(中編の続き)
これまでの経緯をふり返ってみよう。
昨年の終わりから始まったウクライナ政変をウォッチし続けてきた私は、その区切りごとに「第何幕」とカウントしてきた。
昨年11月24日、当時のヤヌコビッチ政権がEUとの「連合協定」署名を見送り、これに抗議する集会がキエフで開かれた。これが「ユーロマイダン」の始まりとなった。連日集会が約3ヶ月続いたあげく、デモ隊の一部にウクライナの極右民族主義者たちが混じり、治安部隊と衝突し、流血沙汰に。2月22日、ヤヌコビッチは首都キエフから脱出し、政権は崩壊した。ここまでが第1幕である。
第2幕の舞台はクリミア半島である。「ロシアの脅威」が欧米から叫ばれたが、血が流れることなく、3月16日にロシアへの編入の賛否を問う住民投票が行われ、9割以上が賛成を表明。これを受けてロシアは、3月18日にクリミア編入を宣言した。クリミアの無血編入、これが第2幕である。
第3幕は、ウクライナ東部での独立運動の高まり、陰湿な弾圧、事実上の内戦の進行、そして5月25日、大統領選の投開票によってポロシェンコ大統領が選出されるまで。
第4幕、暫定政権からポロシェンコ大統領が政権を率いることで、和平が期待されたが、事態は逆に悪化した。この時期から東部二州では戦闘が激化し、ポロシェンコは5月28日にはドイツ紙のインタビューで「東部は戦争状態にある」と発言した。内戦宣言である。
局面が大きく変わったのは、7月17日である。この日、マレーシア航空機が墜落し、西側のメディアが総がかりで親ロシア派が撃ち落としたのだと一斉報道した。米国はロシアがウクライナを侵略しようとしている、ということを世界に一層強く印象づけた。実際には、いまだに親ロシア派が「犯行」におよんだとか、ロシアがその支援を行ったといった事実に関する決定的な証拠はどこからも示されていない。つじつまのあわない話も横行している。にもかかわらず、ロシアに対する西側の経済制裁は強化されている。この第5幕から、ドラマの主役は完全に米国とNATO、そしてロシアになった、といっていい。
8月14日には、プーチンはクリミアで演説し、「ロシアは戦争を望んでいない」というメッセージを送った。その返答として8月15日、英国のメディアがロシア軍の装甲車両が国境を侵犯した、と大きく報じ、ポロシェンコ大統領はこれを「破壊した」と発表したが、ロシア側は「幻影だ」と一蹴した。実際、この事件は、何も具体的な証拠は示されていない。
そして、8月下旬、再び局面が変わった。
これまで述べてきた通り、ロシアは人道支援の車列を送り、西側の挑発にのらず自制を続け、東ウクライナへの表立った武力介入を抑制し続けてきた。あのプーチンが「平和」的で、「人道」的な指導者にすら見えてくるほどだった。
しかし、プーチンは「天使」ではない。もちろん! いつまで「いい子」にしていられるか、誰にもわからない。破滅的な戦争を呼びかけるポロシェンコに対し、堪忍袋の緒が切れかけてきたのか、プーチンとロシアの「地金」があらわれてきた。
8月24日は、ウクライナの独立記念日だった。この日から、ウクライナ政変から始まったドラマの第6幕が開き始めたのではないか、と私は思う。
今から24年前、ソ連時代の末期、1990年7月、国会に相当する最高会議は、「主権宣言」を採択し、8月24日独立を宣言した。こうして、ソ連崩壊の過程で、ウクライナはキエフ・ルーシ以来、最大の版図を持つ独立国として出発したのである。
だが、「最大の版図」をもつ、とは、かつてのロシア帝国の領土を東部に抱えもつ、ということであり、国内はロシア語話者を人口の約3割、クリミア半島には帝政ロシア以来の黒海艦隊の基地を有している、という状態をも意味した。
天然ガスの供給をロシアに100%依存し、経済的にも依存関係は深く、ロシアとの関係が安定的である限り、この状態は問題とならなかったが、ウクライナが西側に接近し、ロシアと距離が開けば開くほど、問題は顕在化した。
エネルギーの供給関係はどうするのか。ウクライナ民族主義の高まりによって、国内のロシア系住民はマイノリティーとして不利益をこうむる。それをどう扱うのか。ウクライナが、ウクライナ・ナショナリズムの高揚とともにウクライナ民族のためのウクライナ国家を目指せば、国内のロシア系住民に対する迫害と反発は避けられず、当然、隣のロシアは黙ってみてはいない。2005年のいわゆる「オレンジ革命」の際に、こうした問題はすでに危険な水位にまで高まりつつあった。
