食料自給率の上昇よりも、「お互い仲良くする」ことで食料の安定的確保を目指す山本有二・新農林水産大臣は、ごりごりの新自由主義者か9条護憲派か? 2016.8.3

記事公開日:2016.8.4取材地: テキスト動画
このエントリーをはてなブックマークに追加

(太田美智子 記事構成:岩上安身)

 2016年8月3日、第3次安倍内閣の第2次改造内閣で、9期当選のベテラン、山本有二衆院議員が農林水産大臣に任命された。

 弁護士からの転身。高知県議会議員を経て、1990年2月、衆議院議員として初当選。以来、主に法務と経済分野の役職を行き来してきた。小泉内閣時代は衆議院経済産業委員長や財務副大臣を務め、第1次安倍内閣では金融担当大臣などを務めた。経歴からは、農林水産分野に詳しいとは、とても思えない。

 初閣議や官邸での記者会見を終え、農林水産省でブリーフィングを受けた後、午後10時45分頃から始まった就任記者会見で、山本大臣は「私は高知県という大変風光明媚な、山と川と海と、まさに農林水産業メッカの土地で選挙区をいただいて、かつ、また生まれ育ち、現在にいたっておりますので、肌感覚で、農山漁村と日常、接してきております。そういう中から、国家に、農林水産業の行政の中でお役に立てることがあればと念じております」と切り出した。

■ハイライト

■全編動画

  • 日時 2016年8月3日(水)22:00~
  • 場所 農林水産省(東京都千代田区)

「農業の輸出競争力を育て上げることができれば、相当なGDPの成長も獲得できる」

 就任挨拶では、さらに、「今後、TPPという大嵐の中に船が漕ぎ出るわけですが、国連統計によると、(農林水産業の)生産額として世界10位のわが国が、輸出額は約60位と低迷しています。国内生産で生産量をすべて消化できると言ってしまえばそれまでですが、その中に、おそらく輸出競争力がとんでもなくあるものがあるのではないかと。

 たとえば、おいしいお米であったり、りんごであったり、和牛もそうです。日本人の食味はたいへん卓越したものがありますし、日本食が世界で受け入れられていることもその証左であると考えるならば、日本の農業の輸出の競争力はすごい、これを育て上げることができれば、われわれは相当なGDPの成長も獲得できるのではないかと思っています。夢ある農業へのきっかけづくりに携われることができれば思っています」と続けた。

「北朝鮮が食料自給率100%であることを考えると、100%を目指す意味はあまりない」

 確かに、生産額と輸出額の国際的な順位だけで考えれば、輸出が少ないように思える。輸出すれば売れる農産品も、まだまだあるに違いない。

 一方、農水省が前日発表した食料自給率は、カロリーベースで39%と6年連続で横ばい。2025年の達成目標も50%から45%に引き下げた。この現状で、政策として輸出促進に力を入れながら、食料自給率を上げていくことができるのか――。

 このIWJの質問に対し、山本大臣は「僕は両立しうるテーマだと思います」と答えた。そして、あろうことか、原油を例に挙げたのだ。

 「たとえば原油について考えれば、原油は輸入しています。生産していない。しかし備蓄も十分にするという態勢をとっています。また、産油国がコンスタントに原油を輸出してくれるという安心感もあります。貿易と自給率ということを考えたときに、両立し得てしかるべきと考えます」

 続けて、「石破さんが、よく農業について言われること」と前置きし、「北朝鮮の食料自給率は、カロリーでも額でも100%。これは紛れもない事実。それを考えると、100%を目指す意味がどこまであるのかというと、あまりない」と話した。

 「自由貿易でお互いwin-winの関係をとる。交易というのは、そもそもそういうこと。各地域の特性を生かしながら、海彦、山彦の神話じゃないけれども、お互いが仲良くしながら、交換していくことによるメリットはものすごくあると思う。保護主義や閉塞感ではなくて、改革・開放の中でわれわれが勝ち取りうる安定というものはあるのではないか。自給率は評価として大事だし、ゼロになるという危険性は感じながら、安定的な推移で持ちこたえていくということは大事だと思う」

