2014年12月19日、東京都港区のフクラシア品川クリスタルスクエアにおいて、独立行政法人理化学研究所の主催により、8月に行われた「中間報告」に引き続いて、「STAP現象の検証結果に関する記者会見」が開催され、検証実験の結果、および2015年3月まで予定されていた検証の期日前の打ち切りが発表された。
発言者は理化学研究所研究不正再発防止改革推進本部検証実験チームリーダーで同研究所特任顧問の相澤慎一氏、副チームリーダーで医学博士の丹羽仁史氏、同じく研究員の清成寛氏、また、理化学研究所理事の坪井裕氏。
7月からは検証実験にも具体的な形で参加し、動静が注目されていた小保方晴子研究員は、会見には出席せず、コメントのみが資料として配布されるに留まった。
会見では、まず『ネイチャー』誌1月号に掲載された小保方氏の論文に沿って行なわれた検証実験の詳細が紹介され、主として、1. 論文の手順通りのSTAP現象再現の蓋然性の確認、2. STAPの可能性のある細胞(以下、STAP様細胞)塊における多能性の確認、という大きく二つの実験系が設定され、1. を小保方氏単独で、1. および2. を丹羽氏が主導的に検証した。
さらに、2. の実験系の別系統の検証として、3. キメラ(1個体に2種類の遺伝子セットを持つ個体もしくはその胚)形成の検証が清成氏によって行われた。
しかし、会見冒頭で、すでに相澤氏の言葉によって掲げられた結論通り、いずれの検証実験からもSTAP現象の再現は確認されなかった。
質疑は、STAP細胞発見の報告そのものに不正の所在が確認されたのか、という社会的関心を軸にした質問と、検証実験の条件設定も含めた科学技術的関心を軸にした質問とに割れたが、多数を占めた前者の質問への回答は、坪井理事による簡便な説明に留まり、「科学者」からはほとんどの回答が差し控えられた。
ただ、提供されたデータや画像に、共同研究者として再現検証を、なぜ行わなかったのかという問いに、丹羽氏は「(共同研究は)科学者の性善説に基づく。他の人から出てきたデータを、一から信じないとすることが望ましいのか、判断は難しい」と、苦渋をにじませながら回答した。
また、会見の終了後、相澤氏が再び自ら手持ちマイクを取り上げ、「このような検証実験のやり方は、科学のやり方ではない」「犯罪人扱いをしたような検証は、科学の行為としてあってはならない」「責任者として深くお詫びするとともに責任を痛感している」と述べ、胸裏の苦悶を改めて吐露する形となった。
この会見から6日後の2014年12月25日、理化学研究所の完全な第三者組織による調査委員会は、「細胞のSTAP様現象のすべてはES細胞(本文中に後述)由来のものである」という調査結果を発表。小保方氏には、すでに明らかとなっていたものに加えて、さらに2件の研究不正を指摘した。調査書はSTAP問題を、「科学者コミュニティに突き刺さった一本の矢である」と述べている。
明けて1月下旬には、元理化学研究所上級研究員の石川智久氏が、ES細胞の窃盗容疑で小保方氏を刑事告発。小保方氏は弁護士を通じて、容疑事実を真っ向から否定している。
なお、STAP問題の舞台となった理化学研究所の発生・再生科学総合研究センター(CDB)は、2014年11月に「多細胞システム形成研究センター」へと名称を一新して再起を図り、2015年1月30日、ヒトES細胞から小脳の神経組織への分化誘導に成功するという画期的な成果を発表した。そこには、研究チームの一員として故笹井芳樹氏(CDB副センター長)の名も掲げられた。
- 日時 2014年12月19日(金)10:30~
- 場所 フクラシア品川クリスタルスクエア(東京都港区)
- 主催 理化学研究所 (詳細)
小保方理論はキックオフ直後に無惨にも覆った
実験の詳細報告以前に相澤氏は、まず「STAP(刺激惹起性多能性獲得細胞)現象は再現されなかった」と結論を告げた。
STAP細胞は、山中伸弥教授のiPS細胞とは、基体となる生体細胞(分化細胞)に別の遺伝子を導入することなく、外的刺激のみによって細胞を多能化(初期化)する点が決定的に異なっている。
したがって、英国の科学雑誌『ネイチャー』1月号に発表された2編の論文(7月に撤回済み)からは、1. マウスの新生児の脾臓細胞に弱酸性溶液(塩酸HCl)処理を施すことによってSTAP様細胞が得られること、2. 特定の培地条件下での培養を経てSTAP様細胞塊から胚性の(増殖機能を持った)幹細胞であるSTAP幹細胞、および栄養膜幹細胞の(胎盤形成に寄与できる)細胞株であるFI幹細胞を得られること、3. 正常なマウスの胚発生環境下に置かれたこのSTAP様細胞が組織形成に寄与し、キメラマウスまたはその胚が得られること、の大きく分けて3点が検証対象とされた。
Oct-GFP(多能性細胞に特異的に現われるタンパク質に蛍光タグをつけたもの)を用いて、1. で得られた細胞塊に対し、蛍光顕微鏡、FACS(複数のレーザーと複数の検出器を組み合わせて標的細胞を計測する装置)のどちらの解析によっても、有意にSTAP様細胞の出現頻度を確認できなかった。FACS解析では、むしろCD45(すでに分化している細胞であることを示すマーカー)の陽性が頻出した。
比較的高い頻度で検出された蛍光を、自家蛍光(細胞が死滅する際にしばしば発する赤色蛍光)と有意に区別することができなかった。
STAP様細胞塊の遺伝子解析からも、Oct3/4を含めた多能性細胞に特異的な分子マーカーは出現頻度が低く、GFP検出の結果とも有意な相関は見られなかった。