ポロシェンコ大統領が、この24回目の独立記念日に示した政策は、ウクライナの今後を示す上で象徴的で、かつ決定的だった。
2015年から17年にかけ、3000億円の軍備増強を行うと発表し、軍事パレードをこの日、挙行したのである。
黒字財政の国家が、軍備増強を唱えるのであれば、一応は理屈が通る。しかし、ウクライナの国家財政は破綻に瀕しており、IMFから融資を受けたばかりである。借金で首が回らない国が、さらに金を借りて戦争準備をする。しかも、その相手国が、自分がエネルギーの供給を100%依存している国なのである。
ウクライナは、ロシアに対して天然ガスの未払い代金が3600億円たまっている。ロシアでなくとも、軍備を増強する前に「ガス代を払え」と言いたくなるだろう。ガス代を払わなければ、ガスが供給されない。集合住宅で集中暖房が当たり前のウクライナで、国民は間近に迫る冬をどう凍え死ぬことなく乗り切れるか、考えなくてはいけない。
自滅的な戦争遂行を、国家指導者が決意し、国民に鼓吹するのは、外部からの支援があると踏んでいるからのことである。他国頼みの強気なのである。そして、このポロシェンコ大統領の姿勢に呼応するように、NATOが前面に出てくる。張り合うように、ロシアも拳を固める。この時期を境に、プーチンは似合わない「天使のものまね」を諦め、本来のプーチンに戻ったような言動をとり始める。生きた熊が熊であるように、ロシアはやはりロシアだ。ぬいぐるみのプーさんには、やはりおさまらないらしい。
「道に迷う」兵士?
ウクライナ保安庁は25日、ロシアの空挺兵10人を拘束したと発表した。捕らえた場所は、ロシアとの国境から20キロメートルの地点だったという。尋問の様子を映した映像も公開された。兵士たちは、第98親衛空挺師団の所属だと名乗った。ウクライナ軍報道官によれば、この兵士たちは「特殊作戦を実行中だった」。
「正規軍による侵攻だ」との非難に対して、ロシア側は「偶然に越境した」と説明。ロシア国防省筋の話によれば「国境地帯をパトロール中で、設備と標識のない地域で偶然に国境を超えた」という。
さらに同じ国防省筋によれば、ウクライナ軍兵士が、より多い人数で国境を越えたことも、これまで複数回あった。これらウクライナ兵士は武器を携帯していたが、ロシア側は大きく騒ぎ立てることをせず、ウクライナ側へ返していたという。(「Russian Military Servicemen Detained by Ukraine Accidentally Cross Border – Source」2014/8/26 RIA Novosti)
プーチン大統領も29日に、同じことを言っている。「あるケースでは450人で、別のケースでは60人だった。つい最近も、60人の武器を携帯する軍人がいた。(ウクライナ兵が)我々の領内に行き着き、そして、道に迷った、と言ったケースがあるのだ——彼らは武器を持ち、装甲車両に乗っていた」
プーチン大統領は、「道に迷った」という言葉を信じるという。はっきりと境界が区切られた地域ではないからだ。したがって、軍事作戦が進行中であったり、国境をパトロールしている際に、隣国に入り込んでしまうことは、大いにありうるのだ。
26日に行われたロシア・ウクライナ首脳会談で、この件に関して話し合い、ポロシェンコ大統領は、ロシア兵士を引き渡すことを請け合ったという。結局31日、プーチン大統領の言葉通り、空挺兵たちは、ロシア側に引き渡されることになる。
この8月25日の事件は、明らかな曲がり角となった。これまで、何度も騒ぎ立てられた「ロシアの戦車や装甲車が国境を超えて戦闘」という話は「幻影」に過ぎなかったかもしれない。しかし、「道に迷った(?)」にせよ、ロシアの兵士が越境したことは間違いなく、「幻影」ではないとロシアも認めたのだ。
形勢逆転~ポロシェンコはトルコ訪問をやめる
28日、ポロシェンコ大統領は予定されていたトルコ訪問を急遽とりやめ、国家安全保障国防会議を緊急召集した。「ロシア部隊が実際にウクライナにもたらされた」ために、ウクライナ東部ドネツク地域が「急な激化」の状態にあるからだと理由を述べた。
