「今年4月以降の個人消費の不振は、消費増税のせいだ」――。今回の衆院選、安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」の2年間の成否を問うメディアの議論で、ほぼ毎回聞かれるのがこのセリフだ。
アベノミクス推進派のエコノミストらは、「あの増税さえなければ、アベノミクスはうまくいっていた」との主張を言い重ねるが、今年8月に『アベノミクスの終焉』(岩波新書)を上梓した服部茂幸氏(福井県立大学経済学部教授)は、消費増税だけでは、こんなに激しい個人消費の落ち込みを説明できない、と主張する。
2014年12月5日、岩上安身は福井県立大学に服部氏を訪ねてインタビューを行った。
アベノミクスによる円安誘導が招いた「輸入インフレ」による実質賃金の目減りが、個人消費を冷え込ませた、と分析する服部氏。「昨年度のGDPの比較的高い伸び率は、一見するとアベノミクスの成功を物語っている。でも、その中身を精査すると、そうとは言えない部分がある」と指摘し、政府・与党のアベノミクス自画自賛論に騙されるなと訴える。
服部氏は「今ある、数多くの経済データの中には、アベノミクスを良く見せるのに都合のいいデータがあるが、そうではないものもいくつもある。安倍政権は後者を無視してきた」とも述べ、安倍政権にとっては不都合に違いない、客観的な経済指標を矢継ぎ早に紹介していった。
- 日時 2014年12月5日(金)16:00~
- 場所 福井県立大学(福井県永平寺町)
国民は「アベノミクス」を疑っている
岩上安身(以下、岩上)「一昨年末に第2次安倍政権が発足し、のちに『アベノミクス』と呼ばれることになる、かつてないほどの大胆な金融緩和(=日銀が金融機関からどんどん国債を買い入れて、融資に振り向けられる資金をじゃぶじゃぶの状態にまで供給する)を柱にする景気刺激策が実行されたことで、『どうやら今回は、日本はデフレーションからの脱却に成功しそうだ』という期待感が、日本の社会に一気に広がったことは事実だと思います。日経平均株価が、あっという間に1万円のラインを突き抜け、その後も急ピッチで上昇していったことには、人々のアベノミクスへの大きな期待が反映されていたと言っていいでしょう。
しかし、安倍政権がスタートして2年が経った今、巷では『儲かったのは株式投資で収益を得た富裕層と大手企業に働く人たちだけ。安倍首相がアピールするほどの景気回復は、今後も実現しないのでは』という懐疑的な見方が圧倒的です。今年4月に消費増税が強行されると、個人消費は大きく落ち込み、夏以降についても、大方のエコノミストの予測に反し、消費は回復していません。4~6月期と7~9月期の四半期連続のマイナス成長となりました」
消費増税が昨年度の景気を押し上げただけ
岩上「安倍総理は11月18日に衆院解散を宣言しましたが、彼は『アベノミクス』のメッキが剥がれ落ちる前に解散し、再選を果たそうとしているように映る。
言い替えれば、今回の総選挙は突然の解散だった故に、有権者はアベノミクスが日本経済にどういう影響を与えたか、きちんと理解しないまま1票を投じなければなりません。消費増税とアベノミクスがごっちゃに議論されているフシもあり、アベノミクスそのものの弱点が覆い隠されている感があります」
服部茂幸氏(以下、服部・敬称略)「日本の実質GDPは2012年度が約0.7%と非常に低かった。それに対し昨年度は2%超と大幅に増加しており、それを根拠に『日本経済は回復した』と言われていますが、『なぜ、回復したか』を調べずに喜ぶわけにはいきません。
そこで、GDP統計内訳の(財政出動に相当する)政府支出の項目にまず目をやると、昨年度は4%増と比較的高かった(2012年度の増加幅は1%台)。そのGDP寄与度は約1%で、要するに昨年度の成長率の約半分は、政府支出に支えられていたことがわかります」
岩上「政府支出とは、アベノミクスの『第2の矢』のことですね。ちなみに『第1の矢』は、さっき言った金融緩和ですが、今の先生のお話から、昨年度の景気回復の主たるエンジンは(過去の景気対策実施局面と同様に)公共事業だったことがあぶり出されます。この2年間は『アベノミクス!』とさんざん騒ぎ立てられましたが、景気回復のパターンとしては、特に目新しいものではなかったことが、よくわかりました」
服部「昨年度の内訳で、もうひとつ着目したいのは、耐久財消費・民間住宅消費の項目です。2つの合計が11%にも達し、寄与度は1.2%で政府支出を上回りますが、これは消費増税前の『駆け込み需要』によるものです(=今年4月の消費増税が決まっていなければ、昨年度の景気はこんなに好転しなかった)。政府支出と駆け込み需要を差し引いた2013年度成長率は、0.09%しかありません」
今年度はマイナス成長で「負の循環」の可能性が
岩上「(庶民にとっての日々の消費活動の対象である)耐久財以外の項目を見ると、昨年度は1.04%ですから、2012年度の1.32%より低い。これは衝撃的な結果です。
さて、安倍首相は『アベノミクスで雇用は100万人増えた』と胸を張っていますが、一般庶民の皮膚感覚とはだいぶ違うように感じられます」
服部「失業率が下がって、日本の労働市場が完全雇用の状態にだいぶ近づいたのは事実ですが、それが賃金の上昇にはつながっていないのが問題です。理由は、円安を背景とした『輸入インフレ』にあり、名目ベースでは上昇している賃金も、物価上昇分を加味した実質ベースで見れば下がるんです」
岩上「雇用は増えているとはいえ、正規雇用は減って(低賃金が特徴の)非正規が増えている点も見落とせません。
