「日本が核武装に踏みきれば、アメリカはそれを容認するだろう」――。
こう語ったのは、ニューヨーク・タイムズ東京支局長・マーティン・ファクラー氏である。2015年4月23日に行なった私によるインタビューに応えた際の発言だ。
日本の核武装。そのような、突拍子もない、危険極まりないシナリオを、なぜアメリカが容認するというのであろうか? その背景には、米国の国力が衰退しつつあり、地球を覆うような覇権の維持ができないという厳然たる事実があり、そこに加えて、米国の伝統的な世界戦略である「オフショア・バランシング戦略」の存在がある。
「オフショア・バランシング戦略」とは、海の向こうの大陸にAという巨大な勢力が台頭してきた時、同じ大陸のBという別の勢力を後押しして、AとBを対立させて相討ちにし、自らは沖合に引いて犠牲を最小限にすませ、漁夫の利を得る、という戦略のことである。
この「オフショア・バランシング戦略」のアメリカにおける代表的な論者が、戦略家のクリストファー・レインだ。レインは、東アジアにおいて中国を封じ込めるために、日米安保を破棄して、日本が報復のための核抑止力を持つべきだ、と主張している。同じく高名なリアリズムの戦略家のケネス・ウォルツやジョン・ミアシャイマーも、核兵器保有国が増えたほうが世界は安定するなどと主張し、暗に日本の核武装を促している。
仮に日本が核武装を試みようとすれば、中国との関係は取り返しがつかないほど緊張することだろう。米国はこの緊張関係を政治的に利用しつつも、自らは沖合に引いてバランシングしようとしている。つまり、米国の真の狙いとは、自らは沖合に引く一方で、日本と中国との間で起こる紛争に巻き込まれず、日中間の限定戦争にとどめ、漁夫の利を得る、という戦略だ。
レインのような戦略家の影響力を軽視してはいけない。日本の外務省が発行しているオフィシャルな外交専門誌『外交』2014年1月号では、巻頭論文でレインの「パックス・アメリカーナの終焉後に来るべき世界像――米国のオフショア・バランシング戦略」という論文を掲載している。日本が米国の「鉄砲玉」として利用することをもくろむ戦略家の言説を、外務省が喜んでオフィシャルな専門誌に掲載しているのである。
冒頭に掲げたファクラー氏の発言は、図らずも、レインら「オフショア・バランシング戦略」論者の主張を裏付けるものとなった。ファクラー氏は、日本語も堪能だが、中国に留学していたこともあり、中国語にも長けている。そして、ペンタゴンの幹部とも、中国の人民解放軍の幹部とも会って取材かできる。その上で、両者から何度も、米中で太平洋の覇権を分け合い、中国の覇権が強められる西太平洋に置き去りにする形の日本には、核兵器を容認することで、同盟の引き換えにするという話が何度も出ているというのだ。
ファクラー氏は、評論家でもなく、学者でもない。ジャーナリストである。レインやミア・シャイマーのような地政学研究家の発言ではなく、軍の幹部という実務家から話を聞いている、という点が重要なのである。
この日のインタビューでは、ニューヨーク・タイムズをはじめとする海外メディアから現在の安倍政権がどのように見られているか、集団的自衛権、TPP、辺野古新基地建設問題、歴史認識などの問題を中心に話を聞いた。リチャード・アーミテージ氏やマイケル・グリーン氏ら、いわゆる「ジャパン・ハンドラーズ」とはまったくベクトルの異なる知日派知識人からの貴重な提言である。ぜひ、全編をお読みいただきたいと思う。
なお、オフショア・バランシング戦略については、11月19日に発売された、共著『米国が隠す日本の真実』(詩想社刊)に詳述した。そちらもぜひ、ご購読願いたい。
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国民の意見は多様なのに、各メディアが同じような論調で報じる日本~一度オープン化されたにも関わらず、反動の風が吹き、再び閉鎖的になってゆく記者クラブメディア
▲マーティン・ファクラー氏