ポロシェンコ大統領は、「テロリスト集団を救うため、重砲兵の隊列、膨大な兵器の積荷、正規のロシア軍人が、管理されていない状態にある国境地帯を通じ、ロシアからウクライナ領へ来ている」との認識を示した。(2014/8/28 Press office of President「President cancelled his visit to Turkey and urgently convenes the NSDC meeting」、2014/8/28 Press office of President「President: Situation is difficult but controlled」両ページ削除)
ポロシェンコの発言の内容は、例のごとくあてにはならない。まだ彼が半分、「幻影」を見ている可能性はある。しかし、はっきりしていたことは、ここのところ東ウクライナで攻勢を強めていたキエフ政府軍が、ここにきて、押し戻され、劣勢に立たされ始めた、という事実だ。
分離派がアゾフ海沿いの都市ノヴォアゾフスクを掌握。攻勢に出る分離派は、ドネツク州の臨時州都・マリウポリを目指して、さらに西へ進軍を続けていると伝わる。翌29日には、マリウポリが包囲された。
このタイミングで、NATOはロシアからの越境する車列である、という衛星写真を公開。また、ロシア部隊1000人以上がウクライナ領内で活動していると発表した。
もっとも、ロシア側はこれに対して強く反発。ロシア国防相報道官コナシェンコフ氏は28日、衛星写真に関して「真面目にコメントする意味がない」と発言。また、ロシアのOSCE特使は、「ロシア軍はウクライナ領内にいない」と発言した(2014/8/29 RIA Novosti「Moscow Ridicules NATO’s Images of Alleged Russian Troops in Ukraine」)
誰が戦場にいるのか?
「道に迷った」ロシア兵士が、ウクライナで見つかる。しかし、ロシアは依然として正規軍をウクライナ領内に送っていない、と言う。
ロシア軍兵士でなければ、親ロシア派に加担して戦っているのは誰なのか。ロシア外務省によれば、正規軍に属さず、自分の意志で戦闘に参加した義勇兵だということになる。この理解に立てば、ロシア人義勇兵がウクライナの戦地で戦っているのは事実だという。しかし、それはキエフ側である場合もあるし、親ロシア側の場合もあるらしい。
同じような内容の発言を、ロシアの国連大使も口にした。国連安全保障理事会に参加した、チュルキン国連大使は、「東部ウクライナにロシアの義勇兵がいることは、誰も隠そうとしていない」と語った。
さらに28日、「ドネツク人民共和国」首相のザハルチェンコ氏は、分離派に合流したロシアからの義勇兵は、これまでに3000人から4000人に上ることを初めて明らかにした。元職業軍人が多く含まれるという。また、現役の軍人もおり、「休暇を過ごすために」この戦いに参加しているのだと語った。そんな理屈があったのか、と驚く。キエフ側にはビジネスとしての民間軍事会社(PMC)のアメリカの戦闘員がいて、分離派には、バカンスとしてのロシア義勇兵がいる、という構図である。東部戦線は化かしあいの様相をも呈してきた。
義勇兵が参加していることを示す状況証拠は、いくつか報告されている。
ロイターの記者は、国境から約2キロメートルの地点で、装甲車両と埃にまみれた部隊を目撃した。兵士の一人は顏に負傷していたという。場所は、ロシア部隊により占拠されているとウクライナが主張している領域に近い。
兵士も車両も、標準的な軍の記章を付けていない。しかし、この記者は、赤い星をつけたMi-8ヘリコプターが、付近の応急処置所の横に着陸するのを見た。応急処置所の人物に、ロシア軍であるか尋ねると、「自分たちは愛国者だ」と答えたという。
負傷や戦死という証拠
ロシア軍の関与が本当であるならば、それは、負傷や戦死という証拠で裏づけられるに違いない。ロシアでは、チェチェン紛争時に結成された「兵士の母委員会」というNGOが、兵士とその家族の権利を守るために活動している。ロシア南部のスタヴロポリ支部によれば、400人の戦死者および負傷者のリストがあるという。
また、「兵士の母委員会」のサンクトペテルブルグ支部の責任者で、大統領人権評議会のメンバーでもあるエッラ・ポリャコワ氏は、ここ数日、ロストフの多くの軍の病院が、多くの負傷者を受け入れていると主張している。