先ほどの、政府支出が景気回復をけん引したという議論は、政府が公共事業を手じまいしたら、失業率が跳ねあがることを意味しませんか」
服部「その通りです」
岩上「今年度の景気、どんな具合ですか」
服部「いかなる景気対策であれ、その効果が延々と続くなら、問題はありません。では、(高度成長時代をとうに過ぎた)今の日本で、耐久財消費・民間住宅消費の項目の10%台の伸びがずっと続くかといったら、そんなことは起こり得ません。
今年度の景気については、4月の消費増税後、個人消費は低迷したままです。しかも、政府支出はほとんど増えないでしょうから、そうなると、今年度は通期でマイナス成長になる公算が大きい。雇用者報酬が減り、さらに個人消費が落ち込む『負の循環』が起こるでしょう」
個人消費の大失速を熟考する
岩上「4月の消費増税時には、多くのエコノミストは、駆け込み需要の反動減は一時的なものと強調していました。でも先生は、ご著書の中で『秋以降も個人消費は冷え込み続ける』と占っています」
服部「個人消費の回復の度合いがどの程度になるかが重要で、今は、2008年のリーマンショックの時ほど悪い状況ではないので、今後、政府がよっぽどひどい舵取りをしなければ、個人消費はやがて回復するはずです。ただし、回復の度合いは(アベノミクス肯定派のエコノミストらが主張してきたようには)力強いものにはならないと思います。
気になるのは、消費税導入時(1989年4月)と、前回の消費増税時(1997年同)に比べて、今回は個人消費の落ち込み幅が大きい点です。それゆえ、『今回は、消費増税以外のマイナス要因が重なったため、ここまで個人消費が落ち込んだのではないか』という見方が成り立つ」
岩上「今言われた点は、いわばこのインタビューのキモでして、先生の見解が他の経済専門家とは大きく異なるところです。
それというのも、新聞・テレビの報道では、今の消費不振の原因を4月の消費増税だけに求めているケースが支配的で、そう主張する人たちは、アベノミクスに個人消費を萎えさせる部分があることを認めたくないのでは、と思えてしまう」
服部「金融緩和により株高が起こり、一方で(円の供給量が増えたために)円安が進行したことは周知の事実ですが、円安によって、安倍政権の狙い通りに輸出が伸びているかといえば、(数量ベースでは)期待していたほど伸びていません(※輸出数量の不変は、海外での販売価格の引き下げが行われなかったり、引き下げを行ったのに思ったほど売れなかったりすることで起こる)」
「民主党・野田政権続行」でも景気は回復した
服部「日銀は輸出数量が伸びないことで、世界経済が思わしくないとか、生産ラインの海外シフト(空洞化)を理由に挙げています」
岩上「空洞化については1990年代から指摘されていることで、事前にわかっていなければおかしいと思いますが…」
服部「その辺は、日銀に直接質問していただくとして(笑)、円安は輸入インフレという形で国内物価に影響を与えています。安倍政権は盛んに『アベノミクスによるデフレ脱却』をアピールしていますが、その内実は(内需が活況で物価が小幅に上がるという、理想的なインフレではなく)円安による為替レート効果で輸入物価が上昇した面が大きい。
つまり、安倍政権になって、見かけは『デフレ脱却』が進んでいるものの、実際は進んではいない。ただし、見かけの上とはいえ物価が上がっている以上は、実質レベルで賃金には『削減圧力』が加わります。現に、安倍政権発足後しばらくすると、実施賃金は急角度で下がり始めています。
実質賃金が下がれば、庶民は財布のヒモを緩めませんから、それが今の個人消費の下げ幅を大きなものにしている。
景気循環の視点で、安倍政権が発足してからを眺めると、当該時期の日本の景気の谷は、安倍政権発足直前の2012年11月に到来しており、円安トレンドも、実は安倍政権発足前にスタートしている。これは安倍政権が、少なくとも発足後しばらくは外的要因に助けられてきたことを物語っています」
岩上「安倍さんは良い時期に首相に返り咲くことができた、と。つまり、ラッキーだったと…。そうなると、民主党の野田佳彦政権が解散の表明などせずに、あのまま続けていれば、程度の差はあったかもしれませんが、景気は回復していた可能性は十分ありますね」
服部「はい、そうなったかもしれません」
政府の役割を「規模」で論じるのは愚か
岩上「続いて(アベノミクスの基本精神である)『新自由主義』についてお尋ねします。
新自由主義は、強い者をより強くすることを通じて、その国全体を豊かにしようという考え方で、最近よく耳にする『トリクルダウン(上から下へと恩恵が徐々に流れ落ちる)』という言葉が、シンボリックな使われ方をしています」
服部「まず、新自由主義者が唱える『小さな政府論』についてお話します。先進国の場合、政府規模を小さくした方が民間の活躍の場が広がり、経済は成長するという考え方に人気があり、それをベースに政策を立案する政治家が大勢います。しかし、事象的に過去の事例を検証すると、政府規模と経済成長の間には何も関係はありません」
岩上「政府が抱えている非効率な行政サービスを民営化すれば効果が得られる、という議論は、一般人にとっては説得的ですが」
服部「政府の仕事に何らかの利権がからんでいて、無駄なことが行われているという悪しき部分は確かにあると思います。でも一方で、(弱者救済などの観点から)市場原理に馴染まない仕事を政府が担っている面もある」
岩上「要するに大事なのは、その政府が正しい仕事を行っているかであって、政府の規模ではないということですね」
服部「そうです」
いざなみ景気ではトリクルダウン生じず