岩上安身「皆さんこんにちは。ジャーナリストの岩上安身です。本日は皆さんお待ちかねのゲストと言ってもいいんじゃないかなと思います。たいへん高名なスペシャルゲストをお迎えいたしました。孫崎享(※1)さんとの共著『崖っぷち国家 日本の決断(※2)』でもおなじみ、ニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラーさんです。ファクラーさん、よろしくお願いいたします」
マーティン・ファクラー氏(以下、敬称略・ファクラー)「よろしくお願いします」
岩上「はじめましてってうっかり言いそうになっちゃいましたけど、はじめましてじゃないんですよね」
ファクラー「そうですよね」
岩上「2009年に民主党が政権交代した際、金融庁と外務省、それぞれの大臣がイニシアチブをとって、記者クラブを一部オープン化(※3)してくれて、中でも金融庁の記者会見に行った時に、ファクラーさんがいて声を掛けていただいた」
ファクラー「そうですよね。その当時は不思議だったんですよ。金融庁の普通の記者クラブが、記者クラブではない記者を記者会見に入れないでくださいとか、当時の大臣が亀井静香(※4)さんだったんですけど、亀井さんが、二つの記者会見をする(※5)ということで、日本の記者クラブ制度がどんなに閉鎖的であるかが本当によく分かった。大臣が、わざわざ二つの記者会見を順番にやる必要があると言うのは、本当に面白かった。おかしかったんですよ」
岩上「亀井さんのアクションのおかげで、亀井さんが大臣をお辞めになられたあとは一つの記者会見になりましたけれども、我々フリーランスとかも入っていいとだんだん彼らも妥協的になってきたんですね、記者クラブメディアたちも。そういう非常に閉鎖的な壁が、少しずつ少しずつ変わってきた」
ファクラー「記者クラブ問題は、外国人メディアと日本メディアの間の問題ではない。国内メディアの問題です。簡単に言うと、我々は別に記者会見に出なくてもいい。でも同じ日本国内のメディア、特に雑誌や岩上さんのIWJみたいな新しいメディアにとっては、やっぱり一種の差別ですよね」
岩上「そうですね」
ファクラー「それが、やはり日本国内のちゃんとした社会的議論が成り立たないとか、健全な民主主義を止めている気がしました。だから、本当にこれは日本国内の問題です」
岩上「しかし、またそういう所に外国人が入って来る、外国人の目があると言うのは一定のプレッシャーになったと思います」
ファクラー「我々も国内メディアとは異なる質問をしたりしましたが、日本は世界三番目の経済大国だし、世界で評判がいい国です。海外の日本に対しての関心も高いし、これから日本はどうなるかということに対しての関心も高い。やっぱり、我々も知りたい。ですから、記者会見に出たい。外国人の目というのは、必ずしも悪いことではないです。逆に日本に対して関心が高いということですよね」
岩上「そういうことですよね」
ファクラー「日本のことを知りたい。日本の指導者が何をしているかとか。あとは日本のメディアに対しての関心もありますよね」
岩上「あの時、僕は自転車で金融庁に通っていて、自転車のヘルメットを持っていた。そしたら記者会見後にファクラーさんが話しかけてきて、『あなたは自転車で来ているのか。ちょっとインタビューさせてくれ』と言ってきて」
ファクラー「はっはっはっはー」
岩上「下の階の、一階の喫茶店でね。あの時は私の何が珍しかったんでしょう」
ファクラー「やっぱり、日本の新しいメディアの方だということですよね。これまではそういう新メディアの方が今まで記者会見になかなか出ることができなかった。雑誌もそうです。海外でも記者クラブ制度については少しだけ知られているのですが、日本の記者が一番の被害者であるということは、そんなに広く知られてはいない。それでその点を強調したかった。
これはさきほど申し上げたように、我々対日本のメディアの問題ではない。日本のメディアの中のいくつかの会社が、もう寡占状態になっている、ということです」
岩上「そうですね。カルテルを作っているんですよ」
ファクラー「カルテルですよね、完全に。それで他の日本のメディアをシャットアウトしようとしているというのが、ほんとに一番大変な問題ですよね。それを紹介したかったんですよ」
岩上「なるほど。僕は新しい技術を使った新しいメディアを立ち上げたんですけれども、僕自身は古い人間で、27歳からフリーランスになって、大学出てずっと広い意味でのジャーナリズムをやってきました。