さらに、ポリャコワ氏は28日、100人以上のロシア兵士が、8月の東部ウクライナでの戦闘で戦死したと発表している。兵士の家族への聞き取りや、同僚兵士の目撃証言によるものだという。
しかし、ロシア国防省高官は、ポリャコワ氏らの発表を「たわ言」とし、「ウクライナのプロパガンダからの引用にすぎない」と一蹴した。
さらに、ロシア法務省は28日、「兵士の母委員会」サンクトペテルブルグ支部を、「フォーリン・エージェント」のリストに加えることを決定。「フォーリン・エージェント」とは、2012年に成立した法律に基づくもので、外国からの資金により、「政治的」な活動を行うとされる団体に適用される。
ポリャコワ氏は外国から資金を受取っていないと主張。「政治的活動」の内容に関して政府は、「市民集会を開いていること」「世論を形成していること」を挙げているという。(「Russian Defense Official Calls Reports of 100 Dead Russian Servicemen in Ukraine ‘Hooey’」2014/8/29 RIA Novosti)
ポロシェンコの仕事
30日に欧州理事会が開催された。これはもともと、次期EU大統領を選出するために設定されたもの。しかし、この日の主役は、EU加盟国ではないウクライナのポロシェンコ大統領だった。
非加盟国の大統領であるポロシェンコは、「数千人の外国部隊と数百の装甲戦闘車両」がウクライナに入っている、とバローソ欧州委員長との共同会見で発言。「ウクライナは今、外国からの侵略の対象となっている」とし、これが「ウクライナの平和と安定にとってだけでなく、ヨーロッパ全体にとってのリスク」であると強調した。(「Petro Poroshenko: Ukraine counts on military-technical support from the global community」2014/8/30 Press office of President、「President: Ukraine hopes that the European Council will adopt objective decision in response to the aggression against Ukraine」2014/8/30 Press office of President)
ウクライナ危機はヨーロッパの危機だとするポロシェンコ大統領は、EU加盟国からウクライナへ供給可能な兵器の品目を拡大したい意向も示した。要するに、「我々の危機はあなた方の危機であり、我々が戦ってやるのだから、武器を寄こせ」というわけである。
ポロシェンコ大統領によれば、ウクライナは複数のEU加盟国と、二国間ベースで、軍事技術協力のための協議を行っている。どの国なのかは明言していない。この協力体制により、高性能の非殺傷性兵器と、最先端の試作兵器がEUからウクライナに供給されることになるという(「President: Ukraine counts on broadening of the list of arms that can be supplied from the EU」2014/8/30 Press office of President)
これに加え、この日ポロシェンコ大統領は、EUからウクライナに対して、10億ユーロもの「マクロ財政援助」の割当があると報道関係者に話している。この他にも、5億1千万ユーロの貸付け、2億5千万ユーロが補助されるという。これらは、「困難な状況」に置かれているウクライナへの援助という名目でなされるらしい(「President: EU will allocate EUR 1 billion in the form of credit macro-financial assistance for Ukraine」2014/8/30 Press office of President)。
ポロシェンコ大統領は、政治的解決の重要性を口にし、9月1日に設定された、ミンスクでのウクライナ、ロシア、ベラルーシおよびOSCEの間での会合において、停戦について協議があることを示唆した。その一方で、「引き返せない地点に非常に近づいている。全面的な戦争が近い」という文句を付け加えることも忘れない。
