
すなわち、岩月氏弁護士が指摘するように、日本の最高裁は「裁判上訴求する権能」なる訴える権利がなくなったと判断したのであり、個人の請求権は消滅したわけではないと述べているのである。そこから被害者の救済に向けた自発的な対応が求められるという提言が導かれている。
(出典)「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」5項と日中戦争の遂行中に生じた中華人民共和国の国民の日本国又はその国民若しくは法人に対する請求権の帰すう」(最高裁判決、2007年4月27日)
1965年に突然韓国に5億ドルを払って決着したのはベトナム戦争を始めたアメリカの事情! 戦時中に痛めつけられた被害者の救済などどこにあるのか!?
さらに岩月弁護士は、「日本が韓国に支払った5億ドルについて、『韓国政府が勝手にインフラ整備に流用して被害者に渡さなかったのだから、韓国政府が悪い』との言説は明らかにデマである」とし、「5億ドルは経済協力資金で、被害者救済に充ててはならないと日韓請求権協定に書いてある」と指摘した。
※これまで「日韓請求権協定」と表記してきたが、上記の岩月弁護士のコメントを理解するためには、本協定の正式名称とその条文を確認しておく必要がある。正式名称は「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」であるが、ここで言うところの経済協力と日本が支払う5億ドルの関係がどのように規定されているのかが問題となっているからである。本協定第一条第1項(a)は3億ドル相当の生産物ないし役務の供与、(b)では2億ドル相当の長期貸付を定めている。
しかし、(b)本文の後に、驚くべき留保が加えられている。それは「前記の供与及び貸付けは、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない」という一文である。これにより、「5億ドルは経済協力資金で、被害者救済に充ててはならない」ことが正当化されてしまうことの問題性を、岩月弁護士は指摘している。
(出典)日韓請求権並びに経済協力協定(財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定、1965年6月22日)(データベース「世界と日本」 代表・田中明彦)
この5億ドルは現金で払うことになっておらず、「日本の生産物や日本人の役務」で提供する前提だ。内容も「大韓民国の経済発展に役立つもの」という規定があった。これは、不当な植民地支配の賠償金を払うという贖罪イメージを嫌った日本政府が、あくまでも韓国独立の祝い金として、経済協力資金という枠組みを主導したからだ。
岩月弁護士は、「この経済協力資金で、どのような事業を行うかは両国の協議が必要だった。そのため、日韓合同委員会を立ち上げている。つまり、日韓請求権協定上、5億ドルは個人の被害回復とはまったく無関係。そして、この事業を受注して儲かったのは、新日鉄なんです。結局、経済協力資金は回り回って日本の加害企業のところに戻ってきた。新日鉄と提携していた韓国企業も潤った。この点を押さえておかないといけない」と語る。
そして、ベトナム戦争に突入した米軍を支援する目的で、1965年4月からジョンソン米大統領は、韓国軍のベトナム派兵を朴正煕政権に要請していた。同時に、日韓の間でなかなか決着がつかなかった請求権協定の問題が1965年6月の本調印まで急に進展していく。韓国軍は同年10月にベトナムへ派兵された。岩月弁護士は、日米韓の関係を視野に入れて。こう指摘する。
「こういう構図を見ておくべきだ。長いこと揉めていた日韓請求権協定が、突然、1965年に5億ドルで決着したのは(ベトナム戦争を始め、韓国軍のベトナム派兵を求めた)アメリカの事情によるもの。戦時中に痛めつけられた被害者の救済など、どこにありますか?」
※文京洙『韓国現代史(旧版)』(岩波書店、2005年)(https://amzn.to/2z7MVgs)110-114頁
※木宮正史『国際政治のなかの韓国現代史』(山川出版社、2012年)(https://amzn.to/2zcoT3O)64-68、194頁