たまたま僕は運良く食いっぱぐれないでね、原稿を書いたりテレビに出たり、いろんな仕事をしながら続けられたんですけど、多くの人はフリーランスを続けるのは大変でした。途中で挫折する人、田舎に帰る人、いっぱいいるんです。そういう非常に厳しい中でああいう変化が生まれたので、これから、若い人にとってもチャンスが増えるわけじゃないですか。フリーでやっていこうという人にも。これはぜったい閉ざしてはいけないなあと思ったんですよ」
ファクラー「いやほんとに。20年前、30年前の日本のメディア、ニュースメディアのランドスケープを見ると、あまりにも変わってない。世界的に見ると変です」
岩上「おかしいですよね」
ファクラー「アメリカの20年前の一番大きいメディアは何かというと、今のメディアを比較すればかなりの変化ですよ。いっぱい大きい新聞がなくなっている(※6)し、プロパブリカ(※7)とか新しいインターネットの報道機関ができたりして」
岩上「で、それがまた、他の報道機関と同じように競争しているわけですよね」
ファクラー「そうですよ。ピュリツァー賞も取っているし、とてもいい報道をしています。日本はこれからそういう時代になってくるんじゃないかと思います。だから岩上さんみたいな方には頑張ってほしいですね」
岩上「いやー、2009年、10年ごろには、これからそうなっていくんじゃないかなと思っていました。しかし反動の風がすごい。2010年くらいになると、これは本当にどんな手を使っても既得権益を持っている勢力、自民党、政府。そして報道もね、カルテルを組んでいる人たちは、ただカルテルを組んでいるというだけでなく、情報内容を統制しているわけです。政府と一緒になっちゃって。そしてどの新聞を見ても同じようなことが書いてある。
産経だけはたまにいかれたことが書いてあるとかね。そういう変化はあるけれども、ほとんど同じです。そういうものを書いて、ニューカマーを認めない。戦後、まったく新しいプレイヤーが参入したことがない業界です。こんな閉鎖的な話はないですよ。全然、自由でかつ公平な競争市場じゃない」
ファクラー「3.11がありましたよね。僕がその後に感じたのは、メディアに対する不信感がものすごく広がっていて、やっぱりその当時、多分日本の普通の方々が感じていたのは、メディアが読者側に立っていない、完全に当局側に立っているということです。
ですから逆に言えばそれがやっぱりチャンスだと思う。我々は記者クラブに入れない。そうであるなら、我々は読者側の視点に立ち、その視点から社会問題、貧困問題、さまざまな問題をちゃんと報道しますと。そういう新しい報道機関が現れたら逆に新鮮です。おっしゃったようにみんな同じ感じなんですよ、どの日本の新聞を読んでも。だから逆にそういう時に違うものを出す会社が勝つ。だからある意味ではチャンス」
岩上「勝てればいいんだけど、チャンスかもしれないんだけれど、なかなか競争力がないというか。あるいはやっぱり日本人は同調圧力に弱くて、みんなと同じことを言っている方向に目が向く。僕らのような異論、あるいは違う視点を伝えているメディア――もちろん異論と言っても僕らはちゃんと事実を報道する。僕らの報道はほとんどカメラで撮っていますから、撮影したものを嘘だとは言えません。けれども、『NHKが言っていることとずいぶん違う』『NHKが作り出す世界と違う』と。そうするとみな脳みそで認知的不協和みたいなことが起きて、見なくなってしまう。そういうことがあります。だから踏ん張り所ですよね」
ファクラー「やっぱり、インターネットは日本の方々でもけっこう多様性がある。みな同じ意見じゃないです」
岩上「そうですね。本当は違う」
ファクラー「だからそれも一つのチャンスです」
(※1)孫崎享:元外交官で評論家。東アジア共同体研究所理事・所長。ウズベキスタン駐箚特命全権大使、外務省国際情報局局長、イラン駐特命全権大使、防衛大学校人文社会科学群学群長などを歴任した。IWJではお馴染みの存在で、岩上安身が孫崎氏に対し繰り返しインタビューを行なっている。