結局、この日EUは、ロシアに対する、一週間以内の追加経済制裁の発動を決めることになった。
日本は当事者~NATOを巡る動き
ウクライナの要請により、NATOで緊急会合が持たれたのは8月29日のこと。会合の後に行った会見の中でラスムセンNATO事務総長は、ここ数ヶ月のロシアの動きは「ウクライナの主権と領土保全の侵害である」と強く非難した。
一方、ウクライナに対しては、非加盟国であるにもかかわらず、「強固な連帯」を表明。9月4日と5日にウェールズで開催されるNATO首脳会議は、ウクライナに対する「揺るぎない支援」を明らかにする機会だとした。
この会見に先立ち、ウクライナのヤツェニュク首相は、NATO加盟への道筋をつける法案の提出を示した。これは冷戦終結後、ユーラシア東部において最も重大な地政学的転換点にさしかかったことを意味する。
米国はロシアの期待に反して、冷戦後、NATOの東方拡大を続けてきた。しかし、これまでの加盟国はいずれもワルシャワ条約機構を構成していた共和国ではなかった。ウクライナが加盟すれば、旧ソ連を構成していた共和国から初めてのNATO入りとなる。ロシアとすれば、「外様」ではなく「直参旗本」が敵方に寝返るような悪夢であり、最も恐れ、嫌がっていた事態だった。
ウクライナがNATO加盟を求める動きに対して、ラスムセン氏は、一国家の決断は尊重するが、外部から干渉することはないなどとウクライナの「自発性」を強調した。また、ウクライナ軍の再建と近代化のために基金が設立される予定であり、ウェールズでの首脳会議で協議されると話した。
いよいよウクライナはNATOへ。その動きが表に現れた。同じ29日、プーチン大統領もまた、世界中の耳目を集める発言を口にしていた。ロシアの若者たちを前に「ロシアは世界で最も大きな、核兵器保有国の一つだ。これは現実だ」と話したことが、大きく報道されたのだ。タス通信が報じた。
「ロシアに対する侵略行為を撃退する準備を常時進めなければならない。ロシアに立ち向かわない方がよいことに気づくべきだ」
また、同じこの29日にEUのバローゾ委員長との電話会談で、「やろうと思えば2週間でキエフを占領できる」とプーチンが発言したと、9月1日付のイタリアのレキップ紙が報じている。補佐官は火消しに回ったが、電話会談が漏れることも、尾ひれがついて広がることも折り込みずみの発言だったと考えるべきだろう。
強面のプーチンが戻ってきた。「人道支援」の「天使」の顔から「早変わり」したのはなぜか。
地味なニュースだが、ウクライナとEUとの「連合協定」の締結が、27日に行われた。「いわくつきの協定」である。ウクライナ政変は、当時のヤヌコビッチ大統領が、このEUとの「連合協定」締結を見送ったところから始まったことを想い起こす必要がある。
「連合協定」の中核には、EUとの自由貿易協定(FTA)がある。ウクライナのEU加盟が認められたわけでも、加盟資格を満たしたわけでもないウクライナは、FTAによって、EUと米国の大資本の経済植民地と化してゆく可能性が高い。他方でロシアがそれに腹を立て、経済的損失が生じると色をなすのは、ウクライナを市場として手放したくなかったためであろう。ロシアのカラシン外務次官は、ウクライナは今回の署名で「重大な結果を招くことになる」と発言した。
もっとも、「核の恫喝」も、「2週間で首都制圧」も、それがプーチンの本音である、とあわてて思い込んではいけない。9月3日、ウクライナ大統府は、ポロシェンコ大統領とプーチン大統領との間で電話会談があり、「完全な停戦の体制」について協議をしたと発表した。一方、プーチン大統領は訪問先のモンゴルで、電話会談で7項目からなる停戦プランを提示したと発表し、「双方の考えはかなり一致している」と述べた。
しかしここで、ウクライナのヤツェニュク首相は、ロシアの停戦プランを「欺瞞」とし、ロシアを「侵略者」と想定する新しい軍事ドクトリンが必要だと発言して打ち消した。また、欧米諸国からも、停戦実現を疑問視する声が相次いだ。
ところがウクライナ大統領府はその2日後の9月5日、ポロシェンコ大統領の名前で声明を出し、18時に停戦命令を出すと発表。ベラルーシの首都・ミンスクで同日に行われた、ウクライナ、分離派、ロシア、欧州安全保障協力機構(OSCE)それぞれの代表による会合の結果、停戦と和平計画で合意したという回答だった。
