少子高齢化が進む日本の労働力不足を補うため、自民党が「労働力の確保に関する特命委員会」を立ち上げ、移民の受け入れについて検討を始めます。特命委員長に任命された木村義雄・参議院議員は「50年来のタブーを破って、外国人の労働力としての受け入れに関する議論に踏み込む」と、その意気込みを語った。
これには驚かざるをえない。
安倍総理は昨年9月30日、国連総会でシリアなどの難民支援に約970億円を拠出すると表明した直後、難民受け入れを渋る日本政府の姿勢について外国人記者に問われ、「人口問題として申し上げれば、移民を受け入れる前に、女性の活躍、高齢者の活躍、出生率の改善をやるべき」などとちぐはぐな回答をして、世界中から呆れられたばかりである。
難民問題について質問されているのに、その質問に答えず、移民問題に話をすり替えたこずるさも愉快なものではなかったし、事前に質問の内容が、知らされ回答を官僚が用意していないと適切な回答ができないという知的限界もが露呈してしまい、世界中から失笑を買ってしまったのも痛かった。
日本政府は難民の受け入れに、極端なまでに消極的である。法務省が1月に発表した2015年の速報値によると、日本への難民認定申請者数7,586人(前年比2,586人増)のうち、認定者数はわずか27人(前年比16人増)。国籍別で最も多かったのはアフガニスタンの6人で、シリアからの難民認定はわずか3人にとどまる。
ところが、である。
せっぱ詰まった難民問題に向き合うつもりは毛頭なく、移民の受け入れにも背を向けて、日本人の「一億総活躍」と「出生率向上」を目指すはずだった安倍政権が、一転して、移民の受け入れに前向きな姿勢を示したわけである。いったいなぜなのか?
「日本型移民」を提唱する経団連と、「移民政策を経済成長戦略に統合せよ」と日本政府に求めてきた在日米国商工会議所
かねてから、経団連は労働力確保のための「日本型移民」を提唱し、榊原定往会長は昨年夏も経団連夏季フォーラムにおいて、移民政策の議論を進めるべきだと発言してきた。
また、在日米国商工会議所は2010年にまとめた白書『成長に向けた新たな航路への舵取り~日本の指導者への提言~』の中で、「日本政府に、移民手続を改善し、移民政策を経済成長戦略に統合するよう要請」した。2013年には「日本人女性の就業を促す」として、外国人家政婦の解禁を求める意見書を発表し、神奈川県と大阪府の国家戦略特区で解禁される流れとなっている。
「成長に向けた新たな航路への舵取り~日本の指導者への提言~」表紙
自民党のウェブサイトによると、15日に予定されている特命委の初回会合には、モルガン・スタンレーMUFG証券株式会社経済調査部長のロバート・フェルドマン氏が講師として呼ばれているそうである。
なぜ、外国の商工会議所が、日本に移民受け入れをこんなに熱心に勧めるのか。内政干渉だろう、大きなお世話だ、という以前に、不思議でならない。IWJが全文を翻訳して公開しているアーミテージ・レポートでも、米国から日本への要求として、憲法の解釈変更、集団的自衛権、辺野古基地建設、TPP参加と並んで「移民受け入れ」が出てくる。
米国からの「助言」がうさんくさいのは、日本の少子高齢化と人口減少が長期的に日本の国力を削ぐものである、とたびたび論じながら、そのためには若いカップルが共働きをしながら子育てができるように、保育園の整備が必要である。などということは決して述べず、かわりにしきりに「移民」をすすめる点である。
米国は自国の利益、あるいは米国発のグローバル企業の利益にならないことには熱心な関心を示すことはない。日本に移民を受け入れさせることは、米国の利益にかなっているのではないか、という仮説を立てて考えてみる必要がありそうである。日本政府と財界がやけに熱心に「英語化」を進めようとしているのを見るにつれ、そもそもそれは誰の利益のためなのか、と勘繰らざるをえない。
フェルドマン氏は、「ポリシーウォッチ」のメンバーの一人である。その「ポリシーウォッチ」の代表はあの竹中平蔵だ。郵政民営化など、ワシントンの対日経済政策を忠実に実現していく竹中平蔵氏が、「私が最も信頼する友人達と組織した」「既得権益とは無縁な経済対策に関する第一線の専門家集団」と呼ぶ「ポリシーウォッチ」のがという組織である。
竹中氏とはどういう人物か。日本においてどんな政策を実現させようとしているのか。以下のアーカイブを御覧いただければ、その思惑と背景がつかめる。
▲竹中平蔵氏
差別意識を放置したままの移民政策では「現代の奴隷制」拡大の危険
人間を単に安価な労働力としみなして、大量の移民を受け入れようという姿勢は、非常に危うさを感じる。
実際、外国人研修・技能実習生制度は、技能移転や国際貢献を謳いながら、あからさまな安い労働力確保の手段として悪用されており、すでに「現代の奴隷制」とまで言われている。
過去にも日系ブラジル人を労働力として呼び込みながら、リーマンショックの経済不況下では簡単に切り捨てていった「実績」もある。ヘイトスピーチなど排外主義に対しても、これに抗する人々の努力にもかかわらず、国は無策のまま放置し続けているのが現状だ。こんな状況で、大量の移民を、それもチープ・レイバーとしての役割だけ期待されて迎え入れた場合、どんな差別やトラブルが巻き起こるか、容易に想像が可能である。
日本人正社員でも、過労死、ブラック企業の問題は深刻です。過労死を起こした企業名の公表を求めた「過労死企業名情報公開訴訟」では、最高裁は2013年、一審判決を覆した二審判決を支持し、請求を棄却した(2013年10月3日付読売新聞)。労働者の命よりも企業を守るほうが大切なのだろうか?
これほど労働問題が山積する日本で、日本人の中にある差別意識を放置したまま、移民政策が導入されれば、現実には人権無視の外国人労働者大量導入政策になりかねない。
アベノミクスの底の浅さが露呈しつつある今、7月の参院選を前に、財界や米国の言いなりになって、なし崩しの移民受け入れを始めるなどということが許されてはならないはずだ。
3.11から5年。まだ何十年もかかる福島第一原発事故の収束・廃炉作業の人手不足が問題となっている。言葉の壁などで就労が不利な外国人移民に働いてもらいたい、という思惑などもあるかもしれない。
IWJは少子化問題から人口問題、労働問題、果ての日本の主権に関わる問題にまでまたがる、この複雑なテーマについて、継続的なウォッチングを続けていく。今後も、ご支援をどうぞよろしくお願いします。