最近では、孫崎氏の新刊『日米開戦の正体』を題材に、3回にわたり連続インタビューを行なった(2015/06/08 ”史上最悪の愚策”真珠湾攻撃を行った当時の日本と似通っている現在の安倍政権~安保法制、TPP、AIIB、中東情勢について、元外務省国際情報局長・孫崎享氏に岩上安身が聞く
(※2)孫崎享、マーティン・ファクラー著『崖っぷち国家 日本の決断』(日本文芸社 2015年2月)紹介文:安倍政権の暴走で、日本は「崖っぷち」に立たされている。元外務省国際情報局長の孫崎享とニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラーが、安倍政権の本質と対米従属の秘密、日本と世界の今を明かした必読の一冊(【URL】http://amzn.to/1LKxx6M)。
(※3)記者会見オープン化:最初に記者会見をオープン化したのは外務省であり、2009年9月18日、当時の外務大臣であった岡田克也議員が大臣会見をすべてのメディアに開放すると表明した。外務省記者会(霞クラブ)のほか、日本新聞協会、日本民間放送連盟、日本雑誌協会、日本インターネット報道協会、日本外国特派員協会および外国人記者登録証保持者、「上記メディアが発行する媒体に定期的に記事等を提供する者」、つまりいわゆるフリーランスの参加が認められた(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1VKkwi0)。
(※4)亀井静香:元警察官僚、政治家。警察庁退官時の階級は警視正。衆議院議員(13期)。運輸大臣、建設大臣、自由民主党政務調査会長、国民新党代表などを歴任。2009年9月に発足した民社国連立政権の鳩山由紀夫内閣では内閣府特命担当大臣(金融担当)に任命され、特命事項として郵政改革担当大臣も兼任した。2010年6月に発足した菅内閣でも留任。2013年12月31日以降は、所属していたみどりの風が解散したため、無所属となっている。
岩上安身は、2010年11月9日と2012年11月12日の2回、亀井氏にインタビューを行なっている(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1MmlGQi)。
(※5)亀井さんが2つの記者会見をする:2009年9月29日、当時の金融担当大臣であった亀井静香議員は記者クラブに対して「全部オープンにいかないとだめ」と呼びかけ、翌日30日、財務省・金融庁の記者クラブである財政研究会が総会を開催。規約の改定を拒否し、記者クラブ以外の記者は質問権のないオブザーバー参加のみという取り決めを継続したため、2009年10月6日、亀井は記者クラブ主催の記者会見の後、大臣主催の「もうひとつの記者会見」を開くことにした。記者クラブが無償で借りている会見場は記者クラブの反対で使用できないため、大臣室で記者会見を行った(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1VKkwi0)。
(※6)アメリカでは大きい新聞がなくなっている:米国を代表する新聞シカゴ・トリビューン(CT)やロサンゼルス・タイムズ(LAT)などを発行するトリビューン社(本社イリノイ州シカゴ)が経営破綻に陥るなど、特に2008年から2009年にかけ、米国では新聞社の破たんが相次いだ(参照:Electronic Journal【URL】http://bit.ly/1MmD87f)。
(※7)プロパブリカ:米国ニューヨーク・マンハッタンに拠点を置く非営利(NPO)報道組織。サンドラー財団の設立提案を受けた、ウォール・ストリート・ジャーナル元編集長のポール・スタイガーが中心となり、2007年10月に発足した。2010年4月には、オンライン・メディアとして初めてピュリツァー賞を受賞。受賞作は、05年に米南部ニューオーリンズを襲ったハリケーン・カトリーナの被災現場を取材した「メモリアル医療施設での死の選択」。取材費40万ドルのうち半額をプロパブリカが、残りを編集作業にかかわった「ニューヨーク・タイムズ・マガジン」が負担した。なお「ProPublica」は、ラテン語で「公共のために」の意(参照:Wikipedia【URL】http://bit.ly/1N4ZjgD)。