「食料は軍事・エネルギーと並ぶ国家存立の三本柱」と言われているが……

 なぜ、わざわざ原油のたとえを出したのか。

 TPPによる日本の農業への深刻な影響に警鐘を鳴らし続けている東京大学大学院の鈴木宣弘教授は、著書『食の戦争―米国の罠に落ちる日本―』(文春新書)で、「世界的には『食料は軍事・エネルギーと並ぶ国家存立の三本柱だ』と言われているが、日本では、戦略物資としての食料の認識もまた薄いと言わざるをえない」と書いている。

 しかし、山本大臣は、むしろエネルギーと並ぶ「戦略物資としての食料の認識」があるからこそ、原油を引き合いに出したのではないか。原油を産出できなくても、産油国との関係を良好に保つことで、安定的に供給されている。だから、食料自給率が低くても、輸出国との良好な関係を維持すれば問題が起きない、という認識を示したと考えられる。

 資源のない日本が産油国になれないのは、仕方がない。しかし、日本は食料生産力があるにもかかわらず、国民の食を賄うことに注力するよりも外貨を稼ぐほうが重要だというだから、山本大臣は、ごりごりの新自由主義者ということなのだろう。

 もっともらしく聞こえるが、合点できない点が、いくつもある。原油は地球に偏在している。その原油をもとに世界市場において比較的優位の工業製品をつくれる産業先進国も、まだまだ偏在しており、リカードの唱えるような国際的分業のロジックは成り立つ。

 しかし、食料はいずこであれ、主要なものは人々の住む現地で生産し、現地で消費してきた。食料のグローバルな貿易が発達するはるか以前から、さかのぼれば、人類誕生の時代以来、ずっとそうだったのだ。自給自足、地産地消が食料の生産と消費の原則なのである。

 北朝鮮をさげすむべき例に出して笑う必要などない。工場生産品を輸出する工業力のない発展途上国はいずこも、「バナナ共和国」などとからかわれながら、農産物を輸出してきた。日本は工業製品だけでなく、農産物を輸出する、というが、いったいその価格や利潤はどの程度のものなのか。また、輸出に見合うほどの円安を、どこまで念頭においているのか。

 また、TPPに入った時、日本列島における第一次産業の担い手は、資本も、実際の労働者も、「国産」ではなく、外資と外国人労働者が担うようになるのではないか。それが食料の国内への安定供給につながるのか。疑念がきりがないほどわいてくる。

食料自給率を高めるよりも、「お互いに仲良く」することで食料の安全保障確保を主張する山本大臣は9条護憲派か?

 もうひとつ、可能性がある。食料も「諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を」委ねようというのだから、自民党改憲草案ではばっさり削除されている憲法前文の一節、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」の、最も忠実な実践者の一人なのかもしれない(もちろん、これは皮肉である)。

 だとすれば、9条2項の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」という考えに違いない。と思ったが、山本大臣の公式ホームページの「政策・主張」では、「安保法制、集団的自衛権法の合憲性」「憲法9条の言語的限界」「防衛環境の変化」などと書かれている。

 安倍政権の新閣僚に9条護憲派がいるはずもないが、つじつまが合わないののは安倍総理以下、安倍内閣の閣僚すべてに共通する特質なので、特別に驚くことではないのかもしれない。

 とはいえ、である。安倍政権を支持するネトウヨなどは、9条護憲派を「お花畑」扱いすることが多いが、TPPで自営農業をつぶし、自給率を徹底的に下げておいて自国の国民の生存は「諸国民の公正と信義と安全な食料をどんな時も安価に供給する博愛の精神に満ちていると期待」しているのだから、よっぽど「お花畑」であると言っていい。この甘ちゃんぶりはどこからくるのだろう?

 山本大臣は交換のたとえで、海産、山産の例を出した。海の幸と山の幸は、たしかに交換の誘惑にかられる「宝」だっただろう。

 しかし、日本が国中の第一次産業を滅ぼすなら犠牲を払ってまで米国産の農産物を受け入れたあげく手に入れる「宝」とは何か。新たな自動車市場でも、家電市場でもない。それは米国による安全保障であって、かつ最終的な品質保証がない。つまり、日本を中国との戦争に駆り立てても、最終的に日本を守るという担保がない。不等価交換もいいところだ。リカードはこんなものを国際分業と言ったのだろうか? 単なる無責任な帝国の植民地の扱いではないか。

IWJの取材活動は、皆さまのご支援により直接支えられています。ぜひ会員にご登録ください。

新規会員登録 カンパでご支援

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です