ウェールズのニューポートで開催中のNATOサミットに参加していたポロシェンコ大統領は、「この停戦が継続されることが重要だ。この停戦中に、平和と安定を探し出す政治的な対話を続ける」と話した。
ただ、「ルガンスク人民共和国」の指導者は、「この停戦は、ウクライナからの分離という自分たちの主張の変更を意味しない」という声明をも出している。折れたわけではない、という念押しである。キエフ政権内部でも、ヤツェニュク首相に代表されるような、NATOとの結びつきを強めようとする動きがある。和戦両にらみの動きが、双方の陣営内部にもそれぞれ存在するのだろう。誰も停戦を本気では信じていない様子が伝わる。
日本時間9月6日午前零時、この停戦合意が発効。直後に、ドネツク市北部で爆発音が響いたという。当面、停戦が続くとしても、不穏な状況におさまりがついたわけではない。
NATOサミットで5日、ロシアによるウクライナへの「軍事介入」に対抗するための、「速攻部隊」の創設が正式に宣言された。この「速攻部隊」は、NATO域内外に、72時間以内で展開が可能だという。
NATOの動きに対抗するロシアは、「軍事ドクトリン」を年内に改定することを決めている。プーチン大統領は、先の「ロシアは核大国」発言の中で、核兵器を「より小型化、効果的」にするための取り組みを継続させる意志を示している。新しい「軍事ドクトリン」に反映されるものかもしれない。NATOの「速攻」に対する返礼が「核の限定的使用」という、最悪のシナリオというのは、いくらなんでもまさか、と思うが、プーチンの言葉通り、「これは現実」なのだ(「ロシア:軍事ドクトリン、年内めどに改定 NATOに対抗」2014/9/2 毎日新聞、「NATO首脳会議:「速攻部隊」宣言 対露防衛を強化」2014/9/6 毎日新聞)
脇にそれているようだが、特筆しておく。ウクライナで停戦がなった同じ5日、イラク北部およびシリア東部で勢力を拡大する「イスラム国」へ対抗する目的で、NATO加盟国など10ヵ国で「有志国連合」が結成される見通しとなった。NATOは、ロシアだけを標的としているわけでも、ヨーロッパ域内だけに限るわけでもない、制限のない軍事同盟と化しつつある。
この連合について米国が、加盟国に加え「パートナー国」についても支持を呼びかけていることに注目する必要がある。実際、NATO加盟国9ヵ国の他に、「NATOパートナー国」のオーストラリアが含まれている。
日本もまた、オーストラリアと同じ立場に立たされるかもしれない。日本もオーストラリアと同様、NATOとのパートナー国だからだ。安倍総理は今年5月6日、ブリュッセルのNATO本部で開催された北大西洋理事会に出席し、「日本とNATO:必然のパートナー」と題する演説を行っている。「積極的平和主義」の名のもとに、すでに自衛隊とNATO軍との共同訓練実施に向けての「調整」が始まっている。日本とNATOとは、そういう間柄になってしまっているのだ。
今回のニューポートでのNATO首脳会議では、「相互運用性プラットフォーム」の設立会合が設けられ、日本政府も正式に招待されている。第2次安倍内閣の改造人事のため、閣僚の出席は見送られたが、代わりに板垣三男駐ベルギー大使が出席した。
この「プラットフォーム」とは何なのか。外務省によれば、「プラットフォーム」設立会合でスピーチしたバーシュボウNATO事務次長は、「相互運用性に関する幅広い課題についてNATOとの対話の場が提供され、また、演習等への参加や情報のアクセスの機会が改善される『相互運用性プラットフォーム』を設立した意義」などを語ったという。わかりにくいが、要するに共同の演習に参加することになる、ということだ。演習の次は言うまでもなく「実戦」である(「自衛隊とNATO軍 実動訓練へ調整」2014/9/5 東京新聞)
会合に参加した坂場三男駐ベルギー大使は、以下のように発言したという。
「我が国としても、自衛隊の相互運用性向上の観点のみならず,能力向上の観点からも,先ほど述べた国際活動に特に焦点を当てつつ,本プラットフォームの場を通じたNATO加盟国及び他のパートナー国との知見の共有は,極めて有意義であると考えている」