マウスの遺伝系統、細胞の採取部位(心臓、肝臓、脾臓)、弱酸性溶液の種類のそれぞれにおいて、条件を変えた対照実験でも有意な差異は得られなかった。
論文に従った培地での培養においても、2. で想定されたSTAP幹細胞およびFI幹細胞の出現はなく、一部増殖した幹細胞様の形態を持ったものも、細胞株(培養細胞が一定の安定性を保った状態)に至ることはなかった。
キメラも、3. の条件下で得られたものはなかった。免疫不全のマウスにSTAP様細胞を移植することで得られるテラトーマ(腫瘍)は、れに必要な細胞数を得ることができなかった。帰結として、2. と3. の実験系を設定する必然性すら薄弱となったため、検証計画の行は断念された。
科学的意義と社会的意味がちぐはぐに食い違う「検証実験」
質疑では、会見に臨んだ多くの記者が回答として期待したものと、会見者の側が科学者として回答し得ると判断しているものの間に、大きな開きがあることが目立った。
記者「小保方氏が、STAP細胞を200回以上作ったと言ったのは、嘘だったことになるのか」
相澤(以下、会見者について敬称略)「緑色蛍光を持つ細胞塊の出現回数、ということであれば、この検証実験でも200回以上はある。その細胞塊が多能性を有するかどうかを検証した」
記者「STAP細胞は存在しない、という結論なのか。小保方氏、相澤氏、丹羽氏、また理研としてどうなのか」
相澤「科学者として、今回の方法で再現することはできなかった、という以外に結論はない。客観的には、STAPの厳密な定義すらまだ確立していないとも言える。存在するかしないかは、この結果を個々の科学者がどう受け止めるか次第だ。また、小保方氏の考えについては配布されたコメントがすべてだ」
丹羽「個人的にSTAP現象として実際目にしたものは、緑色蛍光を発する細胞塊だったが、同時にそれはOct-GFPの発現であり、そこからSTAP幹細胞、FI幹細胞、キメラが形成されたというデータもすでにあった。今回の実験で、その蛍光細胞塊出現の根幹が揺らぎ、解釈が変わったと理解している」
坪井「4月の時点では、STAP細胞の有無を確認することを目的として出発したわけだが、今回の実験ではSTAP現象の確認には至らなかった、ということが結論であると受け止めている。また、(理研にとって完全に第三者組織である)調査委員会の報告を待ちたい」
記者「社会的な意味で(理研は)STAP細胞の存在を確かめられなかった、STAP現象の有無を明らかにすることはもうしない、と理解して良いか」
坪井「結構だ。相澤、丹羽両氏による実験継続の意義なし、という科学的な判断を受けて、理研もそれを了承した」
「見た」──科学者性善説とその目に映る現実とは
記者「『ネイチャー』誌論文にあるSTAP細胞の実在を証明するデータ、図像、写真は何だったとみるか。また、本人が実験してすら不可能なものが、何故こうもやすやすと公的論文にまでなったのだと思うか」
相澤「論文内容と検証実験結果の乖離の原因は、それを判断する立場にない。個人的感想はここでは差し控えたい」
記者「酸処理によって蛍光細胞塊が出現する事実は新しいものだと思うが、これは何を意味しているのか。また、少数とはいえ各種多能性マーカーが発現したことを、どう解釈するか」
丹羽「わからない。マーカーは指標に過ぎず、細胞の表現型として多能性が検出されなければ意味はない」
相澤「それに回答することは、検証実験の使命の範囲を超える」
記者「丹羽氏がプロトコル(実験手順を記載したもの)執筆の時点では、STAP細胞があると信じて書いたのだろうが、今から振り返って疑問だったことはないか。緑色蛍光を発する胎児や胎盤の写真なども疑わなかったのか」
丹羽「緑色蛍光を、そのまま多能性の指標と思い込んだことは否定できないが、そこを疑うと、他のすべてのデータとの兼ね合いがつかなかった」
記者「同様の錯誤を冒さないためには、データの再現性の確認が必要であると思われるが、どうか」
丹羽「難しい。多くの指摘があるように、科学(の共同研究者)は性善説に基づく。他の人から出たデータを、一から信じないとすることが望ましいのか、判断しかねる。第三者再現をすでに報告として受けていたら、第四者、第五者と追い詰めていくのか。線引きはできるのか。今回の場合、若山研(山梨大学生命環境学部若山照彦研究室)のデータは、すでに第三者再現検証として受け取った。科学者の良心とお互いの信頼の度合いに依存するしかないと思う」
記者「ES細胞(胚性幹細胞・動物の発生初期の胚の一部から得られる幹細胞細胞株・多能性細胞として基礎医学の研究分野ではすでに実用段階にある)を、FI幹細胞樹立条件下で培養するとどうなるかの検証はしたか」
丹羽「検証実験の一環として興味があったので、手元のES細胞で検証したが、特に形態変化をきたすこともなく、4~5回の継代のうちに全滅した。ボロボロになって消えていった。ただし過去の研究報告では、FGF4(FI幹細胞樹立条件を満たすと考えられている培地成分)を含む培養液下での培養報告は存在する」
記者「FI幹細胞を樹立させる際に使った細胞塊の形態は、どんなものだったか」
丹羽「ESともTS(ES細胞と同様の多能性を持ち、胎盤形成に寄与する細胞)ともつかない、FIとも呼べない、何が増殖したのか判らない。検証実験ではconsistency(細胞の継代持続性)が、そもそも確立されていない」
不可解な祭の後で──不正疑惑と社会的責任の行方はどこに
質疑に入る直前に、坪井氏から、小保方氏の退職願を理研として受理したことの報告と、それに関する野依良治理事長のコメントが配布された。