「今後,本プラットフォームで相互運用性向上に関する諸課題について定期的に議論が行われるに際しては,自衛隊とNATO加盟国及びパートナー国の防衛当局との相互運用性向上に関する取り組みや経験を紹介・共有することも含め,我が国としても積極的に参画したい。また,海上安全保障等の共通の安全保障課題や地域安保情勢に関する意見交換及び情報共有も,本プラットフォームで積極的に行われることを期待」
「さらに我が国は,先月,『高次の機会が提供されるパートナー国』としてNATOとの関係を強化することへの関心を表明する書簡をラスムセン事務総長宛に提出したところ」
さらにこうある。
「我が国は,先般,安保法制整備の基本方針につき閣議決定。国民の命と平和な暮らしを守るとともに,国際社会の平和と安定により一層貢献するための取組。PKO等の国際平和協力活動にも一層貢献できるようになる。これは日本とNATOの連携強化にも資する。NATOとは今後,日NATO国別パートナーシップ協力計画に基づき,海上安全保障,女性・平和・安全保障の視点の主流化,サイバー防衛,人道支援・災害救援等の様々な分野で,NATOとの具体的な協力を更に強化していく考え」
IWJを御覧になっている方々、あるいはこの「ニュースのトリセツ」や「IWJ特報」などをお読みの方々には、日本における集団的自衛権行使容認の拙速な動きや安倍政権の主張する「積極的平和主義」が、遠いウクライナ情勢と中東情勢と直結するものであると聞いても、驚かれないに違いない。ここに至るまでの経緯も道筋も理解されているはずだ。
しかし、既存メディア、とりわけいまだに圧倒的な影響力をもつ地上波のテレビだけを見ている人には、何が何やらさっぱり分からないことだろう。安倍政権になって、貧富の格差も拡大の一途だが、情報格差も拡大する一方である。このディバイドをどうやって埋めたらいいのか、気が遠くなる。
核戦争の「現実性」まで、核大国の国家元首が口にしている状況と、そうしたリスクに日本が「自動的」にリンクしていく「現実」と、そして日本の大半の国民がそうした事態に気づいていないことに、私たちは慄然とせざるをえない。
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※アイキャッチ画像:Wikimedia Commons
結局、起こった事実は、ロシアによるクリミアへの武力侵攻そして、今現在、ロシアはクリミアを実行支配している。
いくらプーチンが「戦争はしたくない」と言いつつも、結局、やっていることは「侵略」。
やっていることはロシア軍をクリミアへ送り込んで支配。
クリミア政権の親ロ派と癒着していたロシアが、親ロ派政権が倒れた途端にガス料金を8割値上げ。
クリミア支配に対して、ウクライナ政府は「ロシア占領下のクリミアでの選挙は正当性がなく茶番だ」と強く反発。
岩上安身様
IWJのウクライナ情勢、中東情勢の報道に注目しています。 現在の海外報道のインターネット解析を知るにつけ
中東シリア情勢の緊迫が伝わってきます。ロシアによる、シリア反体制派への空爆と地上軍攻撃が激化しています。
「本10月21日付」東京新聞夕刊の記事、2面中段左「ロシア人3人シリアで死亡か」:カイロ=中村禎一郎
の一方で、「米ロ、衝突回避で覚書」(中略)シリア領空での米・ロ両軍および有志連合各軍航空機の衝突回避のための
覚書が交わされた。」とも報じられています。
ロシアは、「IS」が標的と公言していますが、戦闘員・非戦闘員の区別をどこで付けているのか理解できないほどの
広範囲の空爆・地上攻撃を、というか他国への軍事介入・侵略を拡大しています。
勿論、アメリカも同様に、「民主化」の名目かくれみの元、エネルギー資源確保・パイプライン死守とした侵略戦争をシリアでも展開しています。「米ロの衝突回避の覚書」というのは、「偶発的衝突までもは、回避しない」と言うこと。
米ロの代理戦争で、シリアが国家消滅しかねない事態に発展している現状を、日本のメディアは全く伝えようとしていない。
むしろ、経団連の武器輸出明言を応援するかのような報道、「安倍政治」への偏向報道ばかりが目立ち、国際情勢「米ロの中東冷戦」が、第3次世界大戦に発展するかもしれない事態を報道できない。残念至極、IWJに注目。カンパ近